おおたとしまさオフィシャルブログ

育児・教育ジャーナリストおおたとしまさのブログ


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2015年の秋に山形東高校の131周年記念講演会にお招きいただき、全校生徒の前で「名門校に学ぶ利点と責任」という演題でお話ししたときの書き起こしの文書を送付いただきました。講演の後の質疑応答での生徒とのやりとりの一部を掲載します。


生徒:
二年五組の○○○○です。「自分の決断を、他の人のせいにしないで、自分のせいにする」っていう言葉がとても印象に残ったのですが、でも同時に、「社会を引っ張っていく名門校の生徒としては、正解を出さないほうがよい」とも仰っていて、つまり、「自分のことは自分で勝手に決めて、周りの人を考えるときは答えを出さない方がよい」と聞こえたんですが、それで本当に社会はよくなるのでしょうか。私は、行動しないとよくならないと思ったので、どうして答えを出さない方が社会をよくするのか教えてください。

おおた:
ありがとうございます。素晴らしい質問だと思いませんか、僕の話の矛盾を適切に突くというですね。はい、ありがとうございます。で、その「正解を出さない」っていうのは、「行動するな」っていうことじゃないんですね。「常に状況は変化しますよ」と。「これでいいんだ」と思わない。結論を出さない。「答えを常にアップデートしていく」、そんな言い方にしたらいいのかしら。そして、行動ね。行動を起こさないと、社会は変わらない。ここら辺、僕もね、「行動した奴が偉い」みたいな話があるんだけど、本当にそうなのかなって、今ね、凄くよく考えてます。これも、僕の中では答えが出ていない。皆さんにも考えていただきたいなと思ってるんですけど。確かに、行動するって、かっこいいよね。なんだけど、立ち止まって考えている時間は、決して無駄じゃない。で、そういう役割、行動が得意な人もいるよね。ガーンとまず切り込み隊長みたいなね。それはそれで社会の役割としては一つ必要。だけど待てよ、後ろで控えて、切り込み隊長がつんのめり過ぎだったら「ちょっと待とうぜ」と言うバランスも必要だったりする。今のその質問の趣旨とはちょっと違うと思うんですけど、「行動しなければ変わらない」一方で、「行動しないことで世の中がよくなっていく」っていうことも、多分あるんだよね。最近の政治の状況なんか見てると、待ったなしだ。でも、それってパニックなんだよね。もうちょっと冷静に考える時間を持つ。焦るんだよ、焦るから何かしたくなっちゃう。でも、それってパニックなの。「時間がないからやっちゃうんです」っていうのがこの社会では目立つような気がしていて、本当にそれでいいのかな。それが正解であるっていう保証は、全くないよね。正解である保証はもちろん得られないけれども、皆が納得しているのかな。皆が納得していれば、「皆が自分で決めたことなんだ。人のせいにできないんだ」って思えれば、その決断をよかったことに、皆ですることができます。だけど、そこで一部の人が「こうするんだ。お前らがやらないんだったら、私がやります」と言ってやっちゃったとする。でも、その周りの人達がそれに納得していなかったら、その決断が良い決断になるように皆の力を合わせることができなくなっちゃう。そういうプロセスが面倒臭いんですよ。で、民主主義ってまさにそういう仕組み。面倒臭いでしょ。決めることが一番偉いんだったら、独裁政治すればいいんですよね。「俺が、私が、全部決めます」。早いですよ、そうしたら。でも、それじゃうまくいかないってことを、人類は学んできたんだよね。決めないことも大切ですよ。そのバランスです。もちろん。まったく行動しようとする人がいなかったら、変わらない、もちろん。なんだけど、その両方の価値が分かる人になってもらえればな、と。まあ僕がそうなれているかどうかは分からないんですけどね。どストライクな返球じゃないかもしれないけど、伝わりましたでしょうか。

生徒:
はい、ありがとうございます。とてもよく伝わりました。「これが正解だ」って自分で決めつけてしまわないで「その時点で正解でも、後々から決めたことを修正できる勇気」っていうか、大勢の前で言い出しても、間違いは間違いだったって認められるような人になりたいなと思いました。ありがとうございました。

おおた:
すごい。僕がだらだら話した話を、こんな二〇秒くらいでまとめてくれたっていうですね。すごいですね。ありがとうございます。

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