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★鹿児島県 与論島のパワースポット★



さぁ~っ


伊平屋島から帰ってきて

私たちが次に向かったのは


そう


与論島です~っっ宇宙人看護士さんキラキラ



与論島ってね

沖縄の北のすぐ上にあるのに


鹿児島県なの。



与論島へは、沖縄や鹿児島から船とか飛行機でいけるので

私たちは沖縄から飛行機にのっていきました。



といっても

と~っても小さい飛行機。


沖縄本島から

飛行時間30分くらいだったかな。


本当に沖縄がすぐそばにある島なんだ~。おんぷ



与論島の海は


遠浅でず~っと沖まで薄いグリーンが美しく

もちろんサンゴ礁もあったりして沖縄とかわらない。


島の人たちの言葉もお顔も

どこか沖縄っぽい。



というわけで

ほぼ沖縄県。(笑)



でもね

やっぱり沖縄とも少し違うエネルギーがあって


沖縄ほど、島全体的に主張が強いパワーではなく

本土のように穏やかなエネルギーも流れる島だった。



なぜだろう。



沖縄っぽいんだけど

どこか本土の影がみえるような・・・


不思議な感覚がする


それが上陸した日の印象でした。キラキラ




そんな与論島ですが

人からきいた情報によると、


与論島は自転車をかりて

一周したり観光したりする人が多いそう。



ということは・・・


坂がないんだね~っっうえ



車どうしようかなぁ。


かりようかなぁ・・・。



・・・


・・・



う~ん



・・・


・・・



かりようっっ!!




ということで

レンタカーを手配したのですが


島についてみての感想。



坂ばっかりじゃなぁぁ~~~~~い。(笑)叫び




とても自転車でまわるための島


という印象ではなく

そんなに高くはないといっても山があるし

平らな道というのは海岸線ぞいのところで

ほとんどが坂・・・。




自転車でまわる島ではないぞぉ~~~。(笑)



というのが

私個人の感想です。



だって、島一周だって

車で45分くらいはあるだろうし

聖地めぐりいろいろしたいなぁ~というときには車おすすめですよ~。ひらめき電球



はははっ音譜




さてさてっ


与論空港についた私たち。



空港においてあった

与論島のパンフレットを開いてみると




目 !!




こ・・・


これって・・・



・・・


・・・



与論島だけど

与論島の中に


高千穂神社があるではないですかぁぁぁ~~~~~アップ



ひょえぇ~っっピクピク・・・



高千穂といったら

今月末にツアーでいく・・・聖地。



ちゅながってるよぉぉ~~~~っっ合格




でも・・・



与論島は鹿児島県・・・

なぜ高千穂神社が・・・???



・・・



・・・




大トトロはてなマーク





まずは、レンタカーを手配。


私は与論オートサービス (0997-97-3992) に

おかりしたら軽自動車は一日4500円で、

二日目以降は4000円だったよぉ~。


ただ、ナビはついてましぇぇ~ん。


でも、島の中で一番安いレンタカーさんらしいです。ひらめき電球




そのレンタカーをかりたおばちゃまに・・・



『この島にきて、

まず最初にご挨拶する神さまってどこですかね??宇宙人


『あぁ~、琴平神社にいくといいわよ。』



という情報をいただいたので

まずは、琴平神社にむかってレッツゴーゴー。くるま。キラキラ




そういえば・・・



島に到着する前から

私は体に異変があって・・・。



飛行機ではひたすら寝続けて


起きると

バクバクバクバク


ずっと食べている。


ずっとずっと食べてる。




私が、急にお腹がすいて、食欲が増えるとき

異常なほど眠るときって


なんというか・・・


エネルギーを使う前のとき

もしくは使った後。



理由もなくお腹がおかしいほどすいて

食べ続け、よく寝るの。



誰かのかわりに食べているような・・・

また、体力をつかうから

必死に体がたくわえているかのよう。



自分でも不思議なんだけど

そういうことが突然おこるんだ。





そして、

島の到着はめずらしく雨。雨



雨。。。


自然の浄化・・・

雨のときが多い。




なんだか・・・予感するなぁ。



なんて思いながら

まぁ、すべておまかせおまかせ。


考えたって仕方ないのさぁ~~っ音譜




ブィ~~~ンくるま。




ぐる~ぐる~


なぜか道に迷い迷い

琴平神社は一度はみえたけれど

たどり着かないまま


島を走る走る。



つかないのも

きっと意味あるのでしょう~。



な~んてゆるりと

思うまましばら~く走らせていると・・・くるま。


下川友子オフィシャルブログ「あなたに神様の光がとどきますように・・・☆」

やっと、ついたぁあぁ~~~。↑



どれだけ走ったんだろう・・・。



山(坂)の頂上にたつ鳥居。

 


琴平神社だぁ~~。


地図はこちら


とおもったら

あれれ??


地主(とこぬし)神社とかいてあるぅ~。




・・・


・・・



そして、神社なのに、隣はお墓。



ちなみに

お墓は沖縄スタイルではなく

本土と同じ形のお墓。



沖縄はお墓がちがうんだよぉ~。



なんと表現したらいいかわからないけど


沖縄はねぇ

う~ん、小さめのおうちみたいな感じ。(笑)




・・・と話はずれましたが




入口には、

慰霊碑もたちならぶ。




ペコリッ



テテテテッ足あと





階段をあがると


右側に琴平神社、左側に地主神社が

建てられていた。




・・・


・・・




なんとな~く

お寺のような仏のエネルギーも感じたの。


下川友子オフィシャルブログ「あなたに神様の光がとどきますように・・・☆」



・・・


・・・



与論島が一望できる

ここは、与論城跡なんだ・・・。



風が強い。



そして、寒い。



南の島なのに

なんでだろ~。


関東よりもこの日は気温が寒い気がする。(笑)




もしかして

ここは城跡だから・・・??




今までいろんな城跡にいったけど

城跡って悲しい波動が残っている所もあるの。



元々はパワーが強いパワースポットにお城は

建てられていることが多いけれど


人と人の戦いや奪い合い、絶望、悲しい思い、亡くなった人の波動

いろんなエネルギーが感じられるところが


沖縄でもおおかったんだ。





この土地は・・・???


よくわからない。




でも、何かこの神社が

与論について訴えていらっしゃるような感じがしたよ~。




・・・ってわけで


与論の一番高い山にある神社でした。きらきら





さてっ


ホテルの部屋に戻り

いただいた由緒をひらいてみると・・・




★城跡


琉球尚王朝成立の直前

三山時代の十五世紀初め、北山王怕尼芝の子珉(ミン)の三男

王舅(オーシャン)が与論に今帰仁の支城を築くが

1422年中山(尚巴志の按司護佐丸)が今帰仁を滅ぼしたため、城は未完成のまま中断する。



城は未完成ってことは

あそこで感じた寒さや鳥肌は違う。

なんだったんだろう・・・。


★地主神社


明治維新の廃仏毀釈で奄美の島々に高千穂神社を建立する際、妨げとなる与論の原始信仰である拝所(ウガン)の神々を合祀し、明治三年城跡にある辺後地(ピグチ)拝所の傍らに小祠を建て、島の産砂様『大地主神(おおとこぬしのかみ)』を祭る。



妨げとなる与論の原始信仰の・・・

という表現が、、、


薩摩(本土)の支配で、与論島に高千穂神社を祀り、

元々信仰していた自然、土地の神、与論島を守ってきた神様を追いやるように

無理やり支配したんだね。



・・・。



そうか、


だから、入口の大きな鳥居は地主神社だったんだ。


わたしは、琴平神社にいきなさいと伝えられ

行ってみたら、大きな鳥居は地主神社だった。


最初は間違えたのかなぁ~???


と思ったけど

そうではない。


琴平神社ではなく

地主神社。


地主神社が、元々の与論の神様方・・・を合併している。


地元の神様を大切にしている・・・

そういうことなのではないのかなぁ。




それにしても


土地の神様を支配するなんて

時代の流れは・・・こわい。


琉球も本土やら、中国やら、アメリカやら

いろんな駆け引きや支配があり

悲しい歴史が残っているけれど


与論島は、薩摩にはさまれ、琉球にはさまれ

これまた苦労した歴史があるのかもしれない。



そして今も鹿児島県であり

なんとなく沖縄のようでもある。



土着の神様を追いやる・・・。


それは、

与論に住んでいる人たちにとっても悲惨なことで


神様世界にとっても

悲惨で残酷で、大変なことだったのではないか・・・??



そんなことを思った。



与論の人たちは

自分たちの信仰していた

神様を信仰できないようにさせられて


そして、その神様たちは

倒され、追いやられ・・・。



さっきの神社で

どこか脱力的なエネルギーを感じたのは・・・


もしかして・・・??



元々の与論の神様を支配するかのように

建てられた本土の神様。



でも、なぜ高千穂??


高千穂・・・高千穂・・・天照・・・

天皇系??


ぐるぐる~ぐるぐる~


頭の中がぐるぐるする。



神様をつなげて

人が土地を支配する。


そういうことってあるんだろうか。




でも、そうだとしたら


与論の神様・・・は

もっともっとパワフルなんじゃないかって


思っていた自分を思い出した。



いろんなことが整理されていく。


一日で起こったこと、エネルギーで感じたことが

すべてカチカチッと一致するようだった。



地元土着の神様が元々の姿というか

もっと元気になられるには・・・??


神様が元気になられるとは・・・??



というか


神様が元気になられないと

人々が集まらない。



だから観光でも

今人が減ってしまっているのではないか・・・???



本土からも

たくさんの人が必要だ。


人の活気が人霊も上がっていくパワーとなる。



そう、鎌倉にいくとよく感じるの。


たくさんの人が集まるからこそ

あの鎌倉の土地も霊も活力があって生きてる。


人の霊も元気に、すべてを味方してくれているような所だ。




与論島・・・


人々ができること

光がより多く注がれるよう神様を大切にすること


そして、私たち観光客がたくさん訪れる島になることかもしれない。




★辺後地拝所(ピクチ ウガン)

太古より伝わるシュニグ、ウンジャン祭の拝所が座倉(サークラ)毎に島内各所に点在し、中で最も神位の高い聖地がこの辺後地拝所で、背後に安田(あだ)離れ、水平線の彼方には、ニライカナイを祭る久高島が位置し、天の神『太陽』の礼拝所である。ピグチは『陽口』が本義であろう。




★王舅(オーシャン)

王舅(オーシャン)の遺体を辺後地拝所に密葬。天を崇める拝所は、覇権を争う

戦乱の世でも格別の聖地。当時、遺体を残せば生き返ると信じられ、迎え撃つと敵にバラバラにされ、小さな島で隠す場所もなく、唯一『手は出せない聖地』が拝所であった。

残党狩りの護佐丸(中山)軍は、偽墓の遺体を持って帰り、辺後地拝所の遺体は現存する。

また側近らは、密葬のあと沖縄を望む崖で自害し、屍宮(シミャー)と呼ばれる。




★琴平神社

文政7年、代官鎌田新之丞(かまたしんのじょう)の手により辺後地巌石(伏龍の頭付近)に金比羅大権現『大物主之尊』を勧請し、また天保6年に石仁の厳島神社『市杵嶋姫之命』と朝戸の菅原神社『菅原道真公』の二社を合祀し、明治42年地主神社の境内に移転させた。





きっと、


与論島の神様がワァ~ッと元気に

そして全てのエネルギーが動くために


人ができることがまだまだたくさんある


そんな感じがした。




それにしても・・・


なぜ私は与論島にきたんだろう。




そんなことが頭の中によぎっていた。

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