2008年06月23日(月) 21時55分54秒
「幕末の社会と篤姫」
テーマ:歴史
昨日、一宮市尾西歴史民俗資料館の講座「歴史と民俗」を受講してきました。
第一回目の講座内容は「幕末の社会と篤姫」。
昨年の今頃は、
篤姫という名をご存知ないかたも多かったのではないでしょうか。
しかし、大河ドラマのおかげで、
その名は津々浦々まで鳴り響き、今では立派に市民権を得たような感じです。
歴史ファンにとっては喜ばしい限りです。
会場に詰めかけた方々もそんな影響が窺い知れました。
昨日の講座の講師は、
なんと大河ドラマ『篤姫』で時代考証をされている原口泉氏の従兄弟で、
鹿児島県出身の愛知県の大学の教授でした。
開口一番に言われた、
「人は風土の中で育つ」とのフレーズが頭に残る中、講座は進みました。
話によると、やはり篤姫関連の史料が極めて少ないとのこと。
そして、不思議に思われるかもしれませんが、
篤姫の母である「お幸」の名前も近年判明したとのことでした。
格式ある家柄でも、幕末期はこの程度のレベルだったのだと、
少々驚きを持って聞き入っていました。
そんな背景の中、現状ドラマで描かれている篤姫は実体をともなっているのでしょうか。
どうやら、勝海舟の談話を集めた「海舟座談」などの
篤姫記述部分から肉付けさられたものが実状のようです。
ですから、篤姫がドラマで描かれているような人物像であったかどうかは確認できませんが、
痩せた土地柄(米の生産量が低い)であった薩摩藩の苦心ぶりから芽生えた精神性は、
前向きで強い自立心を育んだと推測され、篤姫像は頷けないこともないのではないか、
との推測ぶりを披露されていました。
また、15代将軍の慶喜が江戸に住まわぬ状態で、
大奥という特殊社会の人々1000名を束ねることは、
篤姫のような素養がなければ発揮することができないとも話してみえました。
正真正銘のファーストレディーだったみたいです。
先日ある方のブログに、
篤姫のことを『男は天下を動かす 女はその男を動かす』という
山本五十六元帥が残した言葉を使って書かれていたのを拝見しましたが、
まさに篤姫はそのレベルの人であったようです。
益々、大河ドラマが楽しくなりそうです。
第一回目の講座内容は「幕末の社会と篤姫」。
昨年の今頃は、
篤姫という名をご存知ないかたも多かったのではないでしょうか。
しかし、大河ドラマのおかげで、
その名は津々浦々まで鳴り響き、今では立派に市民権を得たような感じです。
歴史ファンにとっては喜ばしい限りです。
会場に詰めかけた方々もそんな影響が窺い知れました。
昨日の講座の講師は、
なんと大河ドラマ『篤姫』で時代考証をされている原口泉氏の従兄弟で、
鹿児島県出身の愛知県の大学の教授でした。
開口一番に言われた、
「人は風土の中で育つ」とのフレーズが頭に残る中、講座は進みました。
話によると、やはり篤姫関連の史料が極めて少ないとのこと。
そして、不思議に思われるかもしれませんが、
篤姫の母である「お幸」の名前も近年判明したとのことでした。
格式ある家柄でも、幕末期はこの程度のレベルだったのだと、
少々驚きを持って聞き入っていました。
そんな背景の中、現状ドラマで描かれている篤姫は実体をともなっているのでしょうか。
どうやら、勝海舟の談話を集めた「海舟座談」などの
篤姫記述部分から肉付けさられたものが実状のようです。
ですから、篤姫がドラマで描かれているような人物像であったかどうかは確認できませんが、
痩せた土地柄(米の生産量が低い)であった薩摩藩の苦心ぶりから芽生えた精神性は、
前向きで強い自立心を育んだと推測され、篤姫像は頷けないこともないのではないか、
との推測ぶりを披露されていました。
また、15代将軍の慶喜が江戸に住まわぬ状態で、
大奥という特殊社会の人々1000名を束ねることは、
篤姫のような素養がなければ発揮することができないとも話してみえました。
正真正銘のファーストレディーだったみたいです。
先日ある方のブログに、
篤姫のことを『男は天下を動かす 女はその男を動かす』という
山本五十六元帥が残した言葉を使って書かれていたのを拝見しましたが、
まさに篤姫はそのレベルの人であったようです。
益々、大河ドラマが楽しくなりそうです。







1 ■女の本懐
「男は天下を動かす 女はその男を動かす」
はい
動かしてみたいです。