初めての四連休

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職場が池袋の店舗から新橋の店舗に移籍して、初めての四連休。。。

まあ、遅い夏休みとも思えるけど、実質的に長期休暇はありえないので、

最長でもこんな感じかな。。。

 

それでも10連勤とか12連勤になりそうな部分を回避して、

本当にやっとこの休み。。。

 

安定するまでは業務に励むことになるのかな。。。

 

最近は集中することがあまりなく、

勤務先の土地柄を利用して、

少し銀座方面を歩いていたりする程度かな。。。

 

早朝勤務や準夜間勤務の時もあり、

人がいる時間にはお散歩出来ず、

職場近くの無人に近い汐留の町を歩くこともあったりする。

 

それでも色々、気を回し過ぎるところがあるので、

熟睡する時間を作る方が重要かな^^;;

 

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最近は。。。

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数年前に体調を大きく崩し養生の為、
勤務時間を大きく減らして、アルバイト生活に切り替えた。

この方が肉体的には楽かな。。。

若い時ほど思った様に
身体が言うことを効かない場合が
多くなったのもあるけど。。。

ただ、真実を求める傾向は強く。。。
瞑想の時間は比較的多くしようとしているけど。。。

寝ている場合は多いかな^^;;

まあ、仕事の関係で時間が出来た時には、
池袋西武百貨店本店地下一階ワイン売り場。。。
そこの一角にあるイケセイワインクラブで
テイスティングしている事が多くなった。

このイケセイの実態として運営している所は、
ヴィノスやまざきさんとエノテカさんである。
「ヴィノスやまざき」にしても
「エノテカ」にしても全国にワインショップを持ち、
多くのソムリエも輩出している
ワインの輸入元および販売店としては、
日本でも上位に入るのではないだろうか?

まあ、表にはあまり出ないタイプのワインを
格安でテイスティング出来るので、
気が向いた時に利用している♪

コンビニや普通の酒屋でも置かない
それなりのワインを飲んでいると、
価格そのものよりも品質と言うか、
その質。。。色、香り、味。。。
時間経過と共に変化するそれらの特性。。。

また、空気との混合率にも因って、
色相、香り、味が変化するものもあり、
この辺は流石にそれなりの等級でないと、
味わえない様に思う。

人間は私自身も含めて時間経過と共に変化する。

もしこれが変わらないのであれば、
それは余りにも非自然的なのではないだろうか?

コンビニ売りされいているワインでは、
時間経過と共に味の変化が急速に変わらない為に、
防腐剤や酸化抑止剤を加えていたりする。

これらが微妙な味の違和感を作り出して、
個人的には合わないと思える場合も多いが、
こっちの方が飲んだ感じがすると言う人もいる。

こればかりはその人の体質や
感覚の差異の問題もあるので、
余り大きく問題に出来ないが。。。

※ソムリエ試験ではテイスティングがあるので、
 ある程度の感覚の鋭敏さが求められるが^^;;

そこまで気にしないと言うか、
気に出来ない人もいるし、
それほど深く求める必要は無いまでも。。。

やはり気にしてしまう時は多いかな。。。
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菊理媛神(くくりひめのかみ)について
とある人から聞いた話がどうしても納得出来なくて
これを書くことにした。。。

菊理媛神(くくりひめのかみ)は、
『日本書紀』の一書に一度だけ出てくるのみである。

『日本書紀』は完全な漢文で書かれた漢籍なので、
渡来系の人々が主体になって書いた文章なのだろうと思う。

その前提条件で、いろいろ読み込んでいくと
見えて来るものがあるのではないか?と思う。

※菊理媛神
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E7%90%86%E5%AA%9B%E7%A5%9E外部リンク

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【原文】
及其与妹相闘於泉平坂也、伊奘諾尊曰、
始為族悲、及思哀者、是吾之怯矣。
時泉守道者白云、有言矣。
曰、吾与汝已生国矣。
奈何更求生乎。吾則当留此国、不可共去。

是時、菊理媛神亦有白事。
伊奘諾尊聞而善之。
乃散去矣。

【解釈文】
その妻(=伊弉冉尊)と泉平坂(よもつひらさか)で相争うとき、
伊奘諾尊が言われるのに、
「私が始め悲しみ慕ったのは、私が弱かったからだ」と。
このとき泉守道者(よもつちもりびと)が申し上げていうのに、
「伊弉冉尊からのお言葉があります。
『私はあなたと、すでに国を生みました。
なぜにこの上、生むことを求めるのでしょうか。
私はこの国に留まりますので、ご一緒には還れません』
とおっしゃっております」と。

このとき菊理媛神が、申し上げられることがあった。
伊奘諾尊はこれをお聞きになり、ほめられた。
そして、その場を去られた。
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ここで「屠る(くくる)」の語義をもう一度深めて
考え直してみたいと思う。

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※「屠」の語源
『漢字の起源』(加藤常賢著・二松学舎大学東洋学研究所)に
収録されている「屠」の解釈です。

「屠」は、「尸」(尻)から「者」(人)が出てくる様、
「子供が母の胎内から生まれる時」の様を指す言葉であるといいます。
難産の場合、あかちゃんは生まれても
母親が死ぬケースもありますが、
その場合は、「子、母を屠す」と表現されます。

「屠」の字義として、
「子を生む場合の生子門の裂傷というのが本義である」
とする場合もあります。

「屠」は、母親が、自ら傷を負いながら、
新しい命を生み出す様を伝えている言葉なのです。
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※部落学序説
http://eigaku.blog.ocn.ne.jp/jyosetu/cat12055042/外部リンク

このことから出産に関わる神(助産婦)としての
「菊理媛神」の立場が分かってくるのではないでしょうか?

この「屠る」の意味合いと白山信仰のつながりは、
想定することしか出来ませんが。。。

※白山信仰
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%B1%E4%BF%A1%E4%BB%B0外部リンク

これを読むと赤青白黒の四色で示された京都の構造を持つ
ロシアのウクライナにあったとされる
辰国(高句麗からの亡命人?)を彷彿させる気がします。

>>>赤青白黒の解釈
赤(火)=南京とすると、青(氷?)=北京となり、
黒(水)=東京とすると、白=西京となる。
中央は黄色=中京となるだろう。

となると白山=西方信仰=浄土信仰なのだろうか?

白山信仰の背景を持つ新潟県や石川県などの
日本海側の地域の民の中には、
ロシア側から漂流してきたか移民してきた
砂漠の民もいたのかもしれないと思われる。

一方、東北の古い文献としては和田家文書がある。

この和田家文書は「東日流(つがる)外三郡誌」を中心として、
「北斗抄」「丑寅風土記」等があり、
これらは青森県五所川原市の
和田家(当主、喜八郎氏、飯詰在)所蔵の文書群から
まとまって出てきたので、和田家文書と呼ばれる。

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/sinkodai1/furuta02.html外部リンク

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「彼の故土に於て、幾百万なる津保化族栄ひ(「へ」か、古田)、
雲を抜ける如き石神殿を造りき(「し」か、同)あり。」

「東日流外三郡誌」によれば、
東北地方の最初の先住民は阿曽辺(あそべ)族であり、
第二の「侵領」民が津保化族であった、という。

その津保化族の中心拠点の筆頭にあげられているもの、
それが「山内(=三内)」の地であった。
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歴史的に登場してきた北部民族系の順番から考えていくと、
曽辺(あそべ)族、津保化(つぼけ)族となるのではないか?
と考えられる。

この後、海洋民族である夷=安曇族が入ってくる。

さらに時代が下ってから秦氏が入って来たのではないか?
と私は考えている。

※白山信仰の開祖は秦氏とされるので、
 菊理媛神=屠り女(くくりめ)信仰より後になるのでは無いかと思う。

その屠り女(くくりめ)=助産婦が桂女になっていった流れが
桂飴の由来にある気がする。

※和菓子に見る京
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/rensai/wagashi/w-19.html外部リンク

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中部地方や北陸地方などでは古くから飴が作られているため、
その地で身につけた製法と、
桂の地に伝わっていた製法とを融合して
作り始めたのではないかと遠山さんは見ている。
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先の菊理媛神が石川県=北陸地方であることを考えると、
結び付けたくなる気もする。

まあ、先の桂飴のHPに行き着けた元の話は、
現在西落合に住むコミュニティの大先輩である
岡元女史の話から来ている。

桂=>葛谷=>西落合と地名が変わっていているらしく、
その桂女を江戸城に派遣していたと言う
地元の方の話も岡元女史は収集している。

盛り土型の地形や河川の蛇行パターン、
それに遺跡調査の状況など、
西落合地区は面白いものがたくさんあるので、
ついつい調べてしまうのだが^^;;;

そんな流れからすると、天皇家とは別な意味での
古い存在としての菊理媛神が必要になる気が
私には思われてならない。
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