お子様に「届かない」言葉を、お子様の「心が動く」言葉にする奇跡のメソッド~あなたは「伝えられない」教育ストレスから解放されよう!

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子供を想って発した「伝わらない」言葉を
子供の心を震わせ、「感動」を与え
子供に素敵な未来を、「展望」させる言葉にするのです

子供への純粋な想いを応援し
「伝わらない」悩みに対し
最適な「展望話」を提供します


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Todoroです!



本日のテーマは教育とは関係ありません笑

自分は大学で合気道のサークルに入っているのですが、

先日悲しい事実を突きつけられてしまいました




先日病院に行って(順天堂付属病院)足の怪我を診てもらってきました



とりあえず、足首が内反方向(ストレッチの時の方向)
に靭帯がゆるんでいるのは相変わらず


この結果、受け身等の際に、足首に負担がどうしても来てしまう
(技量等では避け切れない問題ら)
よって、持病ととらえて頑張れ、




痛みや違和感は運動をする限り一生ついて回るものだから仕方ない
どっちみち限界点を越えれば合気道はできなくなる(手術は可能らしい。)



その限界点なんてのは自分しかわからなくなるので、
合気道はだましだまし続けてもらって結構。




しかし、今現在足首の内反方向への緩みが、膝にも波及しており
結果的に膝の内側の筋が一部損傷しており(どの程度かは不明)



この筋が切れると合気道はできなくなる
とのことでした。




厳しい診断結果となってしまった。
膝が壊れつつあるということは、半年前の状況から悪化しているのは明らか
夏合宿、大会、昇級審査がそこまで効いたのかと思う



しかし、だよ。
じゃあ、医者が言うとおり、休み休み、だましだまし続けられるのか、と思う



受け身、投げ、膝行…

どれも足に負担がかかるものだし、どんなに技量が向上しても避けきれない



となると、自分がこれらをできる「限界」、というものが存在し
その「限界」をしっかりと見つめ、一定距離を保つようにするべきだとして。




そんなんで幹部になれるのか?武人になれるのか?



例えば、合宿中に
「これ以上は回るの無理だわ」って言って、後輩が回る中自分は回らない



例えば、演武前に馬跳びの練習があるとして
「自分は怪我の関係でできませんorz」
といって、何もしないのか。


周りの同期が確実に壁を乗り越えていくなか、
確実にステップアップしているのを横目で見つつ


自分は「限界」がある、という事実を冷徹に見つめ
足に違和感や痛みを感じつつも、ほどほどに続け



劣等感と情けなさと敗北感と常に向き合いながら、一年を過ごせというのか。
壁を超える機会すら奪われ…




ならば、
このまま限界に挑み続けるのも一つの手、だと思う
靭帯が裂け、肉を失ってでも



「意思の力」をもってして、痛みを鈍らせ、不安を封印して
膝行も、飛び受けも、馬跳びも、全て同期に負けないくらい続ける。



それで、いつの日か、本当に限界がきて
足が動かなくなったら、敗北を認め、姿を消す…
そんな未来を近く、近く感じる。



しかし、もう一つの道もあるように思える
今は休み、リハビリをして、足首膝の筋肉をより鍛える
力を抜く、という方向性を目指し、投げや受けの際の負担を極限まで減らす



自分を殺すのではなく、活かすという方向性を志向する…
そんな、遠い未来も見える。




ルーズベルト「競技場に立つ人」



「批判する人に価値は無い



観客席から行動した人間を指して
どうすれば良かったとか
どんな風に躓き失敗したのかを
指摘するだけの人に価値は無い



埃と血と汗にまみれて努力した
競技場に立つ人に
名誉は与えられるのだ



競技場に立つ人は
うまくいけば勝利を得るし
失敗すれば敗北を喫する



しかし失敗し 敗北したとしても
それは果敢に挑んだ結果なのだ」



観客席に戻ることはとても魅力的である
12月をもってして姿を消せば、自分は指摘するだけの人になれる



あるいは、「意思の力」をもってして、
「弾を跳ね返せるぐらい 完璧になってやり
競技場に乗り込んでガツンと言わせやろう」
というのにも強く、強く、惹かれる



しかし、現実はそう甘くはない。



いや、たとえ、完璧になれたとしても
12月までもったとしても、



…たとえ最高に完璧になれ
どんな弾も跳ね返せるようになって
競技場に登場したとしても



そんな完璧な姿をみんな見たいわけではないのだろう
同期の心配を募らせ、信頼を失い
自分の心と体を犠牲にして
それでもって完璧になれたとして



それは望むところではないのだろう。



だとしたら、
今は休み、足首や膝のリハビリを行い、力を抜くことを目指し
ただただ、競技場に足を踏み入れ



自分自身、そしてみんなと向き合い、
自分が気にかける人や、共に闘う人のために



果敢に挑みたいと思う。


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