「銭形平次捕物(ぜにがたへいじとりもの)控(ひかえ)」の作者、野村胡堂(のむらこどう)はレコード収集家として名高く、「あらえびす」の筆名で音楽評論でも活躍した。2万枚に及ぶコレクションで家が壊れたという話があるが、当人によればそれはデマだった

 ただレコードそのものが輸入盤で、米1俵が8円20銭の時代に1枚20円もしたという。胡堂は酒もたばこもやめて毎月の新聞社の給料すべてをレコードの購入に費やした。暮らしの経費は教師をしていた妻の収入に頼っていたそうだ

 そのレコードを聴くため当時の宮様や華族、財閥の子弟らが来訪したが、胡堂はレコードの買えない貧乏学生たちもよく招いた。収集が楽になったのは日本のレコード会社が輸入母盤のプレスを始めたころだから、昭和の初めだろう 

 で、またレコードの生産が始まるという話だが、こちらは現代である。ソニーが約30年ぶりにレコードの自社生産を再開する。背景にはむろんアナログレコードの世界的な人気再燃があり、ソニーは収録から製造まで手がけるという

 かねて音質の温かみが評判だったレコードだ。近年は内外の音楽家が新盤をレコードでも発売し、昨年の国内生産枚数は8年前の8倍になった。かつてレコードを駆逐したCDが音楽配信による売り上げ減をかこつ中での復活である

 手ざわりも姿形もない配信データだけでは満たせない音楽コレクターの興趣というものがある。もしかしたら演奏する手間もレコードの魅力かもしれない。ここはあらえびすの意見も聞いてみたかった。 

【7/8 毎日新聞・余録】
AD