命を思う日

テーマ:
毎年此処に来る度に
"命"を思う

命の綱渡りを経験した場所

拾ったのか
与えられたのか
それは分からないけれど…


湖の見えるレストラン…
比叡山と比良山の並ぶ風景
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額縁の様な窓から、束の間に開く桜と花火を眺めてた事を思い出す

あの日から、生きる事とは、桜を見、花火を眺める事の様に結びついた

それから、長い時間が過ぎた

終(つい)の時を、どれだけの人が想い通り迎える事が出来るだろうか

突然喪う命もある
痴呆の中で死すら意識出来ない終焉を迎える人もいる
孤独に忘れられた死を迎える人もいる

幸せと思い人生を終える人は如何程だろう


来世を説くのは宗教のミスリードであり、敗北だと思う 

神を都合よく捏造してはいけない

神は沈黙しか選ばない

「神は死んだ」
そう宣言した時から、人は神から自立する道を選んだ

神の手を借りず、人は生きる意味を見出さないといけない

所詮、今現在を生きる事でしか人は生きる事は出来ない

その中にしか、生きる意味は無い


命は一瞬の輝きでしかない

その中で個の意味を考える

そもそも、幸せとはなんぞや
何の為に生きるのか


そんな命の原点を考える日

年一度の"命の歳時記"






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