才能とは何か?2 | プクッチ劇場

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ギャンブル魂の真実

 多くの天才が「才能とは努力」と言う。
 
 
 あのアインシュタインでさえ、「天才とは努力する凡才である」と言ってる。
 
 野口英世だって「天才とは誰よりも3倍4倍5倍、努力する人だ」と言ってるし、ベケランジェロだって「どれだけ努力してるかを知れば天才とは呼べない」と言ってるし、宮崎駿だって「才能とは情熱を継続させること」と言ってる。
 
 
 しかし、ちょっと待て。
 
 
 本当に努力だけで人は才能を持てるのか?
 
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               ギャンブル魂の真実
 
 
 
 
 多くの天才が何故、「努力こそが天才の証」と言うのだろうか?
 
 
 その答えは簡単や。
 
 本当の天才は自分に才能があることに気が付いていなくて、それが当たり前に在るものだと思っている。
 
 確かに努力の末にその才能を開花させたんだろうけど、それは持って生まれた何かがあったから、努力することが出来たんや。
 
 わかるか?
 
 その才能があったからこそ、情熱を傾けられるだけの努力が出来たんや。
 
 簡単に努力で何とでもなるとか言うなっ!
 
 このアホンダラ共っ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いや、わかるよ。
 
 
 才能があっても努力しない人が多いから。
 
 だから、自分は努力でここまで来たと言いたい気持ちはわかる。
 
 しかしやな、例えば安室奈美恵が「1%の才能と99%の継続・努力をし続けることで今の自分がある」と言ったら、あんたら努力しようと思う?
 
 思わんやろ?
 
 あんな小さい顔は持って生まれたものでないとあり得ない。
 
 それを「99%の継続・努力」と言われても、嘘臭さ満載さ。
 
 
 ビートたけしはこう言ってる。
 
 
 「どの仕事を選ぶかをわかってる人が、才能のある人だと思うよ」
 
 そうなんや。
 
 自分にどんな才能があるかをわかってる人のみが努力を継続出来る。
 
 だって、磨けば光るってわかってるんだから、だから努力出来るんや。
 
 
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 ジョン・レノンはずっとポール・マッカートニーの歌声にコンプレックスを持っていた。
 
 
 忌野清志郎はそんなジョンをこう評している。
 
 「ビートルズをやり始めてからずっとジョン・レノンは自分の声にコンプレックスを持っていた。自分の声こそがビートルズを支えていたのにね」
 
 そんなジョン・レノンは「根本的な才能が自分にあると信じ続けること」が才能と語っている。
 
 いや、信じる信じないは別にして、あんたには才能があったんやって。
 
 
 例えどんなに情熱があって努力したとしても。
 
 
 才能の無い人は絶対に羽生に将棋で勝てないし、アインシュタインのような世紀の発明・発見も出来ない。
 
 「天才なんかいない。僕は他の人がコーヒーを飲んでる時間に努力しただけだ」(魯迅)、「私は天才ではない。普通の人より努力しただけだ」(アンドリュー・カーネギー)、「努力せずに出来る人のことを天才というのなら、僕は天才ではない。努力した結果そうなる人を天才というのなら、僕はそうだ」(イチロー)。
 
 例え、どんな努力したって、魯迅やカーネギーの功績を超えれないし、イチローのようにヒットも打てない。
 
 才能とはその人が「当たり前」に思っている能力なんや。
 
 
 
 
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 世の天才たちは無責任に「努力すれば」天才になれると言うけど。
 
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 才能のない人が自分の才能を信じてるものほど滑稽なものはない。
 
 周りの人たちは天才たちに「あんたには才能があったから努力出来た」と教えてやれ。
 
 そして、才能のない人には「あんたには才能がない」と教えてやれ。
 
 それが親切というものや。
 
 ほなな。
 
 
 
 
 
 
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