ありのまま
テーマ:ブログこころの病って、なった人でないとわからないのだと実感しました。
いくら病院に行こうとも、いくらカウンセリングを受けようとも、
聴くほうが受け入れできないのであれば、いくらオイラがありのままを
話したとしても、めんどくさいとか、しつこいとか思われてしまう。
相手が面と向かって言うわけじゃいけど、態度に表れてしまう。
誰かに共感してほしいだけなのです。答えを教えてほしいわけじゃない
のです。
それが「甘い」と言ってしまえばそれまでですが、誰しも弱い部分が
あると思うのです。そりゃ弱い部分を見せたいわけではありません。
強がって生きている人だっているわけですし、ガマンするところは
しなくちゃいけないとは思います。
ただ、どうしよもなく不安になったとき、聴いてもらえるかどうかだけ
なのです。
薬を飲んだところで、解決策にはなりません。だましだまし、その場を
乗り切るだけで、薬がなくなったときに踏ん張り切れないと思うのです。
医者やカウンセラーは、確かに勉強してその道に進まれたと思いますが、
実際にその立場になったわけじゃないから、いくら「辛い」と話したところで
相手は患ったことがないから、気持ちがわからないと思うのです。
だから、めんどくさくなったり、態度に表れたりします。
そんなことをされたら、助けを求めてありのままを話したオイラは傷つきます。
社会では強がって生きている人はたくさんいます。
ただ、強がって生きている人は、弱みを見せないために、逆に弱いものを
威嚇します。どんな卑怯な手を使おうとも。
ほとんど、だましあいの世界です。
大人のイジメはそこから生まれるものなのでしょう。
社会でイジメられないように生きていくためには、イジメる対象を見つければいい。
怒られた上司は、腹いせに部下をイジメることで立場が安定すると考えます。
イジメられている人は、逃げ場がありません。救いを求めることもできません。
逆にイジメられている人を見ると、ほかの人も「この人はイジメてもいい人なんだ」
と勘違いし、イジメに加担することも多いのです。
そうなると、イジメられていることを、自分の中で消化しようとして、どんどん
ストレスが溜まってきて、結局、そのストレスが病気になったり、
極端な話、自殺にまで追い込んでしまうこともあるのです。
そういうことを「甘い」とか「世の中ナメてる」とかの一言で片付けられるようなこと
ではないのです。
イジメられても、誰かに共感、理解をしてくれる人がいれば、立ち直れることも
あるかもしれません。
それが病院であったり、カウンセリングであったりするわけで、患者の数が多くて
忙しいのもわかりますが、めんどくさがられたり、いやな態度をとられたりしたら
何のために、自分の恥部をさらけ出したのかわかりません。
オイラ、今まで生きてきて協調性がないからということで、イジメに遭ってきたから
何となくですが、今のイジメ問題もわかるような気がします。
イジメられる方が悪いとか、一方的な極論をする人は嫌いです。
じゃあ、そういう立場になったら、この人たちはどうするつもりなのでしょう?
武力で対抗するのでしょうか?それとも逃げれば終わりと考えているのでしょうか?
こういう人たちがイジメを助長しているのだと思う。
また、イジめる方が悪いというのも、きれいごとすぎて、イヤですね。
そういう人に限って、イジメられた経験がない人の価値観であり、所詮、傍観者だと
思うのです。イジメから助けて上げられることができますか?
今の体質から、イジメはなくならないと思う。ただ、イジメられている人の気持ちを
わかってあげられるような環境ができると、少しは世の中もよくなるんだろうなって
思う。かなり難しい問題ですけど。
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