ナベツネさんの記者時代
テーマ:頑張れ巨人渡辺恒雄さん。
雑誌ブルータスの巨人特集が、先日発売。書店に並んでいたので読みました。なかでも、渡辺恒雄さんのインタビューは楽しかった。私がまともに読んだのは、日経の私の履歴書以来のことです。
通称ナベツネさん。現在の肩書きは、読売巨人軍取締役会長。90年台、読売新聞の社長ですから、やはり一角の人物です。
「後楽園へ野球を見に行ったけど、ルールも知らなかったし、素人だった」とは戦後、読売に入社したころのこと。戦中は勤労動員だし、兵隊にもとられ、戦後は共産党。野球どころではなかった、のは本当のことでしょう。
ナベツネさんの読売新聞の政治部記者時代。こんな温かいエピソードを知っています。
昭和30年代。自民党の9大派閥がしのぎを削って、権力闘争に明け暮れた時代のこと。
ナベツネさんは、大野伴睦の番記者。しかも、大野番の記者連中を取り仕切っていたのがナベツネさんです。
ある雨の夜。小さい東京地方紙の顔なじみの記者が、ずぶ濡れになりながら、高輪(東京港区)の大野邸へ歩くのをみつけると、
「きみか、乗りなさい。いっしょに行こう」 「いつもこうしてるのか。社用車は」とナベツネさん。
「ありません」
「そうか、たいへんだな」
翌日、すぐにナベツネさんは、大手5社の番記者に根回し。そして大野邸にその記者がやってくると、
「君さへよければ、あしたから、俺たち6人が交代で、君の社へ車で迎えにいく。それで一緒に取材に行こう。どうだい」
「ありがとうございます」
「よし、これで決まりだ。よかったな」
ナベツネさんは、その時笑顔だったそうです。
その記者とは、当時東京タイムズの記者だった早坂茂三。のち田中角栄の政治秘書。東タイは平成4年に休刊しています。
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