2016秋〜冬

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電子カルテの運用が開始となり、電子カルテ会議でもシステムに関する不満がぶつけられる中、何度も何度も話し合いを重ね、毎日奮闘していました。

そんな中、保健所監査が来ることになりました。病院勤務経験があるのは自分のみ…グループ病院からの支援も断わり立ち向かうことに決めました。
日々の業務と監査準備。
毎日残業。
休日返上。

正直、毎日毎日イライラしてました。
宇宙人の彼女とも険悪でしたし。
多部署の職員から受ける何気ない言葉や態度にもカチンもやもやとくるし。

でも監査は何とか無事に乗り切りました大泣きうさぎ
テスト勉強を徹夜で頑張って、テスト本番で回答用紙を全部埋められた時の達成感と似ています。

その後日、恐ろしい出来事が起こりました。
いい大人になって、まさか体育館裏に呼び出されるとはカナヘイびっくり
…体育館裏では無く人気のない診察室に、ある部署のトップ2から呼び出され、この間に起こった出来事についての注意を受けました。

正直ショックでした。惨めさから始まり、ジワジワと悔しさが込み上げました。

良かれと思ってやっていたことも、相手が望むことの優先順位からは外れていました。
重ねてショックだったのは、大好きで仲良しだと信じていた方が情報のリーク元だったこと。

私は相手が望むことの優先順位を上げるために、真っ先に病棟での服薬指導を諦めました。
そして、仕事の間は自分の感情を一切封印しようと決心しました。

皮肉なことに今回のこの一件で、良かったこともありました。
まずは病棟に上がらなくなった分、私自身の残業も減ったこと。

あとは、宇宙人の彼女との関係性が大きく変わったこと。
意外にも彼女は、今回の件を報告した時、弱り切っている私の心に寄り添って話を聞いてくれたのですおねがいカナヘイきらきら
今回の一件で、自分が本当に弱っている時に支えてくれる人を、心から大切にしたいと思いました。
宇宙人の彼女以外にも、私のことを不憫に思って涙してくれる方や、電話の声を聞いただけで、心配してくれる方もいました。
本当に有り難くて勇気が出ました笑い泣き

実はこの事件が起こる一週間程度前、人材派遣登録会社に希望内容を動物病院勤務一本で絞り、連絡をしたばかりでした。

病棟業務が存分に出来なくなってしまったことや、ある意味人間不信が再発したこともあり、自分でもネットで検索しまくりました。

つづく

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2016年春〜夏(2)

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私が担当する病棟の内科医Y先生(以降師匠と呼ばせて頂きます)は、病院長です。救急畑で頑張って来たとても優秀な方だと尊敬しています。

当初開院と同時に、グループで開発している電子カルテを導入予定でしたが、開院5日前あたりに見事サーバーがダウンあんぐりうさぎ

システムさんはグループのトップから相当絞られたらしいです。かわいそうにサッ

そんな事態を受け、師匠や師長さんらと紙処方せん運用について話し合い、各病棟をまわってスタッフに理解をしてもらいながら、院内で処方せんを動かし始めました。初めて師匠が書いた紙処方せんが薬剤部に届いた時は、ちょっぴり感動的でしたよおねがいカナヘイきらきら

そして、
カルテは病棟に行かないと見れないし書けない→指導にまわればまわるほど、病棟にいる時間が長くなる→必然的に、師匠や病棟のスタッフ達とも色々な話をしたり、患者さんの些細な変化について一喜一憂出来る様になり、サービス残業はかなり増えたけど、毎日楽しく仕事に没頭出来ました。薬剤部での調剤監査も、病棟業務の合間にこなしました。

そんな中、延期となっていた電子カルテの稼働について、始めはゴールデンウィークあけと聞いていましたが、開発が間に合わないとの話で、6/1から6/15…と延び延びになり、結局7/1に決定しました。その間紙カルテを使った仕事に、私たちは慣れてきていたこともあり、この不完全な電子カルテの導入については賛否両論ありました。
他の部署は、電子カルテの出来上がり具合を懸念して、紙書類の数を調整していく中、薬剤部の業務は、電子カルテに全てを委ねるか、全てを紙のままでいくかの二択でした。
その時には、師匠の業務軽減につながって欲しいという思いと、うちの業務は何とかなるだろうやる気なしピスケという思いもあり、電子カルテに身を任せる決断をしました。

当時、担当病棟のベットは満床の半分程度が埋まっており、師匠1人で全ての処方を電子カルテに移行するのは凄い負担になるだろうと考え、一緒に入力作業を手伝わせて頂きました。

前職場では、大手メーカーのカルテが入っていたので、あまりの使い勝手の悪さにドン引きゲロー

こりゃひどい…
ひどすぎる…
どこがどう酷いのかについては、書ききれないので省略します音譜

でも唯一良かったことは、このカルテの出来があまりにも酷かったので、病院内に一時的に本部から出向してきていた数名のシステムさんたちともタックを組めたこと。

申し訳ないですが、薬ですから💊プンプン!!
こんな出来の悪いカルテ使って、うちの患者さんの身に何かあったらどうしてくれるんじゃムキームカムカ

という気持ちは、
師匠はもちろん、私も、常駐しているシステムさんも同じでしたので、本部のお偉いさんが聞いている会議でも遠慮なく意見を言わせて頂きました。

内外問わず、態度の悪い職員だと思われたに違いないですてへぺろ

長くなりましたが
つづく


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2016年春〜夏

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久しぶりの更新ですてへぺろうさぎ
その後の振り返りをしていきたいと思います。

3月に新しい職場に移り、3月中は4月の開院に向けて座学を受けたり、他のグループ病院の見学ツアーに行ったり、薬品棚を作ったり、手順書を作ったりと日々過ごしていました。
常勤は2名。私は病棟の担当が回復期と療養に決まりましたカナヘイきらきら

患者さんが徐々に入院されてくる中、前職場では当たり前に流れていた入院業務一つをとっても、0からの出発お願い

今までの経験から、薬剤師が少人数でも病棟の患者さんのところへ指導に行ける様、他部署に引き取ってもらえる仕事は、綿密な作戦を練り交渉しました。
立場や職種を超えて、新しい病院を成功させようと皆んなが一つの目標に向かって一丸となれた時期だったと思います。

そんな中、私は壁にぶち当たっていました。
2人しかいないもう1人の薬剤師の存在です。

彼女は、某国立の院卒で博士号を持ち、研究職の経験しかない方で、私が何か相談事を持ちかけても的外れな答えしか返ってこない人でした。
また大変外面が良く、他の部署の人や私以外の人がいる時と、2人きりの時では私に対する態度が180度違っていました。

今思えば、全く信頼関係がない中で私がやるべきだったのは、彼女に信じてもらえる努力であったと思います。

そんな事もあり、私は薬局内に いるよりも病棟にいる方が居心地が良くて、薬局を留守がちになりました。

つづく
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