小谷野敦のブログ

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 私は、ソープランドへ行ったことがない。行ったことがあるのはファッションヘルスだけである。その最初の時のことは「童貞放浪記」に書いたが、ストリップの外の小屋で踊り子を買おうとして恐ろしい目に遭ってからは、ただ大阪のストリップ劇場の中にある「ピンクルーム」で、コンドームを付けてのリップサービスを受けるだけだったが、それも次第に行かなくなった。
 その後遠距離結婚をしたので、そういったところへは足を踏み入れなくなったが、二年半で離婚して、翌年の春には、渋谷道玄坂のファッションヘルスへ行っている。最初に入った店では、昔の遊女屋のように、ガラス越しにヘルス嬢らが八人くらい座っているのを見て選ぶ方式だったが、通されたのは結構狭い部屋で、ベッドとシャワー以外には移動のためのスペースしかないほどだった。出てきた女の子は、さっき選んだのと同じかどうか分からなかったが、選んだ時はもちろんかわいいと思っていたのが、そうでもなくなっていた。専門学校でデザインの勉強をしていると言い、さほど頭が悪い感じでもなかったけれど、この時は「バキュームフェラ」というのを初めてやられた。吸引するようにスパッ、スパッとやるので、すぐいってしまうので、物足りない。これはあちら側の、早く客にいってほしいゆえの技術かと思ったが、あとで聞いてみると、好きな客もいるらしい。
 私は、結婚する前あたりから、売春の撲滅なぞということを唱えたりしていて、偽善者呼ばわりもされたのだが、この頃にはもう、はい私は偽善者でした、という状態だった。しかし病気は怖かった。その頃、中学時代の友人の後藤と、久しぶりに電話で話すことがあって、私と連絡がとだえたあと、三十代に後藤がよくソープランドへ行っていた話を聞いて、私も行ってみるかと、インターネットで吉原あたりのソープのサイトを見てみたら、だいたい顔は半分ぼかしてはあるのだが、それでも結構な美人やかわいいのがいて、実に心が動いたものである。もっとも後藤によれば、それはたいてい写真が細工してあるとのことで、実際、まるでお嬢さんのような風情で、行くならこの子だなと思っていたのが、その店からいなくなり、後藤に教えられた「2ちゃんねる」の中の「ぴんくちゃんねる」で調べたら、移籍した店と新しい名前が分かったので、そちらへ行ってみたら、確かに同じ人なのだが、まるで顔つきが変って娼婦顔になっていた、ということもあった。
 私は元来が堅物であって、女を買うなどということは思いもよらず、三十歳過ぎまで童貞だった。かつて人々が、売春を控えるべく若い男に示した文章の多くは、時代の変化ーなかんずく晩婚化ーによって無効になっていた。
 それでも私は、離婚後、ああこれはいかんと思い、なるべく再婚すべく努力はしたのである。はじめは、美貌の女性編集者が、私が離婚した時にメールをよこして、
 「先生のような素敵な方なら、すぐに次の女性が見つかりますよ!」
 などとヨイショしてきて、石井摩耶という女優みたいな名前なんだが、年齢はその当時で二十九くらいかな、私は、
 「じゃあ石井さんにはその気はないってことですね」
 って返事をした。そしたら、
 「私は藤井先生をとても尊敬しております」
 って言うから、
 「尊敬はするけれど恋愛対象ではないってことですね」
 と返したら、
 「すみません、冗談なのはよく分かっております」
 と振られてしまった。
 その次の年には、その頃出身大学で英語の非常勤講師をしていて、休憩時間には出身研究室で昼飯などをとっていたのだが、そこでいつも三人の女子大学院生がにぎやかに騒いでいて、そのうち一人・安積真保香というのに目をつけ、春休み前にメルアドを聞きだし、メールを送って、今後ともよろしくお願いします的な、儀礼的な返事が来たりした。この子は、東京西部に割と広い実家のある家の次女で、その土地は祖母から母へと女系で受け継がれていて、ただし姓はその都度夫の側に変わるという変形女系家族で、姉はすでに結婚して子供を産んでいたのだが、「いい弁護士いませんかね。(姉の夫の)馬の骨を追い出すのに」などと恐ろしいことを言っていた。私はしかし、こういう悪女風なところも、少しいいような気がしていたし、それはまあ一種の冗談だろうとも思っていた。
 だが、休み明けに大学へ行くと、真保香の態度がおかしく、少し遠いところに座って、私のほうを見ようとしないし、口も利かないから、ああこれはしくじったな、と思いつつ、素知らぬ顔をしていた。その前年に健康増進法が施行されて、いろいろひどいことになり、私は最後には非常勤講師を辞めることになるのだが、この研究室も前年から禁煙になっていて、私は秘書の、六十歳くらいの女性から、特例だと言われて喫っていた。授業が全部終わっても、ぐずぐずしていたら、この女がいきなり、
 「藤井先生、ブロークンウィンドウズセオリーって知ってます?」
 と、あっちの方から訊いてきた。それまで、話しかけることすらできない雰囲気だったので、二十代男子のように舞いあがった私は、何なに? と聞くと……。
 なんでも「割れ窓理論」といって、割れた窓をそのままにしておいたり、落書きをそのままにしておいたりすると、その周辺の風紀が乱れるというので、ニューヨークの市長が市内をきれいにした、という話で、聞きながら私は、さすがに話の先が読めて、内心泣きそうになっていたのだが、遂に女は一調子声を張り上げると、
 「ですから藤井先生、ここは『禁煙』と書いてあるんですから、煙草はやめてください」
 と言ったのである。
 そのまま席を立った私は、当時一人暮らししていた永福町のアパートへ帰ると、インスタントラーメンを作って食べてふて寝してしまった。失恋もどきと禁煙ファシズム攻撃のダブルパンチである。
 ところが、それから三週間ほどして、大学の生協書籍部で本を見ていると、うしろから「藤井先生」と呼ばれたから、振り向くと、この女がニコニコして立っている。当時私は、悪い女がこういういたずらをするということはようやく気づいていたので、適当に相手をした。しかし、私のいいところか悪いところか分からないが、いったん好意を抱いた女とかセックスした女には、悪意を抱けないのである。


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