申請書類にわずかな不備でもあれば容赦なく突き返す役人のしゃくし定規を「レッドテープ・マインド」という。レッドテープとは、昔の英国で公文書を束ねた赤いひもで、役人の形式主義のシンボルとされた

 庶民にはなんともわずらわしい役所の書類崇拝(すうはい)=レッドテープである。だが近代の官僚制の特徴の一つに「文書主義」が挙げられるのは、その事務や事業、意思決定を後から検証できるようにして行政の公正さを確保するためである

 ならば国有地を時価の14%で売却した役所が、その経緯を記録で示せないなどとはありうべからざることである。むろん森友問題での財務省のことで、国民の財産を預かる者はいつでもその処理の公正なことを立証する責務があろう

 驚いたのは森友問題で「売却は適正」「記録はない」と木で鼻をくくったような国会答弁をくり返した理財局長が国税庁の長官になった人事である。税のレッドテープに悩まされてきた納税者にはあっけにとられる財務省の「公正」だ

 今や官僚の人事を握る政権中枢は「適材適所」(官房長官)だという。まさか売却の適正さを記録で立証できずに政権への国民の不信を増幅させたのを評価したのか。政権も財務省もこと税をめぐる国民の感情を軽んじてはならない

 改憲にご執心の安倍晋三(あべしんぞう)首相だが、ならば英国のマグナカルタ(大憲章)や、米国憲法をこの世に生み出したのは何かを思い出してほしい。そう、不公正な徴税や税の使途への人々の憤激にほかならない。 

【7/6 毎日新聞・余録】
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 北海道夕張市で先日、「夕張闘争」60年の大会が開かれた。当時を知る草創の友も元気に集った

 地元の学会員が、炭鉱労働組合の不当な弾圧から信教の自由を守り抜いた人権闘争。この時、炭労は学会に対して“全面対決”の方針をとったが、池田先生は悠然とされていた――ある友がそう語っていた  

 「一段上に立って相手をみれば慈悲の気持ちで抱擁していけます」と、先生は夕張地区の会合で語った。「生命あっての文化であり、科学、経済、教育」「生命自体の幸せを計り、そして外部的な条件である社会機構、福祉施設をそなえていくのが仏法思想」「これら(組合等)の人々を指導して幸せにしてあげようとするのが学会精神」と。あの時、日蓮仏法の社会的使命を学んだと、友は述懐する

 生誕100年のケネディ米大統領も「科学は欠くことのできないものである。しかし科学が人間と人間の生き方に関する知識と切りはなされたとき、科学は文明の発展を妨げる」と言った(中屋健一著『ケネディ』旺文社文庫)

 政治や経済や科学の根っこにあって、その動きを決めていくのは生命観、人間観である。ここに、私たちが社会と積極的に関わる理由がある。7月は「立正安国論」提出の月。創価の使命に心を新たにしたい。 

【7/6 聖教新聞・名字の言】
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