*:.。..。.:+・゚●スピリチュアルな日常*:.。..。.:+・゚ほんとのことがしりたい●*:.。..。.:+・゚

Spiritual…霊的◆Spirituality…霊性、精神性◆Spiritualism…精神主義、心霊主義◆霊… 不思議な力や働きをもつ存在。万物に宿る精気。肉体に宿ってその活動を司る精神的実体。魂。


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わたしは食べることが大好きなんですね。

 

小さい頃からそれこそ熱があっても普通に食べる。

夏場みんなが夏バテしてても関係なく、食欲がまったく衰えない。

何があっても3食食べるし早朝深夜でも平気で食べられる。

 

お酒も飲む。

たぶんアセトアルデヒドを分解する能力が平均より高いのか

すぐには酔わないし、けっこう飲んでもほとんど二日酔いにならない。

たまに二日酔いになっても、そんな日はかえって食欲が増して

いつも以上に、しかもこってり系をガンガン食べる。

すると二日酔いはいつの間にか消えているという状態です。

 

でも。

さすがに最近おかしいと思ったわけです。

これだけ真理を探究して、いろんなことがわかった今

これほど食欲に翻弄されるのはなんかおかしいよ?と。

 

そう思っていた矢先、たまたま整体やマッサージを受ける機会がありまして

否が応でも体に向き合わされるハメになったんです。

 

とあるタイミングで巡り合った先生に経絡を見てもらったことにより

体についてのいろんなナゾが解き明かされて、大きな衝撃を受けました。

(大阪あべのハルカスの近く、日本グレースというところ。いい院だと思います)

その流れで感じ取った自分の食欲の正体とは…

 

やっぱりエゴでした。

「なんだそんな当たり前のことか」と思いますよね。

というかわたしもそんなことはわかっていたんです。

でも、なんというか…どうエゴなのかがよくわからなかった。

どうしてこんなに食べたい食べたいという気持ちが尽きないのか

その仕組みが知りたかったんです。

 

だって仕組みやカラクリがわからないのに

そこをすっ飛ばして解決だけしようなんてわたしには難しいです。

だからなぜそうなのかということがまず知りたかったんです。

 

一般的に言われるのは

「心の欠乏感を埋めるために食べる」みたいなことですよね。

もちろんそれはそうだと思います。

 

でも、それだけだという気がどうしてもしなかった。

そんな単純な話であるはずがない、

今は見えてないけど隠れた何かがあるはずだと、ずっとどこかで感じてたわけです。

 

そこで「食べる」ということに関して過去の記憶をさかのぼってみると

子どもの頃のとても楽しそうな光景が浮かんできました。

 

決して裕福ではなく、むしろ買いたいものも満足に買えなかった我が家は

家族仲がいいわけでもなく、両親が商売をやっていたこともあり

激しい夫婦喧嘩や父の暴力は日常茶飯事でした。

気丈な母の大きなストレスはわたしと姉に向けられていたように思います(今は円満です)

 

昭和時代に幼少期を過ごした多くの人が経験したであろう、

「子どもながらにけっこう大変だった」という人生のワンシーンです。

 

そんな中、今思えば食事だけは十分に満たされていて満足だったのです。

どれだけ忙しくても疲れていても、母は手作りのものだけをたっぷりと食卓に並べました。

母は不遇の幼少期を過ごし、かなり悲惨な食事環境だったため

自分の子どもに食べるものだけは絶対に不自由させたくなかったのだと後年本人から聞きました。

 

父はバリバリ仕事をしましたが、同じくらいバリバリ遊んでましたので

仕事が終わったら飲みに飛び出していくという毎日で、家にいたためしがありません。

父不在の夕食タイムは変な話、母が荒れない束の間のリラックスタイムでもありました。

だって深夜ベロベロに酔っ払った父が帰ってきたら、恒例のバトルタイムが始まるわけですから(^_^;)

 

しかし年に数回の外食は、父が取り仕切っての大盤振る舞い。

場所はしがない町場のレストランではありましたが

それはめったにない家族揃っての一大イベントで、スパゲティ、ハンバーグ、ステーキ…etc…

テーブルの上には、ウエイトレスが笑いだすほどたくさんの料理が所狭しと並んで

それはそれは夢のように楽しいひとときでした。

 

また家にお客さんが来たときは、たまに母も一緒にお酒を飲みましたから(実は父より酒が強い)

いつも不機嫌そうに考え事をしているか怒ってるか疲れているかの母が

その時だけは楽しそうに笑いながら酔って冗談なんかを言っていたので

そのおだやかな母の様子は子ども心にも大変嬉しく、大きな安堵感を覚えたものでした。

 

このように改めて振り返ってみると

子どものころから刷り込まれたイメージとして

わたしの中ではどうやら「食べること=幸福感」となっていたようなんです。

 

それが現在になってもおそらく無意識レベルで

「食べれば幸福感が味わえる」というパブロフの犬みたいになっていたと……

とりあえずそんな結論に至ったわけです。

 

であればその方程式を今こそ変える必要があると感じました。

「食べなくても幸福感は味わえる」にです。

古い記憶に基づく方程式は、もはや今のわたしには合わないのです。

子どもの頃の服はもう窮屈で着ることができないのです。

 

もちろん最初からうまくはいきません。時間はかかります。

なぜならわたしがやることは我慢や努力ではなく、前提を変えるだけだからです。

徐々にしかできないでしょう。いきなり、急には変われません。

 

補助策として、食べたいと感じた時には食べていいよと自分を許す前提も作っておきます。

でもその時に、頭ではなくお腹にいったん訊いてみることも忘れない。

それが今までと違うところ。

 

「お腹よ、本当に今食べ物が必要??」

そしたら、言葉では返ってきませんがなんとなくフィーリングを感じ取れるわけです。

だいたい返ってくるのは「それほど必要ではない、大丈夫」という感じのフィーリングです。

これをやるようになってから驚いてばかりです。それくらい頭とお腹は訴えが違ってたんです。

 

考えてみれば食べることに関連する行為は、頭や思考でおこなうことではありません。

消化にしろ吸収にしろ分解にしろ解毒にしろ、すべてお腹が担う作業です。だからお腹に訊く。

そして体が真に欲しているものを摂る指令こそを正しく脳に担わせる。

こんな基本的なことを今までないがしろにしてきたんですよわたしは。

 

本能の欲求を満たす行為。それは神聖な命の営みです。

それなくして生物は生存することはできません。

でも、どこまでが純粋な欲求でどこからが不純な欲求なのか。

どれが体の声でどれがエゴの声なのか。

その見分け、聴き分けがなかなかうまくいかないのが現状です。

 

食欲、睡眠欲、性欲、排泄欲…

適切にコントロールできていれば何の問題もないのです。

というより問題なく生きていくために、もともと備わっている機能です。

 

しかしそこにエゴが入り込むとそうはいかない。

本能そのものを忌まわしいものとして毛嫌いしたり

自分の欲求だから仕方ないでしょと、それが不純なレベルに達していることに気付かず開き直ったり。

なかなか難しいわけです(;^_^A

 

「今は要らない」「それは必要ない」「もう十分」「キャパを超えている」

こうした微かな体の声をすべて無視して

「スキあらば食べる」「お腹が空いてなくても食べる」「満腹でも食べる」

という、まさにエゴのささやきに思考を乗っ取られた状態でした。

そしてお腹に、何年も何年も大きな負担をかけ続けました。

 

食べるということを通して、自分の幸せを外側に満たしてもらおうという行為でした。

ずいぶん長い間勘違いをしていたんです。

 

「必要以上に求めること、満足を知らないこと」

VS

「必要なものを必要なだけ手にすること、足るを知ること」

 

今、長~い夢から目が覚めた気分です。

エゴはエゴなりにわたしを満たそうとがんばってくれましたが

もうその方法は必要ないと気付いた今

それを選択するわたしはすでにこの世にいないのです。

 

古い癖の余韻はしばらく残ると思います。

夜からいきなり朝にならず、夜明けの時間があるように

今はわたしの食事の在り方の黎明期。

他の命をいただく「食べる」という行為に、もっと敬意を払いたいと強く感じたのです。

 

欲望の赴くままに行動すると、微かに存在する尊さや有り難さになかなか気付けません。

体が真に必要とするものを正しく感じ取れる感性を磨きたいのです。

 

結果、体がバランスを取り戻すだろうなと思うわけです。

ある意味これはダイエットですよね。いや完全にダイエットです(笑)

でも以前にように「食べちゃダメ!」「我慢しないと!」というのではなく

生物が本来あるべき姿に還るだけなんです。

 

「痩せた」「ぐっすり眠れるようになった」「肌ツヤが増した」などというのは

因果で言えば果の部分。結果ありきでがんばるといろいろ弊害がありますからそうではなく。

どのような結果になろうと関係なく、わたしは今自分の体を大切にしたいと痛切に思う。

ただただそれだけです。

 

とにかく勘違いしていたことに気付いたからには

気付かなかったころにはもう戻れないという感じです。

 

一進一退を繰り返しながらも

おそらく徐々に体が整っていくことでしょう。

 

もし、なかなか食欲が抑えられなくて困っている方がおられたら

「自分はなぜ食べたいと思うんだろうか?」といった切り口からどんどん深堀りしてみると

過去の意外な出来事が浮上してくるかもしれません。

もしかすると解決の糸口がそこにあるかもしれません。

 

食べたい気持ちをひたすら我慢してストレスを溜めこむとか

食べたい気持ちが暴走するままに食べ続けるとか

そんなループから抜け出すのはストレス発散の飲み会でも耳つぼダイエットでもなく

やっぱり「気付き」なのかもしれません*・゚・*:.。.*.。.:*・☆

 

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