十津川サポーター

十津川村出身者(通称とつさぽ)が運営しています。台風12号で被害を受けた十津川のために、何かできることはないかなと思って、このブログを立ち上げました。


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早いような短かったような、朝起きるとついに最終日になっていた。なつさんとまちこさんは既に福島の動物保護の活動に旅立ってしまっていた。お世話になった仮設住宅の掃除もしなければいけないし、やることはいくらでもある。あらかじめ私物を含む全ての荷物をゆきちゃんの車に積み込んだうえで、この日の会場となる牛河原第1住宅に出発した。歩いてでも行けるくらいの近さだ。

足ツボマッサージのほうは最終日になってようやく20分という時間を活かしきれるようになってきた。この日は、30代くらいの夫妻で足ツボに来られた方、体格のいいおじいちゃんなど、バラエティ豊かなひとの足をマッサージすることができ、あっという間に時間が過ぎていった。この日はお茶っこがなかったので、どうしても時間が詰まり気味になったけれども、お昼に佐藤さんが「朝気分がよかったから作ったの。」と手作りの炊き込みご飯のおにぎりを差し入れてくださったり、参観日の終わった子どもたちがまどろんでいたりして、随所にほっこりとする時間があって助けられた。一生懸命やっていると、本当にあっという間に2時になってしまった。お世話してくださった方々にお礼の挨拶をし、ふたたび大量の荷物を車に運びいれるのもこれが最後かと思うと、達成感がある反面、何かやり残したような、何かを忘れて来たような気持ちでいっぱいになった。

帰りはゆきちゃんの車に乗せてもらい、東京駅まで送ってもらった。3時頃に出発し、どこにも止まらずに9時前には東京駅に着いた。ゆきちゃんとも、現場でどうするかという話が殆どで、それ以外の話をしたのはこの車の中が初めてだったと言ってもいいくらいだ。夕方からは天気も悪くなって来て、那須あたりで大粒の雨が降り出した。私はビールを飲み、ポテトチップスをむしゃむしゃ食べながら、ひたすら車の歌謡音楽につっこみを入れ、運転のゆきちゃんにしょうもないことを言ったりと失礼極まりないことをしてしまった。いつの間にか、この数日間で、同じ部活をやっている友達のような親しみを覚えていたので、東京駅でゆきちゃんとお別れするときは「また会おうね!」と遠くから叫ぶのが精一杯で、そのまま地下に逃げ込んでしまった。東京駅からのバスは11時で結構時間があったので、新しくなった東京駅八重洲側の食堂街で、今更ながら会津の十割蕎麦を食べたり時間をつぶし、バスでは横たわるなり熟睡してしまった。

以下、思うままに感想

期間
4泊5日という日程で最初は長すぎるのではないかと心配したが、本当にあっという間だった。やはり長くいれば現地の人と話す機会もおのずから増えるし、足ツボに関しても、自分が慣れていく様子が自分で分かるので、徐々に安心感がでてきた。

体力
やはり体力は消耗する。往復するだけでも、かなり消耗する。大事をとって前泊したり、先に寝かせてもらったりと、そこはしっかり意思表示するように、自分にはっぱをかけた。初回ということもあり、(私以外は皆面識があるので)そのなかにいて空気を吸っているだけでも、やはり知らないうちに気は張ってしまうものだ。これはどうしようもないし、無理してもしょうがないと思う。

活動内容
今回は施術者という名目でお世話になったわけだが、やはり「相手がいる」というのはやりがいもあるし、達成感も感じられる。最初は「自分なんかがいいのかな?」と及び腰だったが、足ツボで参加できたことはよかったし、今度参加する機会があれば、やはり施術の側で参加できればと思う。実際に現地の人と話すと「慢性的な運動不足(散歩ができない)」「腰がいたい」「膝がいたい(過去の事故や病気)」など体の上のほうの不調を訴えられる人が多かった。たしかに足ツボは間接的には効くかもしれないが、ダイレクトにそこに応えられるものではないので、今後のニーズとしてはそっちのほうもあるのではないかと感じた。あと、反射区を覚えておらず、聞かれたのに答えられなかったのは致命的。今度は反射区のコピーでも持っていくか、最低限覚えることにしよう。

以上、ながながと6回にも渡って書いた日記でしたが、読んでいただきありがとうございました。読んでいただくことを意識して書いたら、ついこんなに長く、まどろっこしくなってしまった。読んでもらうという前提がなかったら、こんなにこまごまとは書かなかった。次に自分が南相馬に行ったとしても、こんなに長い日記を書くことはもうないだろう。

私がこれまでネット上で読んできたボランティア活動のブログというのは、既に何回も現地に行ったことがあり、お友達もいて、行きたい場所、寄りたい場所がある、そんなボラさんの盛りだくさんなブログだった。すごいなーかっこいいなーでも、そんな名前とか写真を眺めても、知識や土地勘のない自分にはいまいちぴんとこなかったし、遠い世界の出来事のようだった。いったい、どうやってそこへ入っていったらいいのだろう。そんなレベルにまで達していない、つまり、まったく初めてで知っているひとも一緒に行く友達もいないくて、体力にも自信がない、特別な資格も持っていない。車もない。それでも行ってみたい場合は、どうしたらいいの?というような素朴な疑問に応えてくれる情報は、意外に少なかった。というわけで、この南相馬では、なるべくボラ初心者の自分が見聞きしたことを、文字に残すよう心掛けた。あと、これは行ってわかったことだが、自分が憧れ、かつちょっとぴんとこなかったようなボラさん同士、あるいはボラさんと現地の方との繋がりは、いざ我が身にふりかかると本当にありがたかったり、タイミングや縁といったものに感謝したくなる類のもので、やっぱり私もやはり同じような書き方しかできないし、それは関係者のなかで共有されることに意味があるんだなあという、ボラに行く前に気付けよという、ごくありふれた結論であった。

今後、毎回の参加は難しいけれど、また南相馬に足ツボをしに行ってみたいし、そのときはより盛りだくさんな、私が今まで見て来たような多数のボラさんのような日記を書く事ができればいいなと思う。

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十津川村情報HPより抜粋します)



シャクナゲは花殻を摘んであげないと、翌年キレイな花を咲かせにくいそうです。

翌年のシャクナゲのため、作業のお手伝いをお願いします。


日時:5月25日(金)、26(土) 9時30分~15時 ※荒天中止

場所:21世紀の森・紀伊半島森林植物公園(十津川村大字小川112-1)

募集人数:両日とも先着40名  

※両日とも、空きあります。

申込・お問い合せ先:十津川村観光振興課 ℡0746-62-0004

☆お弁当(昼食)と記念品のプレゼントがあるそうです
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遅くなりましたが、南相馬での活動報告二日目です。連休で十津川が入って来てしまったので、ちょっと記憶があやうくなっている部分もあり、これはまずい。なるべく早めに書いていこうとは思っていますが・・・なお、今回はゆきさんのカメラから写真をいただいたので、ところどころ載せています。


十津川サポーター


二日目の施術は牛川原第7仮設住宅の集会所。この日はなつさんとまちこさんという二人の女性が、関東からかけつけてくれて、滞在期間のなかでは一番多い三人体制になった。なつさんは、ゆきさんに負けずおとらずアクティブだが、かわいい度の高い方、まちこさんはクールで長身でてきぱき動かれる、職場だったら仕事を教えてほしい上司タイプだ。福島では東京ビューティー支援チームのほかにも、動物保護や農業などNPOや個人レベルでのさまざまな活動がおこなわれている。なつさんは、二人は既に、南相馬や石巻などでも動物保護の活動(お散歩やトリマー)に参加していて、今回も週末を利用してビューティー支援チームと動物保護の二つの活動に一日ずつ参加されていた。フェイシャル施術の堂々とした姿から、私はてっきりなっちゃんはエステの本職の方だと信じ込んでいたのだが、個人的に興味を持って勉強されたそうだ。もともとの適性もあるのかもしれないが、これには驚かされた。


今回はまちこさんがお茶っこに入ってくださったので、一日目とはかなり雰囲気の違うものになった。お茶っこというのは、文字通り、集会所のなかにテーブルと座布団をコの字にならべ、そこで自由でお茶やお菓子をつまみながら、話をする場所というもの。エステの施術を待つひとはもちろん、物珍しさから一緒に着いてきたお友達の方なども、気楽に長居をすることができ、かつボランティアとも話をすることができる場だ。お茶のサーブやお話はまちこさんが主導となり、予約に合わせてゆきちゃん、なっちゃん、わたしが施術に入るというかたちをとった。初日は人数の関係から、お茶っこはなかったのだが、お茶っこがないと施術しかできないので、予約がいっぱいだと、つい、こんにちは→施術→ありがとうございました。はい次—というように流れがパターン化してしまう。お茶っこというクッションがはいることで、いろんな感想が耳にはいってくるようになった。


施術中、女性陣はやはりお隣のフェイシャルの様子が気になってちょろちょろっと見る人、フェイシャルをやってもらっている人と元気よくおしゃべりする人、足ツボがはじめて両目を見開いて微動さえしない人など、反応は人それぞれだった。だが、どの方も施術のあと、「まあ、足なんか触っていただいて、ありがとうございました。」と膝をついてふかぶかとお辞儀をされたのが、今でも印象に残っている。もちろん嬉しかったけれど、いままで何回、このお辞儀をいろんな人に言ってこられたんだろうなと思うと、胸が痛かった。


個人差はあるが、どの人もこの仮設住宅に移る前に、県内・県外を含むいろいろなところを点々として、ようやく南相馬に戻ってきて寒い冬を越えられて来た方が殆どで、点々としていた頃の思い出、南相馬にいては決して見られなかったであろう、景色や人の優しさを口にされる方が多かった。予想していたが、南相馬から見ると関西はかなり遠いようで、京都・大阪・奈良はどこがどこだかよく分からないと仰るおばあちゃんも多かった。


そして昼食。この日はわたしたち4人のためにMさんが、筍ごはん、あら汁、そして筍の味噌漬けとたくわんを、お皿にひとつひとつ綺麗にラップして集会所に持って来てくださった。地元の家庭料理が食べられるとは思っていなかったので、感謝しながらいただくことにした。あら汁を食べるのは初めてだったが、まぐろのぶつ切りに糸こんにゃく、ねぎ等が入っていて、甘辛いしょうゆ味のおつゆと合わさり、食べごたえ満点だ。本当はまぐろのあらで作るのだが、食べにくいだろうからということで、まぐろの角切りを入れてくれた心遣いに感謝だ。


十津川サポーター
ヤマキのつゆとだしのもとで味付けするのが、ポイントとのこと


この日は、施術を受けてくださった方に、地元のきゅうりのお漬物を渡していたのだが、これらのお金は東京ビューティー支援チームへの活動資金の寄付からなっているようだ。ゆきちゃんはお金をどのように使って支援をするかというところにもかなり心を砕いているようで、お醤油や漬け物など、なるべく地元で作っている会社などで購入するようにしているそうだ。この日は香の蔵(こうのくら)というお店に立ち寄り、相馬きゅうりの漬物を購入した。味噌漬けが主力製品のようで、お店にはきゅうりやしょうがなど、色とりどりの味噌漬けがお重のようなものに盛られ、試食できるようになっていた。(余談だが、十津川へ帰省するときにいいと思い、どさくさにまぎれて幾つか購入したのだが、このしょうがのごま味噌漬は絶品。とくに茶粥との相性は抜群で、あっという間になくなってしまった)さすがに地元での知名度は高く、みなさん渡すと、すぐ分かって喜んでくださって良かったと思う。


十津川サポーター



この日は夕方から、迷子になってしまった動物たちの保護やケアに尽力されている南相馬在住のミキさんと、今回の活動を支えて下さったミキさんの友人でもある、サロン「真こころ」の佐藤さんと、地元のお店で宴をする予定があったのだが、その前に二カ所行くところがあった。ひとつは、地元南相馬のビジネスホテル六角堂さん。もともとはホテルなんだけれども、震災以降は、仮設住宅にビニールハウスを作って畑をする活動や、施設内で整体の施術をされるなどさまざまな活動をされている。なつさんが関東でのフリーマーケットでの売上げを送りたいということで、私も同行させてもらうことができた。この日も常連さんでたいへん賑わっていた。マスターとなつさんらのやりとりをうかがいながら、南相馬にはいろんな活動が入っているけれど、最近は少しずつ支援をする側の横のつながりができてきて、それでまた新しいことができるようになってきているのだなと感じた。


もうひとつは、4月16日に警戒区域が縮小されて(避難指示解除準備区域になった)、一般車の通行することができるようになったばかりの小高地区。先ほど施術した仮設住宅は小高から来られていた人も多かったので、その人たちの故郷を見にいくと思うと、妙な緊張を感じた。6号はまっすぐな道で車の数はそんなに多くなく、防犯の問題からか、パトカーの巡回が目立った。


十津川サポーター


十津川サポーター



しばらく走ると、左手に海が見えた。おそらく数キロは先で、海はちょっと曇った水色をして、とても静かだ。何もなくなっているから、海まで見通せてしまうのだ。水はなくて、今ではすっかり乾いている。海は皮肉なくらい穏やかで、道からだと溜まっているかのようにすら見えた。なにもなくなっただだっぴろい空間のところどころに、つぶれたり、さかさまになった、かつては車だった鉄の塊が見える。残った家では、屋根のうえにのぼって補修している男性の姿も見られたが、ごく僅かだ。


十津川サポーター

コンビニは荒らされた形跡があり、整然と並べられた一年前の雑誌が黄色く変色して、止まってしまった時間を物語っていた。もともと小高町は海産物も豊富で、レクリエーションンなどもできる町だったようで、色褪せてしまった「ようこそ、小高町へ」という看板が、まっすぐな道の脇で寂しそうに佇んでいたのが記憶に残っている。


施術をしたおばあちゃんのなかに、ある話をしてくれた人がいた。



「警戒区域が解除になってね、家に帰ったら、何にもないところにヒヤシンスがね、いっぱいに花を咲かせてたの。もうなんにもないと思ってたからね、あれーっと思って。遠くからでも、その黄色がぱっと目に飛び込んできたの。前の年の種がそのまま落ちて、私らがいらない間に咲いたんだろうね。それを見てたらね。涙がぶわーっとでてきて。この子もこんなに頑張ってるんやから、わたしもしっかりしなきゃいけないと思ってね。励まされたわ。」



重い気持ちを吹き飛ばすように街中へ戻り、その夜は、地元の居酒屋(みきさんの行きつけのスナックだった)でお刺身や唐揚げや、名物肉なし焼きそばなどいろいろなものを、霧島の水割りと一緒につまんだ。まあ、一番のつまみはみきさんとSさんの、子どもの頃からの家族ぐるみの思い出だったのだけれども。


仮設住宅に戻ってからも、少し飲んでいたのだが、さすがに体力の限界を感じたので早々に寝かせてもらうことにした。「ゆきちゃんに心いくまで飲んでほしい」と、アルコールを控えて車の運転に徹してくれた、なつさんに感謝。


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こんばんは。
連休も今日で終わりですね。
当方はギリギリまで十津川の実家に帰省していました。
柿、銀杏、桜・・・ようやく新緑がではじめた山里は、明るい色が溢れていてまばゆいくらいでした。
近所のお家も久しぶりに、たくさんの方が帰省されていて、
田んぼや畑に人がいる景色が見られました。

春ならではの、筍、ふき、ぜんまい、ごんぱち(イタドリ)
今年もたっぷりいただきました。

写真は、帰りのバスに乗る前に慌ててとった写真達です。
連休のお土産がわりに・・・





十津川サポーター

畑の茶山:これで主食の茶粥に使用する番茶をまかないます。あと10日もすれば収穫。

十津川サポーター

キーウィの木

十津川サポーター

ビニールシートは台風12号で崩れ落ちた石垣です。白いハウスはトマト。囲いはきゅうり。

十津川サポーター

十津川サポーター

十津川サポーター

十津川サポーター

ぜんまいは、茹でて干してもんでもんで。手をかけたぶん、美味しい。

$十津川サポーター
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こんにちは。とつさぽです。
南相馬での経験が書き終わらないうちに、GWに突入してしまいましたが、ひとつ告知です。
私が今回南相馬でのボランティアでお世話になりました、「東京ビューティー支援チーム」さんが、
仮設住宅でのエステorリフレクソロジー(足マッサージ)施術のための研修をされるそうです。
実際の20分という施術時間に沿って、しっかり練習。
ちなみに、研修の費用は、すべて物資支援金に充てられるとのことです。

詳細はこちらになります。
http://ameblo.jp/osayuki62/entry-11237326500.html

「何かしたいけれど、自分には技術が・・・」という方に、とくにおすすめしたいです。
私は自己流でしたので手探りでしたが、
こうやって事前に20分という枠でしっかり練習しておくことで、自信を持って施術できるはずですし^^
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(十津川村役場のHPより転載します。詳細はこちらをご覧ください。)
http://www.vill.totsukawa.lg.jp/www/contents/1335230737583/index.html

◆計画策定の趣旨

 紀伊半島大水害からの早急な復旧を進めるとともに、単に水害前の水準に戻すだけでなく、水害を契機に、
生活基盤、産業や経済など、その強み弱みを見直すきっかけとして改善を進める必要があります。
 紀伊半島大水害を契機として十津川村がより良い村になるために、十津川村復興計画を策定しました。

◆計画期間

 平成23年度から平成32年度までの10年間。

◆復興の基本理念

 ~活力があり、魅力にあふれた村へ~
 1.十津川村を愛し、心を寄せ、助け合う
 2.誇りある十津川村再生の実現
 3.災害をバネに十津川村の活力を高める

+++

復旧ではなく、復興を目指すという姿勢、
応援したいです。
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思ったよりも早く終わったので、鹿島区牛河内の仮設住宅に移動し、明日ここの集会所でエステをさせてもらいますというチラシを、各家庭に配布していくことになった。エステの存在を知って貰うことはもちろんだが、最近南相馬市でも仮設住宅での孤独死が報告され、ボラ仲間のあいだでも危機感が共有されていることから、チラシを直接お家に在宅の方に渡すときに声がけをすることで、何か困ったことはないかということを把握し、必要に応じてお宅でエステを施術したり、話し相手になるための、事前リサーチをするという狙いもあった。

牛河内の仮設住宅は川沿いにある比較的大きな仮設住宅で、市街地からコミュニティバスなども発着しており、魚や野菜の巡回販売も週に2~3回来ているそうだ。同じような建物が並んでおり、棟ごとに番号が1から順番についている。一軒一軒玄関をノックし、「こんにちはー。失礼します!チラシ、置かせていただきますね」と言い、住人が出てきたら、チラシを渡しがてらお話をする。仮設住宅はドアが二重になっており、外側のドアは留守中でも鍵がかかっていないことが多い。外にポストもあるのだが、住宅内の回覧などは、直接外側のドアをあけて直接中に置いていくようであった。残念なことに、なかなかご在宅のお宅が少なく、既に他のチラシも何枚か置かれているお宅が殆どである。いそうかな、と思うところでも返事はない。平日の昼間だから無理もないか・・・と、配り方が若干機械的になってきたところ、大きなゆきちゃんの声が聞こえた。

「あっ、肉じゃがの!」
「あらっ、覚えててくれたの!」

いちばん最初に玄関に出てきてくださったこのおばちゃんは、偶然にも以前2ヶ月前にエステを施術したときに、肉じゃがを差し入れてくださったMさんであった。知った顔と分かると、Mさんの表情が一気に柔らかくなったのが、私にも分かった。
「それだったら、明日ご飯持って行ってあげるから。ちょうど千葉から筍が届いたところで、筍ご飯作ってたのよ。じゃあ、炊くのは明日にするわよ。あのね、ごはん、持って来なくていいから。あっ、あっ、ちょっと待ってね。◎◎さんにも声をかけてみるから。いるかしら。あの人も、顔の(エステ)やりたがってたのよね~!」
と、Mさんは自ら履物をはいてさっさと外に出たかと思いきや、「◎◎さん~!」と叫ぶと、人の気配が感じられなかった部屋からもひょこひょこっと◎◎さんがでてきて、今度は◎◎さんがちょうど車で通りかかった△△さんを・・・そして、Mさんが「そういえば、この時間、みんな集会所にいるわよ。そっちに行って宣伝してみたら!?」と勝手知ったる地元ならではの輪で、つないで下さる。結局、リサーチにまで踏み込むことは難しかったものの、覚えてくださった方々(最後に来たのは2ヶ月以上前ということだ)のおかげで、無事に宣伝を済ませることができた。

この日(活動初日)は、ゆきちゃんと親しくされている方の仮設住宅の一室を使わせていただくことになった。残念ながら私は、ここにきて本業の仕事がはいってしまったので、夕方から別行動で宿泊先の仮設住宅で作業をさせてもらうことになった。内装はぱっと見た感じは、新しい賃貸マンションといった感じだが、部屋と部屋のしきりがドアではなく、横に引くタイプのカーテンのため、完全に音やプライバシーを遮るというまでには至らない。なかには部屋が続いている間取りのところもあるそうで、親戚が南相馬に来ても泊まってもらえないという気持ちがよく分かった。私がお邪魔した住宅は、リビングが8畳強、6畳強の洋室が2部屋に台所とバス、トイレ(ユニットではない)がついて、もともとは5-6人家族用だったそうだ(現在は若干緩められ4人~だそう)。施術したおばあちゃんのなかには、1人暮らしの方もいらっしゃったが、1人暮らしだと4.5畳。しかも仮設住宅に設置されているテレビやこたつは、1人暮らしでも、4-5人暮らしでも規格がみな同じため、1人暮らしの部屋にテレビやこたつを据えると、友達をお茶に誘うこともできないくらい、スペースが限られるそうだ。

よりによって、仮設住宅で本業の作業をしなければいけないというのは、何とも疎ましい気分だ。作業をしていると、外から子どもたちがキャッキャと楽しそうに大人とキャッチボールをする声や、煮炊きの音が聞こえてくる。自分が現在住んでいる京都では、大人の男性が子どもにキャッチボールをしてあげるような光景を、ここしばらく見たことがなかった。やがて日が暮れると、駐車場にも何台もの車が帰ってくる。よそ者の自分でさえも、ここの日常に片足だけでもつっこんでいるような気分になり、ビールのおかげもあって、初日特有の張りつめた気持ちがようやく緩んで来た。ほどなく夜になると、どっと床から冷気がのぼってきた。私が宿泊した4月20日、21日は、思わず夜エアコンをつけてしまうほどの冷えであった。すぐに暖かくなるのはいいが、一度消してしまうと急激に冷えるため、冬のあいだは暖房をつけっぱなしにしておかなければならず、おそらくその暖房費も馬鹿にならなかったことだろう。

外食が続いていたので、今夜は新鮮な野菜をと思って寄ってもらったスーパーでは、とんでもなく野菜の値段が高かった。別のところに行けばまた違うのかもしれないが、福島や近場の野菜は皆無に等しく(仙台を応援しようというキャンペーン中で仙台の葉物が若干あったが)、愛知、群馬、はては九州などから来た野菜ばかりが並んでいる。せっかく東北に来たので、東北のものが食べてみたいと思っていたのだが、生鮮ではなかなか見つからず、かろうじてあった八戸産のさばずしと枝豆のざる豆腐をつまんでみた。鯖は脂がのっており、ざる豆腐からは香りのいい枝豆と強い大豆の味がし、何ともビールが進む。

初日だったということもあり、結局この日はゆきちゃんの帰りを待たずして、早々と眠ってしまった。

+++++++

<ちょこっと補足>
南相馬の活動ですが、他のメンバーが書いたものも是非!
写真もいっぱいありますし、何より地域に馴染んでいる様子が分かるのではないかと思います。

リーダーゆきさんのブログ
報告1~8まであるので、結構長編です(笑)

2日目に、エステの施術で参加されたなつさんのブログ
(後述しますが、なつさんは福島の動物を保護する活動にも参加されています)


蛇足ですが、明日から連休ですねー。
わたしは十津川に帰って、のんびりする予定です。
みなさん、いい連休をó㉨ò


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多分、聞きたくても何となく聞きづらいものですよね。
京都から出発、4泊5日(うち車中1泊)の場合です。

ざっとの金額です。

交通費(行き)
京都→東京(JRバス昼行) 5000円*ネット予約
東京→南相馬 (相馬ライナー) 3500円*電話予約

交通費(帰り)
南相馬→東京(車折半) 4200円
東京→京都(JRバス夜行)  6000円*ネット予約

宿泊費
前泊 (南相馬市:マルヤ和室、朝食付)5500円*電話予約
宿泊(2泊、仮設住宅をメンバーらと利用) 800円

計、25,000円

これに食費、おみやげ代、飲む人は飲み代がかかります。
ボランティア保険は、南相馬市のほうで負担してくださいました。



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一夜明けて朝になった。宿の前までゆきちゃんが迎えに来てくれるということで、9時前にはチェックアウトし、お茶のペットボトルを持ちながら玄関の前で待っていた。8時頃には、原ノ町駅に着いた二両の電車から、高校生がぞろぞろと出てきて多少人通りもあったのだが、それもおさまってしんとしている。

厚手のカーディガンに黒のパンツスタイルのゆきちゃんは、長距離の運転の疲れを一切見せなず、さっと荷物を車に載せ、訪問先の鹿島地区の角川原仮設住宅に向かいながら、手短に今日の活動について説明してくれる。一見とてもパワフルなのだが、パワフルさだけつっきらない細やかな気遣いが感じられ、初対面だったがすぐに打ち解けることができた。

昨日は暗くてよく見えなかったが、市内は水田や畑が広がり、川沿いには桜の花が満開になっている。海沿いから比較的ぺったりとした土地が広がり、はるか向こうに飯館や中通の山々がそびえている。のどかで、少しだけ私のふるさとの奈良にも似たぼーっとした空気が流れている。(以前は船が打ち上げられていなそうだが、撤去されたそうだ)水田に水は入っていない。後に地元の人から聞いた話によると、もともと南相馬は兼業農家が多く、米は家で作って一番美味しいところを自家用にし、余ったものを売る。野菜などは買ったことがく、にらや葱なんて繁りすぎて捨てるぐらい。魚介類も鰺や鮭、ホッキ貝などふんだんにあり、これまた買うというよりは貰って食べるもの、というようなところだったそうだ。

仮設住宅はかなり内陸に入ったところにあり、住宅の名前が書いた小さな標識が立っている。これが仮設住宅です、というような遠目からでも分かるような存在感はなく、突如視界に飛び込んで来るという感じ。回りには民家がちらほらある以外は、やはり水田や畑が広がっている。まわりにコンビニや商店はない。グレーのプレハブのような平屋の建物が何列も並んでおり(世帯毎の部屋はくっついている)、何列に一つかは直接車が入れるようになっている。裏側は縁側のようになっており、洗濯物も干せる。なかにはきれいな鉢植えや真新しい自転車を置いている部屋もあった。このような仮設住宅は南相馬市内に30カ所あり、この角川原は一番内陸で、かつ他の仮設からは少し離れたところにある仮設住宅ということであった。

この仮設は、16日に立ち入り解除になったばかりの南相馬市小高区(海沿いのほう)から来られている方が多く、エステを施術する集会所のサロンには既に8名ほどの高齢者の方がお茶を飲みながら話に花を咲かせていた。あらかじめ予約を取っていてくださったそうで、すぐに準備にかかることができた。ちなみにエステも足ツボも満員御礼で、エステはキャンセル待ちの欄までできている。

別室の和室を施術スペースにしてもらい、慌ただしく準備が始まる。エステの性質上、一人一人タオルや、顔をはたくスポンジを換えていくので、それだけでも相当な量になる。お湯を沸かす為のポッドに保温するための瓶、お湯を張るボール、そしてエステを受ける方が寝そべるためのマットに、カバー、膝掛け毛布、電気毛布などなど、施術を受ける人の状況にどのようにでも対応できるよう、本当に色々なものを持ち込んでいる。(自分がやれば、何か忘れ物をしてしまうことは間違いない)肌に当たるものだけではなく、ヒーリング音楽、いい香りのするお香などを配置するという一連の流れを、ゆきちゃんはてきぱきと教えてくれ、私はあたふたしながら、淹れてもらったコーヒーをちゃっかりいただきつつ、ひたすらモノを配置する・・・という行程をどの集会所でも繰り返した。

10時半より施術開始。「では、始めさせていただきます~エステ、◎◎さん、こちらへどうぞ。足マッサージ・・・◎◎さん」とゆきちゃんが予約表を見ながら声をあげる。エステも足ツボも20分で、10分休憩が入り、また施術という流れで、午前中3人、午後4人を施術する。この日は全員が女性で、おそらく60歳以上の方だった。

午前中は、時間配分がつかめず、ある人にはひたすら左の足ばかり押し続けてしまうという失態をおかしたり、タオルを絞るときに水をぴゅんぴゅんまき散らしてしまうなど、色々な失態をやらかしたが、どのおばあちゃんも皆辛抱強く耐えてくださった。本当は若干痛い人もいただろうに、どんなに「痛いですか」と聞いても皆「いえ、大丈夫」と答えてくださるので、そのあたりの加減も悩むところだった。一方、ゆきちゃんはさすがエステを生業とし、ボラの経験が豊富なだけのことはあり、20分のなかにフルに手技を組みこんだ、寧ろ私が受けたいくらいの盛りだくさんなエステを展開している。おばあちゃん達もかなり気持ち良さそうに寝そべり、顔や首をケアしてもらっている。一方、足ツボはのおばあちゃんは、私のぎこちなさのせいなのか、ちょっとカチンコチン。「はー、足ツボを選んでくれた人にちょっと申し訳ないなあ。おばあちゃん、堪忍してな。」なんて心のなかで懺悔する一面も。

こうなることを予期していたのかしていたなかったのかは謎だが、福島に行く前に、私はさんざん周囲の友人から「初回は飛ばしすぎるな」「あれこれやろうと思いすぎるな」「ほどほどに」と言い含められていた。まさに仰る通り。その言葉をあめ玉のように心のなかで転がしながら、とにかく淡々と落ち着いてやることだけを心掛けた。足を拭く行程など、もたもたしてしまった部分に関しては、次の施術のなかで少しずつアレンジを変えてみるなど、それでも初日の午前は暗中模索が続いた。

また、足ツボのおばあちゃん達は比較的目を閉じて黙って受けてくださる方が多かったが、一度口を開くと浜通りの訛りというものはなかなか強烈で、一回では聞き取れないことも多くて、耳のほうに神経を使っているうちに指がしっちゃかめっちゃかということもあった。お昼の休憩で、東京で買ってきてそのまま食べる機会を逃したまま持ってきてしまったパンを口にしたときには、「美味しい、あれ、でもこのパンを買ったのは、昨日の夕方だったんだよな・・・まだ一日もたってないのか」と、目の奥が暗くなったくらいだ。

しかし、人間とは現金なもので、美味しいパンとチーズ、そしてコーヒーを補給するとまた元気になり、かつお腹がいっぱいでぼーっとしていることも手伝って午後はもう少しまったりと(別名若干いい加減に)足ツボができるようになった。だが、相手のおばあちゃんは、痛いのだろうか。眉間に皺を寄せている。しばらくすると、鼾が聞こえだしおばあちゃんは、終わる直前までぐうぐうと寝続けた。

「あー寝てしまったわ^^はあ、すっきりした(実際はもうちょっと方言はいってます)」

と、笑顔を向けられたとき、ようやく地に足がついたというか、力が抜けた気持ちになった。結局この日は7人を施術し、3時前には無事に終了。そして、本日泊まらせていただく牛河内の仮設住宅に向かった。


++++


おばあちゃんのお話については、どこかでまとめて書きますね。
ちょっと細かくて読みづらいですが、ボラに行こうかなとお考えの方には、
どんなことをするのか、参考になればいいなーと思って、細かめに書いています。
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今回の活動日は20日、21日、22日の3日間。21と22日は土日で、ちょうど週末をはさんで日程になっていた。

福島の地理に関しては、バスを予約するまでは、うっすらとしか知らなかった。南相馬は福島県でも太平洋側に位置している。福島県は横に広く、内陸のほうから、会津→中通り→浜通りという3つの地域に別れており、地域ごとに風土もまったく違う。南相馬は浜通りになり、茨城県北部からひとつづきに浜通りという地域をなしている(実際、テレビの天気予報も会津地方、中通り、浜通りというふうに予報がでてくる)。本来であれば、南相馬は常磐道を使って東京から3時間半ほどで行くことができる。が、原発の影響で常磐道は途中までしか通っておらず、現時点では南相馬に行くためには東北道(郡山などを通る)を北上し、内陸の二本松から下道(山道)を1時間半~2時間ひた走り、飯館村を経由して南相馬に降りて来る。東京から自家用車であれば、渋滞がなくスムーズに走って4時間半、バスであれば5時間はかかってしまう。折しも3月31日で、東北道の高速道路の無料化が終了してししまい、往復の高速料金はボランティア活動の大きな出費をしめるようになってしまっている。

リーダーのゆきちゃんは20日の0時頃東京を出発し、朝方南相馬に到着し、仮眠をとったあと活動をスタートさせるという、何ともパワフルなスケジュールを組んでいた。東京から彼女の車に同乗することもできたが、そうすると関西から出発&ボラ初心者の私にとってはかなりきつい日程になるため、大事をとって(要はへたれということです)前泊し、公共交通機関で南相馬まで行くことにした。宿泊については、ゆきちゃんの友人のご厚意で仮設住宅に宿泊させてもらえることになったが、前泊は私一人だったので、自力で宿を手配することになった。南相馬市は市の一部が30キロ圏内に入っている。そのため、長期で滞在する企業の関係者が宿を押さえており、一般が宿を確保するのは非常に難しくなっている。私は3週間前に予約をしたのだが、それでも何軒も満室でごめんなさいがつづき、ようやくキャンセルの出たばかりの部屋を押さえることができた。

関西方面から南相馬へ行くには、東京を経由して相馬ライナーという東京発の高速バスを利用して南相馬に行く、若しくは夜行バスでいったん福島まで行き、福島から南相馬まで路線バスに乗るという方法がある。鉄道好きの私は鉄道を使いたかったが、常磐線が全線運行できていないため、全てバスという行程になった。東京→南相馬の相馬ライナーも、震災後ずっと運休していたが、この3月から復活し、南相馬へのアクセスがかなり楽になったようだ。

相馬ライナーは東京駅の丸の内側にある御幸通りのあたりから発車する。私以外はほぼ地元の方で、独特の訛りがある。みな東京の親戚や友人を訪ねてきたようで、見送りの方が大勢いた。バスに入ってまず気付いたのは、3人に2人がマスクを着用していたことだ。途中の佐野のSAで売店に立ち寄ると、5種類以上のマスクが売っていた。

この相馬ライナーは直行便であることは大変ありがたいのだが、到着が夜11時とかなり遅い。しかも、駅周辺ではなく郊外に到着するため、地元に知り合いがいない限り、市街地まで2キロ弱歩かなければいけない。次回からは(もう次回行く気なのかというつっこみはおいておいて)知り合いができたのでお迎えにきてくれることになったが、今回は初回だったので、i-podの地図を頼りに南相馬の中心地である原町まで歩くことになった。真っ暗な道には人っ気がなく桜が満開になっており、何台もの空のタクシーが走っていく。桜も散ってしまった京都から来た私にとっては、もう一度春が繰り返されているかのようだ。こちらの桜はしだれ桜が多いうえに、一本一本の木に高さがあってダイナミックだ。 寒さは覚悟してきたが、ユニクロのジャケットにヒートテックで充分暖かかった。

ビジネスホテルの和室にきちんと敷かれた布団を見たとき、ようやく緊張が解けた。SA◎POROの黒ラベルとチーズで到着に乾杯し、この日はばったりと眠りについた。

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なかなか話がのろのろですが、まったり書いていきたいと思います。

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