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2004年12月31日 14時41分44秒

ありがとう赤坂見附・サントリー美術館名品展

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
ありがとう赤坂見附 サントリー美術館名品展 生活の中の美 1975~2004

1975年から2004年というと、そうか、サントリー美術館が赤坂見附に来てから29年。美術館もそうですが、当然、サントリーの東京ビルが赤坂見附の交差点のところに出来てから、ということですけど。「早いですね、月日が経つのは」という会話は、お年寄りがよく使いますが、最近は、僕もよく使わせていただいてます。ってことは、僕も年寄りの仲間入り?まあそれはそれとして、サントリービル、出来た頃はよく使わせていただきました。来年からはお台場の新社屋で業務を開始するようです。

1階のレストラン、ここでよく生ビールを飲みました。他では僕はビールは当然「麒麟麦酒」なんですが、ここでは、まあ、仕方がない、「サントリービール」ですけど、どこでなにを飲んでも、飲めればいいでしょ!地下のサロン、ゆったりしていいんですよね。ここは毎日のように行ってました。と行っても、昼食後、コーヒーを飲みにですが。夜は行ったかな?よく憶えていない。そうそう、前田病院側のところに、サントリー直営の高級チョコレート屋さんがありましたけど、今はもうなくなってましたね。前田病院はよく有名人が入院してました。どうして分かるかって、新聞を見てると前田病院の名前がよく出てきましたから。

赤坂見附の交差点のところにある「赤坂東急ホテル」、あれは建物が建つような敷地じゃなかったんですね。ん?今は「赤坂エクセルホテル東急」というんですね。衆議院議長公邸の後ろの崖地を切り崩してなんとかできた建物。最初は「軍艦パジャマビル」なんて言われてました。なにしろ建物が長い、しかもピンクの横縞、こんな色柄の建物は当時はほとんどありませんでした。このビルもよく使いました。そうです、思い出しました。今はすっきりとした建物、「プルーデンシャルタワー」、アメリカの保険会社ですが、に建て変わっていますが、あそこは横井英樹さんが社長で、火災を起こして大惨事になった「ホテルニュージャパン」でした。見ましたよ、僕も、野次馬に混じって。っていうか、僕が野次馬か?

話が脱線しちゃう、というお叱りを、毎日読んで下さる方からいただきましたが。29年続いたサントリー美術館が閉館するということで、最終日の昨日、しかも閉館ぎりぎりに行って来ましたよ。ビルのエントランスを入ると、すぐ目の前にある美術館直行のエレベーターで11階へ。たぶん、オフィスビルのフロアーの一部だし、天井も低いので、美術館としては使いづらかったんじゃないかな?そういうこともあって、六本木の防衛庁跡地の再開発予定地に開設を準備しているようです。2007年春には六本木に場所を移して新美術館を開設するということのようです。新美術館の設計は隈研吾のようで、会場には新美術館の模型なども展示してありました。

今回の展示会は「美術館移転」という区切りとして、館蔵品の粋を集めた約80展を展示して、見てもらっちゃおうというものです。展示作品は、絵画・漆工・陶磁・染色・硝子など多岐にわたっています。見るものほとんどが「重文」、「国宝」も1点ありました。国宝は鎌倉時代の作品「浮線綾螺鈿蒔絵手箱」。細かい螺鈿細工の逸品です。って、「なんでも鑑定団」じゃないっての!桃山時代の「秋草蒔絵鏡台」も凄い。蒔絵も凄い。屏風絵も凄い。陶磁も凄い。「鼠草子絵巻」、これは面白い。ゆっくり見たかった。エミール・ガレの1902年頃の作品「ひとよ茸ランプ」、なんともエロチックなランプでした。最後ということで、一般からの投票で館蔵品ベスト10を募集、それが展覧会場で発表されてました。順位をつけることに意味があるかどうかは別にして、1位に輝いたのは江戸時代の無名の作品、ブルーの透けた色がなんとも美しい「藍色ちろり」でした。

ということで、サントリー美術館、新美術館のオープンは2007年春です。
 
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2004年12月30日 23時48分10秒

ちょっと早いけど豊川稲荷へ

テーマ:道々寄り道だよん
青山通り(国道246号線)を渋谷側から赤坂見附へ向かって車で走っていると、御所の塀が切れたところに「豊川稲荷」が見えたので、お正月にはちょっと早かったんですが、参拝してきました。境内は、もうほとんど初詣の準備は整っているように見えました。

豊川稲荷東京別院は、日本三大稲荷の一つ愛知県の三州本山豊川稲荷(圓福山妙厳寺)の直轄別院です。赤坂一ツ木の大岡越前守邸にあったご本尊を明治20年に奉遷したものといわれています。愛知県の三州本山豊川稲荷は、明治の神仏分離令の折、宇迦之御魂神を祀っているのではなく「本尊ダキニ天」を主張して、それを乗り切ったそうです。境内の配置や本殿は鳥居がないこと以外はどう見ても神社です。が、しかし、そうじゃないんですね、お寺なんです。テレビのクイズ番組で、豊川稲荷は神社かお寺かという問題が、何度か出されていたことを記憶しています。

赤坂見附の交差点を青山通り沿いに渋谷方向へ上っていくと、右側に石積みの塀の上に赤い提灯がびっしり並んでいるのが見えます。都会の真ん中での異様な光景なので、ちょっとビックリします。まず、「サントリー本社」や「鹿島建設本社」がありますが、それを通り越してどんどん上って行くわけです。住所は「元赤坂1丁目」になります。豊川稲荷の反対側は羊羹で有名な「虎屋」の本店です。赤坂警察署前交差点から四谷へ抜ける道路の反対側は「元赤坂2丁目」。「東宮御所」や「秋篠宮邸」「三笠宮邸」など皇族が住んでる敷地や、宮内庁関係の施設、そして「迎賓館」もあります。春と秋だったかな?叙勲を受けた人を天皇が招いて「園遊会」を開催するのも元赤坂です。この日は黒塗りの車がずらりと並びます。

豊川稲荷の境内は、ちょっと狭いかなというぐらい、いろいろなものが詰め込まれています。青山通りから石段を登り「山門」をくぐると「稲荷会館」があります。信者会館のようなものですね。ここは節分の際は、「年男」の芸能人やお相撲さんが来て豆まきをすることで有名です。山門は現在の境内からすると、ちょっとおかしな位置にあります。東京オリンピックの際の青山通りの道路拡張で境内が削られたので、現在の位置になったようです。山門の前の細い通りは、なぜか「九郎九坂」と言います。「本殿」は「豊川ダ枳尼眞天とよかわだきにしんてん)」という本尊を祀っています。両側にビッシリと奉納されている参道の向こうには「奥の院」があります。神社でしたら「のぼり」ではなく、これが「鳥居」になるわけですが。のぼりは願いの叶ったお礼として、また、家内安全、商売繁盛、交通安全、心願成就などと願いを込めたものです。「大岡廟」は当然のこと、「大岡越前越前守忠相」を祀ってあります。

融通稲荷」は、心をこめて信心すると金銀財宝の融通が叶えられるというものです。「叶稲荷」は、地相、家相、方位、厄などの因縁除けの守護神です。「子宝観音」は文字通り、子宝を授けてくれるという観音様です。「身がわり地蔵」は、本来は人々が受けなければならない業の苦しみを、お参りすることによって変わって受けてくれる神です。「霊狐塚」には八角の大理石の石柱が建っています。霊狐をお焚きあげ供養をして地下に納付しています。「三神殿」は、中央は商売繁盛の「宇賀神王」、右側は健康を守る「大部稲荷」、左側は円面な対人関係の「徳七郎稲荷」です。「七福神」はおわかりですね。「恵比寿天」「大黒天」「布袋」「弁財天」「寿老人」「福禄寿」「毘沙門天」です。「弁財天」は七福神の中の紅一点、インドで生まれの神です。一般には弁天様と呼ばれていますが、音楽、弁才、知恵を司る神です。このほかに「文化会館」があります。境内の西隅にあって、1階には参詣者が休憩する茶屋と千本のぼりの受付があります。お稲荷様にあげる油揚げや、お土産類もここで売っていたようです。

これだけたくさん揃っているので、僕は、僅かなお賽銭でしたが、拝めるだけ拝んできました。来年はきっと良い年になることでしょう。
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2004年12月29日 10時30分15秒

世界で一番高いビルディング

テーマ:なぜかケンチクでも
ニューヨークの空港は、J・F・ケネディ空港に名称が変わっていました。日本から乗った飛行機は、その頃は世界一の航空会社パン・アメリカン航空、パンナムですね。今はなくなりました。到着した隣のターミナルはTWA、当時はアメリカ国内だけの航空会社でした。今はこちらが日本に来てますね。このTWAターミナルビルは、小さいながらもエーロ・サーリネンの傑作ですね。人間の体内に入ったようで、床も壁も天井も直角なところがひとつもない、全面モザイクタイル張りでヌルヌルッとした感じのもの。中へ入って写真を撮りまくりました。

ニューヨークで泊まったホテルは、というか、海外旅行で初めて泊まったホテルは、マジソンスクエアガーデンの真ん前の大きなホテル、なんというホテルだったか、名前は忘れましたが。それがなんと、ローリングストーンズニューヨーク公演の日、ホテルの前というか、マジソンスクエアガーデンの前は、若者たちがいっぱいたむろしていました。馬に乗った警察官が警備していました。さすがはニューヨーク、オドオドしたお上りさんが始めてみる光景でした。後で聞くと、アメリカといえども、コンサートはほとんど金持ちの大人が見るもので、若者は会場の外でたむろしているだけだったようです。

僕は「デジタルカメラ」を買って、使い出したのは今年の初め頃からです。ソニーの「T1」というヤツ。ですから、まだ、1年も経っていない。いまだにデジカメの操作や設定はよくわからないし、室内の写真は思うように写せません。その前はどうしてたか?デジカメの前、2~3年は、いわゆる「バカチョンカメラ」、「インスタントカメラ」ってヤツです。フラッシュもついてるし、軽くて持ち運びに便利、けっこう使いやすい。コンビニで売ってるので、なんかの時にはすぐ買えます。その前は、長く1眼レフの時代があったんですが、カメラは重いし、レンズは望遠など使い分けるには持って歩かなきゃいけないしで大変でした。ニコンの「F4」と「801」というカメラです。

その頃の写真はほとんど全部スライドにしてあります。その整理がまた大変、たまるだけたまっちゃって、200景のスライドケースが何箱にもなっています。ケースに入れちゃうと、今度は使うときに出すのが大変です。それから考えると、デジカメはなにかにつけて簡単ですね。まだ、整理の仕方に関しては決め手がないので、その時その時でCDに移したりMOに入れたりしています。パソコンに保存するとなると、容量も問題になってくるし、どうして保存したらいいのか、しかも、取り出しやすいのか、考え中です。スライドはきれいでいいんですが、必要があるとコダックの回転式のプロジェクターを担いで行かなくちゃならないのも困りものです。そうなると、スクリーンも必要だし。

実は、古いスライドを使う必要があって探したわけです。なにしろ僕の初めての海外旅行、しかもそれがニューヨーク、マジソンスクエアガーデンの前のホテルに泊まった、紅顔の美少年の頃に写した写真なんですよ。懐かしい写真がいっぱい出てきました。探していたのは、「同時多発テロ」で爆破された「ワールドトレードセンター」の写真です。当時は世界で一番高い建物で、日系人建築家ミノル・ヤマサキの設計、鋼材はほとんどが八幡製鉄所の納入したもので作られているというものです。その時はもう、シカゴで「シアーズタワー」が工事中で、世界一の座は明け渡すということが決まっていましたが。

なんと言っても「ワールドトレードセンター」はニューヨークのランドマーク、シンボルですから。僕が行ったときは、1棟は完成して、あとの1棟は上の階は完成して使用していましたが、足元部分が最後の工事の真っ盛りでした。ロビー階とか、近くで見ると、アメリカの建物はみんなそうですが、けっこう大味でした。が、さすがに、遠くから見ると「ベアリングウォール」という側柱が繊細で、ほとんど建物の外壁には見えず、しかも2棟相まっていっそうシンボリックに見えるのは素晴らしいと思いました。マンハッタンのどこから見ても「サマ」になっていました。この2棟の建物が「同時多発テロ」で一瞬にしてなくなってしまったのですから・・・
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2004年12月28日 11時00分35秒

やっぱりこれかな「恋愛適齢期」

テーマ:映画もいいかも
メル・ギブソンの「パッション 」、シャーリーズ・セロンの「モンスター 」、「トリコロールに燃えて 」、ダイアン・レインの「トスカーナの休日 」、それから「ちょっとヴェニスへ行って来ます」という「月曜日に乾杯 」でしょ。「これが私の生きる道」、これじゃ、パフィーになっちゃうな、フランスのいいとこのお嬢さんがアフリカの砂漠まで行っちゃって、最後は東南アジアの内戦に巻き込まれて死んじゃうという「女性の物語」、題名忘れた。ひとまず、日本の映画は置いといて。

まだあるかもしれませんが、今年もいろいろと映画見ましたが、これ、やっぱり書かざるを得ないのかな。ダイアン・キートンとジャック・ニコルソンの中年のラブストーリーというか、ラブコメディですが、「恋愛適齢期 」ですけど。それに絡むのが、キアヌ・リーブス、いい男ですね、ちょっとシャイな、はにかんだ笑顔がいい。「マトリックス 」の宣伝で日本へ来たときの、インタビューがさわやかだったのを覚えています。映画の中でも、さわやかな好青年、という感じ、ただそれだけ。

さて大物二人ですが、ダイアン・キートンは「ニューヨークもの」という印象が強い。「アニー・ホール 」とか、どうしてもウディ・アレンものの女優って感じですね。つい最近、ビデオで「ゴッドファーザー三部作」、全部見直しましましたが、アル・パチーノとの背の高さが気になって、どう考えてもマフィアのボスの奥さんには見えない。映画はまあ、そのズレがねらいなんでしょうが。都会ものでは「ミスターグッドバーを探して 」、孤独な女性を演じて、よかったですね。

ジャック・ニコルソンは、「カッコーの巣の上で 」とか、「郵便配達は二度ベルを鳴らす 」、これは凄かったですね、どうしてもこの印象から出られない。やっぱりこれが代表作でしょ。「黄昏のチャイナタウン 」だったかな、鼻にナイフを入れられてすぱっと切られちゃう、あれは見てる方も痛かったですね。メリル・ストリーブが夫の浮気を心配する「心みだれて 」だったかな?ニューヨークのセレブ、新聞記者の役、脇役ですね。「恋愛適齢期」はちょうど「心みだれて」のような、主役とも言えない、脇役とも言えない、そんな役ですね。

恋愛適齢期」なんですが、なにしろダイアン・キートンはしわだらけで、画面いっぱいのアップに耐えない。そういうメイクアップなのかどうか?さすがに、まだまだスタイルはいいんですが。全裸のシーンがちょっとだけですがありましたね。ジャック・ニコルソンがもう寝ただろうと思って、着替えを始めると、部屋に来ちゃうというシーンでしたが。
ジャック・ニコルソンの方は、ぶくぶく太って、そういう役柄なのかも知れませんが、これもとても見るに耐えません。って、自分はこの際棚に上げて話していますが。

「米国の人気シンガーソングライター、ビリー・ジョエルさん(55)が、32歳年下のケイト・リーさん(23)と再婚した。」というニュースが飛び込んできました。男はみんなこれだから、という声が聞こえてきますが。

54歳のバツイチ劇作家、エリカは、娘のボーイフレンドが63歳の業界人ハリーだと知り、驚きを隠せない。ハリーは30歳以下の女性にしか興味を持たないプレイボーイ。そんなハリーが突然心臓発作を起こし、エリカの別荘で療養することに。ハリーの担当医となった青年医師ジュリアンは、エリカに一目惚れし、純粋に想いを伝えてくるが、共同生活を始めたエリカとハリーは次第に惹かれあい、ついに結ばれる。しかし、自分の気持ちに戸惑うハリーは、再び若い女性のもとへ。

過去の栄光をかなぐり捨てて、かどうかはわかりませんが、ハリーという役になりきって演技するジャック・ニコルソン、やっぱりここは拍手かな?薬で朦朧としているハリーが、お尻丸出しで病院の廊下をよろめく場面は笑わしてくれます。1年後の誕生日に生きていたら、パリで会いましょうという約束を。最後は当然の如くハッピーエンド。なんか、みんないい人ばっかりで、出来過ぎな映画です。
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2004年12月27日 11時31分53秒

ヴェスタ神殿・パンテオン神殿・東京駅コンコース

テーマ:なぜかケンチクでも
ローマに残る最古の神殿といわれているのが「ヴェスタ神殿」です。なにしろ紀元前213年に建てられたというのですから。外周は円形で大理石の柱が20本立っているだけの直径8mの小さな建物です。コリント式の柱は溝が彫ってあって、柱の継ぎ目がわからないようになっています。なんとこの柱が「唐招提寺金堂」の柱と似ているというからオドロキですが。コリント式とは、ギリシャ・ローマの「オーダー」のひとつで、主にドーリア式、イオニア式、コリント式などがあります。コリント式はローマで最もよく使われたようで、オーダーの中では一番豪奢、華麗な形式で、柱頭をアカントスの葉と渦巻きで飾るのが特徴です。

この「ヴェスタ神殿」、以前、ローマに行ったときには時間の関係もあって探し当てられなかったんですが、今年の初めに行ったときに、偶然何度か見る機会がありました。それが実は、あの有名な「真実の口」を見に行ったからです。なんと、道路を挟んですぐ前にあるじゃないですか。お~っ、これだ、これだと、感動しました。ちょっと陽が落ちてきたのが残念でしたが。映画「ローマの休日」、先日、テレビで制作50周年記念デジタル・ニューマスター版をやっていたので見ましたが、確かに「ヴェスタ神殿」が映っていました。スクーターで暴走して、お巡りさんに捕まったオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックが警察から釈放された後のシーンです。

ローマの神殿といえば、やっぱり「パンテオン神殿」、これこそ美の極致ですね。2世紀に建てられたものですが、内部は直径43.8mの円形プランで、床から天井の最上部までの高さも43.8mなんですね。つまり、直径43.8mの球がその中にすっぽり収まるように設計された空間なんです。しかもドーム型の天井にぽっかり空いた直径7mのトップライトから射し込む光は、もう神々しいというか、この世のものとも思われぬ、感動的です。もちろん、ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂とか、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレとか、大きなドームの建築がありますが、15世紀以降の話です。2000年前に、もうこの「パンテオン神殿」が作られていたわけで、一番プリミティブで、しかも一番美しく、空間の大きさがちょうどいい。

これだけの大空間が2世紀に重い石積みで出来たというのは、やはり「ドームを発見」したからでしょう。石積みの「ドーム」が崩れないでたっているというのは、石積みの「アーチ」が落ちないでたっていることを考えれば、理解できるのではないでしょうか。簡単に言えばドームはアーチを回転して出来る形ということです。でもちょっと違うのは、アーチは一番上の石「キーストーン」、日本語では「要石」といいますが、これを取り去ると崩れてしまいますが、ドームは全体でもってますから、一番上に穴を開けられるんですね。そこが最大の特徴です。

上の画像は、実は1914年(大正3年)に建てられた「東京駅」北口のコンコース、天井のドームです。これ、きれいでしょ!何度か書いてますが、東京駅は、日本人初の建築家、コンドルの一番弟子、辰野金吾の晩年の設計です。オランダのアムステルダム駅をモデルにしたとか言われていますが、どうしてどうしてゴシックとルネサンスの折衷で華やかさもあり、細かいところまでよく出来ています。残念なことに第二次世界大戦で、屋根の一部が壊されて、現在の屋根が創建当時の形とは違っているようです。テレビの「美の巨人たち」にも取り上げられていましたし、それを復元したいという運動「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」も行われています。いま、ちょうど東京駅丸の内周辺で、今年と来年だけで終わっちゃいますが、「東京ミレナリオ」が開催されています。東京駅をご利用の時は、このドームを見上げて見るのも一興かと思います。
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2004年12月26日 13時37分13秒

万博に飛び出したニッポン

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
今朝の「NHK新日曜美術館」で、「万博に飛び出したニッポン」と題して、東京国立博物館平成館で催された「世紀の祭典 万国博覧会の美術」を取り上げていました。といっても、この展覧会は7月6日からから8月29日まで催されたもので、番組もその頃放映されたものの再放送です。僕はその展覧会も見ましたし、この放送も前に見ています。で、これを書こうかとチラシを探したのですが、その時のチラシがどこに紛れ込んだのか、どうしても出てきません。その時行った西洋美術館の「建築探検 グルグル巡るル・コルビュジェの美術館」の方のチラシはあるんですが。まあ、普段から整理がいいとは言えないんですが。

世紀の祭典 万国博覧会の美術」、第1部が「万国博覧会と日本工芸」、その中で第1章が「万国博覧会 東西が出会った」、第2章が「工芸をアートに 20世紀工芸の道」、そして第2部が「万博の中のヨーロッパ美術」となっていました。僕は、あまり小さい工芸品のたぐいは丹念に見る力がないもので、どちらかというと第2部のヨーロッパ美術が万博の歴史を感じさせてよかったと思っています。

万国博覧会の歴史は、なにを取っても興味が尽きないんですが、「血を流さない戦争」と言われている位、各国が競い合って自分の国を世界にアピールする場にしていました。ロンドンのハイドパークで行われた第1回の万国博覧会は、ヴィクトリア女王時代の国威を世界に示す絶好の場として発案されたわけですし、大成功を納めたロンドンに対抗して、第2回目はパリが万国博を開催するわけです。ロンドン、パリが交互に開催したあとは、ウィーン、フィラデルフィア、パリ、シカゴと続くわけですが、「万博に飛び出したニッポン」が示すように、列強各国の中に日本という国がまさに飛び出していくことになるわけです。

1868年の明治維新後、1873年のウィーン万博には、大きくて人目を引くようなものとして、名古屋城の「金の鯱」や、180cmもある大きな「有田焼の花瓶」を出品するんですね。まあ、徐々に日本の工芸技術が認められて、1878年のパリ博では、バカラ社の花瓶には葛飾北斎の図柄や、エミール・ガレの花瓶には日本的な意匠が使われるまでになるわけですが。1900年のパリ博ではアールヌーヴォーの産業技術が花開きます。

パリ万博で絵画・彫刻などを分けて展示してあることで、初めて日本人は「美術館」という概念に出会い、それを定着させるために「東京美術学校」を作ることになるわけです。そこに招かれたのが「仏師」の高村光雲。光雲は1893年のシカゴ博に「老猿」を出展するんですね。「世紀の祭典 万国博覧会の美術」に、その「老猿」が、他の工芸品等々に混じって出展されていました。何度見てもいいですね、木彫りの「老猿」、色といい艶といい、のみの跡といい、迫力が違いますね。

実は、前にを見たことがあるんですよ。平成14年だから、2年前になるのかな、茨城県立近代美術館で「高村光雲とその時代展」というのに、わざわざ見に行きました。その時は比較的空いていたので、ゆっくりと見られましたが、国立博物館は凄く混んでいてゆっくりは見られませんでした。いや「老猿」は大きいのでゆっくりと見られましたが、他の小さな工芸品のところは動かなくて、見るのはだいぶ飛ばしました。

今年の5月だったか、「高村光太郎展」が福島県立美術館で行われていたので、それも見に行ってきました。その後、損保ジャパン東郷青児美術館でもやったようですが。光雲の「洋犬の首」とか、相当数の木彫作品が出ていました。比較的小さな作品でしたが。光太郎は光雲の長男で、ロダンに傾倒し彫刻家になるわけですが、「道程」や「智恵子抄」などの詩人でも知られていますね。

万国博覧会というと当然1970年の大阪を思い出しますね。三波春夫の「♪こんにちは こんにちは 世界の国から~」の歌と、岡本太郎の「太陽の塔」と、そうそうアメリカ館の目玉は「月の石」でしたが。その頃の日本は高度経済成長、「行け行けドンドン」の時代でしたが、これからは、って、無理にまとめるつもりはないんですが。
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2004年12月25日 18時43分55秒

数寄屋橋交差点から見たクリスマス風景

テーマ:なぜかケンチクでも
クリスマス、ということで、もう一丁、クリスマスらしい風景を!
銀座・数寄屋橋交差点から見える、「ソニービル」、その向こうに見えるのは「メゾン・エルメス」です。

あまりにも有名な「ソニービル」は、1966年の竣工、芦原義信の代表作です。地価の高い1等地で物を売っても元を取れないということで、だったら展示スペースにしようと、このようなショールームになったそうです。「ウォークマン」の出初めの頃、よく見に行きました、って視聴しに行きました。このビルの特徴は平面構成がスキップフロア、4層で1階分になっていて、一番上にエレベーターで上ると、あとは商品を見ながら自然と下まで降りてこられるというものです。待ち合わせ場所としても有名、角の小さな広場はその時々の展示がなされます。今は「シャネル」のクリスマスツリーが飾ってあります。

芦原さんはエリート中のエリート建築家、東京大学からハーバード大学を出て、東大教授もやったかな?なにしろ、ハーバードから帰ってきて、丸ビルを歩いていたら中央公論の社長にバッタリ会い、今本社を計画しているので案を出さないか、ということで出したところ採用され、それが1959年には建築学会賞を取っちゃったという人です。本もたくさん書いてます。「外部空間の構成」や「街並みの美学」「東京の美学」等々。駒沢のオリンピック公園や、晩年は池袋の東京芸術劇場などを設計しています。

さて、「メゾン・エルメス」ですが、どうしてメゾンなのかというと、エルメス文化を発信する拠点という位置づけなんだそうです。エルメスは「バーキン」でおなじみですが、このエルメス銀座店、設計はイタリア人建築家レンゾ・ピアノ、関西国際空港でご存じの方も多いかと。イギリス人のリチャード・ロジャースと組んで、パリのポンピドーセンターを設計したことで時代の寵児に。ロジャースはその後、ロンドンの「ロイズ本社ビル」を設計しています。晴海通り側の間口は約12m、奥行きは約47mという細長い敷地に経っているスリムな地上11階建ての建物、2001年の竣工です。外観は特製大型ガラスブロックに覆われて、夜は内部の光があたかも巨大な照明器具のようです。

この二つの建物は、写真のように並んで建っているのですが、竣工年は35年も違うのにも関わらず、まったく違和感を感じません。それにしても数寄屋橋側から望むソニービルのデザインは、長持ちしていますね、オドロキです。
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2004年12月25日 12時13分50秒

ハッピー・クリスマス

テーマ:日々のあれこれ
クリスマスといえば、誰がなんと言おうと、やっぱりこれでしょ、ジョン・レノンの「Happy Xmas(War Is Over)」、ありました、ありました。押入の中から探してきましたよ、500円の45回転ドーナツ盤を!

イマジンで示した切なき平和への願いを、今また、クリスマス・ソングに託して・・・世界に限りなき平和を・・・John Lennon」と、レコードジャケットに小さく書いてあります。

Happy Christmas Kyoko...
Happy Christmas John...

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
And you won’t just be gone

And so this is Christmas
I hope you have fun
When near and the dear ones
They’ll hold up their yawn

I merry that Christmas
And a happy new year
Let’s hope it’s a good one
Without any fear

War is over
If you want to
War is over, now.



ここに来た皆さんに、メリー・クリスマス
それはいいけど、僕のところに、サンタさん、来なかったな?
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2004年12月24日 19時22分14秒

銀座・天賞堂の角で天使を見た!

テーマ:日々のあれこれ
銀座4丁目「天賞堂 」の角で、天使を見たんですよ!

天賞堂は、地下1階には高級時計売場、1階は貴金属売場で、2階はラジコン、プラモデル、書籍売場があり、3階鉄道模型売場となっています。なかでも天賞堂製鉄道模型 といえば、最高級鉄道模型として世界中のマニアの憧れの的です。その天賞堂の角に天使が現れました。クリスマスイブということで、銀座に現れたんでしょうか?ん?いつでもいるって?天賞堂の会社案内 の右下にいます。

いや僕も、サンタに間違われちゃったりして、名前が名前ですから、まあ、しょうがない。でも僕は「サンタ」ではないですよ、「三太」ですよ! そういえば、むか~し、「おらあ三太だ!」というラジオ番組があったそうですが?「三太物語 」(おらあ三太だ!)は、昭和25年から始まったようです。テレビでもフジテレビ系で36年ごろ放映されたようですが、まったく知りません。その話は、ま、いいや。

それはそれとして、「営団地下鉄」の、と言うか、今は「東京メトロ 」ですが、2枚セットの吊り広告でいいのを見つけました。二つの写真が並んでいて、ひとつは銀座和光の時計塔、もうひとつは有楽町ガード下の焼鳥屋!その対比がいい。そしてコピーが「ビックベンも立派だが、銀座の時計塔もなかなかだ。ロンドンのパブも渋いけど、有楽町のガード下も捨てがたい。」というもの。なんの広告だろうと近くへ寄って読んでみたら、「東京日和 」というメトロが提供しているテレビ番組の宣伝のようです。「そんなあなたと5分間の東京散歩。毎週木曜日夜9時45分、日本テレビ。」と、小さく書いてありました。

まあ、あまり、クリスマスを祝うという習慣はないんですが、とりあえず、ここへ来てくれた方々に、メリークリスマス、と!

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2004年12月24日 13時18分24秒

ハンドベル・クリスマス・コンサート

テーマ:日々のあれこれ
近所の教会の鐘が朝、昼、晩と鳴っています。 幼稚園も併設してあり、お受験で有名な幼稚園です。着飾ったお母さんが車で送り迎え、ベンツやBMW、アウディ等々、外車がズラリならびます。それを追って、警察のミニパトカーがマイクでがなり立て、チョークで線を引いて行きます。まあ、年中行事、「イタチゴッコ」ですけどね。こちらとしては、うるさくてしょうがない、困ったもんです。

教会の鐘楼といえば、ヒッチコックの名作、サスペンス映画「めまい」ですね。高所恐怖症の男が教会の鐘楼から飛び降りようとした女を、高所恐怖症故に見殺しにしてしまう。木の階段が腐っていてガクンと落ちるところや、その男が下を見ると画面がズーッと引いていく場面、あれでますます恐怖感が出てきます。キム・ノバクがまたいいんですよね。一見、一人二役のようですが、実はそうではない、淑女と庶民派の女性を見事に演じ分けています。そういえば、マリリン・モンローの「ナイヤガラ」もサスペンスですが、確か教会の鐘楼が出てきたような?

年末が近づくと、いろいろな催し物のに誘われます。多いのがやはり「クリスマスコンサート」のたぐいですね。教会系の「女性コーラス」には毎年誘われて行ってましたが、今年は初めて「ハンドベルコンサート」に誘われ、半分興味本位で行って来ました。それにしても、1階800人、2階500人の計1300人収容のホールがほぼ満員。年に一度のコンサートとはいえ、「集客力」があるんですね。演奏は休憩を挟んでの2部構成、前半7曲、後半7曲、アンコール2曲、教会やクリスマス関連の曲がもちろん多かったですけど。

ハンドベル」は、16世紀にイギリスで生まれた楽器で、正式には「イングリッシュ・ハンドベル」と呼ぶそうです。イギリスの教会の塔の上にある大きな鐘、鐘楼の鐘、「タワーベル」というんだそうですが、それを鳴らすための練習用として考案されたようです。日本では1964年に初めて紹介されてから、教会やミッション系の学校を通して急速に広がり、今では1000チームもあるそうです。演奏者のプロフィールを見ると、ほとんどがミッション系の女子中学や高校時代にハンドベルと出会って、演奏に参加しているようです。ハンドベルは小さいもので200g、大きいものだと8kgもの重量があるそうです。楽器自体、非常に高価で、5オクターブで約300万円もするそうです。ですから個人ではとてもとても。だいたい4オクターブ、12人構成が基本のようです。

ハンドベルで、ひとつの音楽を創り上げるためには、当然ですが、リンガー(演奏者)一人一人の集中力や協調性が必要とされます。俺が俺がというのでは、全体がうまくいかないのは、演奏を見ていてよくわかりました。僕も今更ながらですが、大いに反省するところがありました。なによりも全員が心をひとつにして初めて一体感が生まれ、その美しい音色を奏でることが出来る、というのがハンドベルの大きな特徴ですね。間違えないようにという緊張のあまり、楽しそうに演奏しているように見えなかったのがちょっと残念です。「天使にラブソングを」のように、踊りながら演奏しろとまでは言いませんが。でも、ちょうどクリスマスの時期に、初めてハンドベルの楽しい演奏を味わって、なにしろ知らないことを知ったということでも、いい体験になりました。
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