出光美術館で「没後50年 ルオー大回顧展」を観た!
テーマ:ゲ~ジュツ見てある記出光美術館で「没後50年 ルオー大回顧展」を観てきました。「没後50年」といえば、損保ジャパン東郷青児美術館で観た「モーリス・ド・ヴァラマンク展」も「没後50年」、ということは、ヴァラマンクとルオーはだいたい同じ歳なんですね。しかし2人は対称的な画風ですから面白いものです。ほぼ同時代といえば、ピカソやマティスの名もあげられます。ジョルジュ・ルオー(1871-1958)については、ブリヂストン美術館や、出光美術館のロビーでいつも何点か展示してあり、また松下電工汐留ミュージアムでもルオーの部屋にはいつも数点、展示してあるのでよく観ました。ルオーの絵は「暗く」同じようなものばかりという印象が強くて、僕は今までは注意して観ることはありませんでした。
やはりルオーは「宗教画家」という側面が強く、描かれた絵もカトリック信者としての信仰に裏付けされたものが多いと言われています。そんなルオーの作品を出光美術館が約400点保有しているというのは驚きです。出光美術館といえば、景徳珍や柿右衛門、鍋島や古伊万里などの陶磁器や、上村松園や東山魁夷、佐伯祐三や板谷波山、富本憲吉や平櫛田中、等々、近代日本の巨匠たちの作品を保有している美術館としてよく知られていますが、その系列とは異なったルオーの作品を400点も保有しているのはなぜでしょうか?今回の「没後50年 ルオー大回顧展」について、出光美術館のホームページには、以下のようにあります。
当館のルオーコレクションは、初代館長出光佐三とルオーの《受難(パッション)》との運命的な出会いにはじまり、現在までに400点以上を収蔵するものとなっています。没後50年をむかえて開催する本回顧展では、質・量ともに世界最大規模を誇る出光コレクションから、代表作の連作油彩画《受難(パッション)》、銅版画集《ミセレーレ》をはじめ、初公開を含めた約230点を展観し、ルオーの画業の全貌をご紹介します。また、節目の年を記念して、《ミセレーレ》や《悪の華》などの銅版画集制作過程とその特徴を示す貴重な作品も今回初めて展示します。
たまたま本棚を見たら、「ジョルジュ・ルオー 未完の旅路」という本があるのを見つけました。あれっと思い調べてみたら、「松下電工 汐留ミュージアム」の「開館記念展 ジョルジュ・ルオー 未完の旅路」の図録でした。2003年4月から2003年6月にかけて開催されてますから、今から5年前です。油彩画42点、版画集「ミセレーレ」58点、「流れる星のサーカス」17点、版画集「受難/PASSION」17点、版画集「悪の華/LES FLEURS DU MAL」12点がその展示作品でした。「汐留ミュージアム」の所蔵作品が中心でしたが、一部フランス、ルオー財団の作品も特別に出品されていました。
油彩画、版画、全部足しても146点、今回の「没後50年 ルオー大回顧展」では約230点、「汐留」の倍近い作品が、しかもすべてが出光美術館の保有するものだというから、これは凄いことです。そのなかでも64点の連作油彩画「受難(パッション)」は、出光が一括して購入することで散逸を防いだという今回の目玉作品です。宗教詩「受難」の版画挿絵を油彩で描き直したもので、詩文の章構成に合わせて展示してありました。詩を読みながら絵画を観る、これが今回の最大の特徴でした。時間はかかりましたが、僕のようなものでも分かり易い展示でした。他に銅版画集「ミセレーレ」、ラテン語の祈り「神よ我を憐れみ給え。御身の大いなる慈悲によりて」からきているそうですが、無彩色の白黒版画もありました。水墨画を描いた東洋の画家たちの作品に、共通するものがあるのではないでしょうか。
僕が今回の「ルオー展」で気がついたことの幾つか。画商の注文からか、意外とルオーの作品は「色刷版画」「銅版画」「石版画」など、版画が多いということ。今まで同じような厚塗りの油彩画ばかりだと思っていましたが、水彩画もあること、そして油彩画も初期の油彩画と後期の油彩画はまったくといっていいほど、その描き方が異なること。僕が誤解していたように、一つとして同じ作品はない、一つ一つの作品が異なっていること。初期には「キリストと弟子たち」「道化師の顔」「娼婦」「裁判官」「三人のヌード」等々、描く対象は幅広く、どちらかというと人間社会の底辺の人たちです。ルオーの筆は重苦しく、押さえがたい苦悩と怒りの感情を描き出しています。
ルオーは14歳の時に、父の勧めでステンドガラス職人のもとに徒弟奉公に出ます。描く作品も、ステンドグラスにしたら素晴らしいのではないかというものも多々あります。ルオーの作品はよく「重厚なマティエール」と表現されますが、初期は油絵の具を塗ったものを削りに削って、色ガラスに近い透明性と神秘性を出していること。それは図録などの写真ではほとんど伝えることができない表現でした。やっとそれらのことが少しわかったことが、今回の僕の収穫でした。「ルオーの崇高で深遠なる世界」、今回、図録を買うのを躊躇ってしまったのは、返す返すも残念なことでした。












