温度差

テーマ:

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20160126-00101990-toyo-nb&p=1



リフレは根本の問題を解決しない=金融政策無効


なる勘違いをされ、躍起になっている素人リフレの皆様は、いまだに緩和しろと言っているわけだが、これは断片的な記憶の連続によって発生する病だ


1→3→6 という具合だろうか?歯抜けにもホドがある


浜田先生の突撃インタビューでもみて、整理整頓をしたほうがいい。



http://www.msn.com/ja-jp/money/news/%e7%b2%be%e7%b7%bb%e3%81%ab%e5%88%86%e6%9e%90%e3%81%99%e3%82%8c%e3%81%b0%ef%bd%a4%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e3%81%be%e3%81%a0%e3%83%87%e3%83%95%e3%83%ac%e3%81%a7%e3%81%82%e3%82%8b-%e6%b0%97%e9%8b%ad%e3%81%ae%e3%82%a8%e3%82%b3%e3%83%8e%e3%83%9f%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%8c%e6%96%b0%e6%8c%87%e6%95%b0%e3%82%92%e4%bd%9c%e6%88%90/ar-BBoGSui?ocid=U305DHP



これは「みずほ証券版CPIコアコア指数」なるものだが、これによると、デフレ基調に変わりはないらしい。物価上昇のほとんどは、外勢要因なのだそうだ。


国内で消費されないモノが輸出されやすいわけだから、余剰分を国外に持ち出す際には通貨安はメリットがある。


が、それが収益の改善をもたらすにしても、それが国内の需給を逼迫させることにはならず、そうであるのだから必ず物価に影響を与える、とはなかなかならない。余剰分を売っているだけだからだ。


もちろん、この仕組みでインフレは起きないのか?と問われれば、いや起きますよとなるのだが、それは途上国の話であって、先進国では起きにくい、となる。


なぜなら、途上国の場合は先進国に売ったほうが儲かるからそれに応じて国内の物価も上がりやすいが、先進国の場合は自身以上の相手がいないため、輸出は制限(途上国的な誘因が存在しない)されてしまう、そのためダブつきは一向に解消されずあまり物価に影響を与えない。つまり、デフレには効果が薄い


ともなれば、物価の上昇は何によってなされるのか、国内の需給と、みずほが示すように、外勢要因だろう。


この単純素朴でありながら強力な理解から今の日本を見てみると、アベノミクスの恩恵が行き渡った人々、行き渡らない人々が存在してしまうのも、ごく自然なことだったようだ。(そうは言っても、異次元そのものの為替に対する影響は、内外金利差の調整幅が限定的であったことから、言うほどないといわねばならないが)


こうなるとマクロ的にどうなの?という疑問符がつくものだが、何とも判断のしようがないとしか言えない。


ただ、確実に言えるのは、デフレ基調のまま物価が上がったのであれば、期待は期待でも、「悪いインフレ期待」が一方では醸成されちゃいそう?だ。


これは大変にファンキーなことかもしれない。袋小路に突入せねばよいのだが。


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http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11581527087.html



お仕事が暇になってきたので、暇つぶしエントリー


上のURLは、三橋のオッサンの過去のエントリーである

彼の経済学はとてもシンプルで、以下のようになる


●デフレ期


金融、財政、どんとやれ

なぜなら、需要不足だから


●インフレ期


緊縮財政(驚くべきことに増税しろとまで言っていたことも!)

自由貿易

規制撤廃

なぜなら、供給不足だから



以上



とてもシンプルなので、これで経済がわかったつもりになった人々が大量に発生しました(私はいまだにわからないのに、もう天才ですね)

今では分裂してリフレに転向した人々もそれなりにいますが、所詮は三橋統制経済学に魅了されていた人々です。やはり分かったつもりになって通貨供給オンリーで景気が回復するなんてバカやってまして、イベント(ハロウィン等)等に合わせて追加緩和がないと、一生懸命にディスってます。


そんな彼らに夢と希望を与えた三橋様は、どうも東京都トラック協会などで講演されたようですが、なんと意外なことに生産性を説いたといいます

もちろん、とにかく公共投資でデフレ脱却が自論な困ったちゃんなので、インフラ整備による時短だと思われますが、散々と規制緩和=供給増だからデフレ政策と言っていたクセに、このことについて忘れてしまっているかのような振る舞いです

今こそ、供給増のために規制緩和を!というのがスジでしょう?

参入障壁下げれば、供給は増えるんでしょ?

え?生産性だけで上手くいくかって?労働者がいないから?

そんなことはありません。三橋理論によればどこからともなく労働者が現れるのです。だから、大丈夫なんです。

「労働者がぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 こんな悲観論を持ち出すインフレ経済学者はムシです、ムシ。

こんな教授がキャンパスのお立ち台にいると思うとゾッとします。←

規制緩和すれば労働者(労働市場?ムシですムシ)が現れるのです。 ( 参照 → サイバイマンとは?

なんか、頭が痛くなってきました。



さて、そんな三橋様の過去の発言をおさらいしましょう

また、彼はいまだブレていませんので、復習の意味は損ねられていません



三橋:「需要が供給能力を上回り、インフレギャップが拡大していく以上、今度は政府ではなく「民間」に設備投資の拡大、人材教育、生産性の向上が求められることになります。特に、生産性が向上すれば、国民が「一人あたりの生産(付加価値)」を増やしたという話ですので、いずれは供給能力、すなわち潜在GDPが拡大し、物価が抑制されます。この時点で、企業の生産性がなかなか高まらないようでしたら、それこそ規制緩和でも自由貿易でもやって、競争を激化させればいいのです。」



はい、出ましたオハコです

ラーメン店が増えすぎているから単価が落ちる、ならば規制しておけ。そして、ラーメン店が少ないようなら規制を解除して増やせ、と、彼は言います

言いたいことも言えない世の中じゃポイズン、なんて歌がありましたが、やりたいこともやれない世の中じゃやはり、ポイズンではないでしょうか?

これだけじゃなく、本当に美味いものが供給されないので、ラーメン市場が成立しずらくなり、縮小していってしまいかねません。守るはずが縮小ですから、本末転倒な話です。

自由貿易についても同様のことが言え、障害をもうけておくと輸入が減るだけでなく、輸出も減りますから、皆が不利益を被ります

しかし三橋いわく、日本の豊かな道とは、デフレ期においては、欲しいものはガマン、起業もガマン、これが重要なのだそうです

ただ、今は人手不足が深刻な業界もあります。三橋貴明は今こそ、規制緩和でも自由貿易でもやれ!と言うべきではないでしょうか?



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http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%82%b9%e3%82%ad%e3%83%bc%e3%83%90%e3%82%b9%e8%bb%a2%e8%90%bd%e7%b5%8c%e9%a8%93%e4%b8%8d%e8%b6%b3%e3%80%81%e9%81%8b%e8%bb%a2%e6%89%8b%e3%81%ab%e3%80%8c%e4%b8%80%e8%88%ac%e9%81%93%e3%82%92%e8%b5%b0%e3%82%8b%e3%81%aa%e3%80%8d/ar-BBom27N?ocid=U305DHP#page=2



先日、社会を震撼させる事故が発生した

人である以上、ミスはつきもので、事故そのものがゼロになると考えている事業者は残念ながら、いない

だが、ゼロ達成を目標としている事業者は数多く存在するし、このような悲惨な事故は、ゼロにできると考えているはずだ(あるいはない)

経験や価格、バス会社の不備は呆れるほど指摘されてはいるが、これではまた、同様の事故は起きかねない

なぜ起こったかの次は、なぜ、そうすることになるのか、これが重要なのだと思う



●中間点呼を改ざん



泊り運行の場合、中間点呼は運行終了時に車庫外にてするものだから、直接的な原因でなく、体質を表すのみだ

似たような規制のもと日々を送っているならわかるが、中間がなければ運行前も運行後も、点呼を適切にこなしているわけがない

もっとも点呼をしているしていないで、安全性を計れるものともいえないのが、実態なのであるが



●価格



行政が推奨する価格と、バス会社が請けた価格差が、約7万円あった

バスの稼働率や諸経費(2日運行として)を考慮し、価格を見てみると


①人件費=6万円

②高速料金=2万円~

③燃料費=1万円~

④その他=11万円~(車両費、維持費、間接費用など)


ここに本来であれば利益が上乗せされることになるが、その余地はない。この運行そのものは継続不能な赤字だったというのは、畑違いの私ですらわかる

ただ、冬季は需要低下が見込まれるため、季節に応じて価格調整がされているのであれば、この運行は赤字縮小のための運行であった可能性もある

逆を言えば、価格的な硬直性が業界に認められるならば、何らかのコストとリスクを天秤にかけ、このバス会社はリスクを取っていたことになり、そのリスクが現実のものとなったといえる

そうであれば、情状酌量の余地は、ない



●最低運賃の導入



コストとリスクを天秤にかける事情がバス会社にあったとすれば、最低運賃の導入が検討されるのだが

http://www.shinkibus.com/kankobus/new_rule/index.html

このように、競争関係がある程度は維持されるよう幅をもうけ、導入は済んでいるようだ

とはいえ、必ずしも法的な価格が適正ではないため、下限を下回っていることが絶対的な問題とはならないし、それが既得権となりうる側面もある、という点は頭に残しておきたい

また、最低運賃があることで、このようなリスクをヘッジできるとは言い切れない



●規制



規制とは秩序でありルールであって、公平な生活を提供する知恵だ

この観点から既得権化した構造は不公平であり、また、発展的でなくなるため経済厚生の改善に

寄与しないことが多々あるので、撤廃することもしばしばある

こういう当たり前のことがわからないと この御仁 のようなことも言い出すのだが、混乱は発生してしまう

もちろん既得権そのものの剥奪は経済厚生を改善する要因なので問題ないが、その一方で、予期せぬ事態に発展することも場合によってはある



●秩序崩壊



既得権擁護が大好きな国家社会主義者ほど規制緩和を嫌うものだが、その理由は供給増によるデフレ化(どうも サイバイマン が存在すると思っているらしい)なのだが、そのため、的外れの批判を繰り返すに留まっているように見受ける

実際問題、サイバイマンなどは存在しないので、規制撤廃による価格低下は全要素生産性の向上によって起こるため、経済厚生は改善している証でもある

だが、自由主義に目覚めその初期に陥るのが、ルールがあればという錯覚になる

自由主義に信頼を置くようになると、普通にケインズ主義を毛嫌いするようになるのだが、ルールがあればという盲信は、結局のところ性善説からの脱皮がなされていない

その過信が、規制緩和後のいらぬ混乱の、主要因であると言わねばならない



●ハイエクとケインズ



いまだこの論争の続きが継承されている、と考えるなら、そんなことはないと私はいう

経済学的なアプローチを提案したケインズに対しハイエクは、経済学としての反論というよりも、社会哲学による反論に徹した

ケインズが性善説にたったのに対し、ハイエクはそれを疑い鋭い批判を浴びせる

こんなことを言ってはなんだが、経済学はどこか統制経済を夢見てしまいかねない魅力を持っていて、当時はハイエクが敗退したと目された

だがそもそも社会哲学の視点からの反論だすれば、ハイエクの攻撃は経済学にはあらず、ケインズの思想部分にあり、その条件を満たさなければ成しえないというものだった

歴史は何を示しているのか、社会主義はどうなるか、政府を主にして社会主義化しない根拠はどこにあるのか、歴史を武器にケインズに挑んだのがハイエクだった

内容は一方の極みと目されるほど悲観的なものだったが、その糸は確かに繋がりかねないものでもあった

それは、ケインズ自身の愛弟子達や他国の経済学者達が、身をもって証明していた

ケインズもそれを、感じ取っていた。それは いざとなれば自分が出ていって止める」 その言葉が示している

人は理性的でないというハイエクの主張を認めたケインズが当時、論敵として、そして友人として認めていたのも、ハイエクだった



12/21追記 ↓



この件の映像が公開された


http://www.msn.com/ja-jp/news/video/%e3%83%90%e3%82%b9%e8%bb%a2%e8%90%bd%e7%9b%b4%e5%89%8d-%e7%9b%a3%e8%a6%96%e3%82%ab%e3%83%a1%e3%83%a9%e3%81%ae%e6%98%a0%e5%83%8f%e5%85%ac%e9%96%8b/vi-BBosjH0?refvid=BBosjH0&ocid=U305DHP


猛スピードでカーブを曲がっていくバスが確認できることから、どうやら事故回避の行動をとっていたのは間違いないようだ

それと同時に、ブレーキランプが点灯していることにも気づく

ブレーキランプ点灯にも関わらずまったく減速されていないことから、制動装置の不具合がこの事故の原因となりそうだ

エア不足に陥ったのか、ライニングが焼けてしまったのか、あるいはエアホース内の水が凍り付いてしまった(最近の車両ならこれはほぼないだろうが)のか、いくつか要因がありそうだが、いずれにせよ、運転者自身の経験の問題だし、それはバス会社の危機管理の問題になる

率直に言って、コスト的な面で、峠越え運行を選択させるインセンティブを与えていたか、予め指示したかのどちらかだろう。いや、正直なところ、指示したのではないか?という疑いのほうが強い

まず時間調整ために下道を走ることは考えにくい、運転者の一存でルート変更はできない、そしてなによりも、わざわざ過酷な環境に理由もなく身を置くわけがない

そして仮に掟破り(指示無視)が横行しているにせよ、普通は峠道を避けるのが自然な行動で、夜間のため交通量が少ないことから、下道に選ぶのは東京群馬間のほうだろう。一人はベテランだ、慣れた運転者が峠道をわざわざ選ぶのだろうか?ましてこの時期に

どちらにせよ、下道を走行する理由はコスト削減以外にはない

もしかすると不慣れだから、という疑いもでてくるが、松井田は18号に入って一つ目のICだから、土地勘のない休日ドライバーですら見逃しようがない











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ここ最近マメに更新しているのは、周囲の人間にまでインフレに夢を抱くような人間が出てきたせいだ

別にデフレのほうがいいとかインフレがダメというわけではないのだが、インフレが良くてデフレは悪という一方的な考え方はよろしくない

結論から言うと、低迷時にはデフレのほうがダメージが少ないため防衛本能から無意識のうちにデフレになるので、デフレは結果でしかない。この観点から言えるのは、悪いのはデフレでなく低迷になる

日本の潜在成長率は1%未満といわれ、0.6とも言われているし、もっと低い試算もある

これはよくて0.6%しか成長の余地なしという意味で、市場利子率がゼロになっても大きなインパクトを与えることはないという根拠であり、実際の貸出金利はプラスになるので、金利が上回ってしまうことになり、多くの企業の財務状態を改善するには至らないという根拠でもある

ここで希望を見出したのが 「インフレ期待」 なのだが、好ましい結果であるインフレの経路をことごとく無視してしまっていると言わねばならない

経済発展が前提であるならば、リフレ派の言っていることは児戯に等しいということだ


日本型デフレは先述したような低迷デフレだから、ここでインフレをまず起こすことは危険極まりない

価格抑制によって経済規模を保っている状態のなか物価が先行して上がっては、総生産量がマイナスになる。需要と供給の関係から当然のことで、このことからスタグフを懸念する声があった

それでもマイナス金利になるから、というのがリフレ派の常套句だが、こういう机上の空論を、麻生太郎は皮肉ったのだ

ズバッというと、インフレになれば数年前に借りたお金の価値が(実質金利が)下がるからというが、こんなものは誘因とはならない

なぜなら、現在の投資は現在の所得や利潤が基準になっていて、現在の所得や利潤で償却可能かどうかを判断し、その間の経済規模が今以下にならないことを祈ってのことだからだ

このとから、経済規模が拡大を続けるという期待が伴わない限り、好ましいインフレ期待など醸成されないという結論に行き着く

要は実物要因のデフレなら、実物要因でインフレにならないと苦痛しか生まれない

物価が先に上がるなら支出すら減り、景気回復の足枷にすらなってしまう。というか、なっている可能性も否定できない

リフレ派は順序が逆なのだ

私は経済学者を尊敬している。雲の上の存在だ

こちらのアメブロにも実はいらっしゃるが、多くの知的刺激を与えてくださり、今日の糧になっている

そうであるがゆえ、現実を無視した理論は到底受け容れ不可能で、机上の空論を現実世界に持ち込むようなただの切り貼りヲタクは、博士を返上しろと言いたい


素人リフレのミックス理論

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政策決定に影響を及ぼす 浜田宏一氏岩田日銀副総裁 らが正統なリフレという認識が、世の中にあるだろう (とはいえ、実際に政策に興味があるのは少数なのだが。これはこれで残念)

両氏の主張はある環境下にさえ経済があるのならば、理屈の上では正しいともいえるもので、特に物申すことはない(倫理的なのであれば、という注文はつくが)

そんな両氏の理論的支柱は、マンデル・フレミングモデル、貨幣数量説にありそうだ

三橋貴明 を我が師とばかりに崇拝していた人々はやがて、黒田日銀誕生を切望するようになり、財政政策を否定するようになっていた。しかし論拠は、供給制約だった


●マンデル・フレミングとは


日本は自由主義経済にあるので、通常であれば閉鎖経済を前提としたモデルは使えない

普通に勉強を進めると、為替の問題に必ずぶつかるので、その影響を加味したモデルが必要になり、それが、マンフレになる

このモデルでは、金融政策の影響を多大に受けるために、金融政策が経済政策(マクロ)の中心的な存在に必然的になる

たとえば今回のように大規模な緩和を行うと金利が低下することで内外金利差がひろがり、金利の高い国へオカネが移動(流出)することで、通貨安に転じる(実際には、これは外勢にも影響を受けるので、願うようなレートに落ち着かせることは極めて困難)

そうすることで当然、輸出企業は価格面で優勢になるため、輸出増に転じるのだろう、という結論が導かれる

その一方で財政政策を試みた場合どうなるか、という点もある

この場合、まず歳出増による景気要因で金利の上昇が発生するため、内外金利差が縮小することが予想される

こうなると外からオカネの流入が発生し、通貨高の圧力が高まり、結果として、輸出企業の価格競争力の低下による輸出減を招き、歳出増を相殺してしまうため、財政政策の効果は無効化されるだろう、という結論が導き出される

こうしたことがあって、経済政策は金融政策に軸が置かれるようになった

だが、表立って通貨安政策を講じることは基本的にNGなので、これらが目的であることは世界的に許されない

主な目的が金利の低下であって、通貨安は副産物というカタチでなければ、許容されないという点は頭に入れておいたほうがいい

つまり、一人勝ちのためには使えない。世界経済の秩序が乱れるからだ


●貨幣数量説


簡単に言ってしまえば、お金の供給量で物価がきまるという理論になる

実際にはタイムラグが存在するので短期的には妥当ではないが、長期では相関が高い傾向にあるというという報告もあるため、条件次第にはなるが、供給しておけば物価が上昇するためのエサにはなりうる

岩田日銀副総裁は長期的には一致するという考えがあるようなフシがあるため、短期におけるブタ積みは問題にしていないのも不思議ではない

だが、そうである以上、現在の緩和の規模を考えれば、悩ましいインフレを警戒していないわけがないので、引き締めのことは頭にあるだろう

ちなみにそれをしなければ、インフレ税を国民に課す、という荒業も可能なのであるが、生活に困るのは貯蓄の少ない庶民だろう。


●クルーグマン


浜田や岩田を慕う素人リフレほど、なぜかクルーグマンを受け容れる

しかし、実のところクルーグマンは両氏とは異なる見解を示しており、財政政策が有効だという

この根底にあるのは人口問題からくる 「恒久的な自然利子率のマイナス」 (利潤と思ってください)で、金融政策単体でのマイナス金利の実現が難しい、ということにあろう

素人リフレはインフレ期待によるマイナス金利が達成できると考えていたようだが、この問題があるのであれば、それはやはり順序が逆だった、ということになる

そのためすることは、自然利子率の改善であり、財政政策によって需要超過にすることが重要だと、クルーグマンは言っているわけだ。もちろん、インフレのためのエサが不要というわけではないし、金利上昇を抑制するためにも、金融政策は重要だとも考えているはずだ

つまりクルーグマンは、マンデル・フレミングが機能することはなく、このままの自然利子率ならば長期においても貨幣数量説は妥当しない、そう言いたいだけだろう


●ワケがわからなくなっている素人リフレの面々


カンのイイ人ならば気づいたはずだが、浜田や岩田を受け容れるのであればクルーグマンは受け容れられないだろうし、クルーグマンを受け容れるなら浜田や岩田を受け容れることが難しいはずだ

ところが、いまだ量的緩和に即効性があると錯覚する一方で、流動性の罠を示唆するクルーグマンを受け容れるという始末

そりゃ一つ一つ政策を見れば、それはそれで理論的には正しい

金融政策で金利差がひらけば通貨安にもなる、貨幣の供給量に物価は影響を受ける、皆がインフレになると思えば実質金利は下がる、それならば財政政策はいらない

しかし流動性の罠を認めるならば、量的緩和自体が物価に影響を与えにくい、だから同規模のブタ積みが発生している、そのため不要な貨幣の回収は必然になる、金利が抑制され財政政策が有効になる(財政政策は在り方は当然、問われるが)

結局のところ素人リフレの皆様は、これらを個々に、しかも有効性しか見ておらず、そして政府に都合のいい部分だけを抽出して議論しているのが実態であり、このようなミックス理論は整合性に欠けると言わざるをえない

素人に指摘される素人リフレ(評論家でメシ食ってる連中含む)って、どうなんだろう?

豊かで不幸せな日本人

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豊かでありながら幸せでない民族と問われれば、私はまず日本人を挙げる

もちろんこれは主観的なものであるから、その価値観により違った答えが、ゴマンとある

私なりの定義は、何かに追われるようにして結果を得るよりも、好奇心の果てに得た結果のほうが幸せであろうし豊かだろう、というものになろうか

その視点で客観的に日本を見てみると、確かに物質的な豊かさを手には入れているが、その多くを好奇心の抑制によって得ているわけで、私の定義に従えば幸せとは言えない

私はこの好奇心を社会的、あるいは企業にて抑制してしまうことは、大変な不利益だとも思っている

あるケインジアンによりば高賃金がイノベーションの源泉だという。もちろんそれもあることは否定するものではないが、このように物質的な豊かさを手に入れた先進国では、好奇心にこそ新たな需要が生まれる、というのも真理のはずだ

その好奇心を埋めて旧態依然とした需要の獲得に奔走しているのが今の日本であれば、なんとも不幸な生き方を選んだものだ、ということになるが、裏を返せば、まだ可能性はあるよ、ということでもあるだろう

価格的な調整のための生産性はもちろん依然として重要ではあるものの、つまらないモノは基本的に安くても売れないが、童心をくすぐるウケのいいものは少々高くとも売れるのが現代のようだ

それは日常がつまらないためか、ホンネの現れか、いずれにせよ、好奇心が失われていないのは確かなことのようだ



●イノベーションの枯渇



経済政策アレコレと息巻いているのが目立つわけだが、これが経済停滞の主要因に間違いないだろう

特に代謝を促進させるようなイノベーションの枯渇は深刻であるため、どうしても需要の滞留を生み出し、経済そのものをなお不安定化させる

とはいえ、ここまで発展した国に、新たなイノベーションが期待できようもない、といった指摘も、ゴマンとある。私もそのような考えが一時期あった

TVに代わるものはなんだ?

冷蔵庫に代わるものはなんだ?

洗濯機に代わるものはなんだ?

なんだ?なんだ?なんだ?のオンパレードで、目ぼしいものはありそうにはない

低成長もやむなし、かのように思えた時期もあったと同時に、遊び心がたりないことに、寂しさを感じていたものだ



●遊びのイノベーションは枯渇しない



生きるための需要は人口動態に大きく左右されるため、クルーグマンのように悲観的にならざるをえない

しかし、遊びの人口を増やすことで需要は創出され、雇用も生まれる。その余地はまだある

まして、遊びのニーズは老若男女問わず尽きることはないし、遊びは機器的な進歩、それも些細な進歩であっても、ついてくるように続々とわいてくる、新しいものに飛びつく習性がある以上、代謝は促進され、耐久消費財に頼った安定よりも、確かなものだろう

そういう意味ではまず供給が第一で、強迫観念めいた常識を非常識にする勇気も必要だと思うが、多くの組織は官僚化されていて、その先陣をきるのはどこになるだろうか

やっちゃえ日産、全力で遊んでる日産?



●ホンダの二輪事業部に所さんを迎えたら面白いかもしれない



これは私の願望にもなるが、ハーレーに奪われたシェアを奪いかえしてくれそうな気がしてならない

所さんと仕事をしたいホンダマンは、許されるのであれば、腐るほどいるようにも思う

もし結果がでれば、豊かさも幸せも手にすることだろうし、仮に結果がでなくとも満たされ、モチベーションは維持されるだろう

このとき、結果がどうであれ、死にたいなんて思うヤツは、まずいない

資本主義を救うのはケインズではなく、遊びな気がしてならない今日この頃だ





どうしょもない人々

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明けましておめでとうございます

同業者に向けたこのブログもどれほどの年月が経ったのか、振り返るつもりがまったくありません

業界として労働力不足に危機感をつのらせ、新年早々アチコチで講習会を企画しているようですが、内容的なものをタイトルから察するに、「アンタ次第」というものが大半を占めるのではないかと思われます

そうです、アンタ次第です

経営者に向けた講習は「アナタが生き残るためのもの」で「労働者流入はアナタ達の行動の結果おこるでしょう」というものでしょう

何もせず労働者流入が起こり、アナタを助けてくれる。そういう類のものではありません


労働力不足は深刻で政府に頼っても頼りきれないのが現実なのですが、どうも市井リフレおよび似非ケインジアンという人々に毒された人々は、真剣に考えないんですよね

もっと緩和すればとか、公共投資すればとか、それでイイ均衡に移行するという

このような○○の一つ覚えは有益ではない



●まだまだ緩和すればダイジョウV



基本的に金融政策は金利操作なので、これで経済にインパクトを与えることは可能です

たとえば、何らかの理由で全企業の儲けである平均の利益が10%から5%に低下し、その時の金利が5%だったとしましょうか

この場合だと5%の利益は金利に食いつぶされるケースも出てくるので、大多数の企業は減益に陥ります。こうなると企業の投資意欲の減退や、労働者の賃金抑制が予想されます

こうした好ましくない状況を回避すべく放たれるのが金融政策で、その金利を引き下げれば5%に低下した利益率でも、金利が下がったぶんの利益は見込めるでしょう

そうなれば、投資も賃金も影響は少ないだろうし、もし悪い均衡に移行していたのであれば、いい均衡に移行できる助力となるでしょう、となります

ただしこれは充分な利潤が確保されている場合には適用できますが、すでに低利潤&ゼロ金利にあった日本には難しい。金利はゼロ以下にはできないからで、利潤が操作できないためです

そのため、異次元緩和開始以前より当座預金に積まれるだけだ(所謂ブタ積み)という指摘があり、わずかな金利低下が経済を好転させることはないだろう、というものがありました

それでも出てきたのがリフレというもので、マイナス金利(インフレ=ゼロ金利からさらに引き下げる)や、わずかな金利低下余地に踏み込み内外金利差をつけることで円高是正(輸出増)する、というものです

安倍政権以降、融資を受ける際に金利低下を実感された方も多いのではないかと思われますが、これはそのためです。ただし、0%以下の金利低下はやはり、意欲的な変化を促すほどのインパクトはなかったように思われ、これもまた、実感されているでしょう

さらに通貨安で恩恵がという話もありますが、やはり、企業としては数量的なものが生産の指標になりますから、為替の恩恵は長期的な安心をもたらすとは考えにくい

まして為替は一国の都合で大幅に動かすことは困難(為替操作はできない)ですし、迂回策とて、いつぞやのようなシッペ返しが懸念されるわけですから、輸出企業は身構えます

そのような状況にあるのが日本なのですが、市井リフレ、こういっては何ですが、部分的な均衡を念頭に量的緩和を主張する人々は、まだ緩和が足りないと言っています

経営センスに富んだ方なら、これだけでも直感的に金融政策の限界を理解されたと思われますが、もはや下がりようのない金利がまだ下がり、経済が好転すると言っている人々は、世の中に一定数いるのが現実のようです



●ベースマネーの回収



金融政策の目的が金利操作とハッキリしたことでその先を考えるなら、いずれは回収することも頭に残しておかなければなりません

回収しないとか、日銀保有の国債は償還まで保持すればいいという乱暴なお話も散見されるわけですが、回収しないということは金融政策の放棄そのもので、供給したマネーの分だけインフレを許容するという話になり、日本の緩和の規模ですとインタゲ2%はウソということになる

インフレターゲットを導入した以上、そして国民生活を視野に入れるなら、一定以上のインフレが発生したら保有している国債は売り、マネーを回収(引き締めを)する必要が日銀にはあります

金利の動向によっては日銀のバランスシートの問題がこのときありますが、日銀保有の国債塩漬けというものや、償還まで保持というものは、金融政策を大きく制限するものでありますので、これを否定することは、最も大切にしているはずの国民生活を度外視していることになりますから、根本的な知識が乏しいと言わざるをえません



●政府の債務



子会社の日銀が国債を買い上げることで債務が減ったった、なんて変な人もいるわけですが、日銀がまったくの別会社であったなら、依然として規模は変わりません

いやでも関連だし! というわけですから、あえて同じ土俵に立ってはみますが、どう考えても減ったなんて言いにくいのです

供給した分のマネーを回収せず、多くの国民に大増税(インフレ税)を課すことがそもそもの目的ならば、それは減ったと言えるかもしれない

しかしながら、物価目標は2%ですから、これは回収するとの宣言でもあるわけです

許容以上のインフレが続く限り、日銀は保有する債権を手放し続けるわけですから、国債は民間に渡っていきますので、債務はこのとき、当然のように増えていきます



●公共投資



三橋貴明のような考え方、たとえば、どこそこに高速なり新幹線を政府が整備して、あとは企業や消費者が選ぶだろう、という無責任な話は好みません

もし、企業や消費者が反応しなかったら完全なムダになるだけで、経済効果がその工事だけに限定される(制約の問題があれば効果すらナシ)だけですし、増税に直結してしまう(思い付きの公共投資の効果が一時的な理由でもある)

私は経済効果を高める(極端なコトを言えば当時の山手線など)事業は是非やるべきというし、大都市近郊はやれることがまだあると思う

しかし述べたように、隅々まで整備して、あとはご自由にでは困るわけです




金融財政で問題は解決!

本当にそうなら、どんなに楽なことでしょう

ちなみに、以下にて、リフレ派および増税派として名高いお二人が対談されています

ネット界隈でのとんでもない解釈(批判)がいかに的を射ていないか、前編だけでもよくわかります


http://www.msn.com/ja-jp/money/news/%e5%be%a9%e6%b4%bb%e3%81%8b%ef%bc%9f%e6%b2%88%e6%b2%a1%e3%81%8b%ef%bc%9f2016%e5%b9%b4%e3%81%ae%e6%97%a5%e6%9c%ac%e7%b5%8c%e6%b8%88-%e9%a3%af%e7%94%b0%e6%b3%b0%e4%b9%8b%c3%97%e5%b0%8f%e9%bb%92%e4%b8%80%e6%ad%a3-%e6%96%b0%e6%98%a5%e5%af%be%e8%ab%87%ef%bc%88%e4%b8%8a%ef%bc%89/ar-AAgmc0q?ocid=U305DHP



ダラダラ記事。追記

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●梯子を外された人


どうやらクルーグマンが 「心変わりしていない」 とのことらしい

もともと金融財政を主張していたのであれば、特にそれ自体は不思議なことではない

クルーグマンのポイントとしては、日本はマイナスの金利が続く、よって2%の目標は低すぎてダメ、そのため金融政策重視では打開できない、マンフレは崩れる、崩れるのだから財政政策は有効だしやるべき、だが、楽観的なクルーグマンでさえ財政状態にはさすがに不安が残る


クルーグマンが 「心変わりしていない」 ことで胸を撫で下ろしたリフレは多いことだろうが、マンフレおよび供給制約を持ち出しリフレ支持していた人は、実は救われてはいない


マンフレは貨幣の供給量が一定なら成り立つこともあろうが、それを崩すのが量的緩和であり、それによって金利が一定になる

こうなると金利差も一定(外勢要因でいくらでも変わるが)になるから、通貨に与える影響はなくなり、通貨高になることもなく押しのけ効果が発生することはない

マンフレを理由にリフレ支持をしていたのであれば、梯子を外されたことに変わりはない


次に供給制約になるが、この誤解はかつて 「土建型財政政策」 を熱烈に支持していた人々がより多くしているように見受ける

確かに部分的な不均衡によって制約は存在するが、超過需要があるとき超過供給がないかは把握しておきたいものだ。クルーグマンはあまり制約を考えていない。それどころか、懐疑的なのではないか

供給制約を理由にリフレ支持をしていたのであればやはり、梯子を外されたことに変わりはない

クルーグマンの論考において、この部分の見解が個人的には最も面白かったのだが、「変節したしない」に終始するのはなぜだろう



●財政政策とは



財政政策=公共工事というイメージ、政府による投資といえばよいか、このような印象を持っているのが一般的だと思われる

積極財政というのは、政府支出を起爆剤として環境を整え、本来の姿を取り戻そう、そういう考え方である

この考え方は、考え方によっては政府万能に基ずくものであるのだが、政府が万能なのであれば度重なる増税も、ほとんどなかったはずだ

増税とはつまり、そのほとんどは政府による制度設計が頓挫した証なのであって、その補填を求められていること以外の何物でもない

このような不備はインフレになれば霧散するという輩は某診断士に影響された者に多くみられ、今なおその部分においては信仰しているようだが、根本的な原因が取り除かれない限り、治癒することはない

そのような政府が適切な投資ができると盲信することがいかにバカげているか、盲目的な政府万能主義者の皆様は今一度、考え直したほうがいいかもしれない



●モノが安くなっても使えるカネが減っていれば幸福感はない



意外にこのことに敏感な人はなかなかおらず、賃金が上がらないことには敏感な人が多い

他人さまを出すわけにもいかないので小生のケースで考えるが、小生の賃金の場合、アレしてコレあるから計算をされて、手元に残るのは約7割だ

その上、ここからアンナコンナ税を消費のたびに、あるいは所有し続けるたびに課せられるのだから、気が滅入ってくる。どれだけ負担しているかなど、計算したくないくらいだ

そのように税というカタチで課していけば、まして段階的に引き上げてゆけば、政府支出の増大を助けられても、消費など盛り上がるわけもなかろう

企業努力でせっかく果実が安くなったとて、その分の原資を取上げていたら、消費者は買えないからだ



●納税は国民の義務



納税は国民の義務で、住みやすい社会を形成したいのであれば、負担は必要だ

あらゆる行政サービスは、国民が少しづつ負担し、煩わしい業務はお任せしたほうが効率的だ。政府というのは、そういう存在であれば生きるための知恵であり続けられる

その負担は、あってもいいだろう

だがしかし、過度な負担を国民に求めれば、先述したように得られるモノの量は減るし、質も下がる。消費停滞に直結する

納税は国民の義務には違いないが、非効率的な支出を助ける義務は本来、あってはならない



●政府が肩代わりしているという誤解



さも政府が肩代わりしているからこそ生産量が維持されているかのような論調も見受けられるが、これは放漫財政の結果であって、赤字に助けられている部分は他国とそう変わるレベルにはないと思われる

肩代わりというよりは、税による消費停滞を容認し、非効率的なカネの使い方を政府がしているだけであろう

消費者に代わり、政府が消費者のカネを使っている。これでは、資本主義の恩恵などあるわけもないし、同じ貧乏でも、受け止め方が変わってしまう



●恒久的な減税が好ましいのは確かだが



以上のことから、個人的には減税が最も効率的と言わざるを得ない。倫理的でもある。

これまで出来なかった貯蓄ができるだろうし、これまで出来なかった消費も可能になるだろう

なんの根拠もないが、その消費の多くは供給制約を受けにくい分野へと向かい、経済環境を好転させてくれる、政府による迂回策よりも格段に優れ持続的であるはず、そのように思えて仕方がない

だが、この日本の状態でどこまで可能かは、また別な話になるのかもしれない








金融緩和を軸とするリフレは、ゼロ金利下での制約を受けぬよう、インフレターゲットを提唱した

インフレターゲットというのは名目ではそれ以下にできない金利をマイナスにすることが目的で、以前よりあったマイナス金利の夢を果たそうという試みでもある

その仕組みは割と単純で、物価の番人である中央銀行が、その目標までは放置するというもので、それを公言することである

つまり日本の場合は、2%の物価上昇まで日銀は容認、いや、そこまではむしろ、積極的に介入するということになる

ただしこの弱点は発想が単純ゆえ単純で、インフレになるという意識が国民に醸成されないとならないし、たとえ生活物価の上昇を予期するようになったとしても、倹約などの代替え的な現象が発生するとその効果はキャンセルされ、場合によっては縮小に繋がることが想定される

こうなると、ほとんど意味をなさないし、縮小が伴うことにでもなれば、最悪だ

こうしたことが原因かはさておき、インフレターゲットはしてみたけれども、というのが今の日本で、リフレの人達にするととても困った状態だ

そうした状況に対しクルーグマンはついに、金融政策(異次元緩和)の限界を認め、爆発的な財政政策が伴わなければならない 、と言い出した

そもそもクルーグマンは金融政策と財政政策を強調していたこともあり、彼自身が変節したかどうかは何ともいえないが、マンフレを前提にインタゲやら異次元やらを主張していた連中は、梯子を外されてしまった格好だ

マンフレを前提にするということは 、金融政策で十分といっているようなものなのだから、そうしたリフレの皆様は完全に崖っぷちに立たされていることになりますね

また、マンフレを持ち出して反論しながらも 「いや財政政策の可能性捨ててないし」 というリフレの皆様は、マンフレ自体の理解が浅かったというほかなさそうだ。ある時はマンフレ、ある時はマンフレ否定ですから、完全なダブルスタンダードです

アベノミクスヨイショしているのはそんな人たちばかりで、その類のブログや有料芸人コラムを読む価値は、そのオカシナ理論体系を見抜いてネタにできる人にしかなさそうです

リフレ派として逃げ切れたのは、マンフレを持ち出さなかったか、否定的なコメントを出していた人だけですね



そうなると結局は構造問題を主に扱っている人々と、金融財政を主に扱っていた人々(土木一択除く)の議論に集約されてしまうわけだが、もしクルーグマンが言うように財政支援でこの国が成り立っているとするならば、確かに異常ではある

ただし、政府には最適な消費ができないという致命的な欠陥があるのだから、そこは留意すべきではある。またぞろ無駄な建築物に注ぎ込み、尻拭いの増税では本末転倒な話である

ともなれば、誰が最適な消費ができるのかが争点になると思うのだが、あまりそういう話はない

制度上の問題が存在してなかなかそうも言っていられないのかもしれないが、そういう話に踏み込んでいくことがこれからもなければ、効率的であるはずの政府はますます巨大化し、非効率的な存在にになっていくしかなさそうだ



転換期 12/3 追記

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雇用に関する速報値を眺めてみた

アベノミクスで就業者が増えた、いや非正規が増えただけ、という小競り合いは、構造問題がスッポリ抜け落ちたもので、本質的なものでないということがよくわかる

就業者が増えたことでアベノミクスをヨイショしている連中は、そのワケを追及することをしない

その一方で、非正規が増えたことを悲観している連中もまた、そのワケを追及しない

こういう連中の経済予測は実に表面上に見えた部分でしかなされておらず、とても参考にはならない


●なぜ就業者が増えたのか


アベノミクスマンセー派によれば、安倍政権誕生による期待や政策によるものだという

確かに期待が先行した部分はあり、明るさが増したのは否定しない

しかし、これは偽薬的な効果であり、時間の経過とともに薄れていくものだ

現に、それほど総生産量は伸びておらず、景気循環で説明できる部分が腐るほどある

お役人様が提供するデータには、就労者数だけがあるのではない。そこには、細分化されたデータもある

それによれば、確かに就業者数は増加傾向にあるものの、週間35時間以上の常用労働者はここ2年で150万人も減少している。これは生産年齢人口が減少しているためだ

そのため、労働者に対する需要は高まっていて、それは、ここ数年の求人倍率の上昇を見れば明らかである

この時点で非正規ばかりが増えたという悲観は、実態からかけ離れた感情論でしかないことがわかる

総生産量そのものが増えていないのになぜ、労働者は増えているのだろう。なぜ、正社員の求人も増えているにも関わらず、非正規ばかりが増えているのだろう

この理解を得るためには、雇用政策や人口構造を無視しないことだ

ワークシェアリングなるものがあったことは記憶に新しい

少ない仕事を、より多くの人で分かち合うことだ

しかし、少ない仕事を、もし正規雇用の多い生産年齢人口が減ったら、と置き換えてみたらどうだろう

やはり、「より多くの人で」というキーワードが出現することだろう


●なぜ「より多くの人で」になるか


「アベノミクスで景気がよくなったからだ!」というのは、リフレ否定は経済学否定だ!なんて頓珍漢なことを言っている連中に多いのだが、金融政策には限界があるよと言っているだけである

浅い傷なら絆創膏でいいけれども、深い傷にも絆創膏だけなの?って話でしかない

もう一度かんがえよう、就業者数が伸びた要因が景気ばかりでないとすると、他に何が考えられるだろう?

そう、経済規模が変わらず頼りの層が減少すれば、不足がでる。つまり、補完する必要に迫られるわけだ

例えば、アナタの事業所の総労働時間が残業ナシで月1760時間だったとするなら、正規雇用者10人でいいはずだ

ところが正規雇用者は9人しか集まらない。けれども、パートやアルバイトなら3人ほど確保できるなら、どうにかそこで凌げないか?というのは自然な流れだし、当然、これは就業者が増える要因になる(生産性にも影響します)

これが「アベノミクスのおかげで働きたいときに働ける」に該当するのだろうか?

細かなデータを繋げて検証すると、どう考えてみても、アベノミクスなんてそれほど影響していない。景気要因で退出していた労働者が戻ってきたなんて話は、お笑いネタでしかなさそうだ


●ともなれば


必然的に、女性や高齢者の労働力に頼ろうという流れになる

「生産年齢人口の減少」を補おうとするなら当然の話で、不足分を分担してもらおうとなる

数字だけであれば正社員から非正規の流れにも見えるのだが、これはコストダウンが主な目的でなく、防衛本能によるものも大きい

就業者が増えた、非正規しか増えていない、これは景気がどうかが論点のようだが、あまり意味ないね

そもそも、どちらも人口構造による現象なのだから


●オマケ


金融政策も財政政策もこれでは意味がない。必要なのは生産性だ

物価を上げることだけが目的なら効きそうに感じるものだが、金融政策は短期でのお薬ゆえ、異次元緩和はもう期限切れだ

財政政策にしても、逼迫しているときはAという政府支出によって、Bという民間支出がなくなるという事態が想定されるので、乗数は1どころかゼロなんてこともありうるし、公的な性質上マイナスなんてことも考えられる

アベノミクス評価が難しいという裏にあるのは、特定の不都合(頭痛や胃痛、下痢など)に即効性のある政策(薬)にもかかわらず、自然治癒を考慮すると、効果が非常に確認しにくい(イヤな症状も消えない)から、ということだ

患者(国民)においては、もしかして風邪の治療を後回しにして、たとえば下痢はトイレが忙しくて都合が悪い(デフレだ)からという理由で、下痢の薬のみ投与しているだけでは?という疑いが生じ、批判的だった医師(学者など)においては、やはり彼らは誤診していたという確信に至るには、十分な時間は過ぎ去ったように思う

政治の世界にも、セカンドオピニオンという仕組みが、やはり必要らしい