去年11月に青天の霹靂で、突然新紙幣への移行で大騒ぎした全インド🇮🇳 その時ちょうどリシケシにいて様々な人間模様を目撃したもんです。 私もATMが動いてなくて現金が入手できず大変な思いをしたけど、その一方で八百屋を始めいろんなお店がツケ買いを快く引き受けてくれたりしてインドの人々のハートの温かみを感じたなぁ😊💕 数ヶ月後に返しに行ったら貸したことをスッカリ忘れられてたことに驚いたけど🤣流石インド🇮🇳 . . 一年経った今は、新2000ルピーと新500ルピー紙幣はふつうに流通して、生活にはなんの支障もないから忘れちゃってたけど。 これは新50ルピー紙幣だよん! これから全部ゆっくりと新紙幣になっていくんだねぇ、きっと。 #インド生活 #新紙幣 #インド #ハートの温かみ #月日の流れ #トーシャン

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私はこれまでの人生でずっと、自分はだれかを愛していると考えてきました。ところが今、あなたといっしょにここにいると、私は初めて自分に尋ねるのです——「私はほんとうに愛したことがあったのだろうか? そもそも愛することができるのだろうか? 私はあなたを愛することができるのだろうか? それとも、愛の幸せがもはや起こらない人生の地点にまで、私は到達してしまったのだろうか?」

 

 

 

 あなたには基本的な誤解がある、自分はつねにだれかを愛してきたと思い違いしている。

 これはどんな人間にも当てはまるもっとも重要なことのひとつだ。彼らの愛はつねにだれかに向けられている、それには方向性がある——そして愛を方向づけた瞬間、あなたは愛を殺してしまう。それはまるで「僕は君のためだけに息をしよう——君がいなくなったら、どうして息などできようか?」と言うようなものだ。

 

 愛は呼吸のようなものであるべきだ。それはただあなたのなかの質であるべきだ——あなたがどこにいようと、だれといっしょにいようと、あるいはひとりでいるときでさえ、あなたからは愛があふれだしている。それはだれかと愛情関係になることではない——それは愛であるということだ。

 

 人びとが愛の経験に失望するのは、愛のなにかが間違っているからではない……彼らは愛の範囲を狭めていって、愛の大海はそこにとどまれなくなってしまう。あなたは海を抱え込むことができない——それは小さな川ではない。愛はあなたの全存在だ——愛はあなたの神聖さだ。人は自分が愛情に満ちているかどうかを考えるべきだ。愛の対象という問題は起こってこない。妻といっしょにいたら、あなたは自分の妻を愛する。子どもたちといっしょにいたら、自分の子どもたちを愛する。召使といっしょにいたら、自分の召使たちを愛する。友人たちといっしょにいたら、自分の友人たちを愛する。樹々のそばにいたら、その樹々を愛する。海のそばにいたら、海を愛する。

 

 あなたは愛だ。

 

 愛は対象に依存するのではなく、あなたの主体から放たれる輝きだ。あなたの魂が放つ輝きだ。この放出される輝きが広大なほど、あなたの魂はより大きい。愛の翼を大きく広げるほど、あなたの存在の天空はさらに広大になる。

 

 あなたはすべての人間に共通した誤解のもとに生きてきた。今あなたは尋ねている、「私はあなたを愛することができるのだろうか?」と。またしても同じ誤解だ。

 

 ただこう尋ねなさい、「私は愛になることができるだろうか?」と。

 

 私の実在のもとにあるとき、あなたは私を愛することなど考えなくてもいい。そうでないなら、あなたはよくある誤解から抜け出していない。ここでは、あなたは学ばなくてはいけない……ただ愛であることを。もちろん、あなたの愛は私にも届くだろう。それは他の人たちにも届くだろう。それはあなたを取り巻くバイブ(波動)で、四方八方に広がっていく。そしてこんなに多くの人たちがただその愛を、その歌を、そのエクスタシーを放射していると、この場所全体がひとつの寺院になる。これ以外に寺院をつくる方法はない。そのとき、この地域一帯が新たな種類のエネルギーに満たされ、それから外れる人などひとりもいない——なぜなら、あなたの上にはこんなに多くの人びとの愛が降り注いでいるからだ。それぞれひとりひとりに、これほど多くの人びとの愛が降り注いでいる。

 

 その誤解を落としなさい。そしてその誤解のせいで、別の疑問があなたのなかにわいてくる、「それとも、愛の幸せがもはや起こらない人生の地点にまで、私は到達してしまったのだろうか?」人生は愛が花開く機会にほかならない。あなたが生きているかぎり、その機会は失われない——最後の息をひきとるときまで。あなたは一生、見逃しつづけたかもしれない。最後に息をひきとるとき、この世の最期の瞬間、愛であることができるなら、あなたはなにも見逃していない——というのも、愛の一瞬は愛の永遠すべてに等しいからだ。

 

OSHO

 

 

The Rebellious Spirit, Talk #5 より抜粋

 

 

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