神奈川県立近代美術館・鎌倉別館で「所蔵品に見る戦後の日本画」展を観る!
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神奈川県立近代美術館は、鶴岡八幡宮の境内の平家池に面した「鎌倉館」の他に、バスで20分ほど乗った三浦郡葉山町一色にある「葉山館」、そして鎌倉館のすぐ近く、北鎌倉へ向かって徒歩5分、巨福呂坂にある「鎌倉別館」(1984)があります。設計は大高正人によるもの、敷地が道路沿いに細長く、狭いのが難点です。鎌倉別館では現在、所蔵品による戦後の日本画に光を当てた展覧会を開催していました。僕は鎌倉別館は行ったことがなかったので、建物の見学も兼ねて観に行ってきました。果たして日本画とはなんなのか? 西洋画、油絵に対して、日本画は画材の違いだけで説明できるのか? 当たり前のようであって、よく分からないところが日本画には多々あります。
日本画は、絵画のジャンルのひとつで、日本独特のものです。明治時代に日本に導入された油絵を「洋画」と呼ぶのに対して、油彩に依らず、それまでの日本の伝統的な技法や様式の上に育てられた絵画を指しています。フェノロサが1882年に行った講演で使った Japanese painting の翻訳が「日本画」という言葉の初出だそうです。この講演でフェノロサは日本画の特徴を「写真のような写実を追わない」「陰影が無い」「鉤勒(こうろく、輪郭線)がある」「色調が濃厚でない」「表現が簡潔である」と5項目挙げ、優れたところと評価しています。
参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
数年前、内藤廣の設計した「茨城県天心記念五浦(いずら)美術館」へ行ったときに、ちょうど開催されていた「秋野不矩展」を観た時のことを思い出しました。「天心」とは、フェノロサの通訳を勤め、助手でもあった岡倉覚三(のちの天心)のことで、1889年に東京美術学校(後の東京藝術大学)を開くと、西洋画の教育を排して、絵画としては日本画科をのみを設けます。その第1期生には横山大観らがいます。天心は晩年、思索と静養の場として太平洋に臨む人里離れた茨城県五浦(現在の北茨城市五浦)に居を構える一方、横山大観ら五浦の作家たちを指導し新しい日本画の創造をめざしました。以後、天心は亡くなるまで五浦を本拠地として生活することになります。
ちょっと調べてみたら、2003年(平成15年)夏ですから、今から4年前に開催された「秋野不矩展-創造の軌跡-」でした。93歳で逝去した文化勲章受章の日本画家,秋野不矩の没後初の大回顧展でした。インドの大地と風物を描いた初期から最晩年までの代表作など70数点が展示されていました。あつかう対象の広さがあまりにも幅が広く、これが日本画なのかと驚いたことがありました。ちなみに「天竜市立秋野不矩美術館」は、藤森照信の設計によるものです。
さて、鎌倉別館で開催されていたのは「所蔵品に見る戦後の日本画」、副題には「片岡球子・荘子福・上村松篁・・・」とあります。出品作家は、以下の 24人です。それぞれの作家の作品が、収蔵品の中から選ばれて、総計 26点が展示してありました。
山口蓬春、加藤栄三、中村岳稜、望月春江、伊東深水、三谷十糸子、高山辰雄、片岡球子、荘司福、岩橋英遠、小倉遊亀、岡本彌壽子、前田青邨、中島千波、上村松篁、吉岡堅二、工藤甲人、近藤弘明、上野泰郎、加山又造、麻田鷹司、堀文子、三上誠、中村正義
これが不思議、日本画についてほとんど知らない僕でさえも、出品作家の約半数の名前を知っていました。今回一通り「戦後の日本画」展を観て、作家と作風が一致し、なにかと勉強になりました。僕が気になった幾つかの作品を、以下に挙げてみます。
まずは片岡球子、歴史的な事象を描いて、独自のユーモラスな世界で土俗的なエネルギーを発散しています。壇ノ浦に入水した平家方の建礼門院徳子とその子を描いた「海<鳴門>」(1962)、歴史上の人物を大胆に描く「面構」シリーズ、片岡球子のライフワークです。等持院にある足利尊氏の木彫像をモデルにした「面構 等持院殿」(1967)、同じく等持院にある木彫像をモデルにした「面構 徳川家康公」(1967)、いずれ劣らぬ傑作で、感激しました。実は2年前の夏、ブログのどこかにも書きましたが、茨城県立近代美術館へ「現代日本画の巨星 片岡球子展-100歳を記念して」を観に行ったのですが、1日違いで終了していたことがありました。(つい先日、三越本店へ「印象派とエコール・ド・パリ展」を観に行きましたが、1日遅れで観ることができませんでした)。
加藤栄三の竜安寺を描いた「石庭」(1955)、小倉遊亀の金地に白い牡丹を描いた「牡丹」(1984)は、日本画のオーソドックスな画題をあつかっていますが、対象は極端に大きく描かれていて驚かされます。上村松篁の6羽の鳥が霧や靄の中で静かに羽ばたき、着地しようとする姿を描いた「鷭(はん)」(1959)、堀文子の霧氷をまとった木立の一瞬のきらめきを描いた「霧氷」(1982)は、伝統的な日本画のようですが、繊細で洗練された筆致で描かれています。
僕があっと驚いたのは次の2作です。中村正義の「ピエロ」(1973)と、中島千波の「衆生・女・阿吽」でした。共に、とても日本画の題材とは思えぬ画題と大胆な筆致、色使いです。「ピエロ」は、白塗りの顔に真っ赤な目鼻口の縁取りはまさにピエロですが、道化の餅人格の二面性がよく出ていて、怖いぐらいの哀愁を放っています。また「衆生・女・阿吽」は、万物の始めと終わりを象徴している阿吽を、激しく内面を映し出す精神性を二人の人物で表現しています。この2作の迫力には驚かされました。
神奈川県立近代美術館は、洋画や版画の蒐集で知られていて、日本画のコレクションがあることは知りませんでした。数少ないコレクション、と言っても、230を超える収蔵品があるそうです。その中の24作家の26点、日本画壇の旧弊と因習を振り捨てる革新的な画家たちの作品を観るとき、世界的な絵画の革新と通じ合う戦後日本画の多様性を感じることができました。
鎌倉別館の「戦後の日本画」展では、なぜか秋野不矩の作品がありませんでした。さきに「天竜市立秋野不矩美術館」と書いたのは、町村合併により現在は「浜松市立秋野不矩美術館」となりました。偶然にも11月18日まで、特別展「秋野不矩・小倉遊亀・片岡球子三人展」 が開催されています。行きたいのですが、ちょっと遠い!















