Natural Bone Japanese

日本の素晴らしさを考えてみるブログ!


テーマ:
本日ご紹介の神社ですが、埼玉県でも屈指の古社に属しながらも、今ひとつ知名度の低い、埼玉県入間郡毛呂山町に鎮座致します出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)をご紹介したいと思います。

で、突然ですが、埼玉ということで、かつての武蔵国と出雲大社で有名な出雲国の両者に密接な関係があるというのはご存知でしょうか?例えば、埼玉県、というか、武蔵国の一宮として、関東近県では非常に有名な氷川神社も、その総本社を大宮区の大宮氷川神社としているのですが、この氷川(ひかわ)という名称は、島根県の簸川郡(ひかわぐん)に由来するとされています。また、元々、その創建時期はもっと太古だとしながらも、氷川神社が主祭神を、素戔嗚尊(スサノオ)とするあたりも、実は、かつて、出雲大社が、杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれた時代に、一時、その御祭神を大国主命(オオクニヌシ)からスサノオにシフトした時期があるようで、このタイミングで勧請されてきたのではないか?という説もあるくらいでして、ともかく、こちら武蔵国と出雲国は、意外と深い関係で結ばれているんです(氷川神社のスサノオ信仰は、八坂神社を代表とした五頭天王系とは異なる系譜になります)。

$東條的世界最古の国へようこそ

そんな両者の関係を直接的に感じることができる神社のひとつが、今回、取り上げている出雲伊波比神社となるのです。実は、こちら出雲という地名はついておりますが、実は、出雲大社とは直接的なつながりはありません。つながりがあるのは、その縁起における民族的な背景にあります。

元々、出雲伊波比神社は、その創建の縁起を日本武尊(ヤマトタケル)が、東征を成し遂げ、その凱旋の折に、当地に立寄られ、武日命(タケヒ)に命じて、天皇から賜った比々羅木(ひびらぎ)の矛(ほこ)を神宝として、出雲の大己貴命(オオナムチ)を祀ったことに始まるとされます。そういう意味では、当社の縁起は、関東圏によくみられる、ヤマトタケルの東征を元にした神社のひとつとなるのです。

また、この縁起の流れによって、当社では、オオナムチを主祭神として祀っております。ただ、これが現在のいう出雲大社からの勧請なのかどうかということは、分かっておりません。とにかく、出雲方面よりヤマトタケルが、オオナムチを祀った場所がこの地であるということですね。

$東條的世界最古の国へようこそ

そして、ここからが、出雲と武蔵を結びつける核心に至ります。その最重要人物とされるのが、兄多毛比命(エタモヒ)なる人物です。エタモヒは、武蔵国(无邪志)の国造とされる人物で、成務天皇13年(143年)に、出雲の天穂日命(アメノホヒ)を合祀し、大己貴命(オオナムチ)とともに、この2柱の神々をもって、出雲伊波比神としたとしております。ということで、ここで、この出雲伊波比神社の中心を司る2柱の神々が確定しました。

ということで、このエタモヒなる人物は、どういう方かと言いますと、実は、この人物こそ、出雲族の出身と言われている訳です。しかも、冒頭に挙げた大宮氷川神社に対して、杵築大社(出雲大社)より御分霊を勧請したのも、このエタモヒなる人物というのです。このため、エタモヒは、氷川神社の社家の先祖とも言われているようです。

まぁ、こちらエタモヒは、ともかく謎が多いので、これだー的な断言は全然出来ないんですが(笑)、エタモヒなる人物が出雲よりわたり、この武蔵という国の支配者となり、出雲の神を当地で祀っていったという伝承を残しているということは確かなようです。

一応、このエタモヒなる人物は、別の地域の国造にも任じられているので、もしや役職名?という気がしないでもありませんが、一説には、出雲臣祖となる二井之宇迦諸忍之神狭命(フタイノウガモロオシノカムサ:長い!)の10世孫と言われているようですが、これも定かではありません。ただ、これを史実として捉えると、この神狭命(カムサ)は、出雲大社神官の系図に出てくる天の穂日の曾孫「津狭」だと言っている方もいるようで、そう考えると、エタモヒは、天穂日命(アメノホヒ)の末裔であり、ご先祖様を合祀したという非常に合理的な解釈はできるのかもしれませんね。

因に、天穂日命(アメノホヒ)は、出雲の国譲りのおはなしの時に、天界から出雲より派遣されておきながら、出雲側に寝返った神さまで、天から出雲の神々に下った神さまということになります。

$東條的世界最古の国へようこそ

また、別の説では、いやいや、この兄多毛比命(エタモヒ)という読みを兄タケヒと読むことも出来ることから、ヤマトタケルの東征に帯同し、オオナムチをこの地に祀った武日命(タケヒ)に関係するのではないかと提唱している方もおります。う~む、どっちも正しそうに見えますね。

そんな私の考えはあまり分かっておりませんが(笑)、実は、埼玉県の入間市にも出雲祝神社(いずもいわいじんじゃ)と、書き方は多少異なりますが、読みが同じ神社が存在しておりまして、こちらでは、天穂日命(アメノホヒ)と一緒にエタモヒが祀られておりまして、このパターンを見ると、エタモヒとアメノホヒとの間には、何らかの血縁関係があるのではないのかなぁという直感が頭を過りますね。

そんな武蔵国の謎を象徴として祀る出雲伊波比神社ですが、この他にも素敵な縁起を残しておりまして、源頼義、義家父子は奥州平定を祈願し、凱旋した康平6年(1063年)に、同社境内に八幡社を建立し、流鏑馬(やぶさめ)を奉納したと言われておりまして、この流鏑馬は現在でも継承されているんですねぇ。しかも、この同じ康平6年(1063年)に、源頼義、義家父子が建てた八幡神社、知ってます?鎌倉の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)ですからね。同じ年に同じ人物が建てた八幡神社を残す神社とは思いませんもんねぇ。そういった意味では、相当、由緒、格式は高いですよ。

$東條的世界最古の国へようこそ

また、こちらの本殿は、流造りの一間社、桧皮葺きで、大永8年(1528年)に、毛呂三河守である藤原顕繁が再建したものといわれておりまして、埼玉県で現存する最古の神社建築物となります。そんな見所、由緒の深い神社なんですが、知名度としてはやはり低いですよねぇ。だって、鶴岡八幡宮の方が全然メジャーですからねって、当たり前か(笑)。

まぁ、アクセスがあまりよろしくないというのが難点ですが、中々、素敵な神社ですので、是非、一度、足を運んでみて下さい。特に、流鏑馬神事は年に2回行われるのですが、流鏑馬が見られるのも埼玉ではここだけですので、そのタイミングに合わせるのもいいかもしれませんね。規模としては、秋口の方が大きい神事となるようです。

何だか、話が脱線しながらで、私も仕上げながら、訳分からなくなってきましたが(笑)、出雲と武蔵の関係は今後も私の調査課題としても調査し続けていきたいと思います。とりわけ、オオクニヌシとスクナビコナによる国作りのお話は、出雲民族の全国的な拡散を表したものではないかと個人的には思っておりますので、その残り香を神社の存在を通じて、感じていくだけでも実は、相当奥が深いとおもうんですよね。ということでちょっと分かりにくかもしれませんが、出雲伊波比神社のお話でした。

★出雲伊波比神社
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=144
★出雲祝神社
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=3762
★大宮氷川神社
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=117

↓↓よろしければポチッとお願いします↓↓

人気ブログランキングへにほんブログ村 歴史ブログ 神話・伝説へ
にほんブログ村

****************************************************************************
★神社情報専門ポータルサイト「神社人」:
http://jinjajin.jp
※あなたの町の神社の写真をお送り下さい!!!
★ネットTV「世界最古の国、日本!!」毎週金曜日13時より生放送:
http://odoroku.tv/knowledge/jp/index.html
※暇が合ったら秋葉原の公開放送スタジオに遊びに来て下さい!!!
★FACEBOOK:
http://www.facebook.com/profile.php?id=100001759446311
★Twitter:
http://twitter.com/#!/h_tojo
****************************************************************************
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。