フロム・世界遺産写真家 富井義夫のブログ

世界遺産写真家 富井義夫のブログ


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レバノン最古の遺跡のひとつである
バールベックは“ローマの穀倉地帯”と称された
肥沃なベカー高原に位置している


紀元前一世紀、バールベックを領土とした
ローマ帝国は、ここを古代世界随一の
巨大な聖域へとつくりかえた



ジュピター神殿跡





かつてはジュピター神殿の
屋根を飾っていたライオンの装飾





コリント式の柱が神殿内陣を
取り囲んでいるバッカス神殿






シティ・ゲート





バールベックを撮影したあと
陸路ダマスカスへ向かうため
シリア国境を目指すのですが


途中にアン
ジャル遺跡があるので
タクシーを利用することにしました


バールベック~アンジャル - 50㎞
アンジャル遺跡で撮影のため2時間待ってもらい
アンジャル~シリア国境 - 10㎞


上記の行程で、運転者さんと料金交渉
なんと、US$35で交渉成立!
(11年前の話です)


安いだけに酷いおんぼろタクシーで
車内のシートは破れ、ひび割れたフロント硝子には
ガムテープが貼ってあるという
埃だらけのボロ車でした


それでも、無事にシリア国境に到着


物価の安い国を旅していると
機動力が発揮できて本当に助かります


アンジャル遺跡/宮殿跡





バールベックは素晴らしい遺跡でした
私の好きな世界遺産で
必ずまた取材に行きたいと考えています


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しかし今回の旅で
私がいちばん強い印象を受けたのは
首都ベイルートの街中に残る銃弾の痕でした


それは1983年、アメリカの後ろ盾のもとに
イスラエル軍がベイルートを空爆したときの傷跡で
中東のパリと呼ばれたベイルートは
イスラエル軍の無差別爆撃で
徹底的に破壊されたとのことです


私は壁に残る銃痕を見ながら
逃げ惑う民衆の姿を思い浮かべ
どれほどの人々が死傷して

どれほどの人々が嘆き悲しんだであろうかと
心が痛み目頭が熱くなりました…。


国際テロ組織アルカイーダのリーダーであった
ウサーマ・ビン・ラーディンは
そのベイルートの惨状を目撃したことから
アメリカへの復讐を決意したといわれています



そして、2001年9月11日
ビン・ラーディンは
ニューヨーク世界貿易センタービルの
爆破事件を起こしました


確認されただけで2602人の命が奪われ
13年過ぎたいまも、その家族が
塗炭の苦しみを味わっています



悲しみと憎しみの連鎖が
新たな悲しみと憎しみをつくりだす


それは人類の文明がどんなに進んでも
繰り返されていくしかないのでしょうか…。

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