歴博の「新」時代区分はおかしい 26.07.06 | 棟上寅七の古代史本批評

歴博の「新」時代区分はおかしい 26.07.06

●家人がTVの音が最近高くなった、と耳の検査を進められ、補聴器屋さんに出かけ検査を受けました。聴力は中の下くらすで、補聴器の試着をしました。なるほど、小さな声も拾えるのですが、雑音も大きく聞こえます。値段も結構高い、(最高級は80万円などと言われていました)まあ、あと1~2年経って又お伺いします、ということにしました。


●ホームページの文章校正は一応終えたのですが、その過程で3つのホームページのファイルに欠損部が生じているのを見つけ、この2日間かかりきりになりました。

5年前の外付けデヴァイスが故障した時に修復した時のミスがそのままになっていたようです。


●學士會会報最新号に国立歴史民族博物館の副館長・研究総主幹の藤尾信一郎氏の「新しい弥生時代像の構築」という文章が載っていまいた。

一読すると、弥生時代はBC10世紀に始まった、C14法に寄るよる遺物の時代判定を尊重し、従来の通説と異なるに時代区分を提案されていました。


日本列島は一様に文化が発展したわけでなく、各地方によってかなり違う、とまあ真っ当な話をされています。そして数のような「弥生時代の多様な文化」という表を掲げて説明されます。


どちらかと言うと、関東や東北地方の文化発展について述べられ、「水田稲作文化時代」や

「続縄文時代」などの新しい時代区分を提案されています。


藤尾 クリックすると拡大します。


「弥生時代」定義そのものがあいまいの上に「水田稲作文化時代」など重ねるのは余計ごちゃごちゃするのではないかなあ。


政治体制による時代区分が難しい古代は、石器時代・青銅器時代・鉄器時代など道具による区分にした方がすっきりするのではないか、と思われました。


また、藤尾氏によると、西日本がひとくくりにされています。纏向遺跡と北部九州の弥生遺跡とを同時代に置かなければならない「何かの」事情が存在するのだろうなあ、とゲスの勘繰りをしました。