幽界の汚染地帯

テーマ:

2016年3月6日の幽界訪問から。


 バイクで旅をした。途中で、汚水があふれている汚染された地域に入りそうになった。交差点で立ち止まった。方向を変えようとするが、そこに引っ張られるかのように、うまくいかない。そこの土地の見知らぬ人が、私に土産をくれる。交通量が、多く、急な坂になっていて、結局、バイクを持ち上げて運ぶ。地上では、考えられないくらい軽くて簡単だったが、道路の外壁の外を見ると相当汚い。工場の汚水が溜まっているためであろう。再び土産をくれた女性がもっと土産を上げるというが、感謝して立ち去ることにした。

 たまたま旅行した場所が、幽界下層の低級な場所だった。そこに住んでいる人には、汚くは、感じないのだろうが、私には、その低級な波動を受け入れることはできなかった。人々は、気のよさそうな感じだったのだが、私には、その環境が、耐えがたかった。

幽界での熊との遭遇

テーマ:

2016年2月23日の幽界訪問から。

バス通りの丘の下が、森になっており、ここを降りて行く事にした。すると、途中で熊の夫婦に会った。大きな熊なので、怖くなり逃げることにした。当然、向こうも興味を示し、追いかけて来た。壊れた家の外にトイレがあり、これも壊れて外が見えるが、ここに隠れて便器の上に横になった。中に落ちそうになるが、これを我慢していたら、熊達は、うろうろあちこちを見て、去って行った。すると、また別の男の人が逃げて来た。何も言わずに私の体の上に横になった。すると、また熊達が出て来た。我々は、無言でやり過ごした。

 

 しかし、考えてみれば、この世界は、動物も共存共栄の世界である。怖がる事は、ないのだろうけれど。地上の習性が残っていると、皆このような行動を取るのであろう。

幽界の大地震

テーマ:

2016年2月13日の幽界探訪から。

大きな揺れを感じた。震度7以上か?立ってはいられない。新幹線が、崩れて、バラバラになって走っていた。東京方面が破壊されていた。ミカンなどたくさんの食料を持って、トラックで上京した。道すがら、多くの難民が、ミカンなどを食料をもらって、喜んでいた。

幽界での地震は、シュミレーションだと言われる。東京直下型の大地震か?実際に地上では、起きないことを心より祈った。

 

幽界のご飯とチョコレート

テーマ:

 

2016年2月9日の幽界探訪から。


チョコレート入りのご飯が、甘くて美味しかった。太るからやめようと思いつつ、三杯も食べてしまう。しかし、満腹感が、それほどでもない。普段は食べられないメニューである。


チョコレート入りのご飯とは、今、地上では、食べたいとも思わなし、食べたこともない食事である。幽界では、なんでもありなので、奇怪なメニューもあるであろう。味は、地上での想像の産物である。もともとチョコレートとか甘いものが好きだという私の癖も幽界へ持ち越したのであろう。かって、私は、小さい頃、砂糖入りの黄な粉をかけてご飯を食べていた。その延長線上とみることもできる。

 

幽界の雨降りの公園

テーマ:

2016年2月14日の幽界探訪から。

大阪にいる。雨が降っている公園に人々が集まって、場所を取っている。ホームレスの人たちだ。一時的に私も場所を置かせてもらう。宿泊場所を探し、そこに泊まると、再び戻ってくる。さらにカップルやら人で混んできたが、場所を空けてくれているので、そこで私も手持ちの荷物の整理を始めた。


幽界の大阪は、ホームレスの人が多かった。地上は、その反映であろう。行く場所もなく、寝る場所も決まっていない人々が、たくさん集まってくる。ホームレスで亡くなった方は、やはりホームレスを求める可能性が高い。やはり、自由が好きだということか?幽界は、サマーランドであれば、決して寒くもないし、更に居心地が良いだろう。死んだという自覚が無ければ、地上に執着するが、なおさらだ。ここでは、皆性格が優しい人ばかりで、すぐなじむことができた。

 

幽界の霊力の強い存在

テーマ:

2016年2月5日の幽界探訪から。

非常に霊力の強い存在に遭遇。この人は、地上では、認知症で意思の疎通が図れないようだ。近寄ろうとすると、強力な霊力の前に私も周囲の者も身動きができない。その霊力を払うこともできず、こちらも何もできない。何かに憑依されているのか?本体が死んでいるのか?地上で起こっていることと同じように幽体をコントロールできなくなっているのでは?高級な霊性の高い感じではない。幽体の死が近づいているんかもしれない。あるいは、カルマの法則が働いてるのか?

幽界にも死はあるが、肉体の死と違って、意識の変化に応じて、生じると言われている。それは、グラデーション的な変化などで、徐々に何度も衣を脱いでいくのだろう。だとすると、この存在も一時であろう。

幽界のY先生宅

テーマ:

2016年2月1日の幽界訪問から。

耳鼻科医のY先生の自宅兼診療室に行った。地上では、冬場で一番寒い時期だった。前日は、私は、体の調子が悪く、お酒を飲みすぎたため、先生の自宅の炬燵で寝ていた。友人が二人。ただ、二人とも眠そうにしていた。たぶん一緒に飲んだ仲間なのだろうが、普段は、知らぬ仲で、よく覚えていない。この後、Y先生の奥さんに促されて、朝食を食べに行った。私は、外出の時間が気になり、着替えようと、別室にもどろうとするが、場所がわからなくなった。うろうろしていると、診療室の隣に食堂があり、とても広く、子供たちが、食事をしていた。子供たちによると、そこは、震災の津波で床下浸水した場所だという。

幽界のY先生宅は、地上とよく似ているはずだ。それが、どこだかわからないが、東北の沿岸部で、診療をしていたのだろう。二日酔いというのは、地上での本当の話で、私は、頭痛に悩まされていた。幽界の中で、そのことが、混濁していた状況だった。子供たちは、震災で亡くなり、同じく亡くなったであろうY先生夫妻宅に隣接して作られた食堂で朝食を食べているのだろう。実は、このY先生も自分でYと名乗っているが、地上では、私とは、初対面の方だった。アルコールは、時として妙な世界に人を導くことがある。ヘミシンクでもフォーカス20という奇怪な世界にアルコール依存症の人等を連れていくそうだ。そこは、地上には、無い幽界下層の低級な世界なのであろう。

 

2016年2月1日の幽界訪問から。

私の診療室は、地上以上にとても忙しかった。その中にY先生という耳鼻科の先生が、いた。一緒に治療をしていたわけだが、患者さんの顎の型を採っていた。関係する内容で、治療をしていたようだが、挨拶をしようとして、会いに行った。私の診療室で、他科の先生が、治療するということは、地上では、ありえないことだ。

これも未来の医療のシュミレーションか?同一診療室内の同じフロアーで、医科の先生と歯科の先生が、同時に治療することもありえるかもしれない。

 

幽界のフィリピン

テーマ:

2016年1月22日の幽界訪問から。

南洋のフィリピンのような所にいる。友人に連れられて、モールに来た。そこで遊んでいた女の子が、一緒にいた父親をありこち探していた。ここでは、親に捨てられることは、よくあることだ。結局、アメリカ人の友人が、引き取るようだ。この男性は、もう一人の中学生くらいの女の子と一緒だったが、同じようにこの子も引き取って育てたらしい。そんな騒動があって、引き返そうとしたところで、自宅に戻るのに場所がわからなくなってきた。日本人街が、あるようなので、そこに行って聞いてみようかと思った。やたらに子供が多かった。英語が、通じるようだった。

幽界でも地上にかなり近い世界だったと言える。全く地上と錯覚してまうような世界は、たくさんあるようだ。それも地上言語を使う世界なので、より地上に近い世界だと言える。通常は、肉体の無い幽界では、地上言語は、必要としない。インスピレーションの世界なので。

 

幽界の親戚宅にて

テーマ:

2016年1月18日の幽界探訪から。

 

50年ほど前に私が住んでいた群馬のS市の親戚宅にいた。仙台のY先生が、来訪され、専門学校長を辞すると私に言った。私も役員をしていたので、これを機に辞めようと決めていた。そこに、埼玉の従兄の子の最近亡くなったご主人(Kさん)が、現れた。彼は、胃がんで亡くなったのだが、今幽界にあって、とても元気そうだった。Y先生に彼を紹介してから、家の中を案内した。今度は、地上の住人である別の従兄(KH)が、奥から顔を出した。しかし、彼は、まだ地上世界にいるのだが、喉でも悪くしたか、声が出ず、いうまく挨拶できないため、当惑していた。更に隣接して建てられた隣の家に行く。すると、叙勲を受けた伯父の写真が飾られた部屋に出た。そこは、50年前当時とは、異なり、とても美しい装飾が施された部屋に変身していた。故人である伯父は、そこにはいなかったが、Y先生は、ここで感心しながら、伯父の遺品をじっくり眺めていた。

 

一見とりとめのなさそうな話だが、建物の構造は、50年前と同じだ。KH氏は、今その場所に一戸建てを建て、住んでいる。夜になると(幽体離脱して)幽界にある前の建物に顔を出す。そこへは、亡くなったK氏も生前しばしば来訪し、覚えていて、今も時々訪れるのかもしれない。さらに私もそこが懐かしいので、夜になると(幽体離脱して)しばしば来てみる。Y先生は、実は、叙勲を今年(2017年に)受けられたが、以前から叙勲に関心があったのであろう。私の誘いに乗ってくれたということだ。そろそろ叙勲でも受けたら、専門学校長を辞めて、引退してくれるだろうと私が期待したのかもしれない。私も役員を辞められるので。そんな思いが、織りなした幽界の世界とストーリー展開だった。これに、故人のK氏の死後の消息には、少し安心し、生きているKH氏の消息には、心配するというおまけがついた