Natural Bone Japanese

日本の素晴らしさを考えてみるブログ!


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今回、ご紹介する神社も、しゃ、写真がない・・・(笑)。然も、今回の東日本大地震により壊滅的被害が起こった可能性は否定できない場所にある、今、私が最も気にかける神社の一つでもあります。そう、福島県双葉郡広野町のまさに湾岸部に位置する蛇王神社(じゃおうじんじゃ)です。

こちらは、由緒も特殊であれば、境内物も特殊で、こちらでは、狛犬像の代わりに、とぐろを巻いた蛇の像を境内の両端に置いている、まさに、独特の小さな神社になります。そして、当社のご神体も正に、とぐろを巻いた蛇の姿をしておます。中に、その写真をお見受けするサイトも僅かにあるのですが、通常、誰の目にも触れないのが、ご神体なのに、レプリカかな?などと思ってしまう訳ですが、とにかく、そんな一風変わった神社です。

そして、それは、この地にまつわるとある伝承と深く関わる神社ということになるのです。その話とは、こんな感じです。

昔、この東北の何れかの領地を治めていた領主、岩城判官正氏(いわきはんがんまさうじ)は、不遇の晩年を迎えたと言います。唯、そこは、諸説あり、誅殺されたという話もあれば、筑紫国に流れたなんて話もありましたが、この話の中心は、そんな晩年に不遇な扱いを受けたこの奥羽五十六郡の太守であった岩城判官正氏の家族となります。

その家族とは、妻である奥方と、安寿姫(あんじゅひめ)と厨子王(ずしおうまる)という子どもたちです。ここで、あれ、何か聞いたことある名だなぁ~と思ったら、森鴎外の「山椒大夫」もそうですが、何と、東映のアニメーション映画にもなったことのある話なんですね。私もなーんか、幼少の頃、見たような気がします。何より「安寿姫と厨子王丸」という名前は、記憶の片隅に残ってましたからね。

で、改めて、話は元に戻りますが、一家の大黒柱である父君を失った一行は、乳母の4人を連れて、筑紫への逃避行を図ります。これがアニメだと、乳母が動物になって、桃太郎みたいになっているんですね。更に、この目的地が筑紫(福岡)ということもあって、多分、父君の配流説もあるんでしょうね。

しかし、一行は、その旅の途中で海賊に騙され、二人の子供(安寿姫と厨子王丸)は人質として、海賊たちに「あーれー」という感じでさらわれてしまうのです(まぁ、家族がバラバラにされてしまう訳ですね)。

奥方はこのことを大変悲しみ、乳母である「竹」のお里である当地、いわゆるこの神社のある場所となる浅見川まて戻り、結局、この地で亡くなってしまう訳です。その後、人質にさらわれた安寿姫と厨子王丸は、その先々でもはぐれてしまい、命からがら逃げ延びた安寿姫は、母の後を追い、この浅見川の地に辿り着くのですが、母君と同じく、結局、この地でこの世を去ってしまいます。まさに、えーな話ですね。

これを哀れんだ村人たちは、奥方と安寿姫の亡がらを埋め、そこに松の木を植え手厚く弔ったといいます。そして、その松が、今でも、「日之出松(ひのでまつ)」と呼ばれているようです。しかし、彼らに付き従っていた乳母の「竹」も、この二人を失った責任を感じ、自らも海に身を投じてしまいます。

何か、救いのない話ですねぇ。そう言えば、厨子王丸はどこに行ったんだ?(笑)。

ともかく、そんな乳母の「竹」が身を投げたちょうどその頃、浅見川の地では、怪しく美しい色合いをした大蛇が、二人を埋めた松の木にからみつきながら天に昇って行ったといいます。そして、村人たちは、これを不安に思い、なんと、松の木を伐ってしまうのです。まさにあららですね。

しかし、その松の木の切り口からは、不思議なことに血が流れ出たとされ、これを持って、この松の木は「血の出松」とも呼ばれたようです。そして、次第に、村人たちは、この時の大蛇は、乳母の「竹」が大蛇となって戻ってきたのだろうよと思うようになったと言います。

その後、この松の根元から出た新芽が育ったと言い、これが、その「血の出松」が転じ、「日之出松」と呼ばれるようになったと言います。唯、これもその後の台風被害によってなくなったとされており、この一連の伝承を受けて祀られたのが、こちら、「蛇王神社」ということになるのです。

あれ、結局、厨子王丸は戻らずじまいか(笑)。まぁ、安寿姫と厨子王丸の伝承は結構、いろいろな地で民話化しているようで、こちらもそんな言われを持つ神社のひとつという訳ですね。因に、Wikipediaを見てみると、父君は、筑紫に流され、それを追った一行は、越後で、人買いの山岡太夫の手にかかり、妻は佐渡二郎の手で佐渡に、姉弟は宮崎という人買いの手で丹後由良湊の長者である山椒太夫にそれぞれ売り渡されたあります。

そして、皆、壮絶な奴隷人生を余儀なくされ、安寿姫と厨子王丸はその労苦に堪え切れず、再会を誓い、逃亡を図ったようで、安寿姫は都へと逃れる途中の由良川のほとりの村で飢えと疲れで亡くなったと言います。そして、安寿姫の亡骸は村人により丁重に葬られ、現在も、その地には、安寿塚と呼ばれる祠と小さな公園があると言います。場所は、京都府の舞鶴市にあるようですねって、あれ~、ストーリーが違う(笑)。

そして、神社の縁起には、最後まで登場しなかった厨子王丸は、丹後の国分寺に逃げ込んで寺僧に助けられ、京都七条朱雀の権現堂に送られたとあります。助かったんですね。良かった、良かった。

で、Wikiには、最後、安寿姫の霊はその後、母と弟を守護して、厨子王丸の再起を助け、最終的には、自らを酷使した山椒大夫を越後で討ち取り、リベンジを果たしたという。全く、異なるストーリーをもって大団円を迎えます。お母さん、生きてたの?

まぁ、安寿姫が不遇を受けたという意味だけは、共通しておりますね。これは、結構、伝承の論争を巻き起こす内容ですねぇ。因に、福島県のいわき市という名称も、この元の父君である岩城判官正氏(いわきはんがんまさうじ)の岩城に由来するとして、いつの間にやら、「安寿と厨子王 誕生の地」のタイトルを上げているというのだから、複雑ですね(笑)。

でも、いいんです。これが民間伝承の面白さですから(笑)。真実は一体どこにあるのでしょうか。それこそ神のみぞ知る領域なのかもしれませんが、少なくとも、こちら蛇王神社が今も健在であることを心より祈らんばかりです。どなたか情報をお持ちの方がおりましたら、メッセージ下さい。勿論、写真も(笑)。

★蛇王神社
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=6465

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