昨日のブログの話からカクテルについて教えてもらったことを書きます。
銀座一丁目にあるカクテルで有名らしいバーで、一ゲン客の扱いで
叱られたことからヨコハマのバーの話になりました。
その続きを書きます。
日本で最初のカクテルは関東大震災前のヨコハマにあった
「グランドホテル」のバーからといわれています。
当時のカクテルで有名になった
「バンブー」はホテルに勤めていた欧米人の
バーテンダーが持込んだカクテルだそうです。
客船から降りた紳士淑女を魅了したと書かれています。
世界的なカクテルはヨコハマから生まれたそうです。
横浜で誕生し、世界的に広まったカクテルは数多い
手前は「ヨコハマ」奥左はミリオンダラー、右半分は「バンブー」
その後、建て替えられたホテル・ニューグランドの
バー・
シーガーディアンⅡ
で、今でも人気ナンバーワンは
「ヨコハマ」と言われるカクテルです。
「ミリオンダラー」は昭和初期の不景気な時代に
大金を夢見て創作した逸話があるそうです。
それに横浜の名門バー「パリ」で生まれた
「チェリーブロッサム」を加えて横浜生まれの世界的
四大カクテルと教えてもらいました。
ホテル・ニューグランド高橋名誉料理長の「横浜流」
一番最初にカクテルバーで飲んだのは20才代
横浜山下町コンテナ通り戦前のビルの地下にあった
「スリー・ネイション」でした。建物は今も残っていますが、
その後、警察病院に変わり今は空家です。
現在は建物を保存するかどうかで横浜市が管理しているのでしょう。
オーナーは大桟橋の角にある北欧料理「スカンデァ」の
浜田社長が経営していました。
当時はお洒落な店で国際色のある
雰囲気で東京ではみられないサービス方法でした。
フロアー中央には大きなテーブル上にスモーガスボード料理、
冷たい料理から温かい料理が並んで置かれていました。
停泊中の航海士、山手の住民、本牧の海軍士官達も常連で
若い時の私は数回行きましたがお金が続かず
伊勢崎町裏手の銭湯を改造し、中は屋台風、
何でもありの根岸屋で飲んでいた思い出があります。
今回、カクテルの文章はホテル・ニューグランド
高橋名誉料理長の「横浜流」の本を参考に書きました。
根岸屋の店内はラーメン、寿司、洋食屋、スタンドバー、おでん
トンカツ、ジュークボックス等の低価格料金設定でした。
客種は白、黒、黄色の下級船員、沖中師、大岡川に停泊中の
だるま船作業員、ニコヨン=日雇人夫の溜まり場でした。
(根岸屋は黒澤明監督昭和37年作品「天国と地獄」での
麻薬の受け渡しシーンのイメージに利用したそうです。)
値段が安い、早い、量目大、旨い・・・?が魅力でしたが
今は取壊されて売却後ソープランド地区の一部になっています。
但し根岸屋は昭和37年~44年ごろの青春時代の話です。