2007年07月02日(月)

選手の悩み

テーマ:まじめな話

 昨日はたいへん興味深い一日でした。

 大きく三つの主題が流れる一日…。


 まず、F-style Club の理事お二人と、クラブの未来について話をしました。

 それから、長野県北信地方の中学校の水泳大会を見学しました。

 そして、現在入院中のスノーボード・アルペン競技の有名選手と夕食を共にしました。


 三つのテーマの共通項はスポーツです。

 登場人物の誰もが、スポーツを愛し、スポーツのある人生を送ろうとしています。


 今日は、そんなスノーボード有名選手のことを書いてみたいと思います。

 彼女と知り合ってから、もう10年くらいになるでしょうか?

 初めて知り合った頃、彼女は高校生でした。スノーボードも初めたばかり。

 お互いに顔を見れば、ジョークを言い合うような友人でした。

 彼女はめきめきと上達し、日本のトップ選手の一人となりました。数回の大けがに見舞われましたが、手術とリハビリを乗り越えて競技を続け、そのたびに返り咲きました。今回も完全復帰にむけ、毎日リハビリを続けています。


 しかし、前向きで、頑張り屋で、実力と才能に恵まれている彼女にも、大きな悩みがあります。それは…、資金とトレーニングのバランスです。

 スキーでもそうですが、よほどの大選手か、マスコミに注目されている選手でない限り、競技活動を続けるには自己資金が必要になります。それは、けっこうな金額です。レベルが上がれば上がるほど、必要な金額も平行して上昇していきます。


 わたしの友人くらいのレベルになると、ワールドカップなど大きな国際大会に出場しなければなりません。そのため、海外での試合出場だけでなく、海外でのトレーニングも必要になってきます。なぜならワールドカップなどの日程上、どうしても氷河や南半球でのトレーニングが必要になるからです。

 少なく見積もっても、年間に数百万円の資金が必要ということになります。


「スノーボードを続けたい!」

「もう少しでたどり着ける“日本一”とか、“世界一”とかいうところまで駆け上ってみたい!」

 そうするためには、今の環境では無理がある。走り始めるためには自分を支えてくれるスポンサーが必要。

 一流選手となるために、多くの選手が直面する悩みです。

 わたしのスクールでも、多くの選手たちが、同じ悩みの前で、立ち止まったり、足踏みしたり、退いたりしました。


 正直、現在のスポーツ界で有名選手となるためには、裕福な両親がサポートしてくれるか、もしくは狂気と思われるほどスポーツに取り憑かれた両親の存在が不可欠になっています。つまり、小さな頃からの英才教育が、有名選手への近道となっているのです。


 こうした状況は自立した選手を産み出さず、最終的にはスポーツの魅力を半減させることにつながらないでしょうか?


 フリースタイルスキーが生まれたときや、スノーボードが生まれたとき、それらを産み出したのは個性ある大人たちでした。個性ある大人が創造したスポーツだったからこそ、魅力的でした。そこには存在感のある人間がいて、大人の感性があり、哲学や思想がありました。

 フリースタイルスキーの大スターであるジョン・イーブスやグレッグ・アサンスは、そんな時代を創り出してくれました。

 日本のフリースタイルスキーにも同じ時代がありました。すでにスキー界に地位を確立していた多くの名スキーヤーたちが、フリースタイルスキーに取り憑かれ、そこにエネルギーを投入しはじめたからです。清水康久、柿坂清策、川辺義倫といったスーパースキーヤーたちが活躍した時代です。

 今をときめく、フリースキーの誕生にも、同じ要素があるような気がします。


 しかし、スポーツが確立され、レベルが上昇するにつけ、主役は両親に育てられたモルモットのような選手たちに変わっていきます。

 しだいに個性が薄れ、人間的魅力に乏しくなっていきます。

 彼らが自我に目覚めたとき、すでに技量的には大選手です。そうでなければ、ほとんどの場合、過酷なレースについていくことはできません。

 彼らが思春期をむかえ、「自分が自分である」ということに気づいたとき、すでにスポーツ選手としてはできあがっています。しかし、人間的には子どもで、何も知りません。

 わたしは、そうやって作られたロボットのような華やかな大選手たちに、嫉妬すると同時に、「ほんとうに幸せなのだろうか?」と疑問に思うことがあります。

 「彼らの競技生活以後の人生は、果たしてどうなるのだろうか?」と考えることもあります。


 マスコミは、こうしたモルモット選手のなかから、外見的に魅力のある選手を見つけ出し、積極的に取り上げて、モルモット製造という風潮に拍車を掛けています。その風に乗り、多くのご両親が自分の子どもに、将来のモーツアルトを夢見ます。


 しかし、よく考えてみれば、わたしの友人が持つような悩みこそ、人間にとって重要なのではないでしょうか。

 彼女の悩みは「どうスノーボードを続けるか?」という外観をまとっていますが、じつは「いかに生きるべきか?」という永遠のテーマそのものなのですから。

 彼女のような悩みを持ちつつ、スノーボードを続ける選手がいる限り、スノーボードは魅力的です。そこには人間が存在し、その深みが感動を呼び、スポーツに奥行きと意味を与えてくれます。


 モルモット選手が中心となったスポーツは、それがいかに高度なレベルであっても、見る人や参加する多くの選手を、揺り動かすことはできなくなるのでは?

 やがて、そんなスポーツは競馬やドッグレースや、サーカスの猛獣芸のような、奇妙な侘びしさに取り憑かれるのでは?


 わたしは現在、マスターズ水泳をおこなっていますが、そこには人生を背負った大人たちの健康な情熱を感じることができます。

 そしてわたしも、彼女と同じ悩みを抱えながら、今でもスポーツを続けています。

 F-style Club の理事の方々も、きっと同じ悩みを抱えながら、スキーを続けているに違いありません。

 それぞれが、いかに生きるかを考えながらスポーツに取り組む姿勢こそ、だいじなのではないでしょうか?

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コメント

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3 ■未だに答えが出ません

娘も来年中学生、今は素直に何の疑問も感じずに通ってます。この先続けるのか否か・・・たまに娘と言い合いになりますが、やれることよりやりたいことをやらせてあげたいです。そしてその結果がどうであれ、自分で責任を持つ・・・これは私の理想論! 実際は、あまり恵まれなかった子供時代の自分と同じ思いをさせたくなくて、少しでも楽に、有利に導こうとしている自分に気づいて、ふと我に返ったり・・・ 何処までが親の役目で何処からが過保護か永遠にわからないのかも知れません。

2 ■ドキッとしました。

う~ん、確かにそうかもしれません。モルモット・・・・ドキッとします。

私も小学生の頃は、市民プールの一画を借りてスイミングの練習をしていました。通うのも自転車で自力で行ってました。

今の子供達は、親に送ってもらって当たり前、ジャージをそろえてもらって当たり前、大会の参加料が高くても払ってもらって当たり前・・・・・

そんな態度に嫌気がさして、今はうちの子供たちには電車で通ってもらってます。
駅まで30分歩いてもらい、電車で20分、駅からスイミングまで15分歩く・・・・・そのために練習開始時間の2時間前に家をでます。
この頃は送ってもらっていた頃のほうがずいぶん楽だったんだと気がつき始めてるようですが・・・・

まだまだモルモットのままです。
親が熱くなりすぎるのも考えものなんでしょうかね・・・・。
考えさせられました。

1 ■同感です

ドッグレースのようなスポーツ選手、辛辣ですが、本質を突いたお話です。

このプログを読んで思い出したのが、クロアチアのアルペンスキーの英雄、コスタリッツァ一家です。特に娘のヤニッツァ。
10代で娘のスポーツの並外れた才能に気づいた両親は、どのスポーツにするか迷った末、スキーに決めました。
まだ経済的には貧しかった独立間もないクロアチア人一家にとって、オーストリア氷河でのトレーニングや、レースへの参戦は常識的には不可能な経済負担でした。
一家は車と寝袋で寝泊まりしながら、競技を続け、数年で女子のチャンピオンになりました。
17才の彼女がぶっちぎりで勝ち続ける姿が、鮮烈に記憶に残っています。
今の富裕な日本やヨーロッパでは考えられない話ですね。

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