1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-05-17 09:36:22

新著「古典に学ぶ 民主主義の処方箋」出版のお知らせと報告会開催のご案内

テーマ:情熱通信

日々、賑やかしく政治のニュースが流される毎日ですが、私自身、熟慮に熟慮を重ね、ひとつの考えに至ったところです。それは、当面自分自身が選挙に出ることを控え、現代社会の深刻な問題である民主主義の機能不全に対して腰を据えて向き合うために、時とエネルギーを費やしていこうということです。その流れに沿って、この度、私にとって初の単著となる書籍「古典に学ぶ 民主主義の処方箋 ~民主主義の歴史からネット時代を見据える~」を執筆し、出版することとなりました。私の持てる知力を振り絞って、また今日までの経験を俯瞰しながら書きました。我ながら、力作です(汗)。

ありがたいことに、曽根泰教慶応義塾大学大学院教授には政治学のイロハを、幾度にわたってご指導いただき、オビにも一言添えていただきました。内田樹神戸女学院大学名誉教授には、本書を事前に拝読いただき、身に余る一文を添えていただきました。

まず、本著がひとりでも多くの方の手に渡るように、しばらくはセルフ営業部長となります。

6月中旬以降に全国の書店にて購入いただける予定です。また、昨晩からアマゾンでも予約ができるようになりました! ぜひ、いますぐご予約お願いしまーす!!!

http://www.amazon.co.jp/%E5%8F%A4%E5%85%B8%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%87%A6%E6%96%B9%E7%AE%8B-%E7%9F%B3%E4%BA%95-%E7%99%BB%E5%BF%97%E9%83%8E/dp/4904827392/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1463444730&sr=1-1&keywords=%E5%8F%A4%E5%85%B8%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%80%80%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

 

※出版説明会開催概要※

日時:201664日(土)午前10開会(1間半程度を見込んでいます)

場所:西宮市民会館301中会議室(西宮市役所隣)

会費:書籍代実費を申し受けます

 

当日には、私の現在の政治に対する考えを簡潔にお話する予定です。

 

会へ参加されずとも発送ないしお届け希望の方には、書籍代と郵送代実費を含めた振り込み用紙を同封致します。ネット通販でなくとも、当方へ直接、office@toshiro.jp もしくは0798-33-3600までご連絡ください。

 

以下、書籍の紹介です。

 

====================================

書名:「古典に学ぶ 民主主義の処方箋 -民主主義の歴史からネット時代を見据える-」

出版社:游学社

価格:1,400円+税

 

内容

今の社会の最大の問題は、唯一の権力決定プロセスである民主主義が、その機能不全へと陥っていることです。私はそのことを、自分自身の経験からまざまざと感じ、問題の根源がどこにあるのか、思索を続けました。日々、民主主義に対する懸念のニュースは相当数流れてくるにもかかわらず、心に響く解を見つけることが出来ずにいるなかで、ふと、大学時代に格闘した古典に手を伸ばしてみました。大昔に書かれた古典でありますが、人間社会の根源的な課題に向き合う本質的な学びが、その中には溢れていました。

ネットの進展によって情報があふれる社会。だからこそ、色あせない古典の数々にこそ、民主主義の機能不全に対する処方箋が見出せる、そう感じた私は、書を進めることとしました。是非とも、私と共に民主主義再生のための思索の旅にお付き合いいただければ幸いです。

 

まえがきなど

(内田樹氏・巻頭寄稿より)

 彼はこの本を読む読者の知性と判断力を「まず信じる」ところから書き始めている。これは政治家としてはかなり例外的なことではないかと私は思う。「リーダー・フレンドリー」ということを「サルにでもわかる」ように書くことだと信じている書き手は多い。

 この本はそういうのとはものが違う。石井さんが本書で引いているトクヴィルやヴェーバーやバークの文章は、石井さん自身がよく読み込んで、何度もアンダーラインを引いたものの中から選び出されている。それは読めばわかる。権威づけのために適当に切り貼りした知的装飾ではない。彼自身が座右の言葉として拳拳服膺(けんけんふくよう)してきた政治についての本質的な知見を語った箴言を選び出している。いまどきの政治家でここまで誠実に言葉を綴る人はなかなかいない。

 

版元からひとこと

 混沌の時代、多様な価値観が共存し、時に激しくぶつかり合い、せめぎあう時代に、本書ではあえて腰を据えて、時を超えて受け継がれる古典に眼差しを向け、先人たちの叡智から学ぼうとしてきました。民主主義には、化学や物理のような「一つの正解」は存在しません。人間社会の根源、人間とは何かを問い続けるものです。それゆえに時代が去っても輝きが失われることなく、むしろこれだけ情報過多の時代にこそ輝きが増すのです。(あとがきより)

 

内容紹介

われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る(リップマン)

主権は譲り渡され得ない、これと同じ理由によって、主権は代表されない(ルソー)

民主政治は国王や貴族団体より誤りを犯しやすいとしても、一度光りが射しさえすれば、真理に立ち返る機会もまた大きい(トクヴィル)

政治とは、情熱と判断力の2つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である(ヴェーバー)

日本一の大金持も其の日稼ぎの労働者も参政権の前に立てば絶対平等である(斎藤隆夫)

自分の使命をはたすためなら、いつでも姿勢を柔軟に変えられる者こそ、真の首尾一貫性を持っているのだ(バーク)

 本書には、民主主義の真の実現を決して諦めようとしなかった先人たちの古典的名著がいくつも登場します。

「異なる価値観を持った人々が共に暮らす社会は、異論を排しない社会です。少数の意見を排しないで、落としどころを探して行く。そのために代議制民主主義という制度が設計されたのです。議員と有権者の二人三脚が機能して初めて、代議制民主主義はその真価を発揮します。私はそう信じて、今まで「政治バカ」の道を走り続けてきました」と語る著者が、古典を紐解き、先人たちの思索を辿りながら、今や機能不全に陥った民主主義をいかに再生させるるか、そのための処方箋を見出すべく思索を深めて書き上げた1冊です。

 民主主義には、化学や物理のような「一つの正解」は存在しません。人間社会の根源、人間とは何かを問い続けるものです。それゆえに先人たちが紡いだ言葉の力は時代が去っても失われることなく、むしろこれだけ情報過多の時代にこそ輝きを増し、次の時代を切り拓いて行くための手引きとなるでしょう。

 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2016-05-16 23:24:41

二度目のネパール グローバル化する世界の最奥から考える

テーマ:行事、視察結果の報告

今年の連休を利用して、二度目のネパールを訪問しました。ちょうど一年前には、九千人もの命を奪った大地震が発災し、その傷跡がまだ癒えぬ中に、私たちは何ができるかを考える思索の旅でもありました。また、前々から訪れてみたいと思っていたブッタ生誕の地であるルンビニへの訪問、そして友人らが長年支援してきた孤児院も訪問する機会を得ました。

 

⦿グローバル化の波の中の最奥の国

ネパールの一人当たりGDPは700ドル余りと、アジアでは最貧国レベルです。海のないネパールのような国は、立地条件的にも厳しく、グローバル化の波に乗ることはなかなか容易ではありません。特に首都カトマンズは、ヒマラヤ山脈に連なる盆地に位置し、交通網の発達も不十分で、基本的なインフラすらまだ整っていない状況です。また、地下資源にも恵まれているわけではなく、経済学上の国の資源は「人」でしかない、2000万人強の人口のうち200万人ほどが海外に出稼ぎに出ることによって国を支えています。日本にも大よそ4万人のネパール人が来日して様々な仕事に従事しています。街で見かける「インド料理」屋のほとんどは、インド人によるものでなくネパール人が経営していますし、先日、天王洲アイルの和民で食事をしましたが、複数のネパール人の方がお仕事をされていました。

さて、グローバル化する世界の中で、ネパールの地理的条件は極めて厳しいものです。しかし、ネパールの街を歩き、人に触れ合って感じるのが、この国の人の純粋さ、自然のすばらしさです。ただ、都市部では急増する自動車やバイクの排気ガスや騒音にめまいがしそうになるのもアジア諸国の例外ではありません。このまま、この国がビジョンなくグローバル化の波についていこうとするならば、悪い意味でのグローバリズムにネパールも覆われ、人のよさや自然の恵みはさらに薄らいでいくかもしれません。そうならないように、私たちは何ができるのか。そう考える時点で、日本人のエゴなのかもしれないし、そう考えるならば、無条件でもっと環境技術を供与するスキームを特別にネパール(やブータンなど)に適用できるような仕組みを作るべきなのだろうかと、思索にふけるのでありました。

 

{EF9D5791-5FC4-47E3-B66D-8A84A8B692A9}

⦿カトマンズだけで世界遺産が7つ! そしてその世界遺産が大変な事態に!

カトマンズは、古くに栄えた王国がいくつも存在した、まさに古都です。チベットのラマからヒマラヤを越えてインドへ向かう際に、旅人たちはカトマンズへ立ち寄りました。海運が常識となるはるか前の時代は、人々は歩いて交易をしたわけですが、カトマンズはその時代に大いに栄えたわけです。その名残から、旧王宮やチベット仏教寺院、そしてヒンズー教寺院など歴史的建造物があちらこちらに建立し、1つの都市圏内に7つもの世界遺産を数えることとなっています。

その世界遺産も、昨年の地震で大変深刻な被害を受け、その修復には未だ、目途が立っていない部分が多くあるそうです。本来はその国が主体的に復旧への責任を果たすべきところですが、ネパール政府には十分な資力がないとみられます。そこで、この世界遺産の修復には、ユネスコが中心となり、日本政府も相応の責務を負って修復に向けて尽力するという話を聞きました。すばらしい話だと思います。世界遺産は、まさに人類共有の財産。その生きる歴史を、次世代につないでいくために、国境を越えて日本が力を尽くせるのならば、それは一国民としては喜びです。こうした日本の税金の使い方、私はありだと思います。

 

{64AA5DAB-8353-4DFA-9890-5CC64798F026}
{19826DAA-C330-4197-A065-C06E39C9FE1D}


⦿ブッタ生誕の地 ルンビニへ

日本人はその多くが仏教をルーツにしているといって良いでしょう。普段は意識しなくても、冠婚葬祭や法事などの際、仏教を意識する場に触れることは、誰にでもあることです。そのブッタが生誕した地は、インドではなくネパールに位置します。ちなみに仏教の四大聖地とは、ブッタ生誕の地であるルンビニ、初めて悟りを開いた地であるブッダガヤ、初めて説法をしたサールナート、そして入滅した地クシーナガラであり、ルンビニ以外は現在のインドに属します。

ルンビニが生誕の地として再整備されるようになったのは、実は最近の話で、1970年以降の事だそうです。ほぼ一千年近く、ルンビニは静かな農村であったようですが、ドイツの学者が昔の文献から正確にルンビニを探り当て、そして戦後に国際社会がルンビニの再興へと歩みを始めたということです。そして、その新たなる古の聖地をグランドデザインしたのが、日本の著名な建築家、丹下健三氏でした。そのグランドデザインに沿って、今、ルンビニは世界の仏教聖地の様相を呈しています。合掌している私の背後にある建物の中に、仏陀生誕を示す石が置かれています。またこの町には、各国に伝播した様々な仏教のお寺が並んでいます。タイ、スリランカ、カンボジア、中国、ネパール、ドイツなどなど実に多様です。さて日本は、途中まで建設が進んでいるものの、何かしらの理由で現在中断されている模様です。

また、上述の日本寺とは別に、日蓮宗系の仏舎利塔が建造されており、こちらには日本からはるばるブッタ生誕の地にやって来た上人が、混沌とする世界の闇を照らす灯りとなるべく、日々おつとめをされておられました。ルンビニを訪れて17年になるという佐藤達馬上人とは、少しの時間ですがお話することができ、我欲渦巻く現代社会に対して、大いに懸念をお持ちであることがよくわかりました。

仏教だけでも世界に伝播し様々な形となっているわけですが、その多様化した仏教が、ブッタ生誕の地ではひとつになって共存している、この姿に触れるだけでも、多様性を排除しがちな今の社会に生きる我々が、ルンビニを訪れる価値があると思ったものです。

 

{0C9C267D-D917-411E-88A3-B0604EA6F655}

{BB7FFE4B-2BEE-4A27-89AC-066FEFCFFA9E}

⦿孤児院を訪れて 世界の果てしなき不平等を目の当たりにして

今回は、ルンビニ近くのダウネ山麓にある僧院を訪れる機会も得ました。共にネパールを訪れた友人らが、長年支援をしている孤児院の訪問に私も同行をさせていただきました。この僧院には、ブッタの母である摩耶夫人の生地に近く、マヤ夫人が瞑想したという岩がある、由緒あるお寺でもあります。孤児院には、下は2歳ごろから15歳くらいまでの100名を超える子供たちが共同生活をしていました。学校も併設されており、まさに生活空間はこの僧院内ですべてが賄われているようです。子どもたちは、男の子たちはみんな丸坊主でくりくりあたまで、澄み切ったくりくりの目をして、友達と楽しそうに遊んでいます。一方、卒業生が教師をしているそうなのですが、みんな総じて体が小さいというのです。孤児院の経営は苦しく、みんなに十分な栄養のある食べ物を与えられてこなかった、というような話もしていました。みんな元気には見えるけども、孤児院ですから、基本的には親が育てられない、もしくは育てる気がない子供たちが集まってきています。

日本でも、子供の貧困などの問題が最近はクローズアップされています。日本の状況も深刻ではあるけども、このネパールの子どもたちを取り巻く環境は、なかなか一筋縄では手が付けられない、支援の手を差し出すにしても限りがあるのではないだろうか、将来の選択肢をどう広げてあげられるのだろうか、そんなことを難しく考えるのならば、1円でも多くおいて来ればいいのだろうか、などなどと、これまた思索のサイクルに入っていくのでありました。

子どもたちに「将来の夢は何? 何になりたい?」と聞いてみました。そんな質問されたことないのでしょうか、とても恥ずかしそうに、でも笑顔で「先生!」と答える子供がたくさんいました。物質的には圧倒的に不平等の極みにいる孤児院の子どもたちですが、校長先生をはじめとした、子供たちに無限の愛を注ぐ尊敬すべき大人が傍にいるということは、それはそれでとても幸せなのかもしれない、そうも思いました。

{97A99D71-CF7D-476A-8DB6-B6A66341BE03}

 

⦿まとめ 結局は、脱GDP至上主義なのか

とてもまとまりのない報告になってしまいました。まとまりがないので、何とか無理やりにでもまとめておこうと思います。ネパールの地理的条件の厳しさを強調しましたが、首都カトマンズが山麓盆地に位置するために、なかなかグローバリズムのスタンダートでは太刀打ちしにくい状況にあるのは事実です。一方、ルンビニが位置するネパール南部のタライ平原は、まさに末広がりの平原で、今は延々と農地が広がるばかりです。今後、ネパールがグローバルスタンダートな方針で発展を目指すのであれば、とてもポテンシャルのある土地であることがよくわかりました。それなりの経済発展がなければ、人々の生活は改善されることはありません。きれいごとばかり言うつもりはなく、現実に即した戦略を、ネパール政府が今後進めていくことを期待するものです。

一方で、やはりネパールを再び訪れて感じるのは、経済的価値に表せられない価値に溢れている、ということです。マックス・ヴェーバーが言うように、人間が価値を置くのは経済的に合理的なものだけではなく、宗教的であったり感情的であったり伝統的であったり、つまり非価格的であっても、人間は価値を見出すのです。その非価格的、非貨幣的な価値に溢れている国が、ネパールなのだということです。(ほぼ)隣国のブータンが、GNHで名を馳せたわけですが、といいながらブータンは水力発電が活発でインドへの売電などでひとりあたりGDPは2000ドル程度ということです。繰り返しますが、ネパールは700ドルです。ここがもう少しブータン程度まで上がって、そのくらいでうまく社会が回るような仕組みが、どうにか見いだせたら素晴らしいと思うのですが。

いずれにせよ、思索にふける機会を与えてくれる、大いに意義深い旅でした。

{5090A4E4-30CF-4343-977C-46BB3E5ECE37}

{88F789F3-C426-49DD-AE3A-3E31C0455FE9}


 

 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2016-01-26 12:22:21

土肥隆一元衆議院議員逝去にあたり

テーマ:日々活動報告・雑感

衆議院議員を七期、その間に衆議院政治倫理審査会会長、民主党兵庫県連代表などを歴任された土肥隆一元衆議院議員が亡くなられたとの記事に今朝接しました。謹んでお悔やみ申し上げると共に、心よりのご冥福をお祈り申し上げます。

 

土肥先生といえば、二〇一一年に韓国へ渡られた際、竹島が韓国の領土であると主張した声明が出された際に、その場に同席されたということが日本でも報じられ、多くの批判を受けられ、民主党を離党されたことがどうしても思い起こされます。当時、同じ兵庫県出身の衆議院議員であった私は、その報道に目を疑い、頭を抱えたことを思い出します。ことの真実以前に、問題の性質や既に報道されてしまった内容等から、我々にも相当なダメージが来ることは予想でき、大変当惑したことがありました。

事実、その後は相当の期間、激怒した市民からの抗議の電話や辞職勧告の声が届けられ、土肥事務所はもとより、民主党県連は業務遂行不可能となり、一時期閉鎖を余儀なくされました。党所属であった土肥先生の地元、垂水と須磨の地方議員や、隣接する選挙区の同僚代議士らにも激しい罵声が浴びせられ、少し離れてはいるものの私のところにも、かなりの非難が寄せられました。当時の民主党は、尖閣諸島へ中国籍漁船が侵入した事案に対して船長を早々と釈放したことや、東日本大震災および東電福島原発事故への対応に対する批判もあり、それらに、まるで火に油を注ぐかのように発覚したのが、土肥先生の一件でした。

 

土肥先生の行動を今になって是非を論ずるつもりも、ここで私一人で名誉回復しようなどと言う考えは全くありません。竹島は我が国の領土であることは自明のことであり、土肥先生の当時の報道されたような行動を擁護できるものではありません。あの時、私たちは同じ県連として、なぜあのようなことに至ったのか、直接お話しいただきたいと願いまいたが、その機会を得られることはなく、ほどなく土肥先生が自ら離党され疎遠となってしまいました。

ただ、あの事案のしばし後の新聞記事によって、その一端を知ることが出来ました。その記事には、土肥先生の幼少期の原体験が書かれていました。父親が朝鮮総督府の役人として朝鮮半島に勤務していた時、隆一少年は地元の小学校に通うことになります。そこでは、日本語によって授業が行われ、朝鮮の地元出身の子どもも朝鮮語を話すことは許されません。しかし、十分に日本語が話せない子、思わず朝鮮語が出てしまう子供がいるわけですが、そうした子供に対し、容赦なく教師から半端ない暴力が振るわれる様子を、毎日のように目の当たりにしたそうです。同じ年代の子どもが、毎日のようにぶん殴られている。日本語が話せないというだけでふるわれる暴力に、隆一少年が心を痛めたであろうことは想像に難くありません。その頃の影響があってのことでしょうか、先生は牧師となられ、平和を追求する尊い道を歩まれます。議員となられた後も、平和外交を推進し、弱者に対する温かな慮りを政治の場で実現するべく、活動されました。

 

私自身、土肥先生にお世話になった一人です。土肥先生が民主党兵庫県連代表であった時に、兵庫7区の支部長および衆議院議員候補となる際の様々なハードルに対し、文字通り体を張っていただきました。当時の兵庫7区は、土井たか子元社会党委員長が健在の選挙区で、私の出馬は、一定の協力関係にあった社民党に弓をひくことを意味し、民主党内には私の活動に快く思わない方々もいらっしゃいました。しかし、土肥先生ご自身も元社会党所属でありながら、私の擁立に全力を傾けていただいたこと、私の擁立を党として決めた後にも、納得しない組織団体がいくつもある中で、自らの選挙に影響があることも承知で背中を押し続けていただいたことは、何よりも力になりました。

 

土肥先生と最後にゆっくり話したのは、2012年の夏だったでしょうか。一連の事案を受けて土肥先生は民主党を離党されていましたが、次期衆議院議員選挙への不出馬表明はまだされていらっしゃいませんでした。党として候補を擁立せねばなりませんが、前任党支部長で現職議員の土肥先生と話もできていないようでは、選挙など戦えるはずもありません。私は、党県連選対委員長という立場でしたから、土肥先生の去就を明らかにしていただかなくてはいけない、そして対応せねばいけない立場でした。もっとストレートに言えば、私と、当時の県連代表であった松本剛明代議士は、土肥先生に引導を渡さなくてはいけない職責にありました。

久々にお会いし、昼食を共にした土肥先生は、最初こそ雰囲気が打ち解けていなかったものの、松本代議士と私が雁首を揃えて恐縮した姿をみて、勇退を決断していただいたことと思います。たかだか一期も務めていない私がいるところで引導を渡されたことをどう思われたか、その気持ちがわかるほどの人生経験を未だに積めておりませんのでわかりませんが、心地よいものでないことだけは明らかであったでしょう。

 

晩年は、風の便りに、体調を崩されていることを聞いてはおりました。どこかでお会いして、選挙の話を抜きに、ご自身が歩まれた人生や、私たちへの教訓をお聞かせいただく機会があればよいと思っておりましたが、今日、悲報に接することとなりました。無念の思いであったか、それともご自分としては一連の事案を十分咀嚼されていたか、そのこともわからず仕舞いでありますが、土肥先生が歩まれた道の後ろには、私をはじめとした、真の平和を求める若者がこの国にいることは事実です。

 

天に召され、聖者となられた土肥先生。生前のご厚情に心よりの感謝を申し上げ、今はただ安らかに、ご冥福をお祈りするものです。ありがとうございました。

 

石井登志郎拝

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2016-01-01 06:45:37

2016年の年頭ご挨拶

テーマ:情熱通信

2016年が幕を開けました!

 

いよいよ、新しい年が幕を開けました。例年と同じく、朝起き会の元朝式から爽やかにスタートする一年となりました。

 

さて2016年の干支は丙申(ひのえさる)。含意は、これまで表出してこなかったような様々な物事が明らかになってゆき、実が固まっていく、とされています。昨年2015年の干支が乙羊(きのとひつじ)で含意がまさに我慢でありましたから、これとあわせて考えると、今年は昨年まで悶々としておさえつけられていたものが表面化していく一年なのだと思われます。

 

私にとっても、なるほどと思える干支の巡りあわせです。私にとって何が表出していくかは、私次第ということでしょう。地に足を付けて成果を表出できる一年にしていきたいと思います。本年も東京と関西を行き来する一年になると思います。また新たな分野へのチャレンジも決め、これまで見えてこなかった世界から自分自身や我が町の探求をしたいと思っています。それと、さび付いた英語力のバージョンアップとダイエットなど体作りも頑張ろうと思っています。(嫁には「年明けからの決意は毎年聞いている気がする」と言われてしまいましたが(笑))

 

今年一年が皆様にとって実りある一年となりますことを祈念するとともに、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!

{9551561E-E7DC-4A9C-830C-8D95F5444A92:01}

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-11-25 09:15:12

「おおさか維新」の勝利に関する考察

テーマ:情熱通信
〝圧勝″の要因を探る
大阪府知事と市長選挙のダブル選挙では、「おおさか維新の会」の圧勝という結末でした。事前の調査などでは、特に大阪市長選挙の方では反維新陣営が優勢との報道もありましたから、選挙戦における維新陣営の勢いは相当なものだったということです。この圧勝の要因は何か、日本の政治の行き先を鑑みるために、しっかり咀嚼したいと思います。
 
多くの識者がこのW選挙の考察をブログなりで発表しています。その中で一番わかりやすくすとんと落ちる説明をしてくれるのが国際政治学者の三浦瑠璃さんの分析です。長文ですから抜粋しますが、今回のW選挙維新勝利の要因で次の点を指摘します。
 
維新への評価には個別の政策を離れた社会文化的なものがあるように思います。それはトップダウンの意思決定スタイルであり、議論を尽くしたならば決をとるという原則主義です。個別の既得権集団に事実上の拒否権を認め、強い反対が存在する限りは現状維持がまかり通ってしまう、「ムラ社会」への不満です。
(中略)
都構想をめぐる住民投票で前面に出された統治機構改革の原則論や、詳細な行政的論点ではなく、維新が設定した強烈なメッセージ=ポリティクスが奏功したのです。
それは、改革を前に進めるか戻すかであり、かつての大阪市政に戻していいのかということであり、都構想にもう一度挑戦するか否かということでした。
 
確かに、「ムラ社会」に対する普通の市民の反発が強いことは、私もよくわかります。一部の人だけが得をしているように見えるのです。それと維新のスタイル、確かに分かりやすいと思いますが、それが対立や罵詈雑言を浴びせなければいけないことなのか、そこは理解に苦しむところです。
私は、この三浦さんの分析と合わせて注目するのが、維新は空中戦頼りに見えるけれども、実は「どぶ板」選挙にも徹底して力を入れて来た、ということです。私の周りの話でも新聞記事でも確認できますが、大阪府下の地方議員100名以上に国会議員とそのスタッフ、さらに支援者を総動員していわゆる「どぶ板」を徹底的に行い、電話かけから街頭活動に至るまで、しっかりとやりきっていました。対する反維新連合も、同じく組織戦を展開したようですが、同じ物量合戦になれば、メッセージ力が強い方が上回るのが世の常です。
 
大阪の圧勝と全国の温度差 大阪はスコットランド化するか
今回のW選挙で、大阪では維新の力は衰えていないことが示されました。一方で、この強さは大阪とその近隣に限られていることが大きな特徴です。私が目にした世論調査では、自民党支持率は全国的に20%から40%、対する民主党支持率は関西以外の北海道や愛知などでは10%から15%前後で一部で自民党に拮抗(兵庫県民には信じられない!)、維新の支持率は1%から5%程度です。一方で関西では、自民党とおおさか維新の支持率は20%前後で拮抗、民主党は共産党や公明党と5%前後で競い合う様相です。要は、大阪と関西のごく一部でのみ、「おおさか維新」の威力が示されているという状況です。
 
ここで想起されるのが、今年イギリスで行われた総選挙で、スコットランドの地域政党とも言えるスコットランド国民党が、スコットランド地域の議席をほぼ独占し、前回の6議席から56議席に躍進をしたことです。イギリスは、イングランド、ウェールズ、北アイルランド、スコットランドの四つの国がひとつになった王国です。イギリス下院(庶民院)650議席中59議席がスコットランドに割り当てられています。そのうち56議席をスコットランド国民党が獲得したわけです。
ちなみに、前回2010年のイギリス総選挙においては、保守党、労働党に続く第三党はクレッグ党首率いる自由民主党で、57議席を獲得して第三極の地位を確立し保守党との連立政権を組みました。それが2015年には8議席と惨敗をしています。第三極が政権に入る、ないしすり寄ると消滅すると言われる一つの例と言えるでしょう。
「おおさか維新」が大阪に特化しスコットランド国民党化して勢いを維持するか、イギリス自由民主党化して一時の春を謳歌するか、今後の舵取りが注目されます。
 
政治の関心を喪失させてはいないか 
今回のW選挙の投票率は、大阪市長選挙50.51%、大阪府知事選挙が45.47%でした。前回(2011年)W選挙は、市長選挙が60.92%、知事選挙が52.88%でしたから、市長選挙で10%ダウン、知事選挙で7%ダウンとなり、前回より関心が薄れたとも言えます。しかし、その前と比べると、市長選挙(2007年。平松市長誕生)は43.61%で7%多く、橋下さんや維新の登場が投票率を高めはしたけれども、前回2011年が熱狂のピークであったと見ることが出来ます。2005年の郵政選挙、2009年の政権交代選挙、そしてこの大阪W選挙。熱狂とワンイシューで注目をひいた手法が派手すぎたために、有権者が政治から離れていくことは一番好ましいことではありま せん。この嵐が過ぎた今こそ、民主主義は地に足をつける時と思います。
 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-10-02 11:33:05

副首都構想!

テーマ:情熱通信

昨日、橋下徹大阪市長らが記者会見をし、国政政党「おおさか維新の会」設立を表明、綱領に「大阪を副首都」と盛り込むことを発表しました。

副首都!、この言葉は、2004年に石井一と私が共著で出版した「日本再生 副首都プロジェクト 国家危機管理国際都市創設の提言」から使われ始めた言葉です。この構想が、今ここでこうした形で取り上げられるのはある意味で光栄ですが、今日まで相当の労力を費やしてきた立場としては、これが単なる選挙の争点に留まるのではなく、本当に実現するための前向きなエネルギーになってもらえたらと思うものです。

 

オリジナルの副首都構想は、通称NEMIC(ネーミック)構想と呼び、一言でいえば、伊丹空港を廃港してその跡地に副首都を創設する、というものです。これは国家百年の計とも言える超大型プロジェクトですから、基本的には不偏不党、超党派の議員連盟を立ち上げて、数十回の勉強会や、立法作業も進めて参りました。20117月には、危機管理都市推進議員連盟が、「首都代替機能の整備の推進に関する法律案」をまとめるなど、活発に活動してきました。また、本構想を実現するために、一般財団法人も立ち上げて、政界に留まらない幅広な活動も行ってきました。

 

その中で、当時大阪府知事であった橋下徹氏にも賛同いただき、東京都知事であった石原慎太郎氏も、「遷都は反対だが副首都によるバックアップは必要と思う」とサポートの意思を示してもらいました。特に2011年の東日本大震災の経験は、私たちの危機意識を相当高めたのは事実です。原子力災害が最悪の事態に陥ってしまえば、首都機能はマヒしてしまいます。福島第一原発四号炉の使用済み核燃料が溶融すれば東日本がマヒするとした、近藤駿介原子力委員長(当時)のレポートが、ただの悪夢としてではなく現実に起こり得るものとして対策せねばならない、そんな思いで活動してきました。

 

ただ、伊丹空港の廃港に関しては、賛否両論あるものです。そして時間がかかるものです。よって、すぐにできる活動として、大阪城の横にある、中央省庁の合同庁舎の一角を官邸機能を代替しうるものへとバージョンアップさせることもして参りました。また、東日本大震災の教訓(仙台空港が津波被害を受けるなど)から、内陸空港の重要性を説く声もあります。これに対しては、伊丹の二本の滑走路を一本にまとめ、ターミナルビルを移動させて近隣の農地などを確保すれば、100ヘクタールほどの土地は確保できるため、そこに副首都を建設してはとの考えもあります。

 

それと、この副首都プロジェクトがなぜ関西、大阪であるのか、その客観的説得力は極めて重要です。首都機能移転では、あっちもこっちも手を挙げて、結局収拾がつきませんでした。関西は、言うまでもなく日本第二の圏域であり、その集積は今後も変わらず、日本の核でしょう。そうした点を踏まえ、関西・大阪が副首都にふさわしいと、北海道から九州までの日本人に理解してもらえるようでないと、このプロジェクトは成功しません。今日まで、その努力を積み重ねてきた自負が、我々にはあります。

 

おおさか維新の会によって、「副首都構想」を大きく取り上げることは大歓迎です。このプロジェクトは、選挙における「是か非か」の選択を迫るのではなく、オールジャパンで推進していく、そうした方向性で議論が進めていかねばなりません。

http://www.amazon.co.jp/日本再生-副首都プロジェクト―国家危機管理国際都市創設への提言-石井-一/dp/442676100X

 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-09-28 08:43:13

安倍政権は、本当に国民経済のためになる政権か

テーマ:情熱通信

歴史は語る 戦争より経済

イギリスにおける第二次大戦の英雄、チャーチル率いる保守党は、ナチスドイツに勝利をした余韻を持って、当然に国民の支持が得られると思っていたところ、まさかの結果に見舞われます。ドイツ降伏から2か月後の19457月のイギリス総選挙において、保守党政権はアトリー率いる労働党政権に敗北を喫します。イギリス国民は、いつまでも大戦の余韻を引きずるチャーチルでなく、「福祉の充実、生活の再建」を訴えた労働党に支持を寄せたわけです。

もう一つ、似たような事例が1992年のアメリカ大統領選挙です。湾岸戦争に勝利し、中東和平を進めたブッシュ(父)大統領の再選は固いと事前から言われ続けていました。一方で、米国民はアメリカの将来を喜ぶ一方で、経済への不満もたまっていました。そこに、「It’s the economy, stupid!」(経済こそが大切なんだ、愚か者!)とした刺激的なフレーズを掲げて、若いクリントン(夫)が大統領選挙に勝利します。当選後は経済に主眼を置き、財政再建も実現をしました。

 

安倍首相はわかっているように見えるけども

安保国会で見苦しい姿を国民に曝し、批判に耳を傾けずに集団的自衛権行使を認める法律を通した安倍政権。その余韻を打ち切るかのように、「新三本の矢」なんてものが出てきました。安倍さんは、チャーチルやブッシュの失敗を意識しているのかもしれません。だから3年前に再び政権に復帰した時も、最初は経済に力を入れ、そして今、再び経済に力を入れる姿勢を見せています。

しかし、目くらましに経済を使っているだけではないのか、私にはそう見えます。金融緩和と円安によって経済がよくなったと言うけども息切れ間近、地方創生も中途半端に数千億円を地方にばらまいているだけ、TPPはたかだか数パーセントの関税率を下げるために農業に大打撃を与えるような、無意味な交渉にも見えます。

GDP600兆円にするとか、出生率を1.8にするとか、介護離職をなくすとか、一億総活躍社会を目指すとか、安倍さんが924日に掲げたアドバルーンは、確かに耳触りは悪くありません。ただ、自民党の政治はいつもそうですが、うまいこと期待させることに長けてはいるだけのようです。

 

経済と国民生活を本当に大切にする姿勢から、外交も見えてくる

冒頭に触れた、チャーチルとブッシュの敗北から学べることは、アトリーとクリントンは、本当に経済に目を向けていたと言うことです。その点からすれば、安倍さんはやはり、経済よりも自分の理想が先行しているように思えてなりません。

中国の習近平国家主席が、アメリカを訪れ、オバマ大統領と会談をしました。サイバーテロや南沙諸島問題での応酬ももちろん注目ですし、立場の違いが際立った会談ではありました。ただ、私の注目する最大のポイントは、両国は今後さらに経済的なつながりが高まり、国民生活の相互依存が深まっていく中で、対話が続くことです。実利からすれば少々の軍事的な衝突すらあってはならない状況に、両国が置かれる中、米中が現実に即した外交を進めようとしている大きな岐路に立っています。

自分の理想に突き進む安倍さんと、米中首脳の外交と、どちらがしたたかで国民利益に叶うか、そうした視点でも今の政治を見てゆくと、今の政治に対する評価も変わっていくかもしれません。

 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-09-18 10:59:11

安保法案の採決 「野暮」な日本政治を凝縮した姿だ

テーマ:情熱通信

「あんた、イキだねー!」と言われれば、江戸っ子風に、「イケテルねー、カッコいいねー。」という感じでしょうか。(いきまたは意気とは、江戸における美意識(美的観念)のひとつであった。江戸時代後期に、江戸深川の芸者(辰巳芸者)についていったのがはじまりとされる。身なりや振る舞いが洗練されていて、かっこうよいと感じられること。また、人情に通じていること、遊び方を知っていることなどの意味も含む。出典:wikipedia

「イキ(意気)」の反対は、「野暮(ヤボ)」。「あの人、野暮ったい。」なんて表現を、ファッションなどでたまに使ったりします。意味は「世情に疎く,人情の機微を解さない・こと(さま)。そのような人をもいう。」(出典:三省堂大辞林)要は「イケてない」状態でのこと。

 

ここ数日の国会の混乱状況は、本当に残念です。江戸っ子がみたら、「こりゃ、イキだねー。」とは到底、言える状態ではなく。

 

そもそも、総理があれだけ言っていたホルムズ海峡の機雷除去を、イラン情勢の変化もあったからでしょうか、想定から外したことひとつとってみても、立法事実は弱く、また、憲法解釈を捻じ曲げてこの法案をごり押しするのは、「野暮」以外の何ものでもありません。

 

一方で、確かに、中国の傍若無人とも思える振る舞いや、アメリカ軍の財政面その他制約によって日本独自の力、というか自国防衛にかける責任を示さねばいけない状況にあるのも事実です。今日の平和が、9条によってもたらされたと言うより、日米同盟によってもたらされたという主張も、説得力はあります。しかし、憲法は憲法、法的安定性、立法事実、これらは法治国家の命です。

 

本来は、法案をまとめるのでなく、まずPKO法などハードルの低いものから一つ一つ積み上げて、与野党のコンセンサスを得ながら進めるべき話ではったのではないか。意地になって突き進む自民党政権に対抗し得ない野党も無力ですが、与党内からもっと反対論、抑制論が出て来なかったことは、極めて深刻ですし、連立を組む公明党の責任は甚大です。

 

私がなぜここで、「イキ」と「野暮」を持ち出したか。それは、何が「正」で、何が「誤」か、これはそれぞれの価値観、立ち位置によって変わって来るものです。中国の古いことわざに「一月三舟」とあります。これは、元出雲市長、衆議院議員であった岩国哲人先生のコラムの題名でもありますが、含意は、「一つのものでも、見る者によって違ったように見えること。」です。北に向かう舟から月を見れば、月も北に動いているように見える、東に向かう舟から月を見れば、月も東に動いているように見える。止まっている舟から月を見れば、月も止まって見える。

物の見方が、人によって違うことを受け入れながら、自分とは違う「正義」の価値観があることを受け入れ、そして議論し、違いを埋めながら、修文を重ねてコンセンサスを得るのが、本来の議会の役割です。

 

「野暮」な中でも、各地で沸き起こったデモは、「イキ」だと思います。今まで、デモに行かないような層が動いた、それを実は結構な数の世論が注目をしている、新たなムーブメントであります。もちろん、多くの「プロ市民」が含まれていることも事実ですが、今回はプロ市民ばかりではないことも事実で、こちらの事実の方が重いと思います。この「イキ」な動きの芽を、大きく育てねばなりません。

 

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-09-04 11:06:51

政界再編を見る視点 「憲政の常道」へ突き進み、過去との訣別へ邁進すべし

テーマ:情熱通信

兵庫が産んだ大政治家、斉藤隆夫が追求した「憲政の常道」


「憲政の常道」という考え方があります。私が尊敬する兵庫の大政治家、斉藤隆夫は、粛軍演説、反軍演説で有名で、衆議院を除名されながら、その後の選挙で大政翼賛会から推薦を得ず、しかしトップで議会に返り咲いた、反骨の政治家でした。戦後は、片山内閣、吉田内閣で閣僚を務めています。その斉藤隆夫は、憲政の常道を貫いた政治家でもありました。「憲政の常道」とは、大日本帝国憲法下において一時期運用されていた政党政治における政界の慣例のことで、衆議院の第一党となった政党の党首が内閣総理大臣として組閣がなされるとするが、その内閣が失政によって退陣した際は、野党第一党の党首が組閣をするべきもの、とする考えです。(ただし、党首の病気などで退陣が余儀なくされた場合などは、この限りではありません。)大正時代から昭和初期まで、こうした考えに基づいて日本の政党政治は機能して行きます。斉藤は、昭和22年に発足した社会党の片山内閣と連立を組んだ民主党に属していました。予算案が否決されるなど混乱した内閣は総辞職をしますが、民主党の大勢は芦田均首班を目指して政権維持を画策します。一方で斉藤は、「憲政の常道を貫き、政権は野党第一党である自由党に担わせるべし」と主張しますが、大勢を崩すには至りませんでした。ここで斉藤は、民主党を見捨て、同志を引き連れ、新党を結成します。

 


「憲政の常道」は、今こそ貫かれるべきだが、そのために決意すべきこと


それ以降、新憲法下になってからは、選挙制度の問題や実質的に政権を担える政党が自民党しかなかったことから、ほとんどが自民党内の政権移譲による疑似政権交代が繰り返され、「憲政の常道」が形になることはありませんでした。東西冷戦構造があったことも、自民党内の疑似政権交代=たらい回しを許された要因だったかもしれません。

しかし、時代は変わり、今の選挙制度はまさに政権が一時に変わりうる可能性が大きい小選挙区制度を中心とした選挙制度です。もはや世界の冷戦は終わり、日本でもイデオロギー論争は求められておらず、自由と民主主義を基本理念とした政党政治が行われなければなりません。つまり、野党サイドは、常に政権の受け皿たり得る存在でなくてはなりません。

さて、今、野党の一部が分裂し、政界再編の話が永田町では賑やかしい状態です。そして、民主党と維新の大阪以外が、合流をも視野に入れていると報道されています。自民党に変わりうる受け皿づくりはもちろん必要ですが、果たして、この単なる「足し算」が、本当に憲政の常道に則した受け皿になるか、疑問が残ります。それは、「政権運営に失敗した民主党がちょっと大きくなったところで、また託したいと思えない。」と考える国民が大多数だということです。政権を担える存在であるとの安定感を示すと共に、絶対に経ねばならないのは、「過去との訣別」です。

斉藤隆夫の歩みを振り返り、身を賭して信念を貫く政治家の強い思いの大切さを改めて感じています。いつまでも過去の遺産や栄光にすがるのではなく、前だけを向いて、突き進む姿を国民に感じてもらうことなしに、「憲政の常道」を貫くことはできません。私は、来たるその時に向けて、もうしばらく、爪を研ぎ続けたいと思います。

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
2015-08-10 09:57:34

原発再稼働について 絶対安全はないことを認識し脱原発と叫ぶだけでなく道を拓くべし

テーマ:情熱通信

この世に「絶対安全」はない

九州電力川内原子力発電所が明日にでも再稼働するということです。安全や緊急時の対策についての議論がありますが、まず言えることは、この世で原発の稼働に際し、絶対的な「安全」というのはあり得ません。「絶対安全」と事業者や政府が言った時点で、その姿勢は決定的に真摯さに欠けると思います。原発再稼働の是非は、リスクをどれだけ低減した上で、もしもの時に起こりうる最悪の事態にどれだけ備えているか、そうした対策を講じた中で、社会の大半が許容できるリスク以上のメリットがあるか、こうした中で判断されることと思います。よって、神の領域に迫り得る絶対的な安全を求めるならば、全ての原発は再稼働できないこととなります。

 

使用済み核燃料のリスクは再稼働に関係なく存在する

一方で、忘れてはならないのは、原発の再稼働をしようがしまいが、全国に散らばる我が国の原発には、使用済み核燃料や使用前の新燃料がプールに存在していると言うことです。東電福島第一原発事故において、当時の原子力委員長である近藤駿介氏が示した最悪のシナリオでは、定期点検中で稼働していなかった四号機のプールに保存されていた使用済み核燃料が、プールの崩壊によって水がなくなり、冷却が出来なくなって核反応を起こして東日本が壊滅してしまう、というリスクでした。その意味では、原発が動こうが止まったままであろうが、わが国は相当なリスクを、各原発立地において抱え続けているという現実を、しっかり認識せねばなりません。

 

卒原発への歩みを着実にすべし

私は、いわゆる「卒原発」論者です。そして、卒原発をできるか、もしくは原発を維持せざるを得ないか、その選択は今後の条件整備が出来るか否か、にかかっています。その条件とは、第一に再生可能エネルギーの導入と省エネの普及、第二に高効率火力のさらなる普及、そして第三に原発の経済合理性の評価を適正にすることが挙げられます。ここでは第三点目だけ申し添えますが、今回の川内原発再稼働を九州電力が進める要因は、経済性があると会社が判断しているからです。関電も他の電力会社も、原発を再稼働させたいのは、今の仕組みのままで行けば、経済的合理性があるから動かすわけです。民間企業ですから当たり前ですね。一方で、青森県六ケ所村の核燃再処理施設はこれまで2兆円の巨費が投ぜられながら当初の政策目標は見失われ稼働の目処も立たずじまいです。福島原発の損害賠償費用も、東電は5.5兆円と言いますが民間研究機関の試算では、本来はその十倍を計上すべきとの指摘もあります。そもそも、原発を立地し稼働することが経済合理性にかなった仕組みは、政治によってつくられたものです。厄介な使用済み燃料やもしもの時の損害賠償費用を勘案すれば、原発が必ずしもお得な電源ではないことは、多くの国民が理解し始めています。そのための仕組みへ是正するのも、政治の役割です。

原発稼働こそ国力だとの妄信や、原発即廃炉を叫ぶだけの立場でなく、この再稼働を迎えてしまったことをもどかしいと思いつつ、一歩一歩、着実に卒原発を迎えられるように、歩んで行きたいと思います。

としろうさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

読者になる
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
献金はこちら

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。

Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み