2010年02月03日(水) 05時15分29秒
革命への具体的戦略もしくは妄想
テーマ:ファシストの見解
※検索サイト等からいきなりこのブログにアクセスした方へ。ここには「我々団」もしくは「外山恒一」に関する詳しい情報はありません。公式サイトへ移動してください。
カンパを広く募集しています。振込先は、「福岡銀行 春日原支店 普通 1167080 トヤマコウイチ」です。
例えば福岡に15人の同志がいたとする。
同志Aは、主に左翼運動シーンに積極的に参加する。
同志Bは、主に右翼運動シーンに積極的に参加する。
いずれもそのシーンで「これは」という人物があれば党が主催する交流会などに勧誘する。左右の活動家が時に激論となろうとも直接に対話する機会の存在は、双方にとって有益であるはずだし、また左右の思想を弁証法的に統合したものがファシズムであるから、むろん党にとっても有益である。
またこの2人は、党の機関誌やビラなどをそれぞれのシーンに流通させる任務も担う。
同志Cは、学生運動の復活に力を入れる。
具体的な方法としては、まず各大学の研究室を訪ねて回り、学生の問題意識の低下を嘆いている教員に、以下のような提案をする。すなわち、学内で、外山恒一の司会で、(できるかぎり学生の年齢に近い)左右の現役活動家がお互いの意見をぶつけ合う“討論ショー”を開催してみないか、と。授業の一環でもいいし、別枠でもよい。云うまでもなく、この企画は前述の「左右交流会」の成果とリンクしているわけだ。
学内の人間が正規に手続きをして開催するイベントであれば、学内で堂々とその告知情宣ができる。一般よりも整ったネット環境に身を置いている学生の間では、外山の知名度も一般よりいくぶん高めだろう。同様のイベントが学外でおこなわれてもわざわざ足を運ぶ学生はほとんどなかろうが、学内に外山が来るというなら興味本位で集まってくる学生はかなりいると思われる。そこで、実際には外山よりもむしろ現役の左右活動家による丁々発止の討論にふれてもらう。ファシスト的には、学生がどちらにより共鳴しようとかまわないし、わが党が白羽の矢を立てるぐらいだからその左右活動家はいずれもそれなりに魅力的な人物であるはずで、したがっていずれかの活動に興味を抱く学生も皆無ではないはずである。少なくとも学生の問題意識もいくらかアップするだろうから、これを引き受けた教員にとっても有益であるはずだ。
もし実際にそれを機会に左右の運動に参加する学生があれば、学内でその志向に沿ったサークル活動を開始してもらえばよい。それが右であろうと左であろうと、そもそものきっかけとなった我が党とも敵対はせず、濃淡はあれ交流は続くだろう。
さまざまの大学でこれをやり、それらのサークル活動を横につなげば、福岡の学生運動シーンのようなものが本格的に復活するだろう。また、そういうシーンができれば、以後は当初のように教員に協力を要請するのではなく、それら学生サークルと協同して学内イベントを開催していくこともできるようになるだろう。
同志Dは、資金活動に従事する。
具体的には、まずはオリジナルTシャツの宣伝チラシのポスティングをひたすらやってもらう。もちろん、そのサイトの管理や、注文の受付と発送、いわゆる“顧客管理”や、あるいは“ヤフオクで売る”などの努力もやってもらう。
外山の作るオリジナルTシャツは、いきなり路上販売してもある程度売れるレベルのものである。これに専念する時間的・労力的な余力がないから今もって資金源として定着させられずにいるだけで、誰かこれを専任的に担当する者があれば、商売として成立する見込みは充分にある。
売り上げが伸びて、安定したら、やがては店舗を構える。例えば現在の親不孝通りは、ライブハウスやクラブなどが残っており若者も一定うろうろしてはいるが、全体的にはシャッター街化している。そういうエリアが狙い目だろう。
むろんそのTシャツ・ショップは、党のアンテナ・ショップの一つとなる。
同志Eは、全共闘世代向けの飲み屋をやる。いかにもな店名で、いかにもなBGMを流し、いかにもな内装(アジビラの類を貼ったり)で、オヤジどものノスタルジックな思い出話に付き合う。同志Eは当然、その方面に明るい者でなければならないが、そもそも我々団員は全員、左右の革命運動史には通じているのだから、うち接客に向いた、聞き上手な同志であればよい。むろん「つまんねーこと云ってるなあ」とか「フカシ入ってるな」などと思っても、ツッコミはほどほどにして、気持ちよく武勇伝を語り倒してもらわなければならない。一種の福祉産業、介護ビジネスである。若者がそういう店をやっていることは、地元メディアでも面白ネタとして取り上げられるだろう。もちろん料金は高めに設定し、つまり最近云われるような団塊世代(の一部)の“勝ち逃げ”を追討する云わば「逆・貧困ビジネス」として、この飲み屋も党の大きな資金源となる。
稀にまともな志を持続しているオヤジもあろうから、そういう者とはきちんとした関係を築く。
同志Fはこれとは逆に、若者向けの飲み屋をやる。反体制的な雰囲気のある、しかしメインはサブカル的な雰囲気の店で、料金は可能な限り低めに抑える。「反体制的な」というのは、例えば店名として先の全共闘オヤジ向けの店が「砦」だの「バリケード」だのとすれば、こちらは「アナーキー」だの「アンダーグラウンド」だの、もちろん実際にはもう少し冴えたネーミングにするだろうが、つまりいくらかサブカル的な方向に政治色を薄めた、要はパンク的なものになるようなイメージである。そういう方向に惹かれる若者はいつだって一定数存在する。
劇団やバンドやその他アート系イベントのポスターやチラシを何でも引き受ける。むろん党の機関誌やビラなどは常備し、つまりやはり党のアンテナ・ショップの一つとなるわけだが、出店エリアも西新(西南学院大学)や七隈(福岡大学)などの学生街にすれば、同志Cの運動とリンクさせることも可能だ。近年、法政・早稲田・明治の例に見られるように学内に学生運動の拠点を維持、まして新規に創出することは困難だが、そもそも全共闘以来、典型的には学生自治会の拠点化を目指すような志向自体がナンセンスで、学内ではなく学外つまり近隣に学生向けの飲み屋をオープンすればいいのである。
同志Gは、地方議員を目指す。
普通の候補よりは過激で、外山恒一よりは穏健な線で、つまりあくまで当選を目指す。少なくとも当該選挙の半年以上前から辻演説、ポスティングを開始する。ポスティングには、前述のTシャツ担当の同志Dも兼務的に従事する。
当選した場合は、これまでの選挙で私が「万が一当選したら」と云っていたように、議案ごとに党の方針に近い左右いずれかの議員と是々非々で結託するような“議会内浮動票”として「それはそれでマジメに」活動する。
またその場合、同志Gはかなりの高額所得者となるが、党員である以上、それを“私有”することは許されない。これは前述の同志Dや同志Eについても同様であるが、資金活動担当者の側面を持つ同志が“私有”できる額の上限は、その者の年齢での国民の平均収入額の9割(つまり1割は「党費」扱い)とし、それを上回る分は党に上納してもらう。
同志H、I、J、Kは劇団を結成する。独自の公演活動も当然おこなうが、それぞれが別々の劇団に掛け持ちで参加し、演劇シーンでの人脈を広げる。
そもそも我々団員は政治・芸術・学問の3分野を横断する幅広い教養を持ち、中でもとりわけ芸術分野への造詣が深い同志が党員劇団を結成することになろうから、党員劇団がおこなう公演は必ず面白いに決まっている上、もはや当該ジャンルについてさえ「教養の崩壊」に陥っている愚劣な大衆ばかりで形成されているのがアート系諸ジャンルの現実であり、福岡の演劇シーンにもそもそもどうせ大した劇団は存在しないわけで、党員劇団がやがて福岡の最有力劇団となることは確実なのだが、シーンでの人脈を広げておけばそれだけ集客も伸びるし、存在感や影響力も効率的に獲得しうる。
もちろん我々団員たる同志たちが主導権を握ってさえいれば、一般大衆を劇団員に加え、規模を大きくすることも可である。
同志L、M、N、Oはバンドを結成し、政治色が強く、かつポップな方向性で音楽活動をおこなう。
同志H~Kの演劇活動と同様の理屈で、党員バンドの創り出す音楽は必ずハイ・レベルであるに決まっているので、盛んにライブ活動を展開すれば、すぐに福岡の有力バンドに成長するだろう。音楽ジャンルの場合、特定エリアで有力な存在となることは、比較的容易に全国区へと進出する道を開き、つまり党員バンドはメジャー進出を最初から志向する。
同志Pは、文芸サークルを結成・運営する。
文芸同人誌を発行し、そこには例えば、私の“余芸”的な文章(例えばかつてのものなら獄中短歌や戯曲や、“偽みつを”や、あるいは音楽評論といった方向の、比較的サブカル寄りの“文芸作品”の類いのような)や、同志H~Kの党員劇団の戯曲、同志L~Oの党員バンドの歌詞、その他、同志たちが日々つれづれに生み出す面白い“文の芸”があれば、そういうものを片っ端から掲載して、季刊ぐらいのペースで発行する。
同志Pはこれを武器に、福岡のあらゆる高校・大学の文化祭・学園祭に足を運ぶ(大学の場合はあえて学園祭を狙う必要もないのだが、高校に部外者が自由に出入りしうるのは文化祭の時ぐらいだ)。一定以上の学力水準の高校・大学にはたいてい“文芸部”的なサークルがあり、同人誌を発行しているから、互いの同人誌を交換するような形で結びつきを作っていく。できればそれを機会に、こちらの同人誌を以後定期的に先方に送りつけられるような関係を作りたい。
同人誌の発行とは別に、月1ペースぐらいで定例会を開く。毎回1冊、課題図書を決めて、当日までに各自読んできて、その上で単にダベる、という程度のものでよい。むろん課題図書には政治色が強く、かつエンタテインメントであるような小説作品を意図的に選ぶ。定例会の場でことさらそれを話題化せずとも、そういうものを読んでいるというノリさえ共有されればよい。云うまでもなく、各高校・大学の文芸部員たちと関係を作るのは、最終的にはこの定例会に彼らを結集させるためである。定例会に来るのは彼らの中のごく一部でよい。その一部が窓口となって、日常的にこの文芸サークルの活動・存在がそれぞれの学内の文芸部員たち、さらにはその周辺の学生たちの間に定着していけばよいのである。
同志Pの活動は、福岡で、日常的に活字に親しんでいるようなタイプの若者たちを組織していくことである。一つにはそれは、若いインテリ層の組織化ということであり、ぶっちゃけてしまえば本当のインテリ層の多くは大学段階で九州を出てしまうのだが、高校段階ではまだ地元にいる。彼らを早い段階でこちらの影響下に組み込んでしまえば、あるいはそういう“流出”もいくらか阻止しうるかもしれない。また、機関誌類を充実させるなどの目的のために、党には文章表現力のある党員が一定数必要である。そういう党員候補の発掘という意味合いも、同志Pの活動に含まれる。
同志Qは、ITを担当する。
党のサイトを運営・管理し、また劇団やバンド、文芸サークル、議員候補、居酒屋やTシャツ・ショップのサイトについても補助する。現在は頓挫したままとなっているネットラジオ「Voice Of Fascist」を復活するとしたら、それも同志Qの担当となる。むろんネットラジオではなく動画配信でもよい。
同志Rは、機関誌の編集に従事する。
バンドや劇団のファン、文芸サークルの参加者、議員候補の支持者、若者向け居酒屋やTシャツ・ショップの客、すべて互いに結びつくよう無理のない範囲で画策しなければならないが、すぐに考えられるその具体的方法として、党の機関誌によって、それらの諸活動をすべて総合して情報発信し、それをそれぞれの担当分野に流通させるなどがある。
私は、これら党の活動を主力となって担う云わば“幹部党員”の育成を、「革命家養成塾・黒色クートベ」の塾長として担う。
私はそもそも、自分は政治運動の指導者には向いていないと自覚しており、できるだけ早い段階で思想的指導者の立場に自らの役割を限定したいのである。現在は他に仕方がないので私が党の“臨時総統”となっているが、ここに述べたような体制が確立されれば、“臨時”ではない正式の“我々団総統”のポストに、同志A~Rのうちの最も人望や統率力のある者に就いてほしいのである。革マル派に例えれば(何ゆえ!?)、私は黒田寛一で、正規“総統”となる同志Xが松崎明であるようなイメージだ。
むろん、知ってのとおり私はさまざまの“余芸”で人目を惹くパフォーマンス的なことをやらかす才能はあるようだから、党の“広告塔”的な役割も兼ねることになるのではあろうが。
同志A~Rで計18人だが、バンドや劇団はべつに3人でもいいのだし、可能なら1人の同志が複数の任務を兼ねてもいいのだし、そもそも「15人」はあくまで目安にすぎない。
また、これらの諸活動を展開する中で、素質のある地元の若者が発掘されれば、私の「黒色クートベ」に送り込んで、幹部党員として養成するということにもなるだろう。
まあおよそ15人ぐらいの同志がいればこんな活動展開が考えられるというイメージを提示したまでだ。
私の主張や行動に賛同してくれている諸君は、おそらく全国に数百人規模で存在しているという感触がある。
そのうちわずか10数人が福岡に移住してくれれば、これだけのことが可能になるのだ。
すなわち現時点で、7人ほどがすでに私の呼びかけに応じて九州に移住している。うち2名は、ここに提示したような意識的な役割分担をおこなったわけではないが、事実上「同志A」に近い役割を福岡と熊本のフリーター労組的な運動に参加することで半ば担っており、1名は今のところ私の秘書的な仕事をし、1名は熊本で手持ち無沙汰な感じで“待機中”、他3名はまだ「教育期間中」のような状態である。したがって福岡エリアに限ると現在、私以外の同志は2名、教育期間中の同志候補が3名の計5名であり、ここに提示した体制をまあそのとおりに構築するとして、あと13名の同志が福岡に必要だということである。
諸君の中には、単なるフリーターやニートという立場で、とくに現在の生活にしがみつく必要のない者だって多くいるはずだ。
芝居や音楽をやっている者もいるだろう。今の形態でその活動を続けるよりも、ここに提示したような有機的連関のもとで新展開をおこなう方がはるかに可能性に満ちていると思わないか。
学生諸君も、将来その学歴が必要な進路を意識しているならともかく、「たぶんフリーターでやっていくんだろうな」程度の気分でいるのであれば、むしろ今すぐ中退して福岡に移住した方がいいはずだ。単に学問がやりたいのなら大学に通う必要はないし、とくに文系の学問なら外山恒一の教えを(しかも“授業料”はかからず、さらに防衛大なみに?食・住も保障されて)受けた方が、しょーもない大学教授のもとにいるよりはるかに有益だ。職業として研究職に就きたいのなら仕方がないが、その場合、九州エリアに就職口を探す努力をしてほしい。
高校生は、むろん今すぐ中退するのが一番いいのだが、でなければ九州エリアの大学への進学を目指せ。
もちろん少なくとも現段階では、ここに挙げたような任務を担う“主力活動家”的な「同志」として党に加わるためには、すでに何度も示唆しているとおり、半年程度の教育を受けてもらわなければならない。党なのだから、最低限の認識の一致が必要である。
ここに挙げたうちでも、少なくとも同志A~D、P~Rの7名の任務は、教育期間終了後も塾舎に住み続けながら担えるわけで、きちんと任務を遂行してくれるのであればそういう形での食・住の保障ぐらいは継続する。つまり何の蓄えもなしに身一つで福岡入りしてもらって充分なのだ。
だからまずはあと数人でもいい。とりあえず福岡への移住を検討してほしい。
福岡の「同志15人ぐらいでの運動展開」が実現したら、次は熊本なり鹿児島なりにやはり同じような「約15人」に“駐屯”してもらう。ここに提示した方法なら、どこでも一定の成果をあげることはできる。1人で佐賀や宮崎に革命家として“赴任”しても辛い思いをしようが、「約15人」の“ユニット”で移住して有機的に運動を展開すればそれは避けられる。
沖縄を除く九州各県の県庁所在地、これにさらに福岡市とは距離があり文化圏も異なる大都市・北九州を加えて全8ヶ所に各約15人で、計たった約120人ほどが強力に団結して運動すれば、かなりすごいことになるという気がしないか。
これまで私に賛同しながら実際に九州に移住するフンギリがつかなかった諸君は、もしかしたら、九州に移住したからといって自分の人生にどんな展開があるのかというイメージを描けないのではないかと思い、こうして恥をしのんで妄想めいた話をした次第である。しょーもない左翼党派とかにマネされると困るなあという危惧もあるが、まあ連中にはポップなセンスが欠如しているから仮にマネしようとしても無惨なものにしかなりえまい。
とにかくまずは第一陣たる「福岡の約15人の同志」の1人となるという選択を、改めて真剣に検討してみてほしい。
カンパを広く募集しています。振込先は、「福岡銀行 春日原支店 普通 1167080 トヤマコウイチ」です。
例えば福岡に15人の同志がいたとする。
同志Aは、主に左翼運動シーンに積極的に参加する。
同志Bは、主に右翼運動シーンに積極的に参加する。
いずれもそのシーンで「これは」という人物があれば党が主催する交流会などに勧誘する。左右の活動家が時に激論となろうとも直接に対話する機会の存在は、双方にとって有益であるはずだし、また左右の思想を弁証法的に統合したものがファシズムであるから、むろん党にとっても有益である。
またこの2人は、党の機関誌やビラなどをそれぞれのシーンに流通させる任務も担う。
同志Cは、学生運動の復活に力を入れる。
具体的な方法としては、まず各大学の研究室を訪ねて回り、学生の問題意識の低下を嘆いている教員に、以下のような提案をする。すなわち、学内で、外山恒一の司会で、(できるかぎり学生の年齢に近い)左右の現役活動家がお互いの意見をぶつけ合う“討論ショー”を開催してみないか、と。授業の一環でもいいし、別枠でもよい。云うまでもなく、この企画は前述の「左右交流会」の成果とリンクしているわけだ。
学内の人間が正規に手続きをして開催するイベントであれば、学内で堂々とその告知情宣ができる。一般よりも整ったネット環境に身を置いている学生の間では、外山の知名度も一般よりいくぶん高めだろう。同様のイベントが学外でおこなわれてもわざわざ足を運ぶ学生はほとんどなかろうが、学内に外山が来るというなら興味本位で集まってくる学生はかなりいると思われる。そこで、実際には外山よりもむしろ現役の左右活動家による丁々発止の討論にふれてもらう。ファシスト的には、学生がどちらにより共鳴しようとかまわないし、わが党が白羽の矢を立てるぐらいだからその左右活動家はいずれもそれなりに魅力的な人物であるはずで、したがっていずれかの活動に興味を抱く学生も皆無ではないはずである。少なくとも学生の問題意識もいくらかアップするだろうから、これを引き受けた教員にとっても有益であるはずだ。
もし実際にそれを機会に左右の運動に参加する学生があれば、学内でその志向に沿ったサークル活動を開始してもらえばよい。それが右であろうと左であろうと、そもそものきっかけとなった我が党とも敵対はせず、濃淡はあれ交流は続くだろう。
さまざまの大学でこれをやり、それらのサークル活動を横につなげば、福岡の学生運動シーンのようなものが本格的に復活するだろう。また、そういうシーンができれば、以後は当初のように教員に協力を要請するのではなく、それら学生サークルと協同して学内イベントを開催していくこともできるようになるだろう。
同志Dは、資金活動に従事する。
具体的には、まずはオリジナルTシャツの宣伝チラシのポスティングをひたすらやってもらう。もちろん、そのサイトの管理や、注文の受付と発送、いわゆる“顧客管理”や、あるいは“ヤフオクで売る”などの努力もやってもらう。
外山の作るオリジナルTシャツは、いきなり路上販売してもある程度売れるレベルのものである。これに専念する時間的・労力的な余力がないから今もって資金源として定着させられずにいるだけで、誰かこれを専任的に担当する者があれば、商売として成立する見込みは充分にある。
売り上げが伸びて、安定したら、やがては店舗を構える。例えば現在の親不孝通りは、ライブハウスやクラブなどが残っており若者も一定うろうろしてはいるが、全体的にはシャッター街化している。そういうエリアが狙い目だろう。
むろんそのTシャツ・ショップは、党のアンテナ・ショップの一つとなる。
同志Eは、全共闘世代向けの飲み屋をやる。いかにもな店名で、いかにもなBGMを流し、いかにもな内装(アジビラの類を貼ったり)で、オヤジどものノスタルジックな思い出話に付き合う。同志Eは当然、その方面に明るい者でなければならないが、そもそも我々団員は全員、左右の革命運動史には通じているのだから、うち接客に向いた、聞き上手な同志であればよい。むろん「つまんねーこと云ってるなあ」とか「フカシ入ってるな」などと思っても、ツッコミはほどほどにして、気持ちよく武勇伝を語り倒してもらわなければならない。一種の福祉産業、介護ビジネスである。若者がそういう店をやっていることは、地元メディアでも面白ネタとして取り上げられるだろう。もちろん料金は高めに設定し、つまり最近云われるような団塊世代(の一部)の“勝ち逃げ”を追討する云わば「逆・貧困ビジネス」として、この飲み屋も党の大きな資金源となる。
稀にまともな志を持続しているオヤジもあろうから、そういう者とはきちんとした関係を築く。
同志Fはこれとは逆に、若者向けの飲み屋をやる。反体制的な雰囲気のある、しかしメインはサブカル的な雰囲気の店で、料金は可能な限り低めに抑える。「反体制的な」というのは、例えば店名として先の全共闘オヤジ向けの店が「砦」だの「バリケード」だのとすれば、こちらは「アナーキー」だの「アンダーグラウンド」だの、もちろん実際にはもう少し冴えたネーミングにするだろうが、つまりいくらかサブカル的な方向に政治色を薄めた、要はパンク的なものになるようなイメージである。そういう方向に惹かれる若者はいつだって一定数存在する。
劇団やバンドやその他アート系イベントのポスターやチラシを何でも引き受ける。むろん党の機関誌やビラなどは常備し、つまりやはり党のアンテナ・ショップの一つとなるわけだが、出店エリアも西新(西南学院大学)や七隈(福岡大学)などの学生街にすれば、同志Cの運動とリンクさせることも可能だ。近年、法政・早稲田・明治の例に見られるように学内に学生運動の拠点を維持、まして新規に創出することは困難だが、そもそも全共闘以来、典型的には学生自治会の拠点化を目指すような志向自体がナンセンスで、学内ではなく学外つまり近隣に学生向けの飲み屋をオープンすればいいのである。
同志Gは、地方議員を目指す。
普通の候補よりは過激で、外山恒一よりは穏健な線で、つまりあくまで当選を目指す。少なくとも当該選挙の半年以上前から辻演説、ポスティングを開始する。ポスティングには、前述のTシャツ担当の同志Dも兼務的に従事する。
当選した場合は、これまでの選挙で私が「万が一当選したら」と云っていたように、議案ごとに党の方針に近い左右いずれかの議員と是々非々で結託するような“議会内浮動票”として「それはそれでマジメに」活動する。
またその場合、同志Gはかなりの高額所得者となるが、党員である以上、それを“私有”することは許されない。これは前述の同志Dや同志Eについても同様であるが、資金活動担当者の側面を持つ同志が“私有”できる額の上限は、その者の年齢での国民の平均収入額の9割(つまり1割は「党費」扱い)とし、それを上回る分は党に上納してもらう。
同志H、I、J、Kは劇団を結成する。独自の公演活動も当然おこなうが、それぞれが別々の劇団に掛け持ちで参加し、演劇シーンでの人脈を広げる。
そもそも我々団員は政治・芸術・学問の3分野を横断する幅広い教養を持ち、中でもとりわけ芸術分野への造詣が深い同志が党員劇団を結成することになろうから、党員劇団がおこなう公演は必ず面白いに決まっている上、もはや当該ジャンルについてさえ「教養の崩壊」に陥っている愚劣な大衆ばかりで形成されているのがアート系諸ジャンルの現実であり、福岡の演劇シーンにもそもそもどうせ大した劇団は存在しないわけで、党員劇団がやがて福岡の最有力劇団となることは確実なのだが、シーンでの人脈を広げておけばそれだけ集客も伸びるし、存在感や影響力も効率的に獲得しうる。
もちろん我々団員たる同志たちが主導権を握ってさえいれば、一般大衆を劇団員に加え、規模を大きくすることも可である。
同志L、M、N、Oはバンドを結成し、政治色が強く、かつポップな方向性で音楽活動をおこなう。
同志H~Kの演劇活動と同様の理屈で、党員バンドの創り出す音楽は必ずハイ・レベルであるに決まっているので、盛んにライブ活動を展開すれば、すぐに福岡の有力バンドに成長するだろう。音楽ジャンルの場合、特定エリアで有力な存在となることは、比較的容易に全国区へと進出する道を開き、つまり党員バンドはメジャー進出を最初から志向する。
同志Pは、文芸サークルを結成・運営する。
文芸同人誌を発行し、そこには例えば、私の“余芸”的な文章(例えばかつてのものなら獄中短歌や戯曲や、“偽みつを”や、あるいは音楽評論といった方向の、比較的サブカル寄りの“文芸作品”の類いのような)や、同志H~Kの党員劇団の戯曲、同志L~Oの党員バンドの歌詞、その他、同志たちが日々つれづれに生み出す面白い“文の芸”があれば、そういうものを片っ端から掲載して、季刊ぐらいのペースで発行する。
同志Pはこれを武器に、福岡のあらゆる高校・大学の文化祭・学園祭に足を運ぶ(大学の場合はあえて学園祭を狙う必要もないのだが、高校に部外者が自由に出入りしうるのは文化祭の時ぐらいだ)。一定以上の学力水準の高校・大学にはたいてい“文芸部”的なサークルがあり、同人誌を発行しているから、互いの同人誌を交換するような形で結びつきを作っていく。できればそれを機会に、こちらの同人誌を以後定期的に先方に送りつけられるような関係を作りたい。
同人誌の発行とは別に、月1ペースぐらいで定例会を開く。毎回1冊、課題図書を決めて、当日までに各自読んできて、その上で単にダベる、という程度のものでよい。むろん課題図書には政治色が強く、かつエンタテインメントであるような小説作品を意図的に選ぶ。定例会の場でことさらそれを話題化せずとも、そういうものを読んでいるというノリさえ共有されればよい。云うまでもなく、各高校・大学の文芸部員たちと関係を作るのは、最終的にはこの定例会に彼らを結集させるためである。定例会に来るのは彼らの中のごく一部でよい。その一部が窓口となって、日常的にこの文芸サークルの活動・存在がそれぞれの学内の文芸部員たち、さらにはその周辺の学生たちの間に定着していけばよいのである。
同志Pの活動は、福岡で、日常的に活字に親しんでいるようなタイプの若者たちを組織していくことである。一つにはそれは、若いインテリ層の組織化ということであり、ぶっちゃけてしまえば本当のインテリ層の多くは大学段階で九州を出てしまうのだが、高校段階ではまだ地元にいる。彼らを早い段階でこちらの影響下に組み込んでしまえば、あるいはそういう“流出”もいくらか阻止しうるかもしれない。また、機関誌類を充実させるなどの目的のために、党には文章表現力のある党員が一定数必要である。そういう党員候補の発掘という意味合いも、同志Pの活動に含まれる。
同志Qは、ITを担当する。
党のサイトを運営・管理し、また劇団やバンド、文芸サークル、議員候補、居酒屋やTシャツ・ショップのサイトについても補助する。現在は頓挫したままとなっているネットラジオ「Voice Of Fascist」を復活するとしたら、それも同志Qの担当となる。むろんネットラジオではなく動画配信でもよい。
同志Rは、機関誌の編集に従事する。
バンドや劇団のファン、文芸サークルの参加者、議員候補の支持者、若者向け居酒屋やTシャツ・ショップの客、すべて互いに結びつくよう無理のない範囲で画策しなければならないが、すぐに考えられるその具体的方法として、党の機関誌によって、それらの諸活動をすべて総合して情報発信し、それをそれぞれの担当分野に流通させるなどがある。
私は、これら党の活動を主力となって担う云わば“幹部党員”の育成を、「革命家養成塾・黒色クートベ」の塾長として担う。
私はそもそも、自分は政治運動の指導者には向いていないと自覚しており、できるだけ早い段階で思想的指導者の立場に自らの役割を限定したいのである。現在は他に仕方がないので私が党の“臨時総統”となっているが、ここに述べたような体制が確立されれば、“臨時”ではない正式の“我々団総統”のポストに、同志A~Rのうちの最も人望や統率力のある者に就いてほしいのである。革マル派に例えれば(何ゆえ!?)、私は黒田寛一で、正規“総統”となる同志Xが松崎明であるようなイメージだ。
むろん、知ってのとおり私はさまざまの“余芸”で人目を惹くパフォーマンス的なことをやらかす才能はあるようだから、党の“広告塔”的な役割も兼ねることになるのではあろうが。
同志A~Rで計18人だが、バンドや劇団はべつに3人でもいいのだし、可能なら1人の同志が複数の任務を兼ねてもいいのだし、そもそも「15人」はあくまで目安にすぎない。
また、これらの諸活動を展開する中で、素質のある地元の若者が発掘されれば、私の「黒色クートベ」に送り込んで、幹部党員として養成するということにもなるだろう。
まあおよそ15人ぐらいの同志がいればこんな活動展開が考えられるというイメージを提示したまでだ。
私の主張や行動に賛同してくれている諸君は、おそらく全国に数百人規模で存在しているという感触がある。
そのうちわずか10数人が福岡に移住してくれれば、これだけのことが可能になるのだ。
すなわち現時点で、7人ほどがすでに私の呼びかけに応じて九州に移住している。うち2名は、ここに提示したような意識的な役割分担をおこなったわけではないが、事実上「同志A」に近い役割を福岡と熊本のフリーター労組的な運動に参加することで半ば担っており、1名は今のところ私の秘書的な仕事をし、1名は熊本で手持ち無沙汰な感じで“待機中”、他3名はまだ「教育期間中」のような状態である。したがって福岡エリアに限ると現在、私以外の同志は2名、教育期間中の同志候補が3名の計5名であり、ここに提示した体制をまあそのとおりに構築するとして、あと13名の同志が福岡に必要だということである。
諸君の中には、単なるフリーターやニートという立場で、とくに現在の生活にしがみつく必要のない者だって多くいるはずだ。
芝居や音楽をやっている者もいるだろう。今の形態でその活動を続けるよりも、ここに提示したような有機的連関のもとで新展開をおこなう方がはるかに可能性に満ちていると思わないか。
学生諸君も、将来その学歴が必要な進路を意識しているならともかく、「たぶんフリーターでやっていくんだろうな」程度の気分でいるのであれば、むしろ今すぐ中退して福岡に移住した方がいいはずだ。単に学問がやりたいのなら大学に通う必要はないし、とくに文系の学問なら外山恒一の教えを(しかも“授業料”はかからず、さらに防衛大なみに?食・住も保障されて)受けた方が、しょーもない大学教授のもとにいるよりはるかに有益だ。職業として研究職に就きたいのなら仕方がないが、その場合、九州エリアに就職口を探す努力をしてほしい。
高校生は、むろん今すぐ中退するのが一番いいのだが、でなければ九州エリアの大学への進学を目指せ。
もちろん少なくとも現段階では、ここに挙げたような任務を担う“主力活動家”的な「同志」として党に加わるためには、すでに何度も示唆しているとおり、半年程度の教育を受けてもらわなければならない。党なのだから、最低限の認識の一致が必要である。
ここに挙げたうちでも、少なくとも同志A~D、P~Rの7名の任務は、教育期間終了後も塾舎に住み続けながら担えるわけで、きちんと任務を遂行してくれるのであればそういう形での食・住の保障ぐらいは継続する。つまり何の蓄えもなしに身一つで福岡入りしてもらって充分なのだ。
だからまずはあと数人でもいい。とりあえず福岡への移住を検討してほしい。
福岡の「同志15人ぐらいでの運動展開」が実現したら、次は熊本なり鹿児島なりにやはり同じような「約15人」に“駐屯”してもらう。ここに提示した方法なら、どこでも一定の成果をあげることはできる。1人で佐賀や宮崎に革命家として“赴任”しても辛い思いをしようが、「約15人」の“ユニット”で移住して有機的に運動を展開すればそれは避けられる。
沖縄を除く九州各県の県庁所在地、これにさらに福岡市とは距離があり文化圏も異なる大都市・北九州を加えて全8ヶ所に各約15人で、計たった約120人ほどが強力に団結して運動すれば、かなりすごいことになるという気がしないか。
これまで私に賛同しながら実際に九州に移住するフンギリがつかなかった諸君は、もしかしたら、九州に移住したからといって自分の人生にどんな展開があるのかというイメージを描けないのではないかと思い、こうして恥をしのんで妄想めいた話をした次第である。しょーもない左翼党派とかにマネされると困るなあという危惧もあるが、まあ連中にはポップなセンスが欠如しているから仮にマネしようとしても無惨なものにしかなりえまい。
とにかくまずは第一陣たる「福岡の約15人の同志」の1人となるという選択を、改めて真剣に検討してみてほしい。






