• 20 Dec
  • 03 Dec
    • 般若心経

      朝と晩、食事前に般若心経を唱えている。 棒読みだけれど。 母は、父が亡くなってからほとんど毎日30分近くかけてお経をあげていた。 ほぼ50年。 昨年の夏ごろから、だんだん病が進んで、食べるものもほんの少しになってきてからも続けていた。 起き上がるのも辛くなってきた昨年の11月だったか、12月だったか。 『ああ、もうダメだ』と言ってそのまま布団に戻ってしまうまで。、宗教心・信仰心と言うよりも、習慣のようなものだろう。  母の葬儀が終わって、祭壇に安置されたお骨に向かいながら決めた。 今度は私がお母さんにお経をあげる、と。 母のように30分もかけられないので、短いものはないかと探し、聞き覚えがある般若心経を選んだ。  あれから11か月。 来月はもう一周忌だね。 その日まで続けるよ。

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  • 01 Dec
  • 28 Nov
    • 住んでるよっ(;´・ω・)

       9月のはじめ、土地・家屋の名義変更が終わった。 10月に入ってから郵便ポストのチラシが増え始めた。 それまでは週に2・3枚、『ご町内で土地を探しています』とか『新築そっくりさん』なんてものだけだったのに。  リハウスのおすすめ。 土地活用しませんか? 相続でお困りではないですか? 秘密は絶対守ります。、 当社にお任せください、、、。 先日は、私宛に封書で来た。 『空き家対策しませんか?』って。  ??? そりゃあね、家、築15年を過ぎたのに何のお手入れもしていないし。 庭と言えば腰の高さを超えて草がはびこっているし。 昔業者に貰ったまきの木も新芽が伸びだしたし。  こまめに草むしりやら掃除をしていた母のあとを継ぐ者がいないのだから。 なあんにもしない弟に言っても機嫌が悪くなるだけなのよ。 すさまじい外回りをチラ見しながら、書類つくりやら手続きに飛び回っていたからね。  だけどね。 洗濯物は干してあるし。 置いてある数台の自転車も古くはないでしょ? 空き家じゃねえよ!

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  • 21 Nov
    • 半年が経って

      ふーみんがさよならしてから半年が過ぎてしまった。相変わらず、涙とため息と縁が切れない生活ながら、少しづつ、ふーみんの人生を追ってみようかと考え出した。 愚痴だらけになるかも知れない。うんざりさせてしまうかも知れない。だって諦めきれないのだから。だって最愛の弟なのだから。 *Windows10にしてから、アップデートがうまくいかず、ネット接続が不可能になり、1週間くらい連絡がつかなくなることがあります。申し訳ありませんが、ご了承いただけたらと思います。ご存知の方は、携帯までメールをお送りくださいませ。

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  • 11 Jun
    • さようなら、ふーみん

      闘い抜いた弟は、5月9日午前8時39分に旅立ちました。何度も危機を乗り越えて来たのだから、今度も乗り越えてくれるものと思っていました。あれから1カ月が過ぎました。でも、未だに信じられないのです。どうにもこうにも力がでません。情けない話ですが、毎日泣いています。今後の事は未だ考える事ができません。もしかしたらずうっと弟の事を嘆いて暮らしていくのかも知れません。それでも仕方ないでしょう。自分の心が落ち着くまで、静かに、一人で生きて行きます。応援してくださった皆様にお礼を申し上げます。長い間ありがとうございました。闘病中の皆様の病状が良い方向にいきますように。ご家族にお疲れが出ませんように。心からお祈りしております。

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  • 05 May
    • 最強の抗性剤

      やはり夜間から朝に掛けて発熱したらしい。7時30に解熱剤を入れたが変化無し。更に、日中、ナースが吸引したら酸素飽和度、心拍数ともになかなか回復しない。ついに抗性剤をフィニバックスに変更することに。15:25 院長先生の診察以前の主治医だった院長先生が来てくださる。相当大変な事なのだ。『フィニバックス以上の薬はない』と。同時に『顔色が悪い、貧血しているのではないか』と血液検査。場合によっては輸血もありうるようだ。30分後、『貧血はしていない』と報告に来てくださった。フィニバックスを点滴したが、熱の変化はほとんどなし。投与は一日3回なのでまだ効いて来ないのか。これが駄目ならもうお手上げか。18時過ぎ尿もまた赤くなってしまい、量も昨日ほどは出ていない。むくみも相変わらず。血圧も少し下がってきた。しかし、姉の体調はとても付き添える状態ではなくなった。朝、家を出てくる時も、眩暈と耳鳴りが。それ以前、2回目の病院泊りの時も心臓に違和感があり。今日も帰らなくては。頂いたメッセージに励まされています。本人も今の状況をわかっています。何もわからない意識障害だなんてとんでもない。『あんたは波乱の人生を送る運命なんだね』と言ったら指で答えたのです。諦められるものですか。しばらくの間コメント欄を閉めておきますね。

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  • 04 May
    • 太いチューブも詰まってしまった

      5月3日(火)夕方前回のブログを書いてすぐ家を出た。病院へ向かう電車の中、病院からの電話が鳴った。騒音の為良く聞きとれない。『、、、モニターをつけました。、、、何時頃こちらにつきますか?』『駅に着いたらタクシーを飛ばします』と言ったら、『それほど急ぐ事ではありません』と聞いたような、、、。駅について折り返し電話してみると、確かにいまいま急を要すると言う事でもないらしい。で、路線バスでいく事にする。45分後、病院着。当直の医師と面談。動転していたので正確に聞きとれたかどうか。『太いチューブも詰まってしまったので外した。そのチューブ(トロッカー)が入っていたところが出血している。動脈と静脈のあるところで、もし、動脈出血ならすぐに処置しなければならないが、あいにく、ゴールデンウイークの為、検査ができない。もしもの時は、処置ができる病院に緊急で送りたい。ただし、その病院が見つかるか、見つかってもそこで処置できるかは保証できない。また、ご家族がそこまで望まない時はその限りではない』『とんでもない、家族はできるだけの事をして頂けるよう、望んでいます』とお願いし、病室へ急ぐ。18:00尿量300 16:00頃からの2時間での量なので、今までよりは出ている感じ。色も赤みが取れてきている。酸素6リットル投与 酸素飽和度99パーセント 心拍数66血圧97-67 普段130はある弟なので低すぎる、、、。肌の色が真っ白と言うか透き通っている。唇は土気色。20:50酸素飽和度100パーセント 心拍数67 血圧105-70 呼吸数22 尿量600ミリリットル5月4日(水)02:42 酸素飽和度99パーセント 心拍数71 血圧109-74 呼吸数2204:40 軽いムセ → ごく軽く吸引する → 自動吸引装置に流れる音がする 酸素飽和度97パーセント 心拍数71 血圧114-80 呼吸数14-16 手を握ると、指で一生懸命何かを伝えようとしている。06:20 ナース診察 吸引 体温36.8度『出血はほぼ止まったが、右手の側(チューブが入っていた方)がほんのり熱い気がする。 内側か外側かわからない。レントゲン等、休みで取れないので心配。 目つきは昨日よりしっかりしている気がする。肌が白くなってしまった』息が大きい。胸・肩が激しく動く。10:00 呼吸器の医師の診察『出血止まっていますか?』『止まっているみたいです』とナースとのやり取り。無呼吸のアラームが頻繁になる。10:24 酸素飽和度98パーセント 心拍数74 血圧115-70 呼吸数10 尿量1500 手のむくみは引けず14時過ぎ 血液製剤アルビミナを入れる。5分後、15分後にバイタルチェック16:30 抗生剤バクフォーゼ17:09 抗生剤アミカシン18:36 姉、3日間で数時間の睡眠しか取れず、バテバテ。この病院には患者家族の休憩室も布団もなく、ロビーの一人用のソファーを組み合わせて横になる事しかできない。昨夜は風がビュービュー、開いている窓ががったんがったん。恐ろしかった。病室はとても狭くコードがいっぱい。他の患者さんの迷惑も考えると、とても長居できない。午前中に病院近くのホテルを当たってみたが満室。今夜は帰宅する事にする。皆様、応援ありがとうございます。踏ん張ります。コメントにお返事できずごめんなさい。あすは病院に泊ると思います。ネット接続できませんが、よろしくお願いします。ここまでやってきたんだ、負けてたまるか。

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  • 03 May
    • 総力を挙げての救命

      状態は更に悪化した。水曜日、呼吸器の専門家の先生が、弟の主治医の依頼で胸腔穿刺をしてくださった。数時間、部屋の外で待った後に見た弟の表情は、それまでの苦痛から解放されたようで、口を開けて、すやすやと眠っていた。尿のバッグに排出された胸水は、1000ミリリットル。動かない首や上半身を、いやいやするように動かしていた弟。うなされていたのだろう。呼吸器の医師は、『これで水を抜くのは一時ストップして、しばらく様子を見ます』と言われて病室を去られた。だが、その後、なかなか酸素状態が良くならない。痰で苦しむので吸引すると80台、70台、時には60台に下がってしまい、アラームが鳴りっぱなし。酸素濃度が上がらないのは痰のせいではない、と言う事で、更に残っている胸水を抜く事になった。今度は尿バッグではなく、圧がかけられるドレナージバッグがセットされた。しかし、痰はひっきりなしに上がり、酸素濃度の下がりが顕著。ついに酸素投与量は6リットルに。それでもあまり思わしくないので、ジャバラチューブ(正式名不明)と、人工鼻とで、効率的に酸素を取り入れるようにした。『これで駄目なら、今度は人工呼吸器です』と宣告された。翌日、入室しようとすると、既に先生たちで弟のベッドを囲んでいる。順調に引けていた胸水が引けなくなった。原因はチューブに詰まるフィブリンと言う物質らしい。急きょ、別の場所にもチューブを入れた。だが、それも詰まる。結局、またまた手術をして、太いチューブを胸に差し込む。今度はさすがに水が流れてくる。しかし、同時に赤い血の塊、フィブリンもいっぱいチューブにこびりつく。水を排出するには何日かかるのか。新しく水が溜まってもいるらしい。原因は何なんだ?主治医、看護師長などとの面談。白血球、CRPの増加。腹水も溜まっている。尿の出が悪い。(500ミリリットル)緑膿菌、カタル?菌、そのほか二つの菌。『危険な状態だから最善の方法をとる』1.輸血(のようなもの) アルビミン、ベニロンの点滴。2.抗生物質 現在、バクファーゼとアミカシンの併用しているが、効き目があまりないように思えるバクファーゼを中止し、アミカシンを倍にする。3.ブロブリン(ガンマブロブリン)の投与。 家族会の方が重症感染症から助かったと言う薬剤だ。4.痙攣止めをバルブロ酸から、イーケプラに替える。 『これは高い薬だが、この病院では保険で使える』との事。泊まり込みしていましたが、一時昼に帰ってきました。これからまた出かけます。皆さんのところへは伺えなくて、ごめんなさい。何とか何とか助けてください。

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  • 26 Apr
    • 胸腔穿刺

      だいぶ前から微妙な状態だった。痰が増えた。固くなって吸引時にカテーテルが入らない。そもそも、カニューレ交換が2週間に一回なのだ。覗いてみると、カニューレにびっしりと痰がこびりついている。まるでリアス式海岸。それでも数日すればカニューレ交換があるからとなだめられていた。うっかり吸引時に痰を押しこんでしまったら窒息してしまう。怖かった。ネプライザーは余りかけてくれない。痰が固い原因が何か?空気の乾燥か。水分不足か。両手のむくみもひどい。尿がちゃんと出ているのかもよくわからない。尿量の目安、時間などが記録されていないから。そのうち、少しずつ体温が上がってきた。気温が高くなってきたから当然だが、もともと低体温だから37度にならなくても本人はぐったりしている。低い時には40台の心拍が70以上になって来る。酸素飽和度は、2リットル投与で99パーセント。痰の色も汚くはないので肺炎ではないように思うが。とにかく、アイスノンとヒエピタで落ち着いてきた。また数日たって、ますます痰が増えてきた。気温も体温も上がり37.5度の時は入浴を中止して貰った。クーリングも3か所。『このままでいいんですかね?』と看護師に聞く。主治医は滅多に来てくれないので。偶然、廊下などですれ違う状態になったときに、忙しそうに通り過ぎるのを呼びとめて立ち話をする。『心配ない』『安定している』いつもだいたいそう言われる。全く心配ないなら数値的にもう少しましなはず。いつもの安定した状態より、悪化しているのは確かなのに。酸素飽和度が96パーセント以下、心拍が70から80台になってきた。抗生剤を胃ろうから数日入れる事になった。それでも一向に良くならない。月曜日にもう一度評価して改善しなければ、点滴に切り替える事になった。その月曜日、昨日25日、入室すると点滴をセットしているところ。新人看護師ではなかなか血管に入れられなかったようで、先輩がつけ替える。それと共に、血液検査をもう一度。2時間半後。ナースステーションに呼び出される。用紙を2枚渡され、サインをしてくれと。中心静脈に切り替えると言う。末端の点滴では間に合わない。危険な状態らしい。CTを撮ったら右肺が真っ白。『胸水が溜まっているので、胸腔穿刺をやる』との事。17時過ぎ、中心静脈の手術完了。胸腔穿刺は呼吸器の専門の医師がやることになった。『日中の方が何かあったときに対処がしやすいから』と看護師長。危険と隣り合わせの処置なのだ。

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      テーマ:
  • 30 Mar
    • ルーターの故障

      ご無沙汰しています。体力・気力の低下と時間不足でかなり長い間ブログ放置していました。久しぶりにPCを立ち上げようとした1カ月以上も前のある朝、突然ネットに接続できなくなり。細切れの時間にやっとNTTと連絡がついたと思ったら、『うちの問題ではないです』とのお言葉。プロバイダーにもなかなか電話が通じず。仕方なく、今まで使っていたネットカフェにたどり着いたら、、、つぶれていた。街を見渡してもネットカフェって見つからない。その後、どうにかプロバイダーと話せたが、『もし、NTTさんのルーターを直接パソコンにつないで、ネット接続ができたら、NECではお役に立てないです!』おお、自分のパソコンのルーターを入れる場所すらわからないのに。やっと接続できた。ところが、ところが、メールは何とか開けられたが、自分のブログのマイページが開けない。IDもパスワードも忘れてしまった。と思ったら、今朝、やっとメモを見つけた。それでこれを書いています。NTTでは、ルーターの会社を紹介する、と言っていたが、もうしちめんどくさい。ちょうどビスタのサポートが無くなったので、新しいパソコンを買おうかと思い始めている。なんだかんだで8年使い続けているので。幸い、弟に『パソコン代、半分援助してくれる?』と聞いたら、指で『イエス』と言ってくれた。でも、電気店へ行くのも、なかなか時間が無いからいつになるかわからないが。病院へ行くのも、とうとう私一人になってしまったし。また、徐々に皆さんの所に訪問させて頂きます。よろしくお願いします。

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      テーマ:
  • 27 Jan
    • インフルエンザに罹患

      また、弟の病院へ通えるようになった。いつもより滞在時間は少なめだが。母の事務処理が多々あって、どうしても、今までのようには行かないから。土・日と各4時間くらいいて、口腔ケアやらリハビリやら頑張った。でも、調子がイマイチ。師長とか相談員とか歯科衛生士や理学療法士に頼んでいったのだけれど。やはり、体位も口の中も見た目もひどい状態になっていった。お願いしていっても、ほとんど実行されていなかったようだ。むしろ、『うるさい人がいないから手が抜けるわ』と思われたのか?そんなことはないとは願うが。おまけに1時間滞在で母のもとへ飛んで帰った日に部屋の移動もあり。26日火曜日。入室したら布団が外されて体が冷え切っている。体温をはかろうにも33度とか34度台で切れてしまう。それを部屋持ちの看護師に言うと大笑いする。『笑い事じゃないですよ』と言ってやったが。明け方に寒くなったので暖房を入れたら、同室の4人が発熱したそう。と言いつつ他の人には布団がかけられている。それでもインフルテストには反応しなかったそう。夕方、看護師長がもう一度テストする。4名中2名がプラス。1名は30代の男性。もう1名は何と弟。泣きっ面に蜂とはこのことか!約5日間面会に来られない。その間のケアが心配。これまでも、姉が余り滞在できない時は吸引が少なくて。午前と午後各1回、時間限定、あっさり吸引なので、自動吸引装置に流れて行く痰が本当に濃い黄色になっている。それを姉が来た時に、体を起して、(もちろん溜まって苦しみ出した時だけ)しっかり吸引して、きれいな痰に戻してきたのだが。インフルが治っても肺炎になったらどうしようもないのだから。よろしくお願いしますよ!

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      テーマ:
  • 25 Jan
    • 初七日

      母の事に関して、心温まるメッセージ等ありがとうございました。まだ、お一人お一人に返信できる状態ではないので、この場を借りて御礼申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願い致します。今日が初七日。実感があるようなないような、不思議な感覚。胸の中では『お母さんが死んじゃった、お母さんが死んじゃった』と言う言葉がこだまして。喪失感が半端でない。あんなに喧嘩ばかりしていたのに。それでも、弟の病院通いの合間に、数々の手続きを期限内にこなしていかなくてはならないので、いくらか救われている部分があるかも知れない。年金停止の連絡は10日以内に。世帯主変更を14日以内に。同時に自分たちの健康保険も返却して書き換えて貰う。そのうちには、凍結した銀行口座から引き下ろせなくなった請求分が届く。病院からの請求書、葬祭所からの請求書もそろそろ来るだろう。救急病院に送ってくれたかかりつけ医へのお礼もある。相続手続きはそのまた後。思い切り悲しみに浸りたい、泣きわめきたい、と言う思いはまだまだ叶いそうもない。

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      テーマ:
  • 20 Jan
  • 10 Jan
  • 05 Jan
    • 顔が黄色い

      タイトル変更しました。昨日起きてきた母親の顔を見たら、顔が黄色。真っ黄色。念のため、今夜確かめてみたら、やはり。肝臓まできたか。やっと医者に行くことを納得させた。さて、どう連れて行こう。『タクシーで行くんだって容易じゃないんだよ』と言うのだ。車椅子付きの介護タクシーが利用できるかどうか、シニアサポートセンターに聞いてみよう。できるような気がする。以前の病院で、弟は車椅子のレンタルを10割支払いでできたもの。あす水曜日はかかりつけの医者はお休み。本当は、早い方がいいのだろうな?他の開いている病院へ行こうか。それにしても、これから。弟と母を、どうやって看ていこうか、、、。いや、しかし、やらねばならない。ひるまずに進まねばならない。無神論者だけれど、大きな力に祈ります。どうか、私たちに力をください。

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      テーマ:
  • 30 Dec
    • プラスマイナス?

      2015年4月転院数日後、以前の病院より一段と忙しいスタッフの現状を知り、唖然とする。看護と介護のミスが頻繁。『聞いていない』『相談員の話と実態が違う』事も明らかに。転院早々途方に暮れる。結局、病院側と何度も話合いの末、何とか着地点を見出したのは数カ月後だった。総括マイナス点1.何と言っても、車椅子に乗せる時間が激減してしまったこと。 そのせいで、弟の動きが鈍り、痰がうまく排出されていない感じがすること、 そして、意識状態が更にはっきりしなくなったように感じること。2.スタッフが超多忙。3.以前ついていたSTが全くつけて貰えないので、嚥下機能の衰えが気になる。4.遠方への通いのため、家族の疲れが倍増し、支払い(主に有料リハビリ・交通費など)の額が増えていること。プラス点1.療養病院ではないので、多様な薬を使えること。2.自前の手術室を持ち、外部から神経内科医や外科医が通って来ているので、いろいろな処置をして貰う可能性が増えた。3.この病院で手に負えない場合は、地元の大学病院等に緊急搬送してくれる。4.多忙の為、できる事は家族にもやらせてもらえる。 吸引、薬の塗布、胃ろう孔の処置など。5.有料リハビリで端座位練習をして貰える。6.地元だけでなく遠方(ほぼ全国)から患者さんが来られるので、いろいろな治療法を知ることができ、大変勉強になる。発展吸引何と看護側からの申し出で吸引方法を教えて貰えることになった。約1カ月経ち、(気管部はまだ1週間位)ようやく少しばかりの自信がついてきた。弟も、姉の下手な技にあまり苦しんでいないように見られるのがうれしい。減薬1.栄養状態改善プロテインに加えてESポリタミンも処方されるようになり、ひと月以上経過したが、なかなかたんぱく質が増えないでいた。原因は肝臓にあるのではと、血液検査の結果のコピーを依頼し確認したところ、やはり数値の悪化が見られる。姉から主治医にお願いして減薬を考えて頂けるようになった。今まで使っていた抗痙攣薬を一種類減らして約1週間。何となく起きている時間が増えたように感じている。2.便秘と下痢の改善6月の末に、抗痙攣薬を増やして以来、ピタッと便秘は治まったのだが、今度は逆に下痢になってしまっていた。7月末に病棟を移動した機会に、下剤の減薬をお願いしたところ、看護側に却下された。が、11月、看護師長から、酸化マグネシウムを減らすと言う報告を受ける。それ以来、大体一日一回ないし二回の排便になり、浣腸や摘便は6ヶ月間無しの状態である。2016年の目標1.肝臓の状態とアルビミン値の改善を中心に、内臓の管理をしっかりやる。2.家族だけの車椅子の散歩の時間をもう少し増やして貰えるよう交渉する。3.端座位練習を姉がマスターする。理学療法士に教えて頂き、弟にも頑張って貰う。(これはかなり大変な事だとわかっているつもり)4.STの許可を得て、以前のような簡単なおやつ(飴・ガム・生クリーム等)を味あわせる。5.以上が達成されたら、なるべく早く、自宅近くで車椅子にもっと乗れるような病院へ転院したい。6.母親を最低、往診をして貰えるようにするか、できたら入院させたい。7.姉自身の体調の気がかりな点を解決したい。皆様、今年もいろいろありがとうございました。来年、皆様に私たちに、希望の光がともりますように。来年もどうぞよろしくお願い致します。(。-人-。)

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      テーマ:
  • 29 Dec
  • 22 Nov
    • 続―気道食道分離手術の可能性

      Oさんのご家族から手術の説明書を見せて頂いた。手術はやはり声門閉鎖術だった。以前ネットで見たときの写真によると、縫い合わせた部分が、Oさんの傷跡(ご家族から伺った)とは違う気がしていたので、別の術式と思っていたのだが。説明文にしっかり書かれてあった。手術は約1カ月前、ある耳鼻咽喉科医を他県から招いて、この病院で行われたのだ。手術時間約4時間。局部麻酔。ただ、Oさんは手術の様子も何もわかっていらっしゃらないそうだ。『臆病な人だから何も知らせないで手術室に送りだしたのよ』とご家族。手術の事も何も覚えていないし、痛みも何も感じなかったようだ、とは、健忘効果のある精神安定剤でも服用されたのかも。気管切開部を含んだ喉の部分に、縦に10センチ、横1センチ位(ご家族の説明)に切り込みが入れられていたと。穴が開いたままなので、そこから奥の奥が見通せるそうだ!手術後、日ごとに傷跡が盛り上がり、3週間目位で縦6センチ位になっているそうだ。術後1週間目に始めてお茶を飲ませて貰った。手術をしてくださった先生を始め、大勢のスタッフの見守る中、水分は問題なく喉を通り、食道へと入って行った。発症から13年、初めてのお茶だったので、味は『無かった』(Oさん談)とのこと。3週間目にはジュースも試みた。『次はコーヒーを飲ませてあげようと思って』とご家族。徐々にゼリーなども食べられるようになるそうだ。ただ、勿論、それだけでは栄養摂取量として全く足りないので、主な食事は今まで通り胃ろうから。経過が良ければいずれ胃ろうも閉じられるのだろうか、それは無理だろうか?同じ部屋に分離手術を受けた人がいて、二年後のごく最近、胃ろうを閉じられたと聞いたので。院内には、まだ、4・5人、手術を行う予定があるそうだ。今のところ、先駆者のOさんの観察、といったところだろう。Oさんは50代でかなりお元気な方のようだ。通常の気道・食道分離手術は、紹介先の病院から断られてしまった位、肺の状態が悪い、との事。肺炎にも頻繁に罹り、一時は急性期の病院に送られて治療をしていたこともあるそうだ。痰が非常に多く、毎日上半身を濡らしてしまうほど。ただ、医師からは、『痰が出せるのがむしろ良い』と言われている。意識状態は弟よりはるかに良いようで、うなずいたり、手のひらに字を書いたりで、コミュニケーションをとられる。弟が同じ手術を受けられるかどうか。声門閉鎖術そのものは、やはり、肺の状態が良い段階で受けた方が良いそうだ。弟は、Oさんより10歳位年長であるうえに、体も意識もずっとおもわしくない。もしかしたら、慢性気管支炎になってしまっているので、遅いかも知れない。とにかく、いろいろ調べて、経験者からのお話も伺ってから、主治医に話を通してみたい。経験談、情報等をお持ちでしたらぜひお知らせくださるようお願い致します。

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      テーマ:
  • 16 Nov
    • 訂正ー気道食道分離手術の可能性

      この手術は、約10年前、発症後数カ月の弟が当時の主治医に打診されている。胃ろうにしても一向に痰が減る気配もなく、肺炎を繰り返している中の話だったので、姉としてはだいぶ気持ちが傾いた。脳卒中闘病患者同士の掲示板にも相談してみた。答えてくださった方数名が、強くその手術を勧められた。肺炎が命取りである事、手術によって失う“声”は、他のコミュニケーション手段で補えば良い、という意見が大半。だが、『これ以上息子の体に傷をつけたくない』『声をだせなくなるなんてとんでもない』という母親の強い反対もあり、肺炎は何とかやり過ごそう、と言う方向になった。その後の状態は、相変わらず。肺炎には年3・4回も罹患してきた。快方に向かうかも?と期待された時期もあったのだが、やがて慢性気管支炎となり、酸素が欠かせない状態になってしまった。さらに2014年の尿路感染症・肺炎・心不全の治療のため、中心静脈栄養療法まで行われた。以前の主治医からは、『在宅にするなら早い方が良い』と、これからの道が決して安心できるものではないことを指摘されている。転院後の現在は、酸素2リットル供給で、sp02は比較的落ち着いているのだが、咳が出にくくなり、上がって来なくなった痰の色は、それまでの白色とは違い、薄いクリーム色か時には濃い黄色。高熱こそ出ないものの、微熱、或いはそれよりもやや低い状態で、顔だけがほてっている。炎症反応を表す数値もあまり良くない。このまま、はらはらしながら見守るしかないのか、肺炎になったらその都度抗生物質で叩くしかないのか。それがいつまで続くのか。そんな中、『気道食道分離手術を受けた』『これから受ける』という話がちらほら聞かれ、また実際にその経験者にもよくお会いするようになった。大学病院からカニューレ交換に来られている小児科医から勧められて、手術の運びとなった例が多いようである。ただ、手術を受けた方々は、体と意識の回復は著しいが、嚥下に難がある人が多い。食べる事による誤嚥性肺炎を回避するために手術を受ける、と言うのだ。弟のように、命を救うための切羽詰まった状態とは明らかに違う。もし手術で良くなる可能性があるのなら、その小児科医から話がある筈、とも考える。また、弟の体と心の状態が手術に、特に全身麻酔に耐えられるかどうかも疑問であるし。そんな中ネット検索をしていて、新しい事例にであった。声門閉鎖術。 《注:声紋閉鎖術訂正》今までの気道食道分離手術より、患者に負担をかけない方法のようだ。しかし、その方法では、肺の状態が悪くなってからでは遅いそうで、発症後間もなく手術を受けた例が大半のようである。さらにネット検索しても新たな道は見えてこない。ところが、ある日、Oさんのご家族からお話を聞いた。ご病人は、従来の気道食道分離手術を受けるために紹介されて、急性期の病院へ移ったのだが、手術の為の検査結果が悪いために、断られて戻って来られた。が今度は別の術式で手術を受けると。しかもなんと部分麻酔で。続く。

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