「公」と「私」
テーマ:仕事観
2009-07-08 04:02:19
posted by toshi728
こんな時間にブログをアップするのは、ずっと控えていたのですが、なんとなく書きたくなってしまいました。この前も書いたように、先々月ぐらいから次第に忙しくなってきて、ブログ更新を怠っています。忙しくなったのは、以前から正会員として、かかわりのあるNPO法人新青樹でのボランティアを始めた事が大きく関っています。
昨年は、NPO法人新青樹に限らず、もう一つ正会員となっているNPO法人地域福祉サポートちた、しかもこちらは長く事務局でアルバイトをしていたにも関らず、まったく接点を持たず、むしろ僕は積極的に自分の中にひきこもっていたような気がしています。それぞれ長く関ってきているNPOで、知っている人々にも多いにも関らず、どこかそういった人々との接触を避けるかのように行動していたように思えます。
しかし、今年に入ってから、そういった積極的なひきこもりをやめ、この二つのNPOに顔をちょくちょく顔を出し、愛知県、むしろ知多半島内におけるNPOの動向などの情報を受け取りにいっていますし、またずっと顔を出さなかったとはいえ、僕から連絡すらしなかった為、かなり心配してくれたように思っています。こうした地元で活動するNPOに再び関ろうと思えたのは、やはりこうした人々への感謝と謝罪があったからかもしれません。
サポートちたの方は、事務局が知多市市民活動センターという公的施設の中にある為、実際のところ、行政施設の中にある事を考えると、僕としては比較的行きやすいといえます。反対に新青樹の方は、事務局が置かれている場所が、東海市名古屋鉄道常滑・河和線太田川駅前にある商業施設内にあり、少し行きづらいといった点もあります。しかし、両方とも僕は正会員となっている為、この二つのNPOの運営方針や事業内容、事業計画、収支決算、収支予算といった各種資料には目を通しています。
そして、先々月からは、新青樹の事業の一つである子どもたちの「冒険遊び場」プレーパークでのボランティアを始め、また新青樹が今年で設立5周年を迎えるにあたり、その5周年記念事業の実行委員会に、なぜか入る事になり、1週間のうち、2~3日は、新青樹でのボランティアに時間を取られてしまっています。ある意味では、まだきちんとした社会復帰が出来ていないにも関らず、僕が抱える「うつ」と自律神経失調を考慮しつつ、それでもプレーパークや実行委員会といった各種事業にボランティアとして参加させてもらえるのは、今後の本格的な社会復帰を考えると、大きな一歩を踏み出したように思えます。特に5周年記念事業実行委員として、そのイベントの企画運営そのものを責任を持って、任されているのは、多少精神的には辛いとはいえ、かなり充実した活動が出来ているような気がしています。
難点は、この実行委員会でしなければならない事、特に事務処理、主にスタッフ募集や特別来賓への招待状やその他来賓への案内状などの作成と発送作業に時間を取られてしまい、肝心のイベント内容の充実化に時間がうまく時間が避けていない事です。こういった事務処理までを実行委員会がするのは、本来はどうかと思うのですが、現状の新青樹の事務局では、職員が一人しかおらず、またその職員もその他の事業などで事務所に常駐していない為、ある程度は仕方ないかもしれません。
とにかくボランティアとはいえ、また以前から知っているNPOとはいえ、家と心療内科以外に、こういった場所、僕にとって、ある意味居心地のいい場所が地元にあるのは、嬉しく感じています。今は自分の病気もありますが、とりあえず「うつ」と自律神経失調で、前職を辞めざるを得なくなり、自宅療養をしていた状態から考えると、少しでも地域社会において、ボランティアという形とはいえ、社会へ復帰する第一歩を歩み始められたような気がしています。
ただ難点は、やはり公私の区別がつきにくい事も知れません。NPOでの有償ボランティアという事になれば、活動謝礼とはいえ、多少の収入が発生する為、「公」、つまり仕事として考えて、行動しやすいのですが、完全な無償ボランティアとなると、これはどちらかといえば、「私」に近いような気がしてしまうのです。おそらく同じような想いを感じているNPO関係者や市民活動参加者は、沢山いらっしゃると思います。
NPOにおける「公私」の区別は、多少難しいというか、NPOという存在自体が「公」という側面と「私」という側面を持っている為、そう感じてしまうのかもしれません。NPO/NGOなど、狭義としては、「政府ではない」=「民間」=「私」という事になりますが、その活動や事業などは、「公益」=「公」という側面を持っています。簡単に言ってしまえば、私企業でありながら、公的な事業を行っている、という事になり、「公私」の区別がつけにくい、といえるのではないでしょうか。
もちろん、きちんと「公私」のバランスを取りながら、NPO/NGOといった民間公益事業体で働いている人々も多くいらっしゃると思います。しかし、自分の生活と密接に関ったコミュニティオーガナイザーと呼ばれる人々にとっては、この「公私」のバランスをどう取るかが、かなり大変なのではないでしょうか。ある意味、僕が新青樹でしているボランティアも、地域における活動及び事業でのボランティアなので、自分が住む地域において、この地域を変えていこうという気持ちを持った上で、行動しているように思えてなりません。結果的に、「公私」のバランスを上手く取れないまま、活動をしているような気がしています。特に、これまで自宅療養し、無職だった間は「私」しかなかった為、「公」という観点が欠けてしまっていたような気がしています。
そういった矛盾を感じながらも、この2ヶ月を終え、ようやく3ヶ月目に入り、多少生活習慣も変わってきましたし、とにかく家にはおらず、必ず毎日どこかへ出かけています。以前の積極的にひきこもった生活から比べれば、格段に今の生活の方が僕には合っているような気がしています。昼にいろいろと活動が出来るのはありがたいのですが、それに見合った収入があるわけではなく、経済的には辛い状況が続いていますが、精神的には安定した状況になっているような気がしています。
どちらを優先させるべきか、と問われれば、迷わず「精神的に安定した状況」と答えると思います。「経済的に安定した状況」を望むには、まだ「うつ」と自律神経失調を抱える身では、まだ遠いような気がしています。けれども、とにかく今は自分を信じ、そして突然の「うつ」と自律神経失調によって、失職してしまい、一時的に見失ってしまいそうになった自信を再び取り戻して、少しでも早く本格的な社会復帰をして、そこからまた大学卒業以来、ずっと考えている大学院への進学を目指したいと思っています。もはやそれには年齢など関係なく、むしろ自分をさらに高める為に、自分を磨いていきたいと強く願っているだけです。
昨年は、NPO法人新青樹に限らず、もう一つ正会員となっているNPO法人地域福祉サポートちた、しかもこちらは長く事務局でアルバイトをしていたにも関らず、まったく接点を持たず、むしろ僕は積極的に自分の中にひきこもっていたような気がしています。それぞれ長く関ってきているNPOで、知っている人々にも多いにも関らず、どこかそういった人々との接触を避けるかのように行動していたように思えます。
しかし、今年に入ってから、そういった積極的なひきこもりをやめ、この二つのNPOに顔をちょくちょく顔を出し、愛知県、むしろ知多半島内におけるNPOの動向などの情報を受け取りにいっていますし、またずっと顔を出さなかったとはいえ、僕から連絡すらしなかった為、かなり心配してくれたように思っています。こうした地元で活動するNPOに再び関ろうと思えたのは、やはりこうした人々への感謝と謝罪があったからかもしれません。
サポートちたの方は、事務局が知多市市民活動センターという公的施設の中にある為、実際のところ、行政施設の中にある事を考えると、僕としては比較的行きやすいといえます。反対に新青樹の方は、事務局が置かれている場所が、東海市名古屋鉄道常滑・河和線太田川駅前にある商業施設内にあり、少し行きづらいといった点もあります。しかし、両方とも僕は正会員となっている為、この二つのNPOの運営方針や事業内容、事業計画、収支決算、収支予算といった各種資料には目を通しています。
そして、先々月からは、新青樹の事業の一つである子どもたちの「冒険遊び場」プレーパークでのボランティアを始め、また新青樹が今年で設立5周年を迎えるにあたり、その5周年記念事業の実行委員会に、なぜか入る事になり、1週間のうち、2~3日は、新青樹でのボランティアに時間を取られてしまっています。ある意味では、まだきちんとした社会復帰が出来ていないにも関らず、僕が抱える「うつ」と自律神経失調を考慮しつつ、それでもプレーパークや実行委員会といった各種事業にボランティアとして参加させてもらえるのは、今後の本格的な社会復帰を考えると、大きな一歩を踏み出したように思えます。特に5周年記念事業実行委員として、そのイベントの企画運営そのものを責任を持って、任されているのは、多少精神的には辛いとはいえ、かなり充実した活動が出来ているような気がしています。
難点は、この実行委員会でしなければならない事、特に事務処理、主にスタッフ募集や特別来賓への招待状やその他来賓への案内状などの作成と発送作業に時間を取られてしまい、肝心のイベント内容の充実化に時間がうまく時間が避けていない事です。こういった事務処理までを実行委員会がするのは、本来はどうかと思うのですが、現状の新青樹の事務局では、職員が一人しかおらず、またその職員もその他の事業などで事務所に常駐していない為、ある程度は仕方ないかもしれません。
とにかくボランティアとはいえ、また以前から知っているNPOとはいえ、家と心療内科以外に、こういった場所、僕にとって、ある意味居心地のいい場所が地元にあるのは、嬉しく感じています。今は自分の病気もありますが、とりあえず「うつ」と自律神経失調で、前職を辞めざるを得なくなり、自宅療養をしていた状態から考えると、少しでも地域社会において、ボランティアという形とはいえ、社会へ復帰する第一歩を歩み始められたような気がしています。
ただ難点は、やはり公私の区別がつきにくい事も知れません。NPOでの有償ボランティアという事になれば、活動謝礼とはいえ、多少の収入が発生する為、「公」、つまり仕事として考えて、行動しやすいのですが、完全な無償ボランティアとなると、これはどちらかといえば、「私」に近いような気がしてしまうのです。おそらく同じような想いを感じているNPO関係者や市民活動参加者は、沢山いらっしゃると思います。
NPOにおける「公私」の区別は、多少難しいというか、NPOという存在自体が「公」という側面と「私」という側面を持っている為、そう感じてしまうのかもしれません。NPO/NGOなど、狭義としては、「政府ではない」=「民間」=「私」という事になりますが、その活動や事業などは、「公益」=「公」という側面を持っています。簡単に言ってしまえば、私企業でありながら、公的な事業を行っている、という事になり、「公私」の区別がつけにくい、といえるのではないでしょうか。
もちろん、きちんと「公私」のバランスを取りながら、NPO/NGOといった民間公益事業体で働いている人々も多くいらっしゃると思います。しかし、自分の生活と密接に関ったコミュニティオーガナイザーと呼ばれる人々にとっては、この「公私」のバランスをどう取るかが、かなり大変なのではないでしょうか。ある意味、僕が新青樹でしているボランティアも、地域における活動及び事業でのボランティアなので、自分が住む地域において、この地域を変えていこうという気持ちを持った上で、行動しているように思えてなりません。結果的に、「公私」のバランスを上手く取れないまま、活動をしているような気がしています。特に、これまで自宅療養し、無職だった間は「私」しかなかった為、「公」という観点が欠けてしまっていたような気がしています。
そういった矛盾を感じながらも、この2ヶ月を終え、ようやく3ヶ月目に入り、多少生活習慣も変わってきましたし、とにかく家にはおらず、必ず毎日どこかへ出かけています。以前の積極的にひきこもった生活から比べれば、格段に今の生活の方が僕には合っているような気がしています。昼にいろいろと活動が出来るのはありがたいのですが、それに見合った収入があるわけではなく、経済的には辛い状況が続いていますが、精神的には安定した状況になっているような気がしています。
どちらを優先させるべきか、と問われれば、迷わず「精神的に安定した状況」と答えると思います。「経済的に安定した状況」を望むには、まだ「うつ」と自律神経失調を抱える身では、まだ遠いような気がしています。けれども、とにかく今は自分を信じ、そして突然の「うつ」と自律神経失調によって、失職してしまい、一時的に見失ってしまいそうになった自信を再び取り戻して、少しでも早く本格的な社会復帰をして、そこからまた大学卒業以来、ずっと考えている大学院への進学を目指したいと思っています。もはやそれには年齢など関係なく、むしろ自分をさらに高める為に、自分を磨いていきたいと強く願っているだけです。


















