八王子通り魔事件について

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2008年7月22日、東京都八王子市にある京王八王子駅ビル内の書店において、通り魔事件が発生しました。新聞やテレビで数多くの報道がなされているのでご存知の方も多いかと思います。今夜はこの事件について思うことを書きます。


まずはじめに、本ブログは書籍や映画、お酒といった「文化的」なことについて書くのが本筋であり、このような事件について書くのは主旨から外れます。しかし、今回の事件は(も)私にとって到底許せないものであり、また、強い憤りと不安を感じるものであったので、一筆取りました。


今年に入ってから通り魔事件が相次いでいます。戸越銀座で高校生が通行人に切りつけた事件、土浦の事件、なにより先月秋葉原で痛ましい事件がありました。もちろん、これまでも通り魔事件はありました。しかし、あまりにも悲惨な事件が、連続して起こっていることで、驚き、不安に、もしくは怒りを感じている人も多いのではないかと思います。私も、驚きと不安と怒りを感じています。


私は、心理学者ではないので、容疑者たちにどのような共通点があるのか、また、どのような心理状況で、このような残酷で救いのない犯行に及んだのか分析はできません。ただ、私には、「彼ら」は一様に「自分の存在を人に認めてもらいたかった」ように見えました。つまり、幼い子供が周囲の気を惹くために、良くも悪くも目立つ行動をとり、注意を集めているのに似ているのではないかということです。


仕事がうまくいかない、人間関係で苦しんでいる、彼女ができない……、どんな理由があれ今回のように人を傷つけ殺めるのは許せないことです。ただ、他人に自分の存在を認めてもらえないのは苦しいことです。


もし、彼らが自分の存在を他人に認めてもらいたいがために、もし、自分を他人に伝えたいがために、あのような犯行に及んだのだとしたら、ひどく悲しいことです。


私も他人に認めてもらいたいと思うことが多々あります。人として当然のことだとも思います。時に失敗し、罵倒され、やりきれない思いになることもあります。しかし、幸いにして友人や家族に恵まれ、支えてもらってきました。そこで、「誰も」まわりにいなかったら、そんな怖くてさびしいことはありません。


私の想像が正しいかどうかはわかりません。確かにいえることは、このような犯罪が二度と起きないように、この国に住む人みんながどうすればよいか考えていかなければならないということです。


亡くなられた斉木愛さんのご冥福をお祈りします。


もう一人の怪我をされた方が、一日も早く快復することを願います。


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