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育児・教育ジャーナリストおおたとしまさのブログ


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10月7日に『注目校の素顔 東邦大学付属東邦中学校高等学校』(ダイヤモンド社)が発刊されました。
朝ドラの「梅ちゃん先生」のモデルとなった女子医学校の系譜を継ぐ私学です。「科学的人生観」という理念に基づいた教育を行っています。
本の中から、著者として気に入っているフレーズをいくつか抜粋します。

 

 

 

現実社会における課題は巨大である。いっぺんには対処できない。しかし何らかの優先順位に従って、課題を小分けにしていき、一つ一つ対処すれば、少しずつ社会は変わっていく。それができる人間を育てるのが教育の大きな役割である。ただし課題に取り組む方法や姿勢は一つではない。私学における建学の精神は、課題に対する取り組み方の指針を示す。学校ごとに違う。
だから社会として課題に取り組む作法が多様になる。課題解決のチャンスは増える。これが多様な教育理念をもつ私学が存在する社会的意義である。

 

 

授業中寝ている生徒がいても、普段その先生は「寝かしておいてあげなさい」と言って起こそうともしなかった。でも、「脱線した部分は聞いておきなさい」と言ったのだそうだ。いずれ受験で必要になることは自分で勉強するだろうから聞かなくても大丈夫。教科書に書いていない話こそ授業でしか聞けないから聞いておきなさいということだ。

 

 

神が支配する世界観に基づく人生観を「宗教的人生観」と呼び、自然の法則が支配する世界観に基づく人生観を「科学的人生観」と呼ぶのであれば、経済合理性が支配する世界観に基づく人生観は「経済的人生観」と呼べるかもしれない。
高度成長期以降、日本は「経済的人生観」に基づいて社会を構築してきた。その中で、勉強する理由も「いい学校に入って、いい会社に入って、経済的に勝ち組になるため」と矮小化された。いわゆる「単なる進学校」というのはそういう理屈の中で発展した学校だ。
しかしそれが行き詰まりを見せている今、学校は「経済的人生観」に変わる人生の指針を生徒たちに示す必要がある。宗教を背景とする学校には「宗教的人生観」があるのでぶれない。しかしそれがない「単なる進学校」は今、自らの存在価値を見失いつつある。
その点、東邦には「科学的人生観」という基盤がある。東邦では、「科学的人生観」の立場から、「宗教的人生観」と同じ高みに立とうと教えることができる。宗教を背景にした学校ではないのに、それに匹敵する不動の理念を確立した額田晉の偉業を、今改めて讃えずにはいられない。

 

 

これは中高生に限らない世の中全体の傾向のように、私は思う。議論や葛藤を避け、波風立てずにやり過ごすことをよしとする。社会問題でも政治問題でも、すぐに問題を白か黒かに単純化し、思考停止に自ら陥ろうとする。フラストレーションはネットのようなバーチャルなところで吐き出す。

 

 

「女子校、男子校、共学校とそれぞれに良さがあるんだと思います。私は共学しか経験がありませんから、共学がいちばんいいと思います。異性がいることで、自分とは違ったものの見方を数多く知ることができます。異性がいることによって、問題解決の方法に多様性も生まれていると思います。女子だけだったら行き詰まっていたであろう問題にも、男子の意見があることで突破口が開けることがありますし、その逆もあります」

 

 

経済合理性に従う「経済的人生観」が限界を見せる今こそ、「科学的人生観」に基づく新しい生き方を、学校として具体的に示す必要があるのではないか。東邦に集う生徒のためにというだけではない。社会に向かってそれを示すことが、東邦という学校の社会的使命ではないかと私は思う。
それは、「科学的人生観」の提唱者・額田晉から東邦という学校を受け継ぐ者たちへ、時を超えて贈られた大いなる宿題であるともいえる。

 

 

 

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