富士山を撮りに江の島へ行く

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昨日(11/25)はいい天気だったので、富士山を見たいと思い江の島へ行きました。私の知る限り、関東地方では江の島から見る富士山が一番だと思います。ちょうど、丹沢も箱根も障壁にならない絶好のポジションで、海越しに見るその姿は雄大かつ秀麗です。

 

私の家から江の島へ行く場合は、大船から湘南モノレールで行きます。まず手始めにその車窓からパチリ。

 

モノレールの片瀬江ノ島駅で降りると、すぐ近くに日蓮宗の龍口寺があります。日蓮が処刑されそうになった場所です。その龍口寺のすぐ前を江ノ電が走っています。ここの個所は電車が公道を走っているのです。

 

その龍口寺の真ん前には、「江ノ電最中」を売っている有名なお菓子屋さんがあります。江ノ電の車両がお店の中にあるのが分かりますか?

 

江の島大橋から見た富士山です。右の方には片瀬漁港があります。

 

江の島神社の参道入り口です。まだ午前中なので人では比較的少ない方です。

 

この日は人の少ない裏道の方を行きました。写真の色彩を抑えると、ちょっとレトロな感じになりますね。

 

ほんとはこんな感じです。

 

この日は一番奥の岩谷海岸まで行くつもりだったのですが、この前の台風で遊歩道が壊されてしまって、ここから先は立ち入り禁止になっていました。残念。

 

金波銀波の向こうに見える島影は伊豆の大島です。

 

江の島ヨットハーバーです。今日は三浦半島もくっきり見えます。

 

稲村ケ崎からも一枚撮っておこうと思い江ノ電に乗りました。私の目の前に小さな姉弟が仲良く海を見つめている姿が可愛らしかったのでパチリ。

 

稲村ケ崎で降りて、「真白き富士の峰」の碑から、江の島と富士山をパチリ。

 

稲村ケ崎から極楽寺まで歩いて、そこから江ノ電に乗って帰りました。

 

本日の歩数は15,058歩でした。

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熱海へ日帰り温泉旅行

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一昨日から里帰りしている娘が、「熱海の温泉につかりに行こう。」と言い出した。娘はかなり温泉にはまっているらしい。それで、妻と3人で熱海に行くことになった。

 

最初の目的地は、古木に異常な執着を示す妻の意見により、来宮神社に行くことになった。

 

ここの神社は近頃急にパワースポットとして、脚光を浴びているらしい。それというのも樹齢2000年とも言われる巨大なクスノキがあるからである。下の写真の人間の大きさと比較してみて下さい。

 

ひととおり、大楠に対して感嘆の声を上げた後、本日のメインエベントである温泉に向かいます。その名も、「日航亭 大湯」。知る人ぞ知る名湯なのだそうです。もとは日本航空の社員用保養施設だったらしいのですが、競売にかけて売られたのだが、そのまま「日航亭」を名乗っているとのことだった。田舎の温泉旅館みたいな風情もなかなかいい。

 

加熱、加水一切なしの、100パーセント源泉かけ流し。ナトリウム分が多く、なめるとかなりしょっぱい。泉質は申し分なく、肌がさっぱりして、いつまでも浸かっていられる感じだ。ほぼ貸し切り状態だったので、浴室を撮影してきました。

 

いやぁ、ぜいたくさせてもらいました。風呂から出た後は、レトロな休憩室で冷たいものを飲みました。

 

 

「日航亭 大湯」の近くには、「大湯間欠泉」があります。しばらく待っていると、白い湯気が「シューッ」と吹き出します。

 

ちょっとお腹がすいてきたので、食事処を探します。

 

熱海銀座の近くに、「漁師めし 味里」という、小さいが客がたくさん入っている店があったので、ここに決めました。

 

私は1000円の「漁港定食」を注文。イカメンチがなかなか美味かった。サバの味噌煮も味がしっかりしていてよかった。

 

妻と娘は1200円の「漁師丼」。この値段でこの内容は立派。

 

私は観光地の料理屋には全く期待しない主義だが、このお店は非常にまじめな仕事をしていると感じました。熱海を訪れた際はぜひ寄ってみることをお勧めします。

 

熱海駅前の「平和通り名店街」は今日も活気がありました。

 

本日は充実した一日でありました。

 

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翌朝は4時半に起床。小屋の外に出ると辺りはうっすらとガスに覆われていた。

 

朝食を済ませて、6時20分に出発。

 

出発から10分ほど経つと、少しずつガスが薄れて樹間から山塊が姿を現してきた。もう少し出発を遅らせれば、峠から見ることができたのに残念。

 

さらに下っていくと、明神、穂高がはっきりとその威容を現してきた。しばらく、その美しさに見ほれる。

 

約一時間ほど下っていくと、平坦な林に出る。シラカバなどの広葉樹林の中を歩くのはとてもすがすがしい。

 

林を抜けると、眼前に明神が聳え立っていた。

 

上高地にはいたるところにきれいな水が流れている。

 

河童橋の付近には、今日も多くの人々が集まっていた。

 

梓川の清流の美しさは格別だ。

 

○○先輩のお陰で、楽しい今回の山行となった。前編では、話を面白くするために先輩のことを揶揄するようなことを述べたが、○○先輩は学生時代から、人を分け隔てしないいわば「人間大好き人間」ともいうべき人で、周囲の学生はもちろん先生方からも愛されていた。現在も社会的には立派な仕事をしている方であることは申し上げておきたい。

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大学時代の先輩と徳本峠へ行くことになった。このブログをよく読んでおられる方は、私が少し変人であるとお気づきかもしれないが、実は相当変人である。結構注文がうるさい人間なので、友人と言える人物も極端に少ないのである。とくに年上の友人というのは、この記事で紹介する○○先輩ただ一人だけしかいない。

 

○○先輩は、私が大学に入学した時すでに4年生だった。だから、本来ならともに学生時代を送るのは1年間だけなのだが、5年間も大学(というより寮なのだが)生活を一緒に過ごすことになった。つまり、私も一回留年しているのであるが、先輩は4回留年したのである。しまいには、当時学長をされていた池田雄一郎先生が、「なあ○○、お前いい加減に卒業してくれんか。」と言ってきたそうだ。先輩答えていわく、「はあ、ぼくも卒業したいんですが、単位が足らんのですよ。」 学長先生はしかたなく、「しょうがない、単位は俺が集めてやろう。」 とまあ、そんな具合でやっと卒業にこぎつけたらしい。

 

○○先輩からあまり学問上は学ぶことはなかったが、一つだけ鮮明に覚えているのは、インスタントラーメンで焼きそばを作る方法を教わったことがある。当時私たちは思誠寮という学生寮に住んでいたのだが、インスタントラーメンは寮で共同購入し常備していた。そして夜な夜な腹をすかした若者がワイワイ言いながら、ラーメンをすすっていたのである。そんなある日、先輩が「これで焼きそばを作る方法を教えてやる。」と言い出した。何のことはない、麺がほぐれだしたころ合いを見て、湯を捨てて粉末スープを混ぜこむだけのことである。「どうだ、焼きそばになっただろう。」と得意そうな先輩。「しかし先輩、ぼくは日清のインスタント焼きそばの方が好きです。」と私。と、まあこんなゆるい日常を、私たちは送っていたわけである。

 

そんな先輩と新島々の旅館で落ち合い、翌日旅館のおじさんに車で、島々の登山口まで送ってもらうことになっていた。

 

おじさんが、「もうちょっと先まで車で行けますが、どうします?」と聞く。私たちは歩くためにわざわざここまで来ているのだから、本来は断るべきなのだが、ちゅうちょせず「では、お願いします。」と言って、砂防ダムのところまで送ってもらった。これで約一時間の節約である。二人の平均年齢は68歳を上回っているのだから、年寄りはあまり無理はしないのだ。

 

 

この谷間を縫って徳本峠を目指す。 午前5時38分。

 

 

島々谷川の水は清冽である。ほとんどが湧き水なのだ。

 

最初のチェックポイントの二股。 6時50分、順調だ。

 

この奇妙な形の木は「あがりこサワラ」と呼ばれている。多雪地帯で雪上に出ていた部分が伐採された後の、切り株から横に出た枝がのひて張り出すと、こうなるらしい。

 

先日の大雨のため、道が崩落しているところがあった。ここは安全のためにスティックを使う。

 

 

第2チェックポイントの「中間ベンチ」。8時14分。 ここで小休止。

 

「はなれ岩」 激流にあおられた風が涼しい。

 

えーと。ここで一句。「水走る 木漏れ日の中 徳本への路」 どうですか、夏井先生。え、季語はどれか? よく分からんとです。

 

第3チェックポイントの「岩魚止小屋」。9時44分。ここで大休止。

 

小屋のそばに、素晴らしく大きなカツラの木があった。

 

ここは崩落個所以上の難所だった。丸太を三本束ねただけの橋。荷物を背負ったまま渡ると、橋がたわむ。ちょっと怖かった。

 

ここを最後のチェックポイントの「力水」と勘違いして小休止。11時32分。

汗だくになったシャツとタオルを水で洗った。

 

こちらが本当の「力水」。12時41分。ボトルの水を入れ替える。

飲んでみると、冷たくて本当にうまい水だった。

 

「力水」を過ぎると、後はつづら折れの昇り道が続く。まわりの山の稜線が、だんだん目の高さに近づいてくるのが分かる。

 

徳本小屋に到着。13時48分。

 

少し、雲が出ているが、明神と穂高が見られて幸せな気分。

 

予定より少し早く着いたので、一時間ほど休んでジャンクションピークまで行くことにしました。

 

ここがジャンクションピーク。今回の私たちの最高到達点です。

 

( 後編に続く )

近江八幡

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先日、名古屋に住んでいる娘の所に一週間程厄介になりました。その折に以前から念願だった近江八幡へ足を延ばしてみました。

 

私は時代劇を見るのが好きで、テレビ欄を見るときは時代劇があるかどうかをまずチェックします。そして、いろんな時代劇を見ていると、違う番組なのに同じような光景が出てくるのに気づきます。その代表的なロケ地が近江八幡市の八幡堀です。

 

 

この八幡堀は城を防御する軍事的な目的と、当時の物流の要であった琵琶湖水運を利用する商業的目的のために、豊臣秀次が造ったものである。この水運が近江商人の力の源泉となったのである。豊臣秀次はドラマの中では凡庸な人物として扱われることが多いが、政治家としての実績はこのようなところに残しているのである。

 

 

この日は平日の朝だったので観光客も少なく美しい景色を堪能することができた。

 

 

地方の小都市でこれほど昔の街並みが保存されているところは珍しい。

 

 

駅前で自転車を借りて、西湖付近の水郷地帯に足を延ばしてみることにした。

 

水路の脇には広大な葦野原が広がる。

 

おはるの漕ぐ船に、秋山小平が乗って出てきそうな光景である。(「剣客商売」)

 

ヴォーリズ学園の創立者であるヴォーリズはメンソレータムで有名な近江兄弟社の創立者でもある。

 

近江八幡市立八幡小学校は明治6年の開校。レトロな校舎が美しい。

 

近江八幡、素晴らしい街です。

覚王山日泰寺

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名古屋市千種区にある覚王山日泰寺は、日本で唯一の超宗派の仏教寺院です。Wikipediaによれば、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めているとのこと。というのも、この寺には釈尊の真舎利が安置されているからです。「覚王」とは釈尊のことで、日泰は日本とタイ国を意味します。19世紀末に発見されたお釈迦様の遺骨をタイ国から分け与えてもらったので、日泰寺と名付けられました。日・タイ友好の寺でもあります。

 

堂々たる山門の両側には通常は阿吽の仁王像が配置されている場合が多いのですが、この寺は少し違っていて、左に迦葉尊者、右には阿難尊者が配されています。二人共釈迦十大弟子で、迦葉尊者は仏法の第2祖、阿難尊者は第3祖とされています。

 

山門を抜けると壮大な本堂が現れます。ここでお参りして満足して帰る人が多いようですが、できれば北側の大通りの向こう側にある舎利殿の方まで足を延ばしましょう。

 

この入り口から入ると、右側に舎利殿、正面に拝殿が見えてきます。

 

正面に見える拝殿の向こう側に奉安塔があり、そこに仏舎利が安置されています。そのように意識すると釈尊が身近に感じられます。

右手前に見えるのはどうやら釈尊の涅槃像のようです。

 

神武寺~鷹取山 

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久し振りの関東甲信越小さな旅シリーズです。

先日友人のKさんと東逗子から横須賀まで三浦半島を縦断してきました。半島縦断と言っても、東逗子駅はかなり内陸部に入っているので距離的には大したことはありません。

 

JR東逗子駅から歩いて10分ほどのところに、神武寺参道入り口があります。

 

参道を少し登ると、男二人女一人の若者が道端にかがみこんでおりました。私が「なにかあるのですか?」と声をかけると、「ウラシマソウです。性転換する植物ですよ。」という言葉が返ってきました。下の写真がそれです。左の方の紫色の房(黄色の矢印)の中に花が隠されているのだそうです。三人はどうやら植物の研究者で、今日はフィールドワークに来ていたのでしょう。いきなり、珍しいものを見れてラッキーです。

 

15分程山道を登っていくと、神武寺に到着しました。切通の向こうに坊舎が見えます。

 

本尊の薬師三尊像が御開帳されて、結構人で賑わっていました。なんでも、33年に一度の御開帳とのことでした。興味のある方は今がチャンスです。私はあまり興味がないのでパス。

 

神武寺からさらに山道を40分ほど歩きました。

 

鷹取山の山頂には展望台があり、そこからの眺めは抜群です。房総半島や伊豆半島もよく見えます。

 

この山は全体が凝灰岩でできており、かつては建設資材のための石切り場でした。展望台の下の広場は、子供向けのアクションドラマのロケによく使われます。

 

山頂から横須賀川に少し下っていくと、新緑の中から摩崖仏が現れます。彫刻家の藤島茂氏による弥勒菩薩像です。昭和40年制作の比較的新しいものですが、なかなか美しい仏像で、これを見るためにだけでもここに来る価値があると思います。

 

どうです。鷹取山に出かけてみませんか。

 

大雄山最乗寺へ紅葉を見に行く

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日曜日(11/20)に最乗寺へ行ってきました。大雄山最乗寺は曹洞宗の名刹です。小田原から大雄山線に乗り、終点の大雄山駅まで行きます。

 

大雄山駅を降りて駅前の通りを右に行くと、狩川に出ます。車の多い道を避けて川沿いの道へ入ります。上の写真の盛り上がっている山が金時山です。その左側に少し白い部分が見えているのが富士山です。

 

30分ほど登り路を歩いていくと、仁王門が見えてきます。

 

仁王門のところから「天狗の小径」と呼ばれる遊歩道が始まります。ここから最乗寺までは一時間弱の上り坂、うっそうとした杉林が続きます。道の両側にはアジサイが植わっているので、6月ごろ来ればそれを堪能できます。

 

楓の色のグラデーションが美しい。

 

杉の巨木の間から立派な山門が見えてきました。

 

瑠璃門の下の鮮やかな紅葉。関東地方の方はポスターで見たことがあるかも。

 

どうです。きれいでしょう。

 

黄色の楓も美しい。

 

この日は日曜日だったので、わりと人出がありました。

 

本堂前の紅葉も鮮やかです。

 

落ち葉も美しい。

 

階段を上って、御真殿へ行きます。

 

階段を上ると、そこには世界一の高下駄があります。

 

黄色のイチョウも美しい。

 

 

さらに350段ほど登って奥の院まで行きました。

 

おびただしい落ち葉。

 

帰り道は遠回りして里山を散歩しました。

 

桜の木に巻き付いたつたも紅葉しています。

 

日本の里山です。

 

ざる菊。

 

宙芋(そらいも)というのだそうです。

 

皇帝ダリアがたくさん植わっていました。

 

どうです。南足柄へ出かけてみませんか。

塩山は2005年に合併して、今は甲州市となっている。笛吹川の扇状地の中にあり、町全体がなだらかな傾斜帯びている。高台から眺めるとブドウ畑の中に家々が散在しているさまがよくわかる。

 

【向嶽寺】

塩山駅から北西に1キロほどのところに「塩の山」という小高い山がある。塩山の地名の由来となった山である。下の写真の山がそれである。左側の門は向嶽寺というお寺の山門である。臨済宗向嶽寺派の大本山である。「向嶽」の嶽は「富嶽」の意味で、山門は富士山の方を向いている。

 

 

 

【恵林寺】

向嶽寺から2キロ強北の方に恵林寺がある。武田信玄の廟所、「心頭滅却すれば火自ずから涼し」の句を残した快川和尚で有名な寺である。

 

 

通称黒門と呼ばれる総門を潜り抜けると、うっそうとした並木の向こうに赤い門が見える。

 

 

この赤い門は四脚門、通称赤門と呼ばれている。国指定の重要文化財である。「乾徳山」の額がかかっている。

 

 

赤門を通り抜けると次は三門である。右の柱には「安禅不必須山水」、左の柱には「滅却心頭火自涼」の文字が読み取れる。織田信長の軍に焼き討ちされた際、動揺する僧侶たちに向けて発した句であると伝えられている。

 

 

山門の向こうに見えるのが開山堂。夢想疎石や快川和尚の像が安置されている。

 

 

開山堂の左手にある三重塔は、モダンな様式美を感じさせる素敵な塔である。

 

 

この奥に武田信玄が眠っている。

 

 

夢想疎石の手になる庭は一見の価値あり。拝観料は300円。

 

 

うぐいす張りの廊下。歩くとすごい音がする。

 

 

繊細なつくりの渡り廊下。日本的な美を感じる。

 

 

こんないなかに、と言うと失礼になるが、全国的に有名な禅寺が二つもある塩山はなかなか侮れないと思います。

 

 

【菅田天神社】

帰り際、駅の近くで格式の高そうな神社があったので、立ち寄ってみた。

 

 

スサノオノミコト、五男三女神、菅原道真を祭っているらしい。人の気配が全くしない。どんぐりがぽつぽつと落ちる音が響くほどの静寂と、神社の立派なつくりがなんとなく不釣り合いな気がした。

 

 

【オクラの花】

どうです。暇があったら、塩山を訪れてみて下さい。

 

青春18切符の最終日(4/10)に茨城県のひたちなか市に行ってきました。最近話題の「ネモフィラの丘」を見に行こうと思い立ったのです。




ネモフィラは6分か7分咲きというところでしょうか、なかなか壮観です。今週末あたりからが見ごろでしょう。






水仙はちょうど今頃が見頃です。




色とりどりのチューリップとムスカリのコントラストが素晴らしい。


横浜から日帰りではとても周り切れないほど公園は広大です。65歳以上はシニア料金だったのですが、気がつかなくて大人料金で入りました。それでもたった410円です。(シニア料金は210円) ディズニーランドと比べると格段に安い。関東近県にお住まいの方には是非お勧めです。