2017年04月17日(月)

認められるということ・・・・・

テーマ:まじめな話

 いきなり余談からはじめて申し訳ないが、『ライ麦畑でつかまえて』 という本は一時期、わたしの聖書だったことがある。そんな 『ライ麦畑でつかまえて』 を書いたサリンジャーには 『フラニーとズーイ』 という物語もあり、こちらも大好きなものだ。そして、今日の話はここから始まる。

 フラニーとズーイの中に、フラニーがこんな言葉を話すシーンがある。


「…もうエゴ、エゴ、エゴにうんざりなのよ。自分のエゴにも他人のエゴにも。なにかひとかどの地位に着こうとか、なにかすごいことをやろうとか、人々の注目を集めようとか、そんな人たちにうんざりなの。・・・・・・もう、ほんとうにうんざりだわ・・・・・・」

 物語の中で、フラニーが恋人に話す台詞である。
 フラニーは女子大生で、美人で、頭がよく、演劇部のスター。そんな彼女が 「誰もが、何かになりたがり、必死に競争する姿」 に気分が悪くなるのである。そして、「なぜ人は普通であることに満足できないのか」 と悩みはじめる。

 

 初めて読んだ時からこのシーンが、わたしの心に深く刻まれている。なぜならわたしの周りに、こうした人が多く存在してきたからである。

 それは、わたしがナショナルチームのコーチをしていた頃の話だ。世界各地でおこなわれるワールドカップを回っていた頃のこと。日本のナショナルチームにも、海外のチームにも、そして各国の役員やジャッジたちにも、エゴが大きく強い人たちが多く存在しているように感じたものだ。
 みんな何かひとかどのことをやろうとしているように思えた。そして、自分の中に、彼らと同じエゴの強い自分と、それを冷ややかに見つめるフラニーのような存在、それらの両者がいることに気付かされた。

 

 なぜこんなことを書いているのかというと、久しぶりに再読した 『人間は進歩してきたのか』 という本に、こんな言葉があったからである。

「人間とは、動物のように生存そのもののために生きているのではない。自分を他人に承認してもらいたい。その他者からの承認を求めて生きている。だから自由とは他者からの承認を得ることなのだ」
 つまり 「人間の生は、他者からの承認をめぐる闘争」 だというのである。
 

 上記はフランシス・フクヤマが引用したヘーゲルの哲学を、著者(佐伯啓思)が解釈した文章だ。

 これは、わたしがヨーロッパ、アメリカ、カナダのみなさんと付き合ってきた過程で、感じてきたことをとてもうまく表している。西欧と呼ばれる社会においては、承認が大きな意味を持つ。だから、スポーツや学芸という確立した分野において、賞や高順位を獲得することは、日本よりずっと大きな意味を持つように信じられる。
 子どもの育て方を見ても、とても褒めて育てる。その褒め方は、社会的に承認を得た基準にのっとって褒めるのである。

 

 こうしたことを考えながら、近頃読み返してもっとも興味を持った本に以下がある。

 

 

 いろいろと興味深い本なのだが、ここにこんな文章がある。

「根が明るいっていうのはね、根本的に自分自身で満ち足りているってことなんだ。なんにも意味のあることをしていなくても、ほかのだれにも認めてもらわなくても、ただ存在しているだけで満ち足りている。それが上品ってことでもあるんだ。根が暗いってのはその逆でね、なにか意味のあることをしたり、ほかのだれかに認めてもらわなくては、満たされない人のことなんだ。それが下品ってことさ」

 

 上記のフランシス・フクヤマの言葉が正しいなら、子どものための哲学で西欧人というのは、ほとんどが下品に分類されてしまう。
 

 しかし、世界の本流は 「承認をめぐる闘争」 なのではないだろうか。

 

 多くの日本人が、「ほかのだれかに認めてもらわなくては満たされない人のことを下品と呼ぶ」 に共感するのではないだろうか。

 勉強不足のわたしは、こうした思想がどこから来たのかわからない。もしかしたら仏教かもしれないし、儒教かもしれない。しかし、多くの東洋人にはこうした感受性があるように思う。そして西欧人にも、フラニーのように、こうした感受性が潜んでいるのではないだろうか。

 

 ひとかどのものになりたい欲望が、「より速く、より強く、より効果的」 に動く社会を生みだしてきた。それはそれで素晴らしいことだが、そこに強烈なエゴが介在してくると、往々にして不幸を招く。
 

 アメリカに根深く存在する軍産複合体が、終わりのない闘争と戦争を世界中に生み出し続けるように、強いエゴは多くの不幸をもたらしてしまう。
 問題は日本の共産党のように単なる反戦・平和を掲げていたら、あっという間にやられてしまうことだ。
 ヨーロッパからやってきた白人に虐殺されたアメリカ・インディアン、スペイン人に殲滅されたインカ帝国やマヤ帝国は過去の話ではない。歴史をよく見れば、その繰り返しである。今もこの瞬間におこなわれていることだ。
 加えて人類の心は、決して進歩してきたとは云えないのである。

 

 『人間は進歩してきたのか』 のなかに、西欧は数度の 「不安の時代」 をすごしてきたとある。これら 「不安の時代」 において、人々は拠り所にする価値観、倫理感を失って混乱の時代をすごしたとある。


 21世紀の今、わたしたちはまさに不安の時代に生きている。

 独裁主義対民主主義の時代が終わり、民主主義対共産主義の時代が去り、今や資本主義自体が行き詰まりつつある。もしくはすでに行き詰まっている。
 何度も繰り返された金融危機のなかで、「貨幣制度」 自体も行き詰まっている。


 何が正しく、なにが間違っているのか。
 今の時代にそれを答えることは難しい。


 ただ、そんな時代にわたしたちが生きていることは、歴然たる事実である。そして、今度ばかりは自分たちで切り抜けるしかないことも事実である。
 日本が歴史のなかで、どう動くのか、ほんとうに大事な時だと思う。

 

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