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2005年06月30日 00時03分00秒

トム・ハンクスの「グリーンマイル」を観た!

テーマ:映画もいいかも

え~っ、トム・ハンクスって、あのベストセラーの「ダ・ヴィンチ・コード」に出てるんですね。2006年夏に公開のようですが。あの手の本はあまり好きではないので、読んでいません。だから、どういう役になるのかは判りませんが、ジャン・レノも出ているようです。あまり興味がないですね、こういう映画は。それにしても大スターなんですね、トム・ハンクスは、45本以上の映画に出ているんですね。まあ、僕が見たのはそのうちのたった数本ですけど。


つい最近では「ターミナル」を観ましたね。ここで過去に観たものをあげてもあまり意味はないんですが、「フォレスト・ガンプ」、これは何度か観ましたね。「ユー・ガット・メール」と「めぐり逢えたら」、メグ・ライアンがよかったからどちらも楽しい映画でした。そんなもんかな?そう「フィラデルフィア」観たんじゃないかな?そうですよ、思い出しました。エリート弁護士がエイズであることが会社に知られて、突然解雇されてしまう。会社の不当な差別と闘おうと訴訟おこす、そんな映画でした。10数キロ体重を落として役作りをしたという映画で、たしかアカデミー賞を取ったんじゃないのかな?ま、それはいいや。



先日、といっても1ヶ月前ぐらいかな、トム・ハンクスの「グリーンマイル」という映画が、テレビで放映されていたので、なんの予断もなく観ましたけれど、3時間以上もの長い映画でした。思い出しながら書いています。昔、「グリーンカード」という映画を観ましたが、なんとなくそんな映画だろうと思って見始めたら、まったく違っていました。しかも時代劇?そうではなく、1935年の頃のコールド・マウンテン刑務所での物語ですね。時代背景、まだまだ黒人差別が残っている時代なんですね、その頃は。


刑務所を描いた小説、ありましたね。辻仁成の「海峡の光」、あれは少年刑務所での刑務官と元同級生の受刑者との話でしたね。丸山健二の「夏の流れ」、こっちの方が近いかな?平凡な家庭を持つ刑務官と死を目前にした死刑囚を対比した話でしたが、だいぶ昔の作品ですからね、詳しく憶えていませんね。ん?いま気がつきました、どちらも芥川賞受賞作ですね。微妙な心理描写は小説ならではのものですが、映画「グリーンマイル」はどうでしょう?いや、そうではなくて、元々「グリーンマイル」は、スティーヴン・キングの最高傑作と言われるベストセラーの映画化されたものなんですね。原作は新潮文庫では全6冊もあるんですね。とても読む気にはなりませんが、映画は長い原作からエピソードだけを取りだして作ったものでしょう。



グリーンマイル」とはなんだ?もう皆さんご存じでしょうが、処刑室に送られる受刑者が最後に歩む緑色の「リノリウムの廊下」のことを言うんですね。そこが「生と死」の分かれ道なんですね。この作品はある死刑囚と看守の物語です。ファンタジー的な要素と、アメリカが抱える現実のやるせなさを、絶妙に組み合わせた作品だと言われています。皆さんがこの映画を観て大泣きした言いますが、僕は泣きませんでしたね。トム・ハンクスの小便の切れの悪さというか残尿感というか、彼が触れると簡単に治っちゃいますね。刑務所長の奥さん、凄い演技でしたが、あれだけの異常な病を彼は簡単に治してしまいます。最後に死ぬのはイエス・キリストの再来か?あまりあのような奇跡とか、不思議な力超常現象を信じないんですね、僕は。


刑務所の中は、足の引っ張り合いはあり、お父さんは偉いんだぞという、バックをちらつかせるヤツはいるし、いろんなヤツがいる、まるで社会の縮図ですね。映画に詳しい人なら、出てきた個性的な俳優、一人一人をあれこれ述べることは可能でしょうが、僕はそこまで詳しくはありません。でも、無垢な魂を持つ男、ジョン・コフィを演じた巨漢マイケル・クラーク・ダンカンの好演技、というより、存在感ですね、には感動しました。温厚な刑務所長役のジェームズ・クロムウェルもよかったですね。いずれにしても、脇役を個性的な俳優でしっかり固めている映画でした。「ネズミ」までも名演技でしたね。



いずれにせよ、今も死刑執行人は大変な仕事であることは間違いないですね。「職業に貴賤はない」と言いますが、僕は嫌ですね、そんな職業は。アメリカでは死刑を執り行うときに、一般の人が立ち合って見ているんですね。あれには驚きました。

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2005年06月29日 00時03分00秒

ドキュメンタリー映画「マイ・アーキテクト」!

テーマ:映画もいいかも
「マイ・アーキテクト」ポスター

ルイス・カーン-建築の世界-」という図録があります。1992年10月1日に初版発行された448ページもあるもので定価は8500円もしました。1992年9月26日から11月3日まで群馬県立近代美術館で開催された「ルイス・カーン展」のために作成された図録で、会場構成は磯崎新でした。その巡回展のために作成されたカタログです。「ルイス・カーン展」は国際巡回展で、カーンの地元フィラデルフィアをスタートし、ポンピドゥー、ニューヨーク近代美術館を経て日本に来ました。日本では群馬でしか開催しませんので、わざわざ群馬まで見に行きました。日本展が終わった後は、ロサンゼルスへ行って、巡回展の最後はカーンが設計したキンベル美術館でした。



リチャーズ・メディカルセンター

カーンは、1960年に日本で開催された「世界デザイン会議」に来たと聞いています。たぶん、川添登とメタボリズムグループの招聘だったと思いますが?その頃はフィラデルフィアの「シティ・タワー」と「交通計画」だけが作品として紹介されていました。その後すぐに、カーンの「構造と形」という哲学的な論文が入った「現代建築12章」という本が(昭和40年11月15日第1版)発売されて、日本でもカーンは少しずつ知られるようになりました。この本は鹿島出版会が黒いカバーの「SD選書」を出して、その2番目に出された本です。


ソーク研究所

カーンは1901年にバルト海沿岸のエストニアのエーゼル島(サーレーマー島)で生まれ、1904年に父親がアメリカに移住、その後カーンが5歳の時にアメリカへ渡ります。様々な学校で学んだ後、ペンシルヴァニア大学建築科を卒業します。設計事務所で働いてお金を貯めてヨーロッパ旅行へ行くんですね。イタリアのミラノ、フィレンツェ、アッシジ、シェイナ、サンジミニアーノ、ローマなどで、カーンはクレヨンや水彩でスケッチをしています。その時にサンジミニアーノの塔に感銘を受けて、後に「リチャーズ・メディカルセンター」に結実するわけです。カーンは若いうちは仕事に恵まれませんでした。住宅公団のようなところに長く務めて、庶民の集合住宅等を作り続けます。建築家としてはかなり遅咲きです。イェール大学の「アートギャラリー」を依頼されたときは、ほとんど無名の建築家でした。その後すぐに世界的な建築家になるのですから、判らないものです。イェールで世界的に有名になり、リチャーズ・メディカルセンターでその地位を不動のものにしたと言えます。1974年3月に73歳でこの世を去りました。


キンベル美術館

僕はカーンの作品は、若い頃にアメリカに行ったときにいくつか見ました。「イェール大学のアートギャラリー」とペンシルヴァニア大学の「リチャーズ・メディカルセンター」です。写真でしか見たことがなかった建築を、すぐそばで見ることができて興奮しましたね。まだその頃は、「イェール大学ブリティシュ・アートセンター」は出来ていませんでした。やはりカーンの最高傑作は、「ソーク研究所」と、「キンベル美術館」ですね。このふたつの建築は是非見に行きたいですね。最後の作品、バングラデッシュの「国会議事堂」もありますが。そうそう「住宅作品」も見逃すわけにはいきません。


バングラデッシュ国会議事堂

先頃の第76回アカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされた「マイ・アーキテクト」という映画があります。カーンの30歳違いの愛人の息子、彼が62歳の時に生まれた子どもだそうですが、父親のことを知っていた人たちを訪ねて話を聞き建てた建築を訪ねて歩く、という映画のようです。彼は11歳の時に父親に死なれたそうです。「父親を探す旅」といった趣向らしいのですが、いかんせん資料がほとんどありません。DVDもあるようですが、日本で発売しているのかも判りません。たぶん7月にはどこか小劇場で公開されるという噂を聞いただけです。どなたかご存じの方がおりましたら教えてください


映画「マイ・アーキテクト

http://www.myarchitectfilm.com/

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2005年06月28日 00時03分00秒

都市の中の遊び場・世田谷プレーパーク

テーマ:道々寄り道だよん

パーク・ライフ再読 」で都市公園の日比谷公園を記事にして、その後、「街の中の実のなる木 」を記事にしたら、今度は順番から言ったら「都市の子どもの遊び場」になりますね。というのは、僕のこじつけた勝手な流れですけど。いや実は、先日世田谷公園で行われたあるイベントに行ったんですが、その時に撮った画像がなかなか使うチャンスがなくて、日の目を見ないままになっていました。「世田谷プレーパーク」で子どもたちが生き生きと遊んでいる画像です。




東京都世田谷区には常設のプレーパークは現在4ヶ所あります。1979年、区立羽根木公園のなかに「羽根木プレーパーク」が誕生し、その後、世田谷公園のなかに「世田谷プレーパーク」、駒沢地区に「駒沢はらっぱプレーパーク」、そして烏山地区に4つ目の「烏山プレーパーク」ができました。この活動は全国に広がっています。という「羽根木プレーパーク25年」と題した記事を、昨年11月18日にこのブログに書きました。 また今年の2月22日にも、「羽根木公園のせたがや梅まつり」 と題した記事に中に「羽根木プレーパーク」のことを少し書きました。




都市の中で子どもが自由に遊べるところは、どんどん少なくなってきています。昔は道や路地は絶好の子どもの遊び場でしたが、車が街の中へどんどん進入してきて、子どもは公園へと押しやられてしまいました。都市計画で定められた大きな公園や、自治体で定められた公園は年々、確かに増えてはいますが、だからといって子どもが自由に遊べるというわけではありません。公園へ行ってみればわかる通り、あれはしてはいけない、これはしてはいけないと、「禁止事項」だらけです。これでは子どもは自由に遊べません滑り台、ブランコ、砂場、この公園「三種の神器」だけで遊べというのは子どもにはというものです。





そこで都市の遊び場「プレーパーク」が登場します。ここら辺りは前にも書いているのでそちらを見てもらうとして、簡単に言えば「禁止事項」が一切ない、自由に子どもが遊べる公園が「プレーパーク」です。ですから、木に登ろうが、水を使おうが、火を使おうが、どろんこ遊びをしようが、ノコギリや金槌を使おうが、なにをやってもいいんです。子どもたちが「自分の責任で自由に遊ぶ」のが「プレーパーク」の大原則です。どのようの「プレーパーク」で遊んでいるのか、それを画像に撮ってきましたのでここに掲載します。子どもたちが生き生きと遊んでいる姿から、なにかを感じ取っていただければと思います。



過去記事:羽根木プレーパーク25年

      :羽根木公園のせたがや梅まつり

プレーパークについては ここ

http://www.otagaisama.or.jp/playpark/index.htm

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2005年06月27日 00時03分00秒

街の中の実のなる木

テーマ:日々のあれこれ

以前、地域の研究グループと一緒に、子どもを一斉に街に出して、「実のなる木」を探してこいという、ゲームというか、お遊びのようなものをやったことがあります。子どもたちが採集してきた実のなる木を見ると、僕らが思っていた以上にたくさんあって、驚いたことを憶えています。


それとは別に、ある人の敷地の樹木や草花を調査したことがありました。立ち会ってくれたそこのお宅の奥さんは、庭にある樹木や草花の名前をすべて知っていました。市街地の中の住宅の150坪ぐらいの敷地の庭でしたが、思った以上にたくさんの種類があり、すべてに名前があるので、今更ながらに驚かされました。ご夫妻とも、地域の野鳥の調査グループに入っていて、庭には餌台のようなものも幾つか作ってありました。実のなる木があれば、野鳥も市街地であっても住み易いということのようです。事実、年々、野鳥も増えているとの結果が出ているようです。


緑道の枇杷の木

先日、文京区の白山通りを車で通っていたときに、ガソリンがなくなってきたので、ガソリンスタンドを探してグルグルと走り回りましたが、都心部ですのでなかなかガソリンスタンドが見つかりません。その代わり、と言っては変ですが、歩道に何本も「枇杷の木」が植わっているのに気がつきました。黄色い実をたくさんつけていました。こんな大きな道路沿いでも、ちゃんと実をつける枇杷の木が街路樹に植えてあるなんて意外に思いました。


枇杷の実

この画像は、近所の緑道に1本だけある「枇杷の木」です。もう実も大きくなり、たぶん食べ頃なんでしょうが、さすがに公共の場所に植えられていることや、やや小粒なので誰も採る人がいません。そうこうしている間に野鳥などに突っつかれて、黄色い実も落ち始めています。この辺の枇杷は6月一杯で終わりのようです。


緑道の石榴の木

実は緑道をもう少し歩くと「石榴の木」があります。またやっと花が咲き始めたばかりなので、実をつけるのはまだまだ先です。けっこう大きな石榴がなるので、毎年楽しみにしています。先日自転車で走っていたら、よその敷地の中でしたが、大きな「石榴の木」を見つけました。そちらも花が咲き始まっていました。この緑道の「石榴の木」の3培以上もある大きな木なので、実もたくさんつけることでしょう。楽しみです。


石榴の実(去年)

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2005年06月26日 11時02分38秒

吉田修一の「パーク・ライフ」再読!

テーマ:本でも読んでみっか

本を紹介した記事について、ブログ仲間から「何を書いているのか判らない」と言われて、ボディブローを打たれたようにけっこう落ち込んでいます。実は、前にもその人に同じ様なことを言われて悔しい思いをしていたのですが。勉強になるかと思い「本・書評・文学」のカテゴリーへ行って幾つかのブログを読んではみましたが、これといった成果はありませんでした。ここで論理を駆使して「文学評論」をやろうと思っているわけではありません。まあ、書きたいことを書きたいときに書く、なにしろ「日記・blog」ですから、そう思ってはいるのですが。分相応に淡々とね淡々と


吉田修一の「パーク・ライフ 」を最初に読んだのは、芥川賞を受賞したときに2002年3月号の文芸春秋で読んだので、今から3年ちょっと前になります。97年、「最後の息子 」で第84回文学界新人賞を受賞。同作が第117回芥川賞候補作となります。2002年パレードで第15回山本周五郎賞、5回目にして「パーク・ライフ 」で2002年上半期第127回芥川賞を受賞とありますから、その頃の吉田の活躍は目を見張るものがあります。2001年下半期第126回芥川賞を受賞した長嶋有の「猛スピードで母は 」と比較されることも多いように思われます。ブックオフで購入しておいたこの本、吉田修一の最高傑作といわれている「パーク・ライフ 」を、今回読み直してみたというわけです。


この作品に出てくる「日比谷公園」ですが、明治36年(1903年)に開園されて以来、丸100年が経過し、平成15年(2003年)には100年記念として各種の行事が行われました。日比谷公園は面積約16ヘクタールの「都市公園」です。この公園は我が国初の「近代西洋風公園」であり、全国の都市公園のモデルとしての役割を果たしてきた特別な公園です。我が国の「都市計画」はこの「日比谷公園」から始まったと言われています。過去にこのブログで、日比谷公園の管理事務所として建設された 明治期のドイツ風バンガロー様式の木造建築物「旧日比谷公園事務所」について、記事を書いたこともあります。

*過去記事:旧公園資料館・篤志家、いでよ!

        :旧公園資料館、都が貸し出し!


さて吉田修一の「パーク・ライフ 」です。停車してしまった日比谷線の中で、勘違いして見知らぬ女性に話しかけてしまう。こんなことってよくありますよね。知り合いのふりをしてくれた彼女は同じ駅で降ります。日比谷シャンテ店で入浴剤を売る毎日、「日比谷公園」で遅いランチを食べる「ぼく」は、スターバックスのコーヒーを片手に歩いてくる日比谷線で話しかけてしまった女とまた会ってしまう。2年前に離婚した奥さんとの間に晴子ちゃんという娘がいるという会社の先輩近藤さんは、この女を「スタバ女」と名付けます。彼女から「この公園で気になる二人がいる。その一人があなただったの」と言われます。「ベンチに座っているとき、俺、何を見ているように見えるのかと思って」と聞くと、「大丈夫よ。あなたが見ているものなんて、こっちからは見えないから」と彼女にさりげなく言われてしまいます。「松本楼」で二人で食事をしたりもします。

松本楼:http://www.matsumotoro.co.jp/


都会の公園には、気球を飛ばすことに熱中する老人、体力測定を淡々と行う中年男などもいます。一方で、高校時代の同級生「ひかる」には「弟にそっくりだから」と告白を反古にされた過去を持つが、ときどき電話で話したりもする。自分たちの離婚の危機を別居生活で乗り切ろうとしている宇田川夫妻宅のマンションで、飼い猿の世話もしています。駒沢公園近くの自宅アパートには、毎年10日間ぐらい母親が東京見物を兼ねて泊まりに来ます。しかし「パーク・ライフ 」は、まったくといっていいほど事件のようなものは起きません。様々な都会の人間模様が、名前も職業も尋ねない、お互いに踏み込まない距離感を持ちながら、ごく自然に親密であるような付き合いが、淡々と続けられていきます。でも、決して単調で退屈な作品にはなっていません。東京の「」を感じさせる作品と言えます。


二人で行った写真展で「私ね、ここで生まれたのよ」と指さされた先には、停留所前の「杉浦産婦人科」という古い看板が写っています。「ここはどこですか?」と聞くと「秋田県の角館辺り」という答えが。一通り写真展を鑑賞し終わると彼女は足を止め、ぼくをみつめて「よし。・・・私ね、決めた」と呟きます。ギャラリーを出て、表通りに出ると振り返った彼女は「それじゃ」と軽く片手をあげて、そのまま歩き出します。「あの、明日も公園に来てくださいね!」とぼくは彼女の背に向かってそう叫びます。淡々と過ぎていく日常を日比谷公園を軸にして描くこの物語は、余韻を残して終わります。この先どうなるのかは誰にも判りません。


日比谷公園派出所:設計横河健
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2005年06月25日 10時34分57秒

次世代新幹線「FASTECH360」を巡る耳寄りな話!

テーマ:道々寄り道だよん

蝋梅林の中の象」の淳さんという方から「次世代新幹線の耳」という記事のトラックバックがありました。だいぶ前に書いた僕の記事にトラックバックとは「今頃どうして?」と思って調べてみると、JR東日本の次世代新幹線の試験車両「ファステック」が24日午前に、宮城県利府町の新幹線総合車両センターで報道陣に公開され、それが新聞の記事になったようです。じつは僕が前に書いた記事は、ほとんどが新聞の記事に頼っており、さほど詳しく理解して記事にしたわけではなかったのです。


そんなわけで耳の話は初耳でした。お恥ずかしい限りです。彼は「次世代新幹線の耳」について自分の疑問を丹念に調べたり、また、「ひすい色」についても記事にしています。その記事とは「共同通信」と「讀賣新聞」の記事ですが、それとは別に、今朝の朝日新聞には記事と共に、正面からの迫力ある画像が掲載されていました。この次世代新幹線のは純粋に空気抵抗で急減速する装置なのですが、一見、猫やミッキーマウスの耳に見えることから興味を引きますね。猫耳?「ネコバス」ならぬ「ネコ新幹線」ですね!


*「蝋梅林の中の象」の「次世代新幹線の耳」はこちら

http://elephantblanc.blog6.fc2.com/blog-entry-237.html

*過去の記事:時速360キロの次世代新幹線、試験車をお披露目

http://tonton1234.ameblo.jp/entry-3ba9cbb8648533d850ed65e85493ecc6.html


今朝の朝日新聞に記事は下記の通りです。

世界最速360キロ運転目指すファステック公開
JR東日本の高速試験車「FASTECH(ファステック)360」が24日、宮城県内の新幹線総合車両センターで報道公開された。世界最速の360キロ運転をめざす次世代新幹線だ。数々の新技術の中で注目を集めていたのは、屋根から飛び出す空気抵抗増加装置。非常ブレーキの制動力を高める仕組みだが、流線形のりりしい顔つきが、一転してぴんと耳を立てた猫のようになる。高速化の最大の課題は騒音問題だ。JRの技術者は「足音をたてずに走る猫にあやかりたい」と話す。
アサヒコム:2005年06月25日06時27分

また、下記に「共同通信」と「読売新聞」の記事を載せておきます。


ストリームライン型

世界最速目指す新幹線登場 先頭部異なるひすいの車両」
「 JR東日本は24日、営業速度360キロの世界最速を目指して開発した新幹線の試験車両「ファステック」を、宮城県利府町の車両センターで報道陣に初披露した。8両編成の鮮やかなひすい色の車両は、2つの先頭車両の形状が異なるのが特徴。1号車は丸みを帯びた流線形で、8号車は鼻先が突き出したように長い。地震で緊急停車する際には、半円形の板が屋根の上から羽のように広がり、空気抵抗で急減速する装置を搭載。低騒音化のためパンタグラフは現行1編成当たり2基から1基にした。
*共同通信: 6月24日13時27分

アローライン型

世界最高速の次世代新幹線、試験車両がお目見え」
「世界最高速となる時速360キロでの営業運転を目指すJR東日本の次世代新幹線「FASTECH(ファステック)360S」の試験車両が24日、宮城県利府町の新幹線総合車両センターで公開された。先頭車両の流線形部分が長さ16メートルと、現在の「はやて」型車両より約7メートル長く、空気抵抗をより少なくしたのが特徴。先端のとがった「ストリームライン型」と、丸みを帯びた「アローライン型」の2タイプがある。また、空気抵抗を利用して減速させる空力抵抗板を備え、急ブレーキをかけると屋根から扇形の板が飛び出す仕組みになっている。時速360キロで走行中でも、現在(最高時速275キロ)の停止距離と同じ約4キロで停止できるという。2011年度ごろの営業運転開始を目指す。
*読売新聞: 6月24日13時48分
次世代新幹線「FASTECH360」の模型
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2005年06月24日 10時13分49秒

山田詠美の短篇集「風味絶佳」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか

ベッドタイムアイズ」から20年、「新たな恋愛小説」が生まれた!と本の帯に書いてありますが、「ベッドタイムアイズ」は読んだことがない、山田詠美、一冊も読んだことがない。名前ぐらいは聞いたことがありますけど、ずっと敬遠してきた作家の一人です。がしかし、新聞の文化欄で取り上げられていて、かなりの自信作のようであり、山田詠美の記念碑的な作品だという風評に負けて、「風味絶佳 」を初めて読んでみました。


山田詠美、2年前から芥川賞の選考委員になりました。あれっ、山田詠美は芥川賞、取ってないんじゃないの?とお思いの方もいらっしゃると思いますが、はい、確かに、著者略歴によると、1959年東京生まれ、85年「ベッドタイムアイズ」で文芸賞を受賞し、87年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞、とあります。直木賞作家が芥川賞の選考委員に?純文学エンターティンメント小説の境界が揺らいでいるように見えるなかで、「純文学はベクトルが自己に向いているもの。エンタは他者に向いている」と山田は言い、芥川賞については「私が取れなかったことへの一種のリベンジと思って、リベラルに選ぶようにしています。取りこぼしがないようにね」と語っています。


手元にある文芸春秋3月号、第132回芥川賞の山田詠美の「選評」を見ると、短い文章にもかかわらず、歯切れがよい。「野ブタ。をプロデュース」。これは、また、なんと古風な王道を行くエンポリオ人間失格。会話の味つけが、かもし出す愉快さと言ったら!内輪の記号に、もう少し普遍性を持たせたら、もっといい。「グランド・フィナーレ」。微妙な境界線がいくつも交錯し、大きな境界線を作り出した丹念な作品。乱暴で繊細惨めで不遜。欠点はあるけれども筆力を感じて、祝、受賞。以上、文芸春秋より引用。


あとがきには「日頃から、肉体の技術をなりわいとする人々に敬意を払って来た。いつか私自身にも技術と呼べるものが身に付いたら、その人たちを描いてみたいと思っていた。今なら大丈夫かも知れない、と感じて書き始めたのが、この小説集だ。職人の域に踏み込もうとする人々から滲む風味を、私だけの言葉で小説世界に埋め込みたいと願った。」とあります。


鳶職、ごみの清掃作業員、火葬場の職員、排水溝の清掃業者といった、日常生活の地続きにいる肉体労働者の男たちを主人公にした6つの物語からなる短編集です。表題作の「風味絶佳」には、キャラメル好きの老嬢が登場します。ああ、それで森永キャラメルの箱を模した装幀なのかと妙に納得。書き出しの1行が決まるまで半年かかったという「間食」から始まります。とび職の男が年上の女と若い女の間を行き来する物語。一人で文庫本を読む鳶職仲間の存在と対比しています。次は「夕餉」、堅実な家庭を捨てて、ごみの清掃作業員との生活に入った女の心理を、夕餉の手順を細かに積み重ねること通じて描く物語。次は表題作の「風味絶佳」、70歳を超えてもなお恋に生きる祖母と、ガソリンスタンドに勤める孫を描いた物語。「海の庭」は40歳を過ぎて再会した引っ越し屋と、離婚した女の初恋の思いを描いた物語。「アトリエ」、暗い女麻子と汚水槽の清掃員裕二の物語。「春眠」、自分の好きな人が父親と一緒になる。章造と妹、父親と弥生、4人の関係の物語。6編6様の人間模様。


どちらかというと全体的には生活に密着した地味な作品です。ただ単に恋愛至上主義をを振り回すのではなく、人の縁や人生の機微によって男女の人間関係は違った様相を見せるものであることを示した作品です。帯の「恋愛文学の最高峰」は留保するとしても、「ままならない恋に風味あり」というコピーはなかなかなものです。この「風味絶佳 」は、何度も読み込むことによって、その技巧を凝らした簡潔な文章の間から、その風味がじわじわと伝わってくる作品なのでしょう。


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2005年06月23日 01時00分02秒

ミュンヘンの「アリアンツ・アレーナ」が完成!

テーマ:なぜかケンチクでも
アリアンツ・アレーナ

先日の北朝鮮戦でジーコ日本が勝って、世界で一番早いドイツワールドカップへの出場が決まりましたね。3大会連続ワールドカップ出場ということになりました。さて、遅くなりましたが、5月21日のニュースによりますと、サッカーの2006年ドイツワールドカップ開幕戦の舞台となるミュンヘンの「アリアンツ・アレーナ」(6万6000人収容)が完成し、5月19日、ホームチームとなる強豪バイエルン・ミュンヘン1860ミュンヘンのOBによる記念試合が行われたそうです。
 




アリアンツ・アレーナ」の目を引く外装は、日本の旭硝子が手がけたフッ素樹脂フィルムだそうです。耐熱性や透明性などに優れ、紫外線を通すため芝の育成も可能な上、照明によって赤や青などに変化するところが今までにないアイデアです。側面と屋根部分の鉄骨に二重にはめ込み、空気圧で膨らませています。優美でカラフルな外装は、日本の技術を駆使した「未来型スタジアム」として、ドイツワールドカップサッカーを鮮やかに彩っています。総工費は約2億8000万ユーロ(約380億円)。「アリアンツ・アレーナ」は、バイエルン・ミュンヘンが使用する際は、1860ミュンヘンが使用する際は、それ以外ではにライトアップされます。(参考:産経新聞5月21日)



設計はヘルツォーク&ド・ムーロンです。ジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンは共に1950年、スイスのバーゼルで生まれました。二人ともチューリヒ連邦工科大学の建築学科で学び、1975年に卒業しました。1979年に一緒に事務所を開設します。ヘルツォークはコーネル大学に、また二人でハーバード大学に招かれて教えたりもしています。当初は、建物の表層だけをデザインする「ラッピング・アーキテクチュア」と言われたりもしましたが、彼らを一躍世界的に有名にしたのは、2000年に完成した「テート・モダン」の改修工事でした。ロンドンに古くからあり、すでに不要になっていた火力発電所の外観をほとんど残し、内部をモダンでドラマティックな空間に作り変えました。




東京では2003年に完成した「プラダブティック青山店」があります。菱形のガラスで構成されたオベリスクのような外観は、今までどの建築からも受けたことのない迫力を感じさせます。この「プラダショップ青山店」は、今年度の日本建築学会賞を受賞しました。そして、2008年完成予定の「北京オリンピックスタジアム」があります。これは「アリアンツ・アレーナ」を発展させた形に見えますが、まったく新しい構造でできているようです。(聞くところによると、工事がとん挫しているらしい?)


北京オリンピックスタジアム模型
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2005年06月22日 10時55分30秒

京都迎賓館一般参観の募集(おしらせ)

テーマ:日々のあれこれ
京都迎賓館


京都迎賓館は日本の歴史、文化を象徴する都市・京都で、海外からの賓客を心をこめてお迎えし、日本への理解と友好を深めていただくことを目的に建設した国の迎賓施設です。歴史的景観や周辺の自然環境との調和を図るため、日本の伝統的な住居である入母屋屋根と数奇屋造りの外をいかし、築地塀を巡らせた品格のある和風の佇まいを創出しています。建設に当たっては、数奇屋大工、左官、作庭、截金(きりかね)など、数多くの伝統的技能を活用し、京都を代表する伝統技能者の技が生かされています。また調度品についても西陣織や蒔絵(まきえ)、漆などの伝統的技能を活用した家具を配置しています。東京(赤坂)に位置する洋風の迎賓館とあわせ、国公賓などの賓客の接遇の場としての役割を果たします。
出典:迎賓館HPより

http://www8.cao.go.jp/geihinkan/index.html


京都迎賓館では、平成17年度は、
(1) 8月6日(土)から8月9日(火)まで(4日間):京都府民・市民向け
(2) 8月27日(土)から9月2日(金)まで(7日間):一般国民向け
について、参観者を募集いたします。
参観を希望される方は、迎賓館HPを参照ください。

http://www8.cao.go.jp/geihinkan/kyo_sankan.html



*関連記事:「迎賓館参観のお知らせ」のお知らせですよ!

http://tonton1234.ameblo.jp/entry-99acd61ae43e6319d49d87d5e524c39f.html

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2005年06月22日 00時03分00秒

「500万円で家をつくろうと思った。」

テーマ:住まいづくりあれこれ

「500万円で家をつくろうと思った。」
 著:鈴木隆之、藤井誠二
 2003年11月30日初版第1刷発行
 定価:本体1500円+税
 発行所:株式会社アートン








この本、2003年11月30日の発行ですから、もうだいぶ前に読んだんですが、なぜかまたこの本が気になって引っぱり出しました。読んだと言ってもこのような本はいつも斜め読みなので、ほとんど内容は詳しくは憶えていません。また、斜めに読んでみると、これがなかなか面白い。痛いところをついているんですね。著者が二人というところが、また面白い。


藤井誠二は通常言うところのお施主さん、つまり、建築主、依頼主なんですね。彼は1965年生まれのノンフィクションライターです。荒木経惟との共著もあり、守備範囲も広く多方面で活躍しているようです。そしてもう一人、鈴木隆之は1961年生まれ、建築家でもあり小説家でもある人です。1987年に「ポートレイト・イン・ナンバー」(現代企画室)という作品で群像新人文学賞を受賞し、「未来の地形」(講談社)という作品もあります。京都大学を卒業後、原広司の主宰するアトリエ・ファイ建築事務所を経て、鈴木隆之デザインネットワークを設立。この家を建てたときは京都精華大学の先生をしていましたね。



藤井誠二は「藤原智美さんの『家を建てるということ』に『家は家族をする場所』というくだりがあるのですが、どうもぼくはなじめない。考え方は自由ですが、家は人が生きるための道具であって、それ以上でも以下でもない、とぼくには思えてなりません。家と家族がセットになっちゃうのはどうしてなんでしょう?」と、疑問を呈しています。

過去記事:藤原智美の「運転士」を読む

http://tonton1234.ameblo.jp/entry-75118ffe91a0b6e9c7e0eba514966cfb.html



最初は藤井からのメールで、この「東京激安住居」は始まります。「私は2年前に世田谷区内に12坪の角地を入手しました、古屋が立っておりましたので、適当にリフォームして住んでいます。そこを壊して、一軒家を建てようと思っているのですが、そのご相談であります。」土地が狭いことや、不安定な職業ゆえに、どこの金融機関からも融資を断られてしまいます。「制度にはねられるなら、手元にある現金と個人の信用だけで貸してくれる人から借りたカネだけで家を作ってやろう。それが500万という数字だった。」というのである。



500万円の車を買ったとすれば、けっこうお金持ちだと思われるでしょう。しかし500万円で住宅を建てると言ったら、人からはウサギ小屋しかできないだろうと思われるに決まっています。車の500万円は高級なのに、家の500万円は度を超して安いと思われます。その違いはなんでしょうか?「住宅は高すぎる!」建築家の石山修武が「秋葉原感覚で住宅を考える」で、早くから言ってきたことです。が、しかし、なかなか住宅は安くはなっていないのが現状です。そこをこの「東京激安住居」、つまり「スーパーローコストハウス」は「セミ・セルフビルド方式」で、多くの手伝ってくれる人を巻き込んで、なんとか建ち上がったのです。



比較する基準がもともと違います。住宅メーカーのCMで流されるような素敵で幸せそうな家はもちろんできません。建築家と施主が両方の立場からアプローチした、まったく新しいタイプの家づくりの実例ができました。「500万円だから、住みづらくたって文句は言わない。その代わり、面白い住宅を作ってほしい。」と藤井は言いました。建築家の鈴木は間髪をおかずに「もちろんできます。」と!この一見非常識な話を鈴木がワクワクしそうだと直感した根拠は、「非常識な条件を逆手にとって、こんな条件だから可能になる住宅がきっとあるはずだ」と思ったからに他なりません。もちろん、こんな家には住めないと言う方も数多くいることでしょう。この家はあくまでも建築家・鈴木隆之がつくった藤井誠二の家だからです。

*床は現場の足場板、穴が空いているので下からの光が漏れて、幻想的な空間になっています。



*「チャーリーの建物探訪

  熊本在住、結婚5年目の方のブログです。

  家づくりのプロセスをそのまま記事にされています。

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