2005-05-22 22:00:00

テント芝居

テーマ:演劇

いま福岡シティ劇場で『美女と野獣』をやっています。

ここは、キャナルシティ博多にある劇団四季の専用劇場です。

10年前にできたとき、新し物好きの博多っ子たちは大騒ぎで詰めかけました。

私も3日めに、こけら落とし公演『オペラ座の怪人』を見て、「福岡も都会になってきたじゃん」と感激したものです。

そのあと歌舞伎なども公演する『博多座』ができ、福岡の演劇事情はさらに良くなりました。


それまでは、ひどいものだったんです。

東京大好きの私ですが、いつも着くとすぐに買う情報誌『ぴあ』の厚さは、九州版の3倍ありました。

『これが、中央集権国家における地方都市の現実なんだ』と悲哀を感じたものです。

たしかに東京は人が多くて、何をするにも並ばなくちゃいけないけど、無いよりましです!


お芝居は見るのが好きですが、学生時代1度だけ自分で舞台に立ったことがありました。

大学の時の文芸部の話は、散々お聞かせしてきましたね。

定期的に発行される部内の同人誌に、小説を書いたりしていました。

ところが、20歳の時に大失恋して、自分の言葉を信用できなくなったんです。

言葉というより、自分の感情そのものを。


この失恋話は長くなりそうですから、割愛します。

とにかく失恋から脱出しようとすればするほど、それ以前の自分を否定しなければならず、自分を信用できなくなったんです。

必死で、自分の感情を分析しました。

いや、失恋なんて分析するものじゃありませんね。とっとと、次の人を見つければよかったのですが、つい、いつもの小説を分析するように、自分の感情を分析しちゃったんです。


この世に存在し続けることは、自分を肯定することです。

だから、とても好きだった人でも、自分が生き残るためには『受け入れてくれなかった』という理由だけで否定しないといけないのです。

苦しみながらも最終的にはそうしました。


それ以来、人に対して激しい感情を抱かなくなりました。

愛情も憎悪も、私は自分が生き残るためだったら、簡単に捨ててしまえるのですから。


失意のどん底から、なんとか日常生活に支障をきたさないぐらいになるまでに、1年かかりました。

ひどい時は人と話をしていても「あっ、私の言うことは信用しないで・・・わからないわ・・・違うと思うの」と、話の途中で、言葉が続かなくなりました。


そんな調子では、小説を書くどころか、クラブの研究会にも参加できません。

文芸部を退部しました。

自分にいろいろ考える時間を与えないため、1週間に7箇所のお稽古をこなしていました。


でも、徐々に回復するにつれ、何か自分を表現するものが欲しくなってきたのです。

お芝居だったら・・・

言葉は一要素過ぎず、動き、目線、間合い、客席と共有する独特の空間

友達が大学の演劇部に所属していましたので、頼み込んでひと公演だけ参加させてもらうことにしました。


演劇は当時下火で、私がやりたいと騒いだので、部員のうちやっと4人の男の子が一緒にやってくれることになりました。

他の大学から客員の女優さんを一人お願いして、本格的に始まりました。


演劇は肉体労働ですね!

練習はきつかったけど、皆で行くお芝居見物は最高に楽しかったです。

護国神社の駐車場で、よくテント芝居がかかっていました。

福岡に住んでいる方はご存知でしょうが、あの路線は夜バスが殆んど通らず、六本松まで歩いて出ました。

そして、六本松で夕食!


実は、私、行きたくて仕方がない憧れのお店がありました。

それは、『餃子の王将』

女の子同士では入りにくいし、デートでも行きたくないですよね。

「どこにする?」と聞かれて、「餃子の王将!」 

発声練習で鍛えた大声で誰よりも素早く答え、憧れの店へ入りました。

でも、量が多過ぎて一度入っただけで、もう十分満足でした。

けれど、私の中で青春の一番の思い出と言うと、なぜかテント芝居と『餃子の王将』なんです(笑)


そんな風に楽しく、かつ練習は苦しく仕上げたお芝居は、まあまあの出来でした。

でも、嬉しかったのは文芸部のみんなが、大挙して見に来てくれたこと。

退部届けを出していたのに、みんなは一時期だけ演劇部と兼部していると考えてくれていたのです。

「公演も終わったから、また文芸部に戻ってくれるよね」と言われ、嬉しくて思わずうなずいていました。


皆さん意外に思われるかもしれませんが、文芸部の男女比率は7対3ぐらいで男子が圧倒的に多かったのです。

特に私の学年は、女子が私を含めて3名でしたが、他の2人は殆んど活動に参加しなかったので、ある意味私は孤軍奮闘していました。


男どもは坂口安吾気取りで、おしゃれな大学と言われていた校風に逆行し、下宿でうだうだと朝までお酒を飲んでいるような、だらしない奴らばかりだったのです。

私が不在の間、クラブはどうなっていたのやら!

文芸部に戻ると、今まで以上にビシビシと鍛えてやりました。


私は高校時代本ばかり読んでいて、男子とは没交渉。

後に同窓会で「バリアがはってあった」とまで言われました。(ピアノ② 参照)

その反動で、大学では、特にクラブでは男の子を論破することに最大の喜びを見出していたのです。

研究会、同人誌合評会、向かうところ敵無しでした!


・・・そんな風だったから、ふられたのね・・・(涙)

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