広島の原爆ドームのように、戦災の跡を残す建造物や、軍事施設の遺構などは「戦争遺跡」と総称される。第二次大戦末期、政府が長野市郊外に中枢機能の移転を図った「松代大本営(まつしろだいほんえい)」と呼ばれる地下壕(ちかごう)などもそうだ

 原爆ドームは核兵器の惨禍を、松代の地下壕は政府が極秘で退避を探っていた事実を、目に見える形で伝える。これまであまり存在が知られていなかったような遺構も、再評価する動きが各地に広がっている 

 川崎市多摩区の現明治大敷地にあった陸軍登戸(のぼりと)研究所はその先駆け的な例だ。気球型の「風船爆弾」など秘密兵器の研究拠点だったが、戦後も実態はベールに覆われていた。だが、市民らによる調査が進み、明治大は残された施設を改装した資料館を2010年に開設した

 住民と自治体が共に動く例も増えている。埼玉県桶川(おけがわ)市は陸軍飛行学校の木造の兵舎棟などを今年文化財に指定し、復元保存に向けた解体、調査作業に着手した。住民らが署名集めや見学会の開催などを通じ、保存に取り組んできたことを受けての対応である

 登戸の資料館長を務める山田朗(あきら)明治大教授によると、国や自治体が文化財などに指定・登録した戦争遺跡は約270件にのぼり、40を超す保存団体が連絡を取り合っているという。今月下旬、資料館が開いた見学会には若者の姿も目立ち、世代を超えた関心の高さをうかがわせた

 戦争遺跡に関して文化庁は調査を進めているが、作業は停滞している。戦後71年を経て、多くの遺構は老朽化が進む。戦争の教訓を後世に伝える手段として、国も保全に取り組む姿勢をより明確に示す時だろう。 

【8/31 毎日新聞・余録】
AD
 クマの親子を描いた『かあさんのこもりうた』(金の星社)という絵本がある

 3頭の子グマは、自分たちへの思いを込めた母グマ自作の子守歌を聞いて、いつも眠りについていた。だがある日、母グマは森を襲った嵐の犠牲に。残された子グマたちは、つらくて心が挫けそうになる。それでも子守歌に母の愛と希望を見いだし、悲しみから立ち上がるという話だ

 この絵本が誕生した背景には、一つのエピソードがあった。東日本大震災で母を亡くした小学3年生の女の子の元に、一通の手紙が届く。差出人は亡き母。小学校へ入学する娘にランドセルを購入した際、母がわが子に宛てた手紙を書き、それを1000日後に配達する「未来へつなぐタイムレター」という企業サービスによるものだった。この実話をきっかけに絵本は生まれた 

 あの日から5年半になろうという今も、東北の同志からは「この震災……」との言葉をよく聞く。そこには、震災から何千日たとうが、日々を懸命に生きてきた思いがこもっている

 新「東北文化会館」の竣工引渡式が30日に行われ、きょう大震災から2000日を迎えた。「3月11日」をいつも心に、そして師の励ましと同志の絆を支えに、希望の未来へとつなぐ一歩、一日を進んでいきたい。 

【8/31 聖教新聞・名字の言】
AD