ちょい怖い夢。

今 地域社会の大きな動きのプロジェクトに
ちょっと深く関わってるんですけど
まぁ、確かに私の「忘れたくない」夢の一部にかかってるんだけど
 
 
その活動のミーティングでね
「なんで私、ここにいるのかなー」
「私じゃなくても、やったらみんなが喜ぶひとはいるのになー」
と 思っちゃったんだ
ホントに突然、理由無く。
 
 
ミーティングから帰宅したら
オットがリビングで本読んでました。
最近そういうミーティングだと言っては
ばたばたしてる私をただ見てたオットが
話す時間をくれる、という感じで
(オットには実は何にも話してない)
・・・なのに話せなかったんだよね。
「なんで私が そこに関わっているか」
分からなくてさ。
「止めた方が良いんじゃないの?」って
自分で自分に話しかけててさ。
 
 
寝ていたら 明け方
恐ろしい(?)夢をみました。
突然死の直前 の夢。
痛みの広がり方で(一応医者として持ってる知識で)あーあと数分だなって
病院行くヒマもない、ここまでだな、
あと数分だ、私、この一生に悔いはないかな?
そう思ったときちょっと怖くて心配になって
「母に」手を握って貰って目が覚めました。
 
 
半年前になくなった母は
こうしてときどき、現れてくれます。
そしてそこで同時に私にわかったこと。
「あ、理由もなにも
そのプロジェクトにただ関わりたいから私関わってて
やらなかったら後悔するってしってるからやってて
利益とかじゃないんだなー
今だから やる、それだけかぁ」って
ただ 分かったんですよね。
 
 
やらなきゃいけないから。
ひとを繫ぐことにきっとなるから。
greedyさに乗っ取られた人に
社会を明け渡してはイケナイと思ってるから。
 
 
政治家でなくても
言葉が思うように操れなくても
きっとそういう思いはきちんと
どこかに役立つと思いたいわ。
 
 
私がSLCエリアに住んで13年経とうとしています。
全く地域に関係無く(ここはご存知のようにモルモン教のメッカです)
ここに住み始めた私は いろんなご縁で
2011年 JACL(Japanese American Citizens League)に入ります。
1つの理由は日系人との間にどうしても接点がもてないこと
もう一つは私が特定の宗教に入っていなかったからです。
 
ここで私はJudgeと呼んでいる
コチラRaymond Uno氏に会いました。(←略歴に飛びます)
ただの「フルタイムマム」だった私にとって
ジャッジは「mentor」でもありました。
 
 
地域社会への貢献
日本と日系人社会、アメリカ社会への橋渡し役として
2014年に外務省からも表彰されてます。
 
 
彼はアメリカの鉄道を敷く工事にも従事し
(もの凄い重労働で、しかも人種差別の激しさは有名です)
その後法律家として判事になっています。
日系二世なのでもちろん、強制収容所にも入れられており
アメリカ志願兵として第二次世界大戦中も
MITという特殊部隊で働いていました。
ソルトレイクシティ(SLC)では
「日本人社会」が体良く壊されていくのを目の当たりにし
全力でその保護と保持のために働いてきた方です。
現在 「Japantown Street」としてある道も
そのエリアに懸命にのこされた日本人街の跡も
ジャッジの苦労なしにはあり得ませんでした。
 
 
私には
日系・日本人・アメリカ人の区別なく
皆をつなぎたい という夢があります。
 
 
私が 「専業主婦」の状態でジャッジと知り合えたのも
明日のごはんを心配せず 社会に関われるのも
有り難いとしかいいようがありません。
もちろん それ以外のご縁が 私を
日系アメリカ人社会に組み込んでいったのも
偶然なのですが 感謝することばかりです。
 
 
名もない一個人が社会にどれだけ関われるか
それはだれもなにも言えませんが
分かっているのは 誰もなにもしなかったら
変わる、ということは絶対ない ということだけです。
 
 
ジャッジの持ち続けている夢は
私のもつ夢の一部でもあり
知識も経験もない私の支えでもあります。


ソルトレイクエリアを訪れる方達に
こういう人達のおかげで 日本と繫がれているんだよ
ウェルカムしてもらえてるんだよ、と
知ってもらえたら嬉しいし
これから「そういうことを学べる場所」を ここに
つくりあげられたら良いなぁと思っています。
 
最近大きな話題となった大統領令とは。
 
テロ対策のために
中東やアフリカの7カ国の国民に対して
(シリア、スーダン、イラン、イラク、ソマリア、イエメン、スーダン)
3カ月間の入国禁止と、難民の受け入れを一時停止する
 
 
というもの。事実上、各地の裁判所が無効と判断しているが
社会への波紋はおさまりようがない。
(大統領令は本当に沢山あって、トランプ氏が出した物も
コレ1つではありません)
 
 
実はこれに前後して
「イスラム諸国(上記七カ国はもちろん)からの移民の
“移民登録”registoryを義務化」という法が成立しそうになりました。
まだ議論の最中ですが
日系アメリカ人社会が猛反発をしました。
 
 
経緯はこうです。
2月19日を Day of Remembranceとして
日系アメリカ人(のみならず ドイツ系・イタリア系アメリカ人でも)が
「この人種差別を繰り返してはならない」と言っていますが
特に日系アメリカ人の有識者の中の認識の一部では
日本を標的に政治が動き始めたのはそれよりずっと以前、開国を迫ったころから。
実際に戦争を視野に入れながら 様々な法や外交政策を始めたのは
第一次世界大戦あたりから、
現実的に「差別」という気持ちを利用して
日系人を追い込む準備を始めたのは
きな臭くなる10年以上前から と理解されています。
そしてRegistoryこそが
彼ら(米国を動かしていた人)の武器になったんだ、という考え方があるんです。
 
 
資源などのなかった日本からやってきた日系1世は
市民権をもらえない、土地建物などを所有は出来ない、など
最初から差別が顕わになった法律の下
勤勉に働き 信頼を勝ち得 少しずつ財を築きました。
 
 
ルールで沢山の制約を受けた1世は
子供達に「しっかり学んで、揺るがない生活基盤を手に入れて欲しい」と
教育に力をいれました。
だから、日系2世には社会にインパクトを与える人や
地域社会のリーダー、知識階層が本当に多かった。
 
 
そんなアタマのいい人達を
突然の法令で 財産没収、強制収容など出来る訳もなく
だから 長い時間をかけて
日系アメリカ人は「取り囲まれ逃げ道をなくされ」てきたのです。
 
 
そのひとつがRegistoryだったのです。
移民は皆 出身やバックグラウンドなどを記録しましたが
日系人には これが強化されました。
(因みにこの頃、中国系のひとは国外へ追い出されています)
 
 
強制収容のときは
全てのひとに「番号」がつけられています。
荷物のように 荷札に個人番号を付けて移動させられた記録は
あちこちに残っています。
 
 
大統領令に「敏感に」日系人社会やそのサポートする人達が反応、
そういう書き方をあちこちで見ますが
当然です、そここそが
じわり、じわりと真綿で首をしめあげるような
過去におこったことのスタートだからです。
 
 
日本人、日系人に「変わらない」ところがあるとすれば
「いや、まさかそこまで考えてないでしょ」
「でも、結局みんな良心があるんだから」と
不必要な楽観視を持ち続け 知ることを避け
(汚いモノから目を背ける、当にそれです)
語ることも避け 波風たてないようにしていれば・・・と
警鐘を鳴らすひとを冷ややかに見ていた。
そして、その「まさか」に
沢山のひとが家族をばらばらにされたのです。
 
 
イスラム社会の人にも同じモノを見ます。
これはイスラムソサイエティのプレジデントも
ソルトレイクエリア代表のDr. Musudも仰っていたことですが
「私達を救ってくれたアメリカ社会がそんな事する訳ないよ」と
ある意味 お人好しに
ある意味 全く無責任に 情報収集もせずに傍観している。
一部の「人種差別攻撃」をうけたひとが
不安で他に相談しても
「大人しくしていれば嵐は過ぎるよ」とばかりに
攻撃されたひとを非難する・・・・
 
 
残念ながら この世は妬みと嫉みと 汚い感情が渦巻いています。
信じていた友人にある日 喉へナイフを向けられることもあるんです。
 
 
経済活動(お金のこと)と差別心は
とても上手に手をとって働けるものです。
その恐ろしさ、人間ってどこまでも卑劣でひどくなれるということは
残念ながら コレまでの歴史から学ぶ以外ありません。
 
 
 
臭いものに蓋をする、としても
匂いは一次的になくなるだけで
臭い物がなくなるわけではありません。
だから沢山の 有識者というひとが
自分に出来る専門エリアでずっと活動してるんです。
専門的なことは置いておいても
一般人である私達も
状況を知る努力は忘れてはいけない
わたしは 個人的にとてもそう思っているんです。
 
いつもアタマのなかアホ丸出しなのですが
今日はすこし とても大切なこと を話します。
長いです。
 
第二次世界大戦の始まりに
沢山の「表だって知らされてない」ことがありました。
最近では大分 いろんなことが出てきたけれど
今だ 「日本が悪かった」だけで
先祖を自分達をワルモノに決めつけているのは
本当に胸も痛むし腹も立ちます。
 
 
戦争に絶対の正義はないです。
ということは
絶対だれかが悪い、と言えるとしたら
Greed(欲)のために戦争になるよう仕向け
なにが起きているか理解せずに
自分の卑劣な感情を他人に向けた人達です。
そこに「どの国の人」という区別なく。
他国のひとに愛された日本兵もいれば
ここぞとばかりに激しい差別感情を出したアメリカ人だっている
 
 
それはそれで大きな話題なんだけど
今日はアメリカの俳優・ジョージ・タケイさんのミュージカル
 
 
英語がわかるひとなら
絶対 映画で観て欲しい。
明日2月19日(日)(日本はもう19日だけどね)
全米各地で公開されます。→コチラケータイでは場所が表示されなかったのでPCで見て!
 
 
沢山のひとが「過去のことを掘り返したって・・・」と言う
無言の圧力をかけてきます。
自分の痛かった話でお涙頂戴ですか?という視線も
なんと日本人からもの凄く受けます。
 
 
日系人は 彼ら自身だけでこのことを乗り切り
信頼を勝ち得 後世の私達日本から来た人間が
社会で「日本人?ああ、信頼出来るよ!会えて嬉しいよ!」と言って貰える
学生が受け入れられているのも
彼らが文字通り「命をかけて」戦い得たものがあるからです。
 
 
日系人の歴史をしることは
政治の「悪用」を知るひとが必ずどこかにいる、と言うことです。
 
 
 
 
 
今 地域の文化歴史保持みたいな
そういうグループの立ち上げに関わってるんだけど
 
凄く難しい、と思うのはバランス。
 
どの辺りの人達に話しかけ
どういう「キャッチ」で賛同してもらうか
どういう「戦略」を立てるか
 
 
これ、一般のヒト向け、と
お金を出して貰う(銀行含め)ヒト向けと
全くちがう。
もっと言うと
政治にからむヒトに話すのも
微妙にちがう。
それは 時間的視点の違いっていうか。
 
 
一般のヒトには
「今」分かり易く「今」想像できることを
融資のひとには
「中期展望」とそのときに回る経済効果を
政治に絡むひとには
「中期・長期展望」つまり
そのエリア全体がこの先20年、そして
この先50年以上コミュニティの「核」となるものかを
伝えなければいけないから。
 
 
スタートの規模も
小さいものは実現可能だけど「個人でやって?」になる
中規模でも「何人かで集まってやってみたら?」程度
多少の賛同はもらえるでしょうけど
ちょっと大きいもの、でも目的を絞ったモノは
一般には想像出来るモノだから賛同してもらえても
ある一定以上の大きさのコミュニティを考えるひとには
「そこで止まっちゃうアイディアじゃお金のムダ」になる
永続的に続くと思われる、多数のコミュニティを巻き込むことは
今度は計画側に相当の展望と 各人のつながりと
そんなこと考えた事もないコミュニティに理解して貰う時間と
その上で「一緒に行動してもらう」という大仕事がある。
 
 
どこを目指すか。
それはいつも 大勢のヒトを巻き込むときの問題。
それぞれへの説明がウソではない、
でも説明を「理解して貰える」段階ってある。
 
 
プロジェクトの名前1つにしても
小さいターゲットを前面に出すと一般市民には分かり易いが
地域を考えるヒトには未来が分かりにくくなる
大きいターゲットを前面に出すと
一般のひとが全く理解出来なくなる

 
プロジェクトを組むのは難しい
まして このことをボランティアとか
まるで副業のような時間の注ぎ方でやるのは・・・
 
 
誰が旗を振るか も含めて
胃が痛い。よく分からない。
どこからスタートするか
一緒に私と同じレベル以上の視点で話せる
そんな助けが今ここに欲しい。