Natural Bone Japanese

日本の素晴らしさを考えてみるブログ!


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さて、本日ご紹介する神社も昨日ご紹介した「恋の水神社」にならって、悲しい恋の物語を伝える神社をご紹介したいと思います。場所は、四国は、愛媛県松山市に鎮座する軽之神社(かるのじんじゃ)という神社です。多分、初めて知る方も多いんじゃないでしょうか、という位、マイナーな神社になります。

こちらの社名は、非常に変わった印象を受けますが、それは、祀られている神さま、そのお名前に由来するためで、それは無理もないことですね。ということで、その祀られている神様のお名前なんですが、軽太子(カルノミコ)と軽皇女(カルノヒメ)と言います。そう、一組のカップルが祀られているんですね。それもただのカップルではない、ここが重要なところです。

軽太子(カルノミコ)は、正式名を、木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)と言い、第19代允恭天皇(インギョウテンノウ)の第一皇子にあたるまさにプリンスでした。そして、もうお一方の軽皇女(カルノヒメ)は、正式名を軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)と言い、同じく、第19代允恭天皇(インギョウテンノウ)の皇女にあたるプリンセスでした。

そうここでお分かりの通り、こちらご祭神のお二方は、同母の兄妹の関係だった訳なんです。そう、それは、まさに禁断の恋だったという訳ですね。ということで、実は、こちら「古事記」に掲載されている衣通姫伝説(そとおりひめでんせつ)という一大恋愛叙事詩なんです。

ストーリーの概要はこんな感じです。

「允恭天皇が治められていた時代、その子に木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)という兄妹がおりました。二人の母である八田王女(ヤタノオウジョ)は、それはもう大変美しい方で、その美しさが、衣を通して表れるようだという意味を込めて、衣通姫(そとおりひめ)と呼ばれていたと言います。

そうです、この呼称は、元々、二人の母の美を讃えるためにあったということですね。そして、そんな美しい母を持つ皇女の軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)もそれは大層美しかったということで、その呼称を引き継いでいました。

そして、そんな両者は、同じ母の元にありながら、結ばれてしまいました。これは、当時としても異母の兄弟であれば婚姻が認められていたようですが、同じ母というのは、許されないものだったようです。まぁ、それは今でも同じですからね。まさに、禁断の恋を迎えてしまった訳です。

この為、これを知った周囲の者は、木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)の元を離れていき、皆、その弟である穴穂皇子(アナホノミコ→第20代安康天皇:アンコウテンノウ)に付き従っていきました。そして、第19代允恭天皇(インギョウテンノウ)が崩御された時に、本来は皇位継承権を持っていた木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)が皇位につく筈だったのですが、誰も付き従う者もなく、何と、弟の穴穂皇子(アナホノミコ)を逆に討とうとしてしまうのです。

結局、これは失敗し、結果、木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)は、伊予国(今の愛媛県)へと流されてしまうのでした。そして、それを知った妹の軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)は、兄を追い、伊予へと渡り、この地で共に、命を断ったと言います。

これが、この話の概要ですが、若干、こちらの神社における社記でみると、少し終わり方が異なるような感じします。というのも、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)が、兄を追って、この伊予国に辿り着いたまでは、推測できるのですが、その後、共に、亡くなるまでにタイムラグがあるように思えてならないんです。

というのも、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)は、伊予国に渡った後、斯多那岐宮(しなたぎぐう)にいたとされ、それが、こちら軽之神社の元になっているのですが、近くに客王神社(きゃくおうじんじゃ)を創建するなど、少しアクティヴに活動している節があるんですねぇ。

然も、その後、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)が亡くなった後、背後の森に葬られ、そこを比翼塚(ひよくづか:愛し合って死んだ男女を一緒に葬った塚)として石塔が建てられ、傍らに、木梨軽皇子(キナシノカルノミコ)の墓を並べた形跡があるので、共に自害をされたというより、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)の方が後に亡くなってないかい?などと思ってしまうのです。

まぁ、日本書紀では、結局、兄は、流刑の後、弟に討たれたことになっておりますので、多分、この読みの通り、軽大娘皇女(カルノオオイラツメ)が、伊予国に辿り着いた頃には、既に、兄は亡くなっていたんじゃないかと思っておりますが、いずれにせよ、悲しい恋の物語であることには変わりませんね。

そんな両者の想いは、とても深いわけで、まさに、結びの神としての深い所以になると言うことが出来ますね。ちょっと、遠いですが(笑)。因に、兄となる木梨軽皇子の墓は、四国中央市にある東宮古墳がそれとされ、宮内庁陵墓参考地とされているようですね。というか、そういう比定地の管理も宮内庁はされているんですね。

本当、日本にはいろんな話がありますねぇ、ということで、ちょっと悲しい恋の物語続きで、軽之神社をご紹介してみました。

★ 軽之神社
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=6254

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