マインドです。
どんな仕事や世界にもプロフェッショナルっていると思います。
でも、プロになるには、経験が必要です。
経験というのは、現場にいて、実物を確認し、形や物の性質を理解して、
それを操り、コントロールできて、人にも教えられる領域だと個人的に思います。
子供を持つ母親もその子供一人のすべてを知っているプロです。
当然ですが、その子の性格もほぼすべて分かると思います。
その母親の母体の一部だったわけですから。
ただ、考えてみるとどうだろうか。
プロは、プロにしかその領域の感覚、センス、フィーリングが分からない。
プロは、その領域にいることはなかなか気づかないんだと思う。
人から言われて、あるいは、褒めれてはじめて、自分がプロフェショナルだと気づくのではないだろうか。
そこで、初めて、プロフェッショナルの領域の中での立ち位置が分かると思う。
経験は、積むものだけど、1から100まで積むもので、さらに、1から100までが有機的につながっていると思う。
見方を変えた場合、そのいから100までがマニュアルの範囲内だと仮定すると、
101から、そのプロの人にしか見えない領域、つまり、プロ技にしか出来ない、応用、テクニックなところ。
いわゆる神業の領域に達する。これが面白い。
だけど、この神業の領域も、経験が基礎になりうるから、
意外に、いつのまにか、神域に達しやすいのだろう。
これこそが、未知の部分で、技が見方を変えれば、芸術に変わる。
作品の先にある芸術だと考える。
1から100までが経験の基礎としてそれが集合し、
101から先が、応用ともいえる。
応用され、上手く有機的に結合し、芸術を変わる。
でも、その芸術は、プロにしか分からないし、味わえない。
だけど、そこまで行くと。。。
これが、仕事の場合、基礎がなっていない人は、
プロの人は、すぐに足りないものが分かってしまう。
でも、プロも感覚で言っていることがほとんどであるが、
実に当たる。これが、技なのだと思う。
はたから見れば、感動してしまう。
なんで分かる!スゲーーって。
だれもが、ビビる。
でも、プロは、どう答えるか。
「いや、なんとなく。」って
ほんと、実になんとなくだと思う。
この状態は、プロとしての技術や、技が体にしみこみ、
一体化している。
完全に感覚、フィーリングの世界だ。
プロというより、職人というべきか。
ということは、技術は、頭じゃなくて、
体(五感)と精神(無意識)が覚えるのだと考える。
PS:今回は、記事が長文のため、Voiceを見送ります。
余裕があったらアップします。
