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2016-11-21 19:00:00

愚図のこと。

テーマ:ブログ

みなさん、お久しぶりです。

といっても、SNSは見ないけれどブログを読んでくださるという奇特なみなさん。

お元気ですか。私は元気です。

 

(写真は愚図と関係ありません。写真はすべて愚図と一切関係ございません)

 

上記の「お元気ですか」を書きながら、今、

井上陽水の「お元気ですか~」っていう懐かしい日産セフィーロのCMと、

ジブリの「魔女の宅急便」のコピー、

「落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」

両方を思い出したわけですけど、

あの懐かしい日産のCMはたしか、昭和天皇の体調が優れない時期で自粛するとして放送しなくなったのだと最近になって知りました。

個人的には大好きなCMでしたけど、そんな心遣いがあったのですね。

今、日本がその心遣いを発揮すれば生前退位もできようものを…むにゃむにゃ

話が陽水の乗ったセフィーロと共に横道に逸れそうなので、戻しますと。

「魔女の宅急便」のコピーを思い出して、そういや、今ちょうどKAKUTAがやってる「愚図」も、わりとそんな内容なんじゃないかと、ふと思ったわけです。

 

「落ち込んだりもしたけれど、私はげんきです。」

 

 

「愚図」東京公演が終わりました。

豊橋・北九州のツアーまではあと三週間。

作品についての話は全部終わってからすれば良いかと思ったのですが、終わったら終わったでブログに書く余裕があるかわからないので、地方公演の宣伝に、などという名目で描いてます。

ほんとはただ寝付けないだけ。

内容にちょっぴしふれているところもあるので、まったく知らずに見たいという方はここいらで読まずに閉じても良いかも知れません。

あ、だったら宣伝にならないか。

あまりふれすぎないように描いてみます。

こういう、ダラダラ描くモノはたいてい無駄に長文ですから、読むのをやめてもマルッと気にしないでくださいね。

 

 

新作「愚図」、大変有り難いことに過去最高の動員に達しそうとのことなんですが、ハコが大きくてまったくそんな風に見えない客席状態だったりして、なにせ私たちはソワソワして過ごしていたわけです。

お越し頂いたお客様からも今までになく色々なご意見をいただいていて、

「いつものKAKUTAと・・・違うね・・・(泣けない・暗い・イミフ)」

みたいなニュアンスを遠慮がちに述べてゆく人も居れば、

「攻めてるね・・・」

とこれまた形容しがたい微妙なニュアンスを残していく人もいる一方、

いつもはちっとも褒めない友人が、

「今回は…良かった。うん、良かった」

などと笠智衆のような悟りを思わす目で言ってくれたりもし、

別の友人には、

「失恋したの?」

と心配されたりするしまつです。

今までの中では好きじゃない方、という人と、今までで一番好き、という人がこんなにわかれたのは初めてで、ちょっと面白い体験をしているなと思います。

 

 

実際、失恋したわけでもなければ特に「攻めてる」気もなかったし、私はくっきりと俗物なので、そりゃ万人が喜んでくれるのが良いよと基本的には思うタイプですが、劇団20周年である今回に関しては、挑戦することを選べて良かったなと思います。

執筆時期の最初こそ、「前作は賞をいただいたんだし、越えなきゃ」なんつうことも思ったし、「痕跡(あとあと)っぽい作品をお客様は求められてるのでは?」などと生意気にも職業作家的なことを考えたりもしたんですけども、稽古日が迫ってくるとそんなこと考えている余裕もなくなるわけで、結果的に自分が今描けることを率直に書いていくしかなく、「愚図」というタイトルと真剣に向き合った結果、失恋を心配される非常にグズグズした作品が出来ました。

 

 

「愚図」という作品は、まんま、美意識を引っこ抜いた私だな、と思ったりします。

かっこうよくありたいとか、強いと思われたいとか、自分の行動に正当性を持たせたいとか、そういう意識が「愚図」という言葉に絡め取られてどっか行ってしまった感があります。

ご覧いただければわかると思いますが、あらゆる意味で「行ったり来たり」しますし、そういう意味でもいつにも増して噛みにくく、また不格好な感じがします。

中学校の時私、とにかくあらゆる感情が抑えられなくて、非常にトッちらかった思春期を過ごしたのですが、あの感覚に近いかも知れません。

これまでで最も「ダーク」というご意見を頂戴するんですけど、私個人としては、「えっ、一番かわいい話じゃないの?!」と思って驚きました。

もちろん設定上、かわいくないところはあるんですけれど。

 

 

昔、何でだったか無茶苦茶落ち込んでいたときに、泣きながらコンビニの前に居たら、そばの立て看板がいきなり頭にばすーんと落っこちてきたんですね。

ヴァアア!!とか呻いて泣き、こんな時に追い打ち!?と余計悲しくなって、しかしそのとき同時に「泣きっ面に蜂ってこれだ!」とことわざの具現化におかしな納得をしたりもしました。

そして、ちょっとだけ滑稽さに笑えたりもし、また、「まあ、この先落ち込むたびに立て看板が落ちてくるわけでもあるまい」と思ったのです。

 

 

泣きっ面に蜂現象は確かにあるけれども、いつもいつも蜂が狙いを定めているわけじゃない。ある意味そんなやなことの連鎖もミラクルであり、ずーっと続くわけじゃない。だから今はこの立て看板をみっしりと頭に刻もう。

最後のは嘘ですけど、まあ、そんなことを思ったんです。

一方で「看板の打ちどころが悪きゃあんた、一発でアレだぜ」という可能性もあるわけですが、かといって看板が落っこちてくるのを恐れて生きていくわけにもいかないじゃないですか。

私たちはどこかで強かに生きていくしかない。

不格好でも、惨めでも、愚図でも。

「愚図」は、そんな話かも知れません。

 

 

***

 

色々書きたいと思ったら、作品についてだけでこんなになってしまいました。

ねえ、いつでも読むのやめてもいいのですよ。

読んでくだすってるあなた。

 

好きです。

 

「ちょっと面白い体験をしているなと思います」とかさっき書きましたけれども、劇団員や客演の皆さんたちは面白い体験なんて思ってられなかったかもしれないですね。

色々な意味で「粗い」といえるかもしれない作品を、彫って、こすって、磨いてを、汗と涙にまみれて(以外と本当にまみれて)やっています。

ものづくりって基本的にブルーカラーで「きつい、汚い、危険」な3Kがなにがしか伴うモノですよね。それが精神的なモノだとしても。

そういう作業の最中で、やべえ身が持たない、という思いをするメンバーもいたかもしれません。30年ぶりに舞台に立たれる林家正蔵師匠しかり。

 

 

客演陣は本当に、俳優としても、人としても、魅力的で底力のある方ばかりです。

 

一番若手の谷恭輔君はね、先物買いの皆さん、ご注目ください!っていう感じの期待の若手俳優ですよ。人なつっこそうでいて、実は結構ぶ厚い殻に覆われてて、でもやっぱり人が好きなんだろうなという感じの、一筋縄じゃいかなそうなところが魅力の青年です。

今藤洋子ちゃんは私、友達としても大好きなんですけど、良い意味でお調子乗りで、冒険家で、そして何より正直なひと。冷たくしてもお人好しなとここぼれてるよ!っていう、女優さんです。

今奈良孝行さんは、何でこの人役者始めたんだろう?っていうくらい、ナルシスティックなところが皆無の、汗かいて山を走ってワー!!みたいな方なんですが、何回かご一緒させて頂いている中でも、今回はちょっと色っぽくて、冗談めかしてゴリラ先輩とか呼ぶのを憚られる…という感じ。

千葉雅子さんは、ンもう、20代の頃からずっと憧れの人でしたから、基本的に私も劇団員もずっとハート目なんですけど、一緒にやらせて頂いて、ますます惚れてしまいました。おもしろと哀愁とたくましさと。愛しさと切なさと心強さと。

そして、林家正蔵さんはですね…今ここではあえて師匠じゃなく、さん、と呼びますけれども。

ほんとに、ぶきっちょです。ビックリするほど腰が低くて、でもこちらが恐縮する間もないほどすっとこどっこいなところがあるんで、大御所だと言うことを忘れて「正蔵さん!下手!下手!!」とか私も叫んでしまうんです。

でも、本当に、この方にしか出せない味があるんです。もう、人間味としか言いようのない、味なんです。舞台袖から見るその姿に、その表情に私、不意に涙ぐんだりしてしまうんです。

 

劇団員はまた、毎度同じコトしてちゃいけないとか、育ち続けなきゃいけないとか、劇団を継続させてきた自負と、それゆえのハードルもあるわけで、本公演は毎度のことながらみんなプレッシャーでビッシビシにせっぱ詰まった顔をしてます。

背負わなくていいといわれても、自ら背負ってしまうものですよね。

そんな合間にアイドルをやらせたりもしていて、いっぱいいっぱいなまま歌ったり踊ったりしているわけです。

私はそんな様子を見ながら、大変な想いをさせてすまぬと思いつつ、でもこんな体験きっと劇団でしかできないよとも思ったりするわけです。

願わくば、それらの苦労も全部をひっくるめて、超面白いなと思ってそこにいてほしいと願うのです。

そう思えたら、劇団は続いてゆけるだろうと思うのです。

 

***

 

そろそろPS4のゲームのダウンロードが終了します。

ここらでおいとまいたします。

 

これから数週間後に豊橋と北九州へ参ります。

豊橋にはこの夏に出会った新しい友達が居ます。

北九州には数年前から繋がる大事な仲間たちが大勢居ます。

 

愚図をひっさげて、会いに行きます。

 

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2015-11-15 10:39:15

きのうのこと。

テーマ:ブログ
昔、野音で清水宏先輩のトークショーを観に行ったとき。
客席には一般のお客さんに加えて、たくさんの演劇人が集まってた。
あちらを見れば双数姉妹や拙者ムニエル、カムカムミニキーナ、早稲田界隈の方々。
こちらを見れば阿佐ヶ谷スパイダースのみなさん、私の席の横にビールをポンと置いていってくれたのは堺雅人さんだったりして、そんな風に。
その日は雨で、みんな合羽を着込んで清水先輩を見に来ていた。
雨に打たれて走り回る清水さんは笑いと狂気に満ちていて素晴らしく、この生き様とも呼べるショーをひとめ見ようと集まっている演劇人たちの一人に混ざれていることも私は嬉しくて。
とても幸福な現場に立ち会っている気がして高揚した。
今、この場にはどれほどの演劇的財産が集結しているのだろうと、
そのとき、考えた。

他にも、これまで幸福な現場にたくさん居合わせてきた。
時に演者として、時に劇作家として、時に演出家として、
観客として。
そんな時、ふと思ってしまうことがある。
もしも今、この場に爆撃が落とされたとしたら、一体どれほどの者を失うだろう。
それはとても恐ろしい想像だった。
昨日のパリの襲撃で、それが現実になったと思った。

もちろん、劇場だから、サッカー場だからダメだというわけではなくて、
それがレストランだとしても、街中の雑踏だとしても、モスクだとしても、
恐ろしく、許しがたいことだ。
宗教、政治的思考、なにが原因だとしても、
日々の生活を営む場に、
罪のない人びとに向けた無差別な暴力が持ち込まれることは
決して許されない。

でも。
でも。
劇場という場所が襲撃されたと聞いて。
その客席に集まる人びとのことも、ステージに立つ人びとのことも、運営する劇場の人たちのことも、とても近くで想像できるだけに、ショックだった。

多くの人にとって素晴らしい一日になるはずだった。
豊かで満たされた想いが集まる場所だった。
そんな想いで人が集まる場所を狙って行った襲撃。
銃を向けていたのは20歳前後の若者だという。
見知らぬ若者に、そこにある幸福が根っこからすべて、奪われてしまった。
そのステージに立っていた人たちはどんな思いをしているだろう。
考えると苦しくなる。
そこにいたのは自分たちの公演を見に来てくれた人たち。
期待や喜びを抱いて足を運んでくれた人たち。
たとえ自分たちには何の罪がなく、同じ被害者だとしても、自分たちを見に来てくれたということに、運営側も責任を感じずにはいられないだろう。

昨日、銃を持っていた若者はなにがしかの使命を感じてそうした。
正当性を持ってそうしたのかもしれない。強い信念の元に。
憎しみを抱いている対象がどこかにあるのかもしれない。
だけど、昨日の劇場にその憎んでいる対象がいたわけじゃない。
関係ない人の命を奪う。
命を奪うだけじゃなく、
他のものも、たくさんたくさん奪っていく。
それが、テロなんだね・・。

ISが犯行声明を出して、またイスラム国か!と思った。
イスラム国は酷い。心からそう思う。
けれど、彼らはどこから生まれたの?
いきなり殺戮集団が何の理由もなく生まれたわけじゃない。
彼ら全員じゃないかもしれないけれど、彼らの中にも同じく、関係ない人に奪われた命や幸福な時間の存在があったのだろうと思う。

青年たちの持っていた銃はAK47。
私がグランドセフトオートってゲームで遊ぶときの一番好きな銃。
ゲームの中では、敵のマフィアだけじゃなく、その辺の通行人もばんばん撃つ。
オンラインで何人、人を撃ってきたかわかりません。
私も同じくらい(いや、下手だから普通以上に)撃たれてきたし、
車でひき殺されたり、手榴弾でぶっ飛ばされたりした。
でも大丈夫。当たり前だけど、それはゲームだから。
アー撃たれた、腹立つう~とか言いながら、
またご飯を食べたり、寝たり、演劇をしたりできるから。

ゲームと実際はまったく別物。
そんなことは当然わかる。でも、ゲームしててもわかることがあるとすれば。
例えばオンラインやってて、見知らぬ人にいきなり襲撃されたら、速攻リプレイしてそいつをぶっ殺しに行きます。
そんで、その人を狙って探してたはずが、全然関係ない人を撃っちゃって、その人にまた恨まれて狙われたりもします。
そういう連鎖が続くから、ゲームは終わらない。
その連鎖こそが戦争なのだと言うこと。

また、オンライン友達が撃たれたら助けに行って参戦したりする。
助けることに正当性があるとしても、関係ない人の命を奪いに行くという残虐さは一緒。
「正当な理由」が暴走していくこともある。
安保法案の改正、集団的自衛権を認めた日本は、その「オンライン友達」の立場に似ているなと思う。
終わらない負の連鎖、その歯車の一部になるってことじゃないのかしら。

私たちとISは違う、はずだけど、絶対そうならないと言えるのかしら。

私は特定の神を信じてはいないのだけど、
八百万の神に祈りを捧げます。
昨日、あの場所にいた人たちに少しでも早く安らいだ夜が訪れますように。

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2015-08-26 18:09:25

あしばやに夏がすぎた

テーマ:ブログ
とにかく
Twitterというものがどうにも自分で使いこなせないわけです。
使いこなせない、というのはずっとわかっていたことで、
それはひとえに、140文字しか書けない、ということで、
ちょっと書くことを貯めておくと、もう、言葉が溜まって溜まって、
結果的に、まるっきり書けなくなってしまうわけです。

なので、Facebookに移行しようと思いつつ、結局何にも行動に移さずに、
書くことを貯めて、貯めて、貯めたままにしている間に。


KAATのペール・ギュントがあり、


誕生日があり、



本番があり、



旅公演があり、


ドラマの執筆があり、
(写真はプロデューサーと監督。
朝まで打ち合わせした後に頑張った証として撮影



風琴工房『無頼茫々』の撮影があったり、




ペテカン『素晴らしきこの世界』の撮影があったり、

してました。

***

夏は瞬く間に過ぎていきました。
そんで、書くことが溜まって溜まって、やっと訪れた短い夏休みに、
我が家の猫が、18歳でその生涯を閉じました。

そこからはいよいよ、なにを、どう書いて良いのやら、
『無頼茫々』の稽古も始まっているので、宣伝などいろいろしようと思いつつ
なにを、どう書いて良いのやらで

『ひとよ』から『ペール・ギュント』が終わる頃までの三ヶ月は、仕事に加え、
猫にまつわるあれやこれやに追われて、友達との会合も、
演劇人の要(?)とも言える飲み会にもほとんど行けず、
ぶっちぎりの人付き合いの悪さで過ごしていたのに、
最近になって、すんなり誘いに乗り、出かけられるようになったことについて、
やっぱり猫の説明は必要だったりするわけですけれども、
自分から話すこともうまく出来ず、聞かれてもうまく答えられず、
上手に言葉に出来ないあまり、嘘をついたりするしまつで、
これではいかんと思い、ここに書いておるわけです。

さっきからこの文章も、書いては消し、書いては消しで、
まがりなりにも物を書く仕事をしているというのに
ここまでまとまった文章が書けないのもどうかと思うのですが、
猫のことに関して、どこかでこのことを明記しておかないと、
途中で放り投げているTwitterを読んだ方からご心配いただいたりもして
もうしわけがないので、そうなのです、ということだけ、お知らせします。

ともかくみなさま、いろいろと音沙汰もナシでごめんなさいでした。

ですけれども、元気にやっております。


KAKUTAの撮影をしたり、
『無頼茫々』の稽古も愉しんでおります。
稽古も人狼ゲームも張り切ってやっておりますし、
テレビゲームもしておりますし、海外ドラマも見ておりますよ。
日に何度かは、気が狂いそうになりますけれども、
色々な人に支えていただいておるので、
『狂いっぱ』にはなることはないと思います。

猫が懐いていた近所のおそば屋のおじちゃんが、
出前を届けに来て「今日は猫チャンいないんですか?」と聞かれても
うまく説明できなくて適当な嘘をついたりしてしまうくらいなので、
言葉にするのに時間がいるかと思いますが、またいずれ。



また稽古のことなど、ぼつぼつ、書いてゆきますね。

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2015-02-18 03:02:38

あつくるしいきょうだい、あつくるしいわたし

テーマ:ブログ



「あつ苦しい兄弟~港のふたり編」が終わって、ぼんやり、ぼんやり。
翌日はひたすらぼんやり、していました。
ひさびさのふぬけ。
久しぶりにブログを書いてるのも、
どこかにこの気持ちを書き留めておきたいからだろうなあ。



二年前に参加させてもらったときは、
自分がいろいろと個人的に悩んだり落ち込んだりしていたときで、
やりたいことをいろいろと見失いかけていた頃だったのだけど、
舞台上にあがったらそんなことが全て吹き飛んでしまって、
嗚呼、やっぱり演じるって面白いな、と改めて気づけた公演だった。
救ってくれてありがとうという気持ちが、道学先生に対してずっとあった。


今回は、更に根源的な、といいますか、私が演劇を始めたのはなにゆえ?という、根っこの部分に立ち返ったような感覚があって。
いろいろ試してみる怖さと面白さや、人の芝居を見て受ける刺激や、皆で一つの舞台を作り上げていく素晴らしさというものを、演出や劇作家という視点から離れて、久々に、純粋な一役者として体感していた。


中島さんの本は、乱暴なのに暖かい、雑なようで繊細、まるでそのまま、海の男のようで。
私はそのなかで、大きな腕に抱かれながら大安心して暴れさせてもらったという感じです。


舞台袖で井之上さんと福島さんが談笑している姿とか、
開演前にアロマミストをみんなで吹きかけてチャクラを開くあの時間とか、
女楽屋でツボ押ししたり、差し入れのおやつを分け合って笑ってる時間とか、
開演前にチューチュートレインを村田さんやしげちゃんやごろうちゃんと踊ったりだとか、
歌稽古で静かに感動しているみえさんに私も感動してしまう瞬間とか、
てる美さんの美味しいご飯に嬉しそうにしてるかんのさんとか、
椅子からひっくり返って大声で笑ってる芽吹先輩の姿とか、
福島さんのダンスに転げ回って笑う青山さんの姿とか、
今谷さんのキレッキレのダンスとか、俊輔のゲロの後の笑みとか、
歌シーンの出番前に舞台袖で大ちゃんと並んで静かに待っている時間…、
とか、とか、とか・・・は、なんとも学園祭の想い出のように熱く焼き付いてしまいました。


いい歳して、こんなセンチメンタルな気分になれるのは、貴重なことだと思う。

そして私は、声を大にして中島淳彦が好きだ!!といいたい。
ささやかな幸せをばかでかいスケールで、大きな幸せを繊細なスケッチで、
寂しさや哀しみをばかばかしい笑いで、たった一曲の歌で、描いてしまう。


バカで哀しくて逞しいルミ子、大好きだったなあ。
傷ついても笑い飛ばすルミ子、傷つくのに学ばないルミ子、
死にかけてもバタフライで泳ぎ続けるルミ子。
ルミ子と別れるのは寂しかった。

またどこかで会えるかしら。

会えるわね!

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2014-08-26 23:28:08

痕跡 あとあと について

テーマ:ブログ



以前、私の知り合いに、恐るべき嘘つきがいた。
自分を守るためならどんな嘘でもつくし、なめらかに虚構の設定を演じることが出来て、それで他の人間を悪者に仕立てることも出来た。
誰かを守るための嘘や、優しい嘘は存在する。
けれど、「誰かを守るためという嘘」で固める「自分のための嘘」というのもあると、その人を見ていて知った。


子供の頃、私も大嘘つきだった。
兄弟が13人いるとか、妄想から発展した嘘を毎日繰り出していて、だけどいつだったか、全部が嘘だったと自分で気づいてしまい、そこからは本当のことすら自信がなくなって、たとえば、
「今何時ですか」と聞かれて、時計を見たら3時を指していたとしても、
「もし他の時計が3時1分だったら嘘になる」と思って怖くなり、
何も言えなくなったときがあった。
今はさすがにそこまでじゃなくなったものの、もし何か問われて間違いかもしれない回答をしたときには、嘘になるんじゃないかと思って口の中で「・・・違うかもしれないけど・・・」などと呟いてしまう癖は未だにある。


嘘にも、ここから先は行っちゃいけないよという境界線がある。
その線を越せば戻ってこれないと、わかってる嘘だ。
とても怖い嘘だと思う。
何が怖いって、あとあとになってばれたときに嘘でしたと告白しなくてはいけないからではない。
むしろ誰かに告白できるならまだましで、ずっとこの先誰にも打ち明けられないまま抱え続けることもある。
そして、嘘をつき続けるには、他人に対してだけではだめで、自分でも「そう思い込む」ことで嘘をつかねばならないから、自分で真実を埋めてしまう。
取りに行けない場所まで沈めてしまう。


本当は、心のどこかでは、何が本当かわかっているはずなのに。
そこにある欺瞞や罪を、自覚しているはずなのに。
そこから抜け出したいと思っているのも自分なのに。
そう思い込んで生きていくしかない。
それが、一番こわいなと思う。

「痕跡」で描いたのは、そんな男の話かもしれない。


松村さんが演じた竹夫という男。
彼の行いは角度を変えれば人助けとも言えたし、善意もたしかに存在していたけれど、彼がつき続けた嘘は決して他人のためではなかった。
松村さんはこの役をすぐに理解して、「愚か」だと言っていた。
だから、共感して同情できる人間になってはダメだと言っていた。



ラストシーンで彼はすべてのことを打ち明け、感情的になるシーンがある。
だけどそのシーンでも私と松村さんは、あの号泣会見を開いた兵庫県議員のつもりで、という滑稽なモデルをイメージした。
やっていることのレベルは違うし、そこにある善悪の意識も違うだろうけど、利己的で浅はかな行為であることは同じ。
開き直って泣いてみても、行いは取り返せない。

だけど、そんな浅はかな嘘で世間を欺いてきた人間が、誰かの愛しい人になる場合もある。何が正しいかは度外視して、嘘をつく相手を無理矢理にでも信じようと思ったりする。
失わないために、鈍感であろうとして。
気がつけばその嘘に荷担している。
私が演じたメイというのは、そういう女だった。


嘘をつき秘密を持つことで他人も自分も欺ていくと、その延長で真実を言う者を嘘つきに仕立てることも出来る。
その対象にされた人は、自分で自分の頭の中を疑うという、とてもとても怖い思いをする。
自分が間違っていたのか?
自分が忘れてしまっただけなのか?
絶対になくさずにいたはずの真実が、闇の中に埋もれてしまう。

斉藤とも子さんが演じたのは、そういう女性。


アンジェリーナ・ジョリーの映画で「チェンジリング」という作品があるけど、あれも、自分の子供について真実を語るのに、他人に否定されつづけて自分を見失いかける話だった。
私は、自分が信じているものが、自分でもわからなくなってしまうことが、この作品の中にある一番の悲劇だと思っていた。
死んだはずの息子を生きていると信じて探す母が、その息子を忘れてしまうことは、母にとっては息子を二度殺すことになる気がした。
この物語における竹夫という男がした一番の罪は、子供を助けて連れ去ったことでも、その子供を返したくないと思ったことでもなく、彼女の真実を奪ったことだと思う。
絶対に忘れたくないことを、それでも忘れていってしまう哀しみ。
そこにつけ込んだ、嘘。



佐賀野マサが演じた加害者の男は。
子供をひき逃げし、10年間妻に黙っていたが、耐えられず真実を打ち明ける男は。
じゃあ、正しいことをしたのか。
自分を信頼しきっている妻に本当のことを話せば、一緒に味方になってくれるんじゃないかという甘えが、彼にはなかったか。
罪を分配したら少しだけ楽になると思ったのではなかったか。



異儀田が演じた彼の妊娠中の妻は、「なぜ本当のことを言った」となじる。
聞かずにいたかったという返答に、お客さんの反応も様々だった。
私なら本当のことを言ってほしい、
私なら真実を受け止めて彼と背負いたい、
という声があがって、それは本当にもっともだと思うし、私だとてそんな女になりたいと思う。
だけど、出産して人の親になるという一世一代の転機を目前にして告白してきた夫、抱えきれなくなった自分の苦しみを明け渡して背負わせた夫を、どうしても許せない、そういう女を描いてみたかった。
そして、それがおこがましい行為だとは承知の上で自分なりに夫を罰する選択を選び、その分、シングルマザーとして責任を背負っていく。
別にそれが正しいとか、間違っているとか、強い弱いではなくて。



そして、そんな嘘と真実の狭間で揺れる人たちの中において、嘘で塗り固めた人生を淡々とサバイバルする面々も描きたかった。



誰のせいでこうなったとか、今更問わないし、
そこに対する善悪を問うことももうしない。



そんな生き方は容易ではなく、それで自分が傷つくリスクも背負うけど、
死なないよりまし、という考え方。
何が本当のことなのかは、自分だけがわかってれば良いという割り切り。



無意識のうちにそういう選択を選び取る人間もいる。




失った真実にとりつかれる者もいれば、



真実を追うことのむなしさを知っている者もいて。



真実を追ううちに、望むことを信じたいという願望が勝って、
追うことを諦めることもある。



嘘の一線を越えるという行為を、誰かが、止めていたら。
何が生まれ、何が消えたのだろう。
あの時どんな選択をしていれば、この嘘をつかなくて良かったのだろう。



冒頭に書いたその知人とは今はもうつきあいもなくなってしまった。
けれど、あの人はこの先どうしていくのかな、と考えたりする。
自分のまき散らした嘘を、どんな風に回収していくんだろう、と考える。
あとあと後悔するのだろうか。
あとあとしっぺ返しが来るのだろうか。

でも、きっと普通に生きていくんだろう。
わざわざ立ち返って反省することもなく、誰かに打ち明けることもなく、平穏に、必要ならばまた嘘を重ねて、生きてくんだろう。
そしてもしかしたら、あの時、あの瞬間、何が本当かは確かにわかっていたはずで、そこで痛めた胸もあったはずで、すべてわかった上でついた嘘が、時を経て、自分をだまし続けた結果、「なかったこと」になってしまうのかもしれない。
そうできたら幸せなのかしら。


でも願わくば、その澱はどこまでも消えずに残っていると思いたい。
その嘘でちゃんと苦しんで、ほんとうを取り戻す作業をしてほしい。
その人が竹夫のように、いつか誰かにすべて告白することが出来たなら、
それはたぶん、

ラッキーなことだ。



旅公演のことを書こうと思ったらまた長くなっちゃったよ!



またね!

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