いじめに遭い、生きる希望を失っていた中学生。“夜回り先生”こと水谷修さんに、たった一言、メールを送った。「死にたい」と

水谷さんの返信も一言だった。「あなたは誰かのために何かをしたことがありますか?」――中学生は驚き、自問を重ねる。そして、人のために何もしたことがないと気が付き、思い直した。時がたった今、介護職に就き、誰かのために生きる喜びをかみ締めている(水谷修著『優しさと勇気の育てかた』日本評論社)

生命の十界は一面、“人間の底力を発揮できる生き方の順番”という捉え方もできる。確かに、地獄界、餓鬼界、畜生界では前進の力は弱い。悟りが自身だけにとどまる声聞界、縁覚界でも、行き詰まりを感じることが多い。だが誰かのために行動する菩薩的生き方をしたとき、自身も不思議と想像以上の力が出るものだ

文豪トルストイは「われわれは他人のために生きたとき、はじめて真に自分のために生きるのである」(北御門二郎訳『文読む月日』筑摩書房)と。友のために行動する中で自身の宿命転換を果たしていく。学会活動の意義もここにある

トルストイは先述の言葉に続けた。「一見不思議に思われるけれど、実践してさえみれば、本当だということがわかるだろう」  

【7/17 聖教新聞・名字の言】
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