※ブログ再開にあたり注釈
このブログは極めて私的な「忘備録」であり「劇評」であり「ネタ帳」。

 

岡田斗司夫が庵野秀明を馬鹿にしながら劇評を語るあのノリで

演劇作品を何もしていないのに偉そうに語る。そんなブログになればいい

 

9月のテーマ
①シンゴジラ➡近いうち書きます
②君の名は➡これもやります
③アガリスクエンターテイメント「笑いの太字」←今回これ

タイトル通りネタバレあります。大阪公演これからですから

これから観劇する予定の方はこの記事の閲覧はお控えください!!!

 

③「笑いの太字」について

※この記事はまだ、書きかけの記事であります。

同時上演「ワイフゴーズオン」もあり、

そちらは昨年のコメフェスをとったくらいの秀作であったので

「笑いの・・・」の方は単なるオマケだと思っていた

もっとはっきり言おうか。舐めてましたよ。


今回の作品「笑いの太字」一見すると二本立て公演の二本目、
省エネルギーなお芝居かと思いきや・・・
これは相当な物議を醸す作品
最小限の動きやセリフ、設定を使い
最大限の効果を上げた、画期的ないや革命的な作品なのかもしれない。

 

笑いの大学という名作
演劇における「パクる」という行為
台本があれば上演できてしまうエンゲキという文化
言ってみればこの作品は「究極の二次創作」だと思う

パーフェクトブートレグ。


はたして、かの名作をまるごとパクる、もはや書き写しただけというこの作品は
本当にただのパクりなのだろうか?

新しい芸術作品と呼べないのか?ウオーホールのキャンベル缶たりえないのか?

 

・・・などと、大仰にむつかしいごたくを並べ立ててはいるが、やっている事がとにかくくだらない。というかスケールが小さい。学生、大学、卒論
この「本人にとってのみ、深刻な問題」「周囲にとってはどうでもいい些細な事」に落とし込んだ設定がうまい。

いいコメディの条件として、

「後半になると、前半からもってきたテーマにより物語が加速する」という

俺の理論があるが、この作品は見事にそれをクリアしていた。

 

本家があって、パロディが存在する。
ある作品があって、ファンムービーが存在する
基がないパロディなんてないし、 マスターとなる作品のないファンムービーはありえない。

この作品は、スターウオーズにおける例のファンムービーであり、マーベルにおけるデットプールなのである。

 

そしていいコントは、まるでいい「いたづら」のように

見ていて爽快な気分になれる。

コメディで笑う事と、いたずらを見て笑う事は非常に近いのだ。

 

そしてこの作品が、見ていて痛快な、豪快な「いたづら」として成立しうえているのは、
何よりも「二次創作・ファンムービーのくせに、本家の作品にはない、新たなテーマを生み出している」
というところにある。

 

こここそが成功したといえるゆえんだろう

 

今回、45分という短い芝居ながら、劇中でヤラレた!と思ったセリフ

 

「三谷幸喜作品の素晴らしさの前では、三谷幸喜本人が言っていることなど何の価値もない」のだ

 

そのくらい「素晴らしい作品」であり「素晴らしい作品はみんなで分かち合うべきだ」
という、一見すると理に適ってそうにみえる「ファンの身勝手な本音」が、実に爽快なのだ
なぜなら、見ているわれわれもこの名作のファンであるのだから、
その気持ちは、間違っているとわかっていても、十二分に共感できるのである。

そしてこのセリフに説得力をもたせているのは、作家である冨坂友自身が「ナイゲン」という作品の台本を一般に広く公開し、
高校生をはじめとする若いエンゲキ層に既存台本の上演の素晴らしらを広める活動を積極的に行っているということと、

その「ナイゲン」自体が「12人の優しい日本人」にとても近い作品でありまた、「12人の優しい日本人」は「12人の怒れる男」のパロディであるということ、つまり
今回の笑いの太字という作品は、

 

「12人の怒れる男」という作品が大好きなファンがつくった「12人の優しい日本人」という作品のファンが作った「ナイゲン」というエンゲキ作品の解説

 

みたいな作品だよなあと、思ったのである。

 

 

パクるということに込められたメッセージ性、「パクる」とは「盗む」からくる言葉であり、窃盗は当然よくないことではあるが、
盗むという行為は大前提としてそのモノに対する愛情があって初めて成立する行為である

「欲する」とはつまり「愛する」ことであり、その想いゆえに「手に入れたい」から「盗む」わけである。

 

作品に対する愛があるからこそ、パクるという行為が生まれ、となればその行為をただ「悪」とみなせないのではいか・・・・?

 

という壮大な裏メッセージが込められた作品だと、そういえなくもなくもないのではないだろうか??ん?何書いてるかわかんなくなってきたよ・・・

そうそうこの感じ。観客が「この人たち何言ってんの??」という気持ちに最終的になれれば

その作品は間違いなく成功したコント・・・ごめんコメディであるといえるのではないでしょうか?

 

最後に。あえて、あえて悪い点を挙げるとするなら・・・・

果たしてオリジナルの「笑いの大学」を、そして演劇を全く見ない人がこれを見たとして、

純粋に楽しめるのか??

今回のアガリスクエンターテイメント「笑いの太字」はそういった意味での

「オリジナリティがある作品」といえるのだろうか??

さーてみなさん、それぞれ、議論してくださいよ。

「シンゴジラ」にしろ「君の名は」にしろ、いい作品てのは観覧後に客に議論の余地を与えてくれる

そんな作品だとおもいますよ。

 

 

ひとことで総評:

「笑いの太字」こんなに面白いと思わなかった。

おもわずずっと休んでいたブログを再開しちゃうくらいに

面白かった。なんか悔しい。

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