2012-02-10 10:58:42

地域の絆を築く人々

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 昨年から日本を席巻しているキーワードは、「絆」です。たしかに、人は一人で生きるのではなく、家族や友人や地域の人々や職場での仲間などとのつながりがあってはじめて生かされ、生きる喜びを味わえるのだと申せます。昨春の大震災以来、私たち多くの日本人にとって、そういう心情が浮かびあがって参りました。ここで、絆といっても、決して自然に出来上がり、強まるものではなく、これは私どもが一人一人大切に編み上げ、つくりあげていくものではないでしょうか。


 去る2月4日、立春の日の午後、東京は千駄ヶ谷の会場で、「こころを育む総合フォーラム」の平成23年度の表彰式とシンポジウムが開かれました。全国各地から、こころを育むという活動に共感し、そういう運動を実践しておられる方々、そしてこの運動に関心を寄せて下さっている方々が集まって下さいました。その中で優れた運動をしておられる団体や個人の皆さんを表彰して、「こころを育む活動」を全国的に進め、広げ、続けるきっかけにしていただこうという趣旨です。この催しは2008年から続いておりますが、次第に全国からの反響も大きくなって参りました。


 今年の表彰式やシンポジウムの模様は、パナソニック教育財団のホームページでも紹介 しておりますのでご覧ください。今年の全国大賞を受賞されたのは、三重県の北部にある、いなべ市の石榑の里コミュニティでした。「子どもは地域の宝、地域全体で子どもを守り育てる」という目標をかかげ、石榑小学校を拠点にして様々な活動を展開しているグループです。しかも、各種の活動をネットワークでつなぎ、トータルとして地域が活性化するよう、よく考えられた仕組みをつくっています。そして、大人も子どもも無理なく運動に参加することができる、柔軟な組織づくりになっているのが特徴です。


 ここでは10年前に小学校が建て替わるのを機会に、地域の人々が英知をあつめて意見を集約し、学校に地域スペースを設け、地域住民による学校支援から地域の絆つくりにまで発展させていったのは、素晴らしい取り組みです。校舎を利用した子どもの居場所づくりのボランティア、子どもの通学や地域の交通の「見守り隊」、大勢の市民や大学生も参加する大がかりな「石榑の里まつり」などなど、工夫と創意に満ちた活動も続きます。しかも、企業とも連携をし、加えて環境活動の実践を通じて資金も編み出すという工夫ぶりです。


 昨年の熊本市の「オバパト隊」も地域のご高齢の女性たちがそれぞれの専門性をはっきしながら、子どもたちを見守り、地域を安心、安全なものにしていく優れたプロジェクトでしたが、今年も、地域社会に役立ちたいという大人たちがつくりあげた見事なプロジェクトだと思います。そこには、賢明で社会貢献をいとわず熱い気概にみちた大人たちが存在していることが伺われ、深い感銘を受けました。小学校を拠点とする活動は、住民になじみやすいのですが、子どもが成長しても絆が途絶えがちにならないような工夫が必要です。この新たなコミュニティが、その目標と手法を確立し、これからも継続できる運動にしていっていただきたいものです。


 この全国大賞以外にも、地域のブロック大賞、あるいは奨励賞など、素晴らしい取り組みがあちこちでなされていることに感銘をうけました。それぞれの内容も、ホームページ でご覧下さい。


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◆平成23年度 受賞者の方々             ◆表彰式


 この日のシンポジウムには、被災地の岩手県で、全国から学生ボランティアをつのり、震災地の子どもたちの居場所をつくり、学びや遊びの機会をつくっているグループの指導者も参加してくれました。これは、被災地の岩手県立大学の山本克彦先生で、すでに中越地震のころから活躍している方です。先生の熱意と組織力に全国の大学も呼応し、主として休暇中に全国から多くの学生たちが集い、被災地の子どもたちに希望と勇気をあたえる仕事をしてくれています。むしろ、学生たち自身がその活動を通じて、自らも学ぶことが多いとの反応があるようです。


 今回のシンポジウムで浮かび上がったのは、子どもにとって居場所があることがいかに大事かということ、そして地域のコミュニティをもつことが住民のすべてにとってとても大切であるということでした。今後日本は、各地で自然災害が予想されていますが、いざという時、助け合える地域社会のコミュニティを日ごろからつくりあげることが、これからの日本にとってまことに重要であることが共通認識となりました。


ことに都市部ではどのようにしてコミュニティを作っていったらいいのかが、今後の大きな課題です。どこでも、誰かが立ち上がり、周辺を巻き込んでいくことが突破口になるのだと思います。今回の事例にあったような諸活動があちこちの地域で展開されるようになれば、そこで初めて豊かな地域社会がつくられ、真に底力がある日本社会が形成されていくのではないでしょうか。


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◆活発な意見が行われたシンポジウム        ◆シンポジウムでの筆者


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2012-01-23 10:10:22

歌舞伎とオペラ

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 校倉造りの国立劇場を訪れると、私はまず平櫛田中作の木彫「鏡獅子」の前に立つ。この像の気品ある迫力と華麗さに打たれて、さて、今日も名優たちのどんな舞台姿が楽しめるだろうか、とわくわくした気分になる。二階の回廊には日本画の名品、三階には歌舞伎役者の肖像があり、劇場はハレの日の出し物を楽しむ人々が集まって活気づく。そういう雰囲気が素晴らしい。


この国立劇場が開場して早や四五年という。河竹登志夫先生によれば数多くの関係者の努力で出来上がったことが跡付けられ、開場後も劇場や役者の皆さんの努力の積み重ねによって、ここは紛れもなく日本の伝統文化の拠点となっている。


 歌舞伎は役者、舞台装置、衣装、音曲などの各部門がそれぞれの力を発揮して初めて成り立つ日本の誇る総合的な舞台芸術である。その起源は、慶長八年(一六〇三年)出雲の阿国の演じた踊りにさかのぼる。西洋の誇るオペラもまた同じ総合芸術であり、その起源も同時期であることは興味深い。


 歌舞伎が庶民の楽しみとして生まれ、発達してきたのに対し、オペラは1600年フィレンツェの宮殿で貴族の結婚式に上演されたのが始まりといわれている。最初はギリシャ悲劇や神話に題材をとり、器楽演奏と歌唱で演じられたようであるが、次第にオペラの台本作家や大作曲家たちが活躍をはじめ、美声をもつ名歌手も次々に登場して、舞台も工夫が施されるようになった。イタリアやドイツなどでは各地に専用のオペラ劇場があり、多くの人々が日々楽しめる、国境をこえた芸術となっている。


 歌舞伎は、演目が選ばれると、舞台装置や衣装はほぼ類型化されており、役者さんの所作もかなり様式化されて、ある場面で見栄をきり、大向こうから声がかかる、というリズムさえできている。観客の多くは、その決まった瞬間の美を待ち、心底楽しむ。もちろん、歌舞伎の世界も、役者の個性や時代の話題に沿ってのセリフの工夫など、さまざまな変化もみられるし、昨年10月の「開幕驚奇復讐譚」のように、尾上菊五郎、菊之助が劇場の左右の上空を宙乗りして見せてくれるサービスもあった。


 舞台芸術としての歌舞伎とオペラには、邦楽と西洋音楽の違いや役者と歌手の専門性の違いだけではなく、演出家の存在の有無がある。オペラの場合、演出家によって舞台は千変万化で、原作とは時代を変えたり、意味を読み替えたり、ことに近年、西欧ではきわめて刺激的な舞台が歓迎されたりする。


 このように洋の東西の違いはあるが、幸い日本では、いずれの舞台芸術も観客の好みに応じて存分に楽しめることが有難い。まことに人間の創りだす総合的な舞台芸術は、一国文化の大事な領域である。

それにしても、日本のお正月には、やはり歌舞伎の華やかさがよく似合うように思う。

                        

                               (日本芸術文化振興会ニュース 平成24年1月号 より掲載)


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◆日本の伝統芸能を上演する国立劇場      ◆新春公演の賑わい (国立劇場)

(東京・半蔵門)


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◆オペラなど現代舞台芸術の殿堂の外観     ◆劇場内の賑わい (新国立劇場提供)

 (東京・初台) (新国立劇場提供)


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2012-01-05 11:51:07

新春の富士

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 2012年の幕開けとなりました。今年が何とか世界とこの国とこの国の人々の上に幸多き年となってくれるよう、心から祈りたいと思います。


元旦の富士は、次第にうす雲も消え去り、午前7時前には朝日をあびて薄紅色に輝きはじめました。冬の朝、白雪をいただいた富士が見せてくれる紅から白への変奏曲は、この世でもっとも美しい、もっとも荘厳な風景の一つだと思っています。

四季折々に美しい富士ですが、真冬の澄んだ青空に立つ姿は格別です。それに見る場所によって異なりますが、山頂から朝日が昇る時、あるいは山頂に夕日が沈む時、ダイヤモンド富士が現れます。これもまた、ほんの瞬間ながら、深い感動を覚える美しさです。  


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 ◆朝日に輝く富士          ◆山中湖から元日の富士      ◆ダイヤモンド富士

どんなに辛いことがあっても、どんなに落ち込むことがあっても、こうした富士の姿を仰げば気持ちが晴れてくるのです。富士を仰ぐと、あまりにささいで、つまらないことに捕らわれていた自分を恥じて、苦しみや悲しみを忘れ、もっと高みを目指して歩こうと思わせてくれます。そして生きて在ることの喜びを、ふつふつと自覚させてくれる力をもっています。


私たち日本人にとって、この富士山が存在する大地に生まれたことを大きな恵みだと感ずる人々は多いのではないでしょうか。この素晴らしい富士の姿に心を打たれた人々は、古代から幾万、幾千万といたことでしょう。日本人の書きしるした無数の賛美の言葉の中で、私がもっとも心洗われるのが、山部赤人の歌、それもあの有名な短歌の前の長歌です。少し長いのですが、次のような調べです。反歌も書き添えます。万葉集第三巻にあります。


天地の分れし時ゆ 神さびて 高く貴き駿河なる富士の高嶺を 天の原振り放け見れば 

渡る日の影も隠らい 照る月の光もみえず 白雲もい行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 

語り継ぎ言い継ぎゆかむ 富士の高嶺は


    反歌
田子の浦ゆ 打ち出でて見れば真白にぞ 不尽の高嶺に雪は降りける


そして、富士山の美しさは、日本人のみならず世界の人々の賛辞も呼び起こしています。そんな中で、外国人の述べてくれた言葉でもっとも美しい調べと思うのは、かつて駐日フランス大使もつとめた詩人ポール・クローデルの詩なのです。
   
   富士
神の玉座のごと
はかりしれぬ高さで
雲の海にはこばれて
われらの方(かた)へと進みくる
富士 日本の天使
羽毛の白衣を着給へり  (芳賀 徹訳)
 
 おそらく紀元720年代、まだ東海への旅がそれほど楽ではなかったと思われる頃、山部赤人は富士山と出会い、にわかに粛然とした感興をもよおしてこの歌を詠んだのでしょうか。富士山の高貴さと神性さを余すところなく簡潔に表現しています。


それから約1200年後の20世紀前半のクローデルの詩、これは時をこえ、国境をこえて富士山の神秘さと美しさとを歌い上げてくれています。これらの詩歌や文学ばかりでなく、富士山を主題にした優れた絵画や工芸などは、ここに記すまでもなく数限りなく生まれています。これらは日本の素晴らしい文化的資産です。


まことに富士山は、その美しさをベースとして、人々の信仰の対象としての価値をもち、あわせて文学、美術などあふれるばかりの芸術を生む源泉としての価値をもっています。この二つの価値をもつことを証明し、富士山をユネスコの世界文化遺産として登録しようとする努力が静岡県、山梨県をはじめ関係者によって続いています。今年はその動きの最終段階に近い、とても大切な年にあたります。


 新春の富士、その麓の神社に、早朝から多くの参拝者が集まってきました。私もその一人として参拝いたしました。今年、日本も世界も実に多難な時を迎える予感がしますが、どうか日本をはじめ諸国のリーダーたちが英知をもって諸課題に取り組み、平和と安寧が保たれますように、と祈った次第です。これを読んで下さった方々にとっても、幸い多い年となることを願っています。


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◆山梨県忍野村からの富士              ◆初詣



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