1年経ちました
テーマ:ブログそう、去年の12月10日、思い出したくもありません。
オイラ、限界まで薬に頼りながら仕事をしていたのです。
かなりタイトな現場で、死に物狂いでやってたような気がする。
遅くまで帰れない現場、決定ごとが決まらず、何度も何度も
打ち合わせをして、お客さんに納得させられず、もがいていました。
その時点では、オイラ、開発をするのではなく、下準備の設計を
していたのです。
設計書、何度もレビューを行っても、突っ返され、くじけそうになったけど
最後までやりたかったから、薬を目いっぱい飲んでガマンしていた。
ただ、そこまではオイラ、何とかできる範囲内だと思っていた。
しかし、開発にまわすためには、自分が開発できるような設計書を
書かなければならないことがわかった。
それはオイラにとっては、無理なことであった。
C言語、オイラVBしか経験なかったから、「スキルがないのでできません。」
とはじめからいってたはず。
そしたら、「じゃあ、経験者を用意するから、それでやってくれ」と言われ、
不安ながら、仕事をしていたのです。
その経験者、何とちくるったのか、経験があるだけで、オイラの仕事ぶりに
まで口を挟むようになった。
要するに、「言うだけ番長」なのである。オイラがやっとこさお客からOKを
もらった設計書、その経験者に渡したんですけど、一言、
「何だこりゃ、何言ってるのか全然わからない。基礎ができていないんだよ、基礎が!」
「こんな仕事をしていたら、あんた、人間性疑われるよ!」
えっ?何でそこまで言われなきゃいけないの?基礎っていったい・・・?
それから地獄でした。
自己嫌悪の毎日で、結局、オイラ、仕事のできない日が続き、生きてる意味さえ
感じなくなっていき、大量の薬を飲んで入院。
そのままフェードアウト。会社を辞めました。
バカなことしたなって思ったけど、そこまで追い詰めちゃったわけで、
そのときは、薬を毎日、限界まで飲んでいたので、逃げ場がなくなっていたから
極論に走ってしまったわけで、耐え切れなかったのでしょう。
それから1年、いろいろありました。
大学には行ってましたが、仕事がなかなか見つからず、悩んでいました。
34歳、この年で大学生です。なんて言っても、世の中通用しませんから、
仕事を探さないと食べていけないわけで、いろんな会社に面接に行きました。
ただ、大学にに通いながら働きたいなんて、面接で言ってたら、
絶対、決まらないですよね。
うつ病ですなどと、面接のときに言ったら、即アウトだから黙っていたけど、
でも、うつ病だろうが、何であろうが働かねばならなかったのです。
仕事も決まらず、おふくろも倒れ、やけになってひたすら履歴書を
送る毎日でした。
そして、ひょんなことから、今の会社から連絡が入り、面接したいとの電話。
やみくもに応募してたから、まさかって思ってたけど、トントン拍子で
正社員として、入社できてしまいました。
ただ、うつ病のことは言っておらず、まぁバレたら仕方ないくらいの気持ちで
今日まで3週間、辞めずに過ごしました。
ホントはいつ辞めてもおかしくなかった。3週間の間、イビリ倒されましたから。
でも、ガマンできた。多分、薬を減薬していたからだと思う。
減薬しているから、しんどいと思ったら、薬を増やすことができるし、
毎日、限界まで薬を飲んでいたら、これ以上増やすことができないと考えると
つまっちゃうから、薬を飲むことで、若干の余裕ができたのかもしれない。
人生って気まぐれですよね。絶対に仕事が決まらず、今年、年が越せるか
どうかと思っていたときに、、たまたまでも就職ができてしまうのですから。
オイラ、障害認定を申請していて、仕事ができないし、決まらないから、
障害年金のお世話になろうとしていた。
ただ、障害年金といっても、1年、それだけでは暮らしていけない。それ以外に
収入がなければ生活ができない。
だから、オイラ、迷いました。働けるのであれば働いたほうがいいと思うし、
しかし、就職できたとはいえ、ホントに長く続けられるか心配で。
でも、1日中、薬の副作用で動けなくって、無駄に過ごすよりはいいのかも
って思ったり、考えました。
就職できたことには感謝しています。1年前のことを考えるとありえないくらい
です。
ただ、未だにコミュニケーション能力が足りません。なかなか自分の言いたいこと
が伝わらないことが多いです。
でも、リハビリと思えばいいこと。仕事をしてお金をもらえるようになるわけだから、
働かないでお金をもらおうなんて考えなくていいわけだから。
辛い思いがようやく少しでも開けてきたのなら、やれるところまではやってみよう
と思っています。無理をしない程度に。
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