さて、前回はXの前身バンド「NOISE」で、柔道のクラスとは別人のように演奏するYOSHIKIとTOSHIを見て彼らに対する見方が変わったと言うことを書いたが、今こうして振り返ってみても彼らの演奏にはあの頃から独特のオーラがあったような気がする。「I Surrender」の他にも「Kill the King」「All Night Long」などの高校1年生にしてはかなり難易度の高いレインボーの曲を、荒削りではあったが、余裕しゃくしゃくで、アクションまで加えて演奏していくので、先輩達のバンドは人気・実力ともに完全に食われていた。



さて一方、体育館での「NOISE」の派手な演奏の後だか前だかに、実は僕も高一の文化祭で演奏していた。中学3年間はビートルズ少年だった僕は、中学の時の野球部の先輩のクラスでのど自慢(笑)をやるから出てくれと頼まれたので、二つ返事でOKして、アコースティックギターを一本抱えてステージに立った。当然ながら?お得意のビートルズの名曲「ミッシェル」を歌い、先輩が贔屓してくれたかどうか知らないが、準優勝という微妙なタイトルをもらった。その時どっかで見ていてくれたのが当時の「NOISE」のベーシストだったМ君で、彼が文化祭の後、おそらく夏休み前ぐらいに「実はNOISEのキーボードが辞めることになったんだけど、君やらない?」って声をかけて来た。その後のやりとりは全く憶えていないが、そんなに悩んだ記憶も無いので、恐らくこれもまた二つ返事でOKしたのだろう(笑)。



今だから笑い話になるが、実は僕はピアノのレッスンなど一度も受けたことが無かったのである。ただ、小さい頃からなぜか家にピアノはあったので、甲子園で勝ち進んだ学校の校歌を人差し指で弾いたり、ビートルズのLET IT BEを適当にマネたりしたことはあった。昔から根拠のない自信家だった僕は、家のピアノで練習すれば何とかなるでしょうと思っていたのだが、夏休みに炎天下でテニス部の練習をし過ぎて急性腎炎で一週間入院してしまい、退院して家に帰って来た時に、なぜか我が家のピアノが消えていた(笑)。アセって母に聞いたら、近所の同級生の女の子がピアノを家で練習したいって前から言ってたから貸したとのこと。そこで仕方なくクラスメートで電子オルガンを持っている奴に頼み込んで借りてきて(何という厚かましさ(笑))、我が家に運び込んで練習を始めた。



当時館山市では「松田屋」というヤマハ楽器店が定期的に市内のアマチュアバンドを集めてライブを企画しており、NOISEは館山市民センターでのクリスマス・コンサートのトリで演奏することになった。演奏予定曲は確か3曲ぐらい。マイケルシェンカー・グループの「Armed and Ready」、なぜか子供ばんど(笑)の「Summertime Blues」、そしてレインボーの「Still I'm Sad」だったと思う。この3曲の中でキーボードソロがあるのは「Still I'm Sad」。最初カセットテープを渡されて聞いた時は、途中で3~5分ぐらい延々と続くキーボードソロに、さすがにビビって「こんなん出来ないかも」って言ったら、YOSHIKIが全てのパートが載ってる楽譜を貸してくれて、キーボードソロはショートバージョンでいいよって事になった。とは言うものの、1分近くのキーボードソロはあるし、ソロに入る直前はリードギターの早弾きと同じ速さでハモるところがあり、ピアノを習ってない僕的には結構難関だった。でもライブまであと2~3カ月、何とか弾けるようにならなきゃと、毎日学校から帰ったらオルガンの前に座って延々と練習した結果、何とか様になって来た。


続く

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