In The Groove

a beautiful tomorrow yea


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進化するスーパースターDJカルヴィン・ハリス

 

1934年生まれのジョルジオ・アルマーニが、7月11日に83歳の誕生日を迎えたばかりだが、その50年後の1984年に生まれたのが、他でもない英国のスーパースターDJカルヴィン・ハリス>その人であり、現在はロサンジェルスの街を眼下に見下ろすウエスト・ハリウッドのプール付き大豪邸に住む33歳の天才音楽プロデューサーだ。 

 

彼のサクセス・ストーリーに関しては、2014年12月29日(日)付ブログ“EMPORIO ARMANI for Calvin Harris”(テーマ: 音楽)の中で詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。周知のとおり、彼はジョルジオ・アルマーニのセカンドライン<エンポリオ・アルマーニ>の2015春夏キャンペーンの広告にも起用された。

 

 

カルヴィン・ハリスの新作<FUNK WAV BOUNCES VOL. 1

 

2013年(当時の年収約68億円)から4年連続で、米雑誌『Forbes』が選ぶ<世界で最も稼ぐDJ>ランキングで1位に輝いているカルヴィン・ハリスが、前作『Motion』(2014年)から3年ぶりとなる5枚目のアルバムを先月30日に、

フィジカルコピー(CD)及びデジタル配信で同時リリースしたのだ。

 

新作の特徴はいくつかあるが―、

 

まず1つ目。新作には、ジジ・ハディドちゃんをMVに起用した“How Deep Is Your Love”(2015年7月)も、当時の恋人<テイラー・スウィフト>が作詞で協力し、リアーナをフィーチャーさせた“This Is What You Came For”(2016年4月)も、そしてカルヴィン・ハリスが作詞作曲し、自ら歌い上げる“My Way”(2016年9月)も収録されておらず、別コンセプトのアルバムになっている点だ。

 

2つ目。前作までは、女性ヴォーカル(全部は書かないが、例えば、“We Found Love”でリアーナ、“I Need Your Love”でエリー・ゴールディング、“Sweet Nothing”でフローレンス・ウェルチ)をフィーチャーし、自らヴォーカルも担当するなど、リスナーの感情に訴えかけてくるような、洗練されたハウス・ミュージック一辺倒の作りであった一方、

 

新作では自ら歌うこともなく、主にアメリカの黒人ミュージシャン(HIP HOP/R&B)ばかりを起用したアメリカ市場を強く意識した、従来のディープなハウス・ミュージックとは一線を画す、(アルバムジャケットそのままの)夕暮れ時のビーチで聴きたくなるような、チルアウト系のトロピカルなハウス・ミュージック・サウンドに仕上がっている点だ。 

したがって、前作までのカルヴィン・ハリスの音楽を期待して、新作を手に取ると面食らってしまう音楽ファンも少なくないはずだ(笑)。新作のタイトル『FUNK WAV BOUNCES』に注目すると、<FUNK><WAV>BOUNCES>の3つに分かれるが、音やビーチの波を意味する単語は<WAVE>だが、同タイトルは<WAV>になっているように、同アルバムには、色んな意味で“Eが足りないサウンドに仕上がっているのは明白だろう。それが“Electonica”なのか、“Ecstasy”なのか、Edge”なのか、“Emotion(感情)”なのか、“Epoch”なのか、“Experiment”なのか、“Exploration”なのか、“Evolution”なのか、その解釈は人それぞれだろうが、唯一本作をうまく形容できるそれは“Enjoy(楽しい)”だけだろうか。

 

近年、異なる音楽ジャンル毎の化学反応が功を奏し、成功している。そして今回、カルヴィン・ハリスが新作に黒人ミュージシャンばかりを起用したわけだが、その20組の面々の名前を見て、時計の針が逆回転したような感覚に陥ったのは俺だけだろうか。この流れは、カルヴィン・ハリスと人気を二分するデヴィッド・ゲッタの近年(2009年及び2011年)のアルバム制作での起用にも似たそれだが、この2人は共にデヴィッド・ボウイに影響を受けている。

 

今回の起用でまず目に留まったのが、黒人ではないが、5曲目“Prayers Up”にフィーチャーされたカナダ人のA-トラック(35歳)だ。なぜなら、彼はカニエ・ウェストのツアーにも同行するなどしていたDJのひとりであり、俺のブログでは、今から11年前となる2006年4月6日付ブログ“Forever ever? Ever, ever? Ever, ever?”(テーマ: 音楽)で取り上げた人物だが、あの日は雨が降りしきる中、横浜BLITZまで足を運んだのだ、カニエ・ウェストの日本公演<Touch The Sky Tour 2006>のために。カニエ君は今ではすっかり過去の人となり、音楽家ではなく、ファッションの人と呼ばれるまでに落ちぶれた感は否めないが、あの当時の彼は正に時代の寵児だった。

 

付け加えるならば、同公演で紹介されたのが、今のアメリカを象徴する超売れっ子のファレル・ウィリアムスその人だ。1973年生まれで、現在44歳の彼は遅咲きのミュージシャンだとも言えるが、ダフト・パンクが2013年にリリースしたアルバム『Random Access Memories』でコラボし、彼は世界的に名が知れ渡るまでに至ったよね。彼を知らない人には、彼もカニエ同様、ファッションの人だと思っている人も少なくないかもしれない。

 

そして、今から24年前となる1993年に、アルバム『Doggystyle』でデビューを果たしたスヌープ・ドッグが懐かしい今日この頃でもあるが、当時俺は大学生だったが、同アルバム収録の“Who Am I? (What's My Name?)”は未だ鮮明に憶えている。1971年生まれのスヌープ・ドッグは現在45歳であり、ハリウッドのB級映画にもよく出演している。

 

要は、カルヴィン・ハリスが、このアメリカを代表するラッパーでもあるファレル・ウィリアムスとスヌープ・ドッグを新作に同時起用し、アルバムタイトルの<FUNK>からも想像できるように、今作はEDMとは距離を置いた、或る意味、抜け感のある、70年代及び80年代風を意識したような、チルアウト系トロピカル・サウンドを創り上げたのだ。自ら歌うことも作詞することもなく、作曲、プロデュースに専念しているのが特徴だ。

 

もう2つ補足するならば、以前のブログでもオススメした<フランク・オーシャン>(29歳)が同アルバムのオープニング曲“Slide”で、2曲目“Cash Out”にはケンドリック・ラマー率いるブラック・ヒッピーのメンバーのひとり<スクール・ボーイ・Q>(30歳)が、9曲目“Faking It”にはカニエ・ウェスト繋がりの<リル・ヨッティ>がそれぞれ起用されているのだ。

 

そして今回参加した女性陣に目を向けると、3曲目“Heatstroke(熱中症)”にはアリアナ・グランデ(24歳)が、7曲目“Skrt On Me(スカート・オン・ミー)”にはニッキー・ミナージュ(34歳)が、8曲目“Feels”にはケイティ・ペリー(32歳)がそれぞれフィーチャーされている。

 

歌詞に注目しても、意外と面白い。例えば、1曲目にはピカソの有名な絵画「パイプを持つ少年」に、ゴヤールのバッグ、2曲目にはフェラーリロレックス、3曲目にはアルマン・ド・ブリニャックのシャンパンイエローダイヤモンドポルシェエルメスのバーキン、4曲目にはグッチエミリオ・プッチメルセデスクリードの香水、7曲目にはエミリー・ブラントの名前も。

 
 

 

最後になるが、カルヴィン・ハリスの新作は“遊び”心に溢れた万人受けするオススメ作品だ。続編があるとも考えられるが、同作品は、収録曲名の“Holiday”や“Heatstroke”が象徴するように、中毒性のある心地良い向けのスイートレゲエ(例えば、キャロル・トンプソンの名曲“Free”)を私的にはイメージさせるアルバムゆえ、「熱中症にくれぐれも気を付けて、(昼間ではなく)夕暮れ時に聴いてほしい。Enjoy!」なのだと、俺は勝手に解釈している。今作は、“魔法”でも何でもなく、凡人には真似できないただの“遊び”であり、進化する彼がクリエイトする音楽の断片にすぎないとはいえ、次回作が今からとても楽しみだ。

 

Have a nice day!

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ロバート・グラスパーのはじまり

 

7月31日(日)付ブログ“Summer has begun!”(テーマ: ビューティー)で、「今週28日(木)、東京は平年よりも7日遅く、昨年よりも18日遅い梅雨明けが気象庁より発表され、本格的な夏がようやくはじまった。今週は、ロバート・グラスパー(現代の最先端ジャズ)が25日(月)から3日間、マリーナ・ショウ(古き良き時代のジャズ)が28日(木)から3日間、東京ミッドタウン内のビルボードライヴ東京でそれぞれライヴを行い、俺は全6日間すべての公演に足を運びたかったというのが本音なのだが、前者に2夜連続、後者に1夜、計3公演を鑑賞し、俺の夏ははじまった」と綴ってから早1か月、暦では夏は終わり、東京都心では残暑がまだ続いているとはいえ、季節はを迎えた。

 

ファッションの秋”を先取りするかのように、先週末26日(金)の夜は、有楽町の男性向け高級百貨店「阪急メンズ東京」で、開業5周年を祝う<オータム・ナイト>パーティが招待客を集め、19時から22時までの3時間開催された。「ファッションショー」をはじめ、「ザ・ビートルズ来日50周年記念スペシャルトークショー」、映画「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK – The Touring Years」(9月22日~)公開記念のパネル展及びフォトブースなどなど様々なイヴェントが用意され、プレミアム・イヴェントとして、レベッカのNOKKOがライヴが行い、各フロアでは数種類の高級ウィスキーなどが振る舞われたのだ。とはいえ、同日夜は銀座で会食だったため、俺は足を運ぶことができなかった。

 

ビートルズの初来日が1966年、俺が生まれたのが1970年代、レベッカのデビューが1984年シェイクスピアは「すべての人生には歴史がある」「私たちは時の家来だ」「若さとは、長くは続かぬものだ」等など数多くの名言を残したが、今年★となったロックスター<デヴィッド・ボウイ>(1947-2016/享年69歳)に関して、シェイクスピアの言葉を借りれば、正に「失ったものを賞讃すると、思い出がいっそう辛くなる」のだが、「どんなに長くても、夜はいつか明ける」のも確かだろう。 

俺にとって、今年の夏は、ロバート・グラスパーのライヴで本格的に始ったと書いたが、今月16日(金)には、早くも彼のニューアルバム『ArtScience(アートサイエンス)』が世界同時リリースされる。正確に言えば、今回は「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」名義でのリリースゆえ、前作『BLACK RADIO 2』(2013年10月)以来、約3年ぶりとなる。したがって、先に「早くも彼の・・・」と書いた理由は、「ロバート・グラスパー」名義でのカヴァーアルバム『COVERED』(2015年6月)及びマイルス・デイヴィスの楽曲を“Reimagined”(再創造)したアルバム『EVERYTHING’S BEAUTIFUL』(2016年5月)に続く新作だからだ。 

そんな世界待望のロバート・グラスパーの新作アートサイエンス』が待ち遠しい今日この頃でもあるが、彼(ピアノ)は今冬には、ヴィセンテ・アーチャー(ベース)とダミオン・リード(ドラムス)と共にトリオで、ブルーノート東京において、12月18日(日)から22日(木)までの5日間(10ステージ)、来日公演が決定した。彼は、俺に日本の季節の移り変わりを教えてくれるかのように頻繁に来日しているが、今年何度来日を果たしたのだろうか? そう、ビルボードライヴ東京での7月公演の感想をまだ綴っていなかった。劇場鑑賞した映画の感想然り。

 

ロバート・グラスパーも才能を認めた、

黒人ミュージシャン<フランク・オーシャン>の

お気に入りの50曲

 

2000年以降にデビューしたミュージシャンの中で、このブログでいち早く取り上げ、オススメしたアーティスト(当時はごくごく一部の洋楽好きの間でしか知られていない存在だった)は現在、その全員が世界的に成功を収めた(今では誰もが知るビッグネームにまで成長した)が、その筆頭がリアーナ(ダンスミュージック)であり、カニエ・ウェスト(ヒップホップ)であり、ジェームス・ブレイク(ハウスミュージック/EDM)であり、カルヴィン・ハリス(ハウスミュージック/EDM)であり、カスケイド(ハウスミュージック/EDM)であり、そしてロバート・グラスパー(ジャズ)なのだが、彼らの来日公演には過去何度も足を運んだ。

 

2000年以降、彼らはミュージックシーンの最先端を走ってきたアーティストだとはいえ、カニエ・ウェストだけはもう過去の人なのかもしれないが、リアーナはファッション・アイコンでもあり、正に「VOGUE」な存在の歌姫だとも言えよう。

 

一方、ブログ内でオススメはしたが、唯一足を運べていない(来日公演なし)アーティストが、ラナ・デル・レイ(ハリウッド・ポップ/サッドコア)とフランク・オーシャン(R&B)の2人なのだ。また、バンクス(R&B)の初単独来日公演に関しては、2015年2月13日(金)付ブログ“I’m already falling”(テーマ: 音楽)の中で、特別に、詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。 

本題に入るが、ニューアルバム『Blond』をリリースしたばかりのフランク・オーシャンだが、彼はフリーマガジン『Boys Don't Cry』を発行し、同誌の中で、お気に入りの音楽(50曲)が紹介されたゆえ、本日のブログでは、彼が選んだ50曲に注目してみたい。

 

“Crosstown Traffic”, Jimi Hendrix

“How Insensitive”, Frank Sinatra

“Scarborough Fair”, Simon & Garfunkel

“Alina”, Arvo Part

“I Feel Love”, Donna Summer

“To The Last Whale”, Crosby & Nash

“Prints Tie”, Bobby Hutcherson

“Jardim Dos Deuses”, Joyce Moreno

“Fade Into You”, Mazzy Star

“No More Shall We Part”, Nick Cave & The Bad Seeds

 

“I Never Learnt To Share”, James Blake

“One Mo Gin”, D'Angelo

“The Last One To Be Loved”, Gabor Szabo

“Shadows”, Lonnie Liston Smith & The Cosmic Echoes

“Images Live In 1964”, Nina Simone

“The First Time Ever I Saw Your Face”, Roberta Flack

“It’s Gonna Rain”, Steve Reich

“Stardust”, Willie Nelson

“Nós e o mar”, Tamba Trio

“$”, D.R.A.M.

 

“When I Die”, Goldlink

“The Man-Machine”, Kraftwerk

“Asiko”, Tony Allen

“Earth Bound Hearts”, John Mclaughlin feat. John Surman

“Simply Beautiful”, Al Green

“Mr. Bojangles”, Nina Simone

“Flamingo”, Todd Rundgren

“The Medley Of Praise”, Daryl Coley

“Claire De Lune”, Isao Tomita

 

 

“Calls”, Robert Glasper feat. Jill Scott

 

“Your Smile”, Chaka Khan and Rufus

“Bitch Please”, Death Grips

“Anthrax”, Gang Of Four

“I Am The Walrus”, The Beatles

“Jesus Children Of America”, Stevie Wonder

“Garden Of Linmiri”, Caustic Window

“Home (YouTube Rip)”, Kim Burrell

“Vibrate”, OutKast

“12 Aisatsana”, Aphex Twin

“Mis”, Alex G

 

“Right Down The Line”, Gerry Rafferty

“Anytime”, Ray J

“Jesus”, Curtis Mayfield

“Something About Us”, Daft Punk

“Your Daddy Loves You”, Gil Scott Heron

“Portrait Of Tracy”, Jaco Pastorius

“Rusholme Ruffians”, The Smiths

“When U Were Mine”, Prince

“Road To Nowhere”, Talking Heads

“Boys Don’t Cry”, The Cure

 

先述した50曲は、彼が自らのセンスで選んだそれだと思う一方、彼が他のメディアで選んだお気に入りの映画100本は、明らかにアメリカの著名な映画評論家などが選んだ名作リストや本などを参考にして、選んだ感は否めず、現在28歳の彼がそれらを全部鑑賞しているとは思えないそれだった。なぜなら、28歳の割には洗練されたセレクションだったからだ、ただそれだけ。映画好きの俺は、子供の頃からビデオで、90年代はLDで、それ以降はDVDで、トータル5000本以上は鑑賞してきたが、彼が鑑賞した映画の本数は、年齢的(彼のデビューは2012年であり、経済的成功はそれ以降)なそれから考慮すれば、限定されるからだ。

 

音楽に関しては、彼の本業であり、インスピレーションの源なのだろうから、その範囲ではないが、音楽好きならば、誰もが知る有名なミュージシャンの名前ばかりが並んでおり、曲目に関しては、なぜそれを選んだのかは甚だ疑問が残ったとはいえ、私的にはとても興味深いそれだった。

 

俺のお気に入りの米国の黒人女性ジャズシンガー<ニーナ・シモン>をはじめ、英国の<ビートルズ><ジェイムス・ブレイク><エイフェックス・ツイン><ザ・スミス><ザ・キュアー>、(デヴィッド・ボウイも影響を受けた)ドイツの<クラフトワーク>、フランスの<ダフトパンク>、今年他界した日本の<冨田勲>、そして今年急逝した米国の<プリンス>、同じく同国の<ロバート・グラスパー><スティーヴ・ライヒ><カーティス・メイフィールド><ロバータ・フラック><フランク・シナトラ><トーキング・ヘッズ>等などの名前が目に留まった。

 

全部は書かないが、他にも、サイモン&ガーファンクルをはじめ、ドナ・サマー、スティーヴィー・ワンダー、チャカ・カーン、アル・グリーン、ディアンジェロ、アウトキャスト、トッド・ラングレン等々、アメリカ人であれば、誰もが知る有名なミュージシャンばかりだ。

 

結論、28歳のフランク・オーシャンが選んだ50曲は、全部が全部、洗練されているとは言えないそれなのだが、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ロック、フォークと多種多様なのも特徴のひとつであり、ニーナ・シモンをはじめ、ジェイムス・ブレイク、ダフトパンク、ロバート・グラスパー、プリンス等々の名前が挙がっているように、彼の音楽の趣味は、俺ととてもよく似通っているのは明らかだ。とはいえ、同50曲のリストには、天才作曲家<モーツァルト>の名前も、天才ピアニスト<グレン・グールド>の名前も挙がっていない(ロバート・グラスパーは黒人ジャズピアニストである)ことから推測できるのは、彼は黒人の音楽とも形容できるジャズやヒップホップ、R&Bなどを中心に強い影響を受けたことが窺い知れるのと同時に、米国のロックよりも寧ろ、英国のロックに影響を受けながら、ヨーロッパの電子音楽(ハウスミュージック他)にも関心があったのか、と俺は読み取ったのだ。また、デヴィッド・ボウイの名前は、アルバムに貢献してくれた(要は、フランク・オーシャンが影響を受けたという意味合いで)クレジットされているが、先述した50曲の中に、ボウイの曲が含まれていないのは意味不明だ。

 

付け加えるならば、彼が選んだお気に入りの映画100本に関しては、次回のブログで取り上げる予定だが、もうひとつ、俺が知りたいのは彼のお気に入りの小説や作家の名前だろうか。彼がシェイクスピアオスカー・ワイルドのそれを読んだことがあるのか否かは知らないが、意外にも、彼のお気に入り小説が、ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』だったら、或る意味、面白いと考えたのは俺だけではないはずだ。彼がストレートなのか、それともゲイなのかバイセクシャルなのか、それは大した問題ではないけれど・・・。彼のニューアルバム『ブロンド』は、俺が過度に期待したほどの面白いアルバムではなかったが、彼のまた違う一面を知るにはとてもよい機会だった。なお、音楽専門サイト<NME>のサイトでは、同アルバムの全曲レヴューが掲載されている。

 

 

最後になるが、フランク・オーシャンのデビューアルバムChannel Orange』(2012年)収録曲“Bad Religion”を耳にする度、特に理由はないが、今は亡きプリンスをふと思い出すのは俺だけだろうか。

 

Have a nice day!

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日が沈む。一日の労苦に疲れた憐れな魂の裡に、大きな平和が作られる。そして今それらの思想は、黄昏時の、さだかならぬ仄かな色に染めなされる。かかる折しも、かの山の巓(いただき)から、薄暮の透明な霧を通して、私の家の露台まで高まってくる潮のような、吹き募る嵐のような、ほど遠い距離がもの悲しい諧調に作りかえる、雑多な叫びの入りまじった、大きな呻(うな)りが聞えてくる。



ああ黄昏、汝の如何に甘く優しきかな! 勝ち誇らんとする夜の威圧の下に、一日の縡(こと)きれる苦悩の如く、なお水平線に棚曳いている薔薇色の光、日没の最期(いまわ)の栄光の上に、濁った赤い汚点(しみ)をつくる諸々の燭火の火穂(ほのお)、東洋(ひんがし)の奥処より眼に見えぬ手の抽きいだす重い絨毯、それらは、生命の荘厳なる時刻に於て、人の心中に互に相剋する、すべての複雑した情緒を模倣している。

シャルル・ボードレール著『黄昏』(1855年発表の散文詩)より



歌姫<ラナ・デル・レイ>と小説<アメリカン・サイコ





1985年生まれの「エリザベス・ウールリッジ・グラント」こと「ラナ・デル・レイ」が、メジャーデビューとなる傑作アルバム『
Born to Die』を2012年(当時27歳)にリリースしてから、今年で4年目を数え、そして彼女は先月21日、31歳の誕生日を迎えた。
Congrats!



当時の衝撃は今でも鮮明に憶えているが、それは、(彼女の音楽とは趣を異にする)俺のお気に入りミュージシャンのひとりで、米西海岸発ハウスミュージックの雄<Kaskade(カスケイド)>の音楽を聴いて、心地よい高揚感を憶えたときのように、彼女の音楽は「ノスタルジア」と「黄昏感」を俺に強烈にアピールしたのだ。


 
ところで、(日本経済のバブルが崩壊した)1991年にアメリカで出版され、物議を呼んだブレット・イーストン・エリス(1964年生まれ・当時27歳)の問題小説『アメリカン・サイコ』(過去、何度もこのブログで取り上げている)の邦訳本がここ日本で出版されたのは、今から24年前の1992年まで遡るが、当時大学生だった俺は、小説のなかに時折登場する「ジョルジオ・アルマーニ」をはじめとした、数多くの有名ブランドの固有名詞の氾濫に快感を覚えながら、小説の舞台でもある「80年代のニューヨーク」を何度イメージしたことだろうか。



同小説の訳者あとがきから、以下一部抜粋して紹介したい。



80年代へのシンボルだという作者の言い分に付け加えて、ひとつ訳者の意見を述べるならば、『アメリカン・サイコ』は、アメリカが過去から引きずってきた精神の病をも表している。いわゆる「アメリカの夢」に基づく悲劇である。父親の財産のおかげで、はじめから社会の成功者であるのに、彼は精神だけは上昇目マニアである。競争するというビジネスエリートという自画像を持っていないと気が済まない。



彼が英雄として崇めるのは、不動産王ドナルド・トランプだ。アメリカの夢に駆られて人殺しを犯す話としては、ドライサーの『アメリカの悲劇』と通じていなくはない。そして、消費物資の豊かさで夢を煽る都会を、細かく描いている点でも、ドライサーの下流に位置している。だが、いまにしてみると、いかにドライサーの悲劇は「まじめ」なものだったことか。製造業を舞台として、下積みから上へ昇りたいがために、さんざん悩んで、邪魔になる一人の女を殺してしまったのがドライサーの若者である。80年代の若き殺人者は、金融業界で安楽に暮らしながら、その優位性を味わう遊戯として、次から次へ殺していく倒錯に落ちた。というわけで、『アメリカン・サイコ』はアメリカの現在と過去を語る、まさに「アメリカン」な作品であり、けっして看板倒れにはなっていない。

―小川高義



多くのアメリカ人による“バブル・アゲイン”の切望か。そして“Make America Great Again!”を連呼する不動産王<ドナルド・トランプ>は現在、すっかり「時の人」だが、『アメリカン・サイコ』の主人公<パトリック・ベイトマン>が尊敬している人物が、他でもないトランプその人なのだ。私見だと前置きしておくが、彼はタバコも酒もドラッグも一切やらない仕事人間であり、ビジネスエリートのトランプは、アメリカのどのセレブリティよりもクリーンな人物なのかもしれない。そして、彼の派手なパフォーマンスはともかく、彼の思想はとってもアメリカ的だろう。俺自身、好きか嫌いかで選ぶならば、彼は好きなタイプの人物だ、それに特に意味はないので、あしからず。俺の基本的な考え方は、日本も含め、政治家は金持ちがやったほうがよいと思っている。ブルームバーグ前NY市長(資産約2兆円)がよい手本であり、彼の市長時代にいただいていた年収はわずか1ドルだった。例えば、政務活動費を騙し取った兵庫県議会元議員の野々村氏など、日本人の恥だ。



話が逸れてきたが、ラナ・デル・レイは、かつてインタヴューで「アメリカン・ドリームと『アメリカン・サイコ』が、だんだん同じものを意味し始めてるってこと」と答えている。また、ロックバンド<ニルヴァーナ>でアメリカン・ドリームを実現し、名声を得た後、自殺した同バンドのフロントマン<カート・コバーン>について、(ラナ・デル・レイが11歳当時)「これまで見たなかで最も美しい人だと思った。まだ小さかったんだけど、それでもカートの表現する悲しみにすごく共感した」と。



先述した同アルバムのライナーノーツ(2012年)に、的を射た部分があったので、以下一部抜粋して紹介したい。

 
わたしたちは、カート・コバーンというアーティストが、まさにアメリカという巨大な欲望の怪物に敗れたミュージシャンだったことを知っている。名声を強い、強くあることを強い、勝利することを強いるアメリカという国で、「ここは自分には生きにくい」と歌ったことを知っている。それと同じように、ラナ・デル・レイは、だから「踊らず」に、さらに消え入りそうなほど「かぼそい」声で歌うのである。それは、ラナ・デル・レイにとって、アメリカ、つまり、世界そのものがそのような虚ろな欲望に犯されたものであり、よって、世界はすでに滅んでいるものだからであり、したがって、世界はすでにどうしようもなく哀しいからである。「わたしたちは死ぬために生まれた=ボーン・トゥ・ダイ」とはそういうことだと思うのである。



映画<Mommy/マミー>のエンドクレジット曲




今月に入ってから、帰宅後、自宅
BGMは、ロバート・グラスパーマリーナ・ショウのアルバムをヘヴィローテーションしている。ジャズをBGMに、年中、夜の時間帯にはシャンパンをバカラのグラスで愛飲しているとはいえ、先月からふたたび「ジン・トニック」を飲みたい気分に駆られたのだ。



何瓶空けたかまでは覚えていないが、俺のお気に入りの英国産高級ジン「Tanqueray No.TEN(タンカレー ナンバーテン)」を、「フィーバーツリー トニックウォーター」で割ったそれにライムを加え、アルマーニの大きめのグラス(350ml)で愛飲している。同ジン以外では、映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の劇中にも登場する高級ジン「HENDRICK’S(ヘンドリックス)」を、同じく「フィーバーツリー トニックウォーター」で割ったそれも愛飲しているが、タリスカー同様にオススメのそれだ。



シャンパン以外で、ジン・トニックの気分でない夜は、俺のお気に入りのシングルモルト・スコッチウイスキー「TALISKER(タリスカー)」の18年モノを、バカラ・マッセナのロックグラスに注ぎ、英国のミネラル・ウォーター「HILDON(ヒルドン)」(スティル・無発砲)で割っている。今月は、国産ウィスキー「白州」の25年モノを初めて購入したが、ロック(ストレート)以外の飲み方では、サントリーのミネラル・ウォーター「南アルプスの天然水」で割り、鰻をはじめ、チーズや生ハムをつまみとして合わせている。



先月も今月もまた、ジン・トニックな夜を続けていたのだが、先日、かつて劇場鑑賞した、カナダの鬼才<グザヴィエ・ドラン>監督の作品『Mommy/マミー』(2014年・カナダ)のブルーレイを購入し、ソニーの4K大画面TVで再見したのだが、この若手監督の凄さは認めるが、同作品の物語のテーマはとても重く、俺の趣味でないのは確かなのだが、今回ブルーレイを購入した理由は、エンドクレジット曲として流れるラナ・デル・レイの“Born to Die”を、切なすぎる内容の同作品の映像と共に聴きたかったから、ただそれだけ。付け加えるならば、劇中で、他には、オアシスの“Wonderwall”が使用されている。



学生時代から高級オーディオマニアの俺は現在、自宅では、TVをはじめとした機器を、すべてコンヴァーターに接続し、経由させているため、PCオーディオの音楽鑑賞も含め、CD以上の高音質であるハイレゾ音源で聴けるように設定している。また、超高級ヘッドフォンは10数種類所有しており、ドイツ<SENNHEISER(ゼンハイザー)>社の「HD800」をはじめ、ソニーの「MDR-Z7」などを日常的に使用しているが、先月新たに購入したオーストリア<AKG(アカゲー)>の「Q701」(クインシー・ジョーンズとのコラボモデル)を今月はよく使用している。



映画<華麗なるギャツビー>の劇中使用曲




 
レオナルド・ディカプリオ主演作『華麗なるギャツビー』(2013年・米)の劇中では、ラナ・デル・レイの曲“Young and Beautiful”が使用されたが、同作品のテーマは、先述したドライサーやブレット・イーストン・エリスの小説同様、「アメリカの夢に基づく悲劇」を描いているが、同作品にこれほどまでにトゥー・マッチしたのは彼女の曲だけだろう。なお、映画『アメリカン・サイコ』(2000年・米)のエンドクレジット曲は、デヴィッド・ボウイの“Something in the air”(1999年)だ。


最後になるが、ラナ・デル・レイをブログで取り上げたのは、2015年4月3日()付ブログ“Her eyes all swimming pool blue ”(テーマ: お薦めイヴェント)まで遡るが、彼女の音楽の魅力を一言で表現する際、オスカー・ワイルドの名言「彼女は弱さという何ともいえない魅力を欠いている」を借りれば、彼女は弱さという何ともいえない魅力で溢れている。彼女は、マドンナやビヨンセ、ヒラリー・クリントンとは対極にあるような、俺好みの世界観を体現している稀有な存在の歌姫だとも言えよう。光と闇を揺らす、心の中の風景を映し出す音楽か。早急な初来日公演を期待したい。



Have a nice weekend!

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もう何年も前になるが、私が落ち込むたびに作家のジェイムズ・ボールドウィンがこんな言葉で励ましてくれた。「君が作り上げた人生はすべて君自身に責任があるんだよ、ニーナ。だから逃げ出さずに頑張るしかないんだ」。ジミーはいつも物事をありのままに受け入れる人だった。受け入れた現実がどんなに辛いものでも、彼はその姿勢を決して崩すことはなかったのである。



世界中を旅してきた私にとって、各国の主だった都市は思い出の宝石箱のようなものだ。さまざまな国の男性と恋に落ちた。そして、どの国の人々にも深い愛情を覚えた。特にアフリカの場合はあの大陸のすべてを愛さずにはいられなかった。友達を見ればその人の本性がわかるというが、自分の友達を思い浮かべると、私という人間はつくづく恵まれていたと痛感せずにはいられない。私はジミーに言われた通り、自分で作り出した人生を頑張って生き続けてきた。そうしてきて本当によかったと思うのは、長い年月が過ぎた今でも、生きることの喜びが続いているからである。

ニーナ・シモン with ステファン・クリアリー著『ニーナ・シモン自伝』より



ニーナ・シモンの記憶



アメリカを代表する黒人女性シンガーソングライター<ニーナ・シモン>(19332003/享年70歳)の歌声を、俺が初めて聴いたのは1983年まで遡るが、デヴィッド・ボウイ繋がりで、ボウイが歌った曲“Wild in The Wind”を、彼女がかつて歌っていたことを知ったのがきっかけだ。長い間、彼女が俺のお気に入りジャズ・シンガーのひとりであるのは確かであり、彼女をトリビュートしたアルバム『Nina Revisited...A Tribute To Nina Simone』が昨夏にリリースされたのは記憶に新しい。彼女を題材にした映画然り、ね。



トリビュート・アルバムのプロデュースを務めたのは、他でもないローリン・ヒルロバート・グラスパーの2人であり、全収録曲(16曲)中、ローリン・ヒルが5曲、そしてニーナ・シモンの娘<リサ・シモン>(1962年生まれ/現53歳)が2曲を歌いあげているのだ。



ニーナ・シモンに関して、以前のブログでも何度か取り上げたが、例えば、2013年9月19日()付ブログ“Fly Me To The Moon ”(テーマ: 音楽)では、リミックス・アルバム『VERVE REMIXED: THE FIRST LADIES』をオススメしたのを覚えているだろうか。当時のブログから、以下一部抜粋して紹介したい。



今回オススメするアルバム『VERVE REMIXED: THE FIRST LADIES』の特徴は、21世紀の最先端を走るEDMを代表するDJたちが、ヴァーヴ・レコードの音源から、偉大なる女性ジャズ・ヴォーカリストたちの名曲を選び出し、リミックスさせ、モダンに蘇らせた点だろうか。正に、ジャズとEDMの融合とも言えるが、リミックスする側、そしてリミックスされる側(ジャズ・ヴォーカル界のファースト・レディたち)のいずれも、とても興味深い面々ばかりなのだ。



3曲目に収録された、(1933年アメリカ生まれの)<ニーナ・シモン>の“Feeling Good”(1965年)。同曲は、1975年生まれのカナダ人<マイケル・ブーブレ>がカヴァーし、以前のブログでもオススメしたように、日本国内においては、ホンダ「アコード」のハイブリット車のCMで使用されているため、ご存じの方も少なくないはずだ。ニーナの原曲を、今回リミックスしたのが1978年生まれのアメリカ人DJ<ベースネクター>だ。

もう1曲選ぶならば、同じくニーナ・シモンで、6曲目に収録された“Dont Let Me Be Misunderstood”(1964年)だ。シャーリーズ・セロンが起用された、ディオールの香水<ジャドール>のCMで、同曲が使用され、以前のブログでも取り上げたため、このブログ読者は聞き覚えがあるかもしれない。同曲を今回、リミックスしたのが、2人組カナダ人DJの<ゼッズ・デッド>だ。



そして、2015年7月13日()付ブログ“Absolutely fantastic ”(テーマ: 音楽)では、ニーナ・シモンのトリビュート・アルバム『Nina Revisited...A Tribute To Nina Simone』について触れたので、興味がある方はどうぞ。



ニーナの娘<リサ・シモン>初来日公演@コットンクラブ



前置きが長くなってしまったが、リサ・シモンの初来日公演を体験するため、丸の内の商業施設ビル<TOKIA2Fに位置するライヴ・レストラン<コットンクラブ>に先日足を運んだ。当日のファッションは、ジョルジオ・アルマーニ(『TOKYO』ライン)のスーツに、バルバ(イタリア・ナポリのシャツブランド)の白シャツ(麻素材)、ブランパンの腕時計、足元はエルメスのシューズだ。



2ndステージ(21:00~)が始まるまで時間に余裕があったため、久々に、フォーシーズンズホテル丸の内東京でのディナーを選択した。スノッブな雰囲気が漂う同ホテル7Fに位置するレストラン『Motif』で、シャンパン【その日のグラスシャンパンは、ボランジェ(3400円)アヤラ(2500円)の2種類/税8%・サーヴィス料15%は別)】をいただきながら、ディナーを愉しんだが、夕暮れ時から日没までの間、眼下には東京駅に入ってくる新幹線の光景が、大きなガラス窓越しには、銀座界隈のパノラマヴューな夜景が、そして遠くには東京タワーが眩しく輝いていた。



そして徒歩で、コットンクラブへ。早速、シャンパンをいただこうと、メニューをチェックしたが、グラスシャンパンの銘柄は、マム1種類のみで、価格は1400円(税8%・サーヴィス料10%は別)と、外資系超高級ホテル<フォーシーズンズホテル>のそれに比べると、とっても良心的だった。席に着くなり、15分ほどでシャンパンをひとりで3杯おかわりし、リサ・シモンが登場するまでの数分間、先日劇場鑑賞したドキュメンタリー映画『ノーマ、世界を変える料理』について談笑した。同作品に関しては、気が向けば、後日ブログで感想を綴るかもしれない。



シャンパン片手に談笑していると、リサ・シモンが姿を現し、コットンクラブの夜は静かに幕を開けたのだ。

ライヴの感想を綴る前に、リサ・シモンのアルバムは、2008年に母ニーナの楽曲をカヴァーしたアルバム『
Simone on Simone』をはじめ、


オリジナルアルバムでは、2014年に『
All Is Well』を、


2015年に『
My World』をそれぞれリリースしている。先述した母ニーナのトリビュート・アルバム『Nina Revisited...A Tribute To Nina Simone』への参加を含めると、彼女の歌声を聴けるのはこの4枚だと思われ、俺自身、すべて所有しているが、オリジナルアルバムに関しては、とりわけオススメはしない。



現在53歳のリサ・シモンは、ブロードウェイ・ミュージカルに出演する女優であり、彼女の本格的な音楽活動はごくごく最近のことであり、2008年のカヴァーアルバムを除けば、一昨年リリースしたファースト・アルバムと昨年リリースしたセカンド・アルバムが始まりなのだ。したがって、彼女が2000年代以前に何をやっていたのかは知らないが、2003年まで母ニーナが健在だったというのは事実だ。



ところで、ブログ冒頭で引用したニーナ・シモンの自伝本は、アメリカで1991年に刊行され、邦訳本が1995年に刊行された。同書のはじめには、「ノース・カロライナ州のトライオンで生を受けたニーナ・シモンは、幼少の頃から20年間にわたってクラシック音楽の教育を受け、やがてアトランティック・シティのクラブに出演中、歌手としての人気を得るようになった。1959年の最初のヒット曲<I Loves You, Porgy>以降、これまで50枚以上ものレコードを出している。数々のヒット曲の中でも<I Put a Spell on You>、<Don't Let Me Be Misunderstood>、<Mississippi Goddam>などは最もよく知られている」と紹介されている。



50枚以上ものアルバムをリリースし、伝説となった黒人女性ジャズ・シンガー<ニーナ・シモン>の生の歌声を俺の生涯で聴く機会はなかったが、今回ニーナの娘<リサ・シモン>の歌声を初めて耳にしたわけだが、母ニーナとは明らかに異なるそれであり、ジャズというよりも寧ろ、ポピュラー・ミュージックの領域に近い楽曲のオンパレードで、誰もが知っているようなヒット曲がないためか、一部の観客は異様に盛り上がっていたと前置きしておくが、観客を圧倒させるまでには達せず、会場内はあまり盛り上がっていないようにも思われた。

とはいえ、彼女がブロードウェイ・ミュージカル出身の女優だからだろうか、彼女はライヴ途中、観客席を回り、観客ひとりひとりに握手(俺も握手をした)を求め、その底抜けに明るいキャラクターが、母ニーナとはとても対照的に、俺の眼には映ったのだ。
フォーシーズンズホテルでの素敵なシャンパンディナー後、コットンクラブでもシャンパンをいただき、その夜もまた、俺の気分は高揚し、ハイだった。そんな至福な時間が流れていった。



リサがライヴ途中、「私の母親を誰だか知ってる?」と自虐的に、我々日本人の観客に問いかけ、その後、母ニーナの楽曲を1曲披露してくれたが、或る意味、その歌声はニーナ・シモンを彷彿させるようなそれであり、夢か現実か、それは偉大な母ニーナと娘リサの過去と現実が交錯した瞬間でもあった。俺はそんな素敵な瞬間に居合わせ、それを体験できただけで、今回足を運んだ価値が十分あったように思う。



最後になるが、リサ・シモンの初来日公演は、コットンクラブで3日間(6月8・9・10日)行われ、そして本日より、ブルーノート東京公演が2日間(6月11日・12日)行われるので、興味がある方はぜひどうぞ。そう、今の時代、人々の興味や個人消費は、「モノ」から「体験」へと移行しているのかもしれない。



Have a nice weekend!

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どうかグレディさんにフェリーさんを田舎から呼ぶように伝えてください。グレディが部屋を散らかしたにちがいないので、このずっといてもらったらよかったのにと思っています。まったく信じられないことですが、カンヌの家を貸していたドイツ人が家を汚くしていたので、もう一度がっかりしたくないのです。そしてもう一つ、これもグレディに話してください。彼女のドレスは夢のように素晴らしく出来上がりました。本当に信じられないほどです。



ついに、訊く時がきた。私は何をしたというの? その時は朝食のテーブルで、アップルが母親からの手紙を声に出して読み、ドレスのことに触れた時だった。それを欲しがっていたことを忘れていて、決して着ないとわかっていて、彼女は今までと違うわけのわからない悲しみの階段を逃げるように降りた。



私は何をしたの? 海にも同じことを訊ねた。鋭敏なカモメは繰り返し海上を飛ぶ。人生のおおかたは退屈だ。煙草のブランドを替えたり、新しい土地に越したり、新聞を替えたり、恋に落ちたり、失恋したりして、日々の生活の退屈をまぎらわすことができないことに浅かれ深かれ抗議しているのだ。不幸なことに、どんな鏡もあてにならない。どんなに危険を冒しても、ある点では同じように無駄であり、消し去れない顔が映っている。

―トルーマン・カポーティ著『真夏の航海(原題: Summer Crossing)』より



ジョディ・フォスター来日



カンヌの宴も終わり、東京はまだ梅雨入りしていないが、梅雨が明ければ、本格的なが始まる。そういう意味では、心地よい風が吹き抜ける、今のこの初夏の時期が一番過ごしやすい時期なのかもしれない。



そう、先月13日にブログを更新して以降、一度もブログを更新することなく、約1カ月が経過したが、それに特別な理由などない。ただ、シャンパンが美味しく感じられる時期ゆえ、夜な夜なシャンパンディナーを楽しんでいたのだ。また、購入後、開封していなかった大量の音楽CDを聴いたり、未見の映画DVDを視聴したり、を読んだり、やりたいことをやっていたのだ、ただそれだけ。



そんな矢先、ジョージ・クルーニージュリア・ロバーツが共演を果たした映画『マネーモンスター』の監督を務めた(ハリウッドスターの中では珍しくとても知的で、身長160㎝ととても小柄な)オスカー女優<ジョディ・フォスター>が先日来日を果たしたのは、記憶に新しい。





ジョディ・フォスターに関して、俺が10代だった頃、1988年のアメリカ映画『君がいた夏』『告発の行方』を観た記憶が未だ残っているが、私的に忘れられない彼女の代表作といえば、1991年6月に日本公開となり、第64回アカデミー賞を総なめにした映画『羊たちの沈黙』だ。もうかれこれ今から25年前の作品ゆえ、当時28歳だった彼女は現在53歳だ。60年代生まれの彼女や、70年代生まれの俺よりも、上の世代であれば、ロバート・デ・ニーロ主演、マーティン・スコセッシ監督作『タクシードライバー』(1976年・米)に子役で出演を果たしたジョディ・フォスターのほうが有名かもしれない。



ロバート・グラスパーの新作『エヴリシングス・ビューティフル



今年のゴールデン・ウィークに足を運んだニューヨークでは、ジョルジオ・アルマーニのスーツ(「TOKYO」ライン)、サマージャケットシャツ(白、黒、紺)をはじめ、エルメスヴァレクストラのバッグ、そしてベルルッティエルメスルブタンのシューズを6足購入したのだが、ホテルの客室でBGMとして流していたのは、日本から持参した、黒人ジャズ・ピアニスト<ロバート・グラスパー>の4枚のアルバムだった。そう、俺がニューヨークで購入したアルマーニのサマージャケットが、阪急メンズ東京の5月16日付ブログ“ジョルジオ アルマーニの名品ジャケットで、美しく快適な夏を過ごす ”で取り上げられていた。



ロバート・グラスパーに関しては、2012年にブルーノートからリリースされたアルバム『Black Radio』をはじめ、過去何度もブログ内でオススメしてきたので、ここで改めて彼のプロフィールや過去のアルバムについては言及しない。



とはいえ、同アルバムが俺の興味を強烈に惹いたのは、当時のブログでも指摘したと思うが、11曲目に収録された『ヘルミオーネへの手紙(原題: Letter To Hermione)』だ。なぜなら、同曲はデヴィッド・ボウイが1969年にリリースしたアルバム『スぺイス・オディティ』収録曲だからだ。それは、69年当時、ボウイの恋人<ヘルミオーネ・フォージンゲール>への想いを綴った曲なのだが、俺はボウイの数ある名曲の中から、俺よりも年下の1978年生まれ(38歳)のロバート・グラスパーが、同曲を選び出し、カヴァーしたことに、驚きを隠せなかったというのが本音なのだ。ニルヴァーナの曲“Smells Like Teen Spirit”のカヴァー然り。



彼の音楽的センスには脱帽なのだが、彼は、マイク・ガースン(ジャズ/デヴィッド・ボウイの音楽仲間)、ビル・エヴァンス(ジャズ)、グレン・グールド(クラシック)同様、俺のお気に入りピアニストのひとりに加わって久しいが、来月の来日公演もとても楽しみだ。彼はたびたび来日を果たし、ブルーノート東京やビルボードライブ東京で日本公演を行っており、俺も過去4度ほど足を運んでいる。なお、付け加えるならば、楽器は、ピアノは好きだが、トランペットはあまり好きではない。



参考までに、2012年にリリースされたアルバム『Black Radio』(国内盤)のライナーノーツで、的を射た部分があったので、以下一部抜粋して紹介したい。



ヒップホップをジャズのエッセンスを取り入れたスタイルを演奏するということ自体は、グールーのジャズマタズが1990年代前半からやっていることだ。ザ・ルーツやマッドリブのイエスタデイズ・ニュー・クインテット、マーク・マックのヴィジョニアーズなど、そうした例を挙げれば快挙に暇がない。いずれにしても、それらはほとんどがヒップホップやクラブ・ミュージック・サイドからの発信であり、長い間ジャズ・サイドからはこれといった動きが見られなかった。歴史を紐解けばハービー・ハンコックやマイルス・デイヴィスがヒップホップを積極的に取り入れた作品を残したこともあるが、ジャズのメインストリームでそれらは長らく無視された存在だった。



確かに、1990年代前半、渋谷のHMVで、ジャズマタズのアルバムを購入し、今もそれは手元に残っており、それは記憶に残るアルバムのひとつではあるが、俺の感覚から言わせてもらえば、ジャズにヒップホップ的要素を取り入れて、踊れるジャズと言われたその一大ムーヴメントは、90年代の東京ナイトシーンをオシャレに彩った英国発「アシッド・ジャズ」(HMV渋谷店では、当時「クラブ・ジャズ」とも形容されていた)に他ならないが、20年前の記憶を取り戻すかのように、米国発のロバート・グラスパーの音楽もまた無敵に素敵なのだ。

そして昨年6月にリリースされたロバート・グラスパーのアルバム『COVERED』から早1年、彼の新作『Everything’s Beautiful』が、マイルス・デイヴィスとのダブルネーム名義で、国内盤が先月、日本先行でリリースされたのだ。その意味深なアルバムタイトルに関し、ライナーノーツにはロバート・グラスパー本人の言葉が長々と紹介されていたので、以下一部抜粋したい。



1969年のとあるセッションでマイルス・デイヴィスはドラマーのジョー・チェンバースにこう話しかけている。「あれ知ってるか? あそこにあるエレクトリック・ピアノだよ」。当時は普段ジャズのセッションで見かけるものじゃなかった。まだ新しいもので、大抵の人は良いのか? 信用してもいいものか? と決めかねているようなものだった。



見たこともなかったものだろ?」と彼は話し続ける。「でもな、すべてが美しいんだ。すべてが美しい。」と。それはこのアルバムのタイトルにぴったりだと思ったんだ。マイルス本人と彼の音楽の実験的で自由な性質をうまく象徴している。彼がいかに何に対してもオープンだったか。なんでも、ではなく、すべてに。このアルバムにはそういう心が欲しかった。マイルスは本当に多くの変化を辿っている。避けたかったのは、ただトランペットだけのトリビュートだね、わざとらしすぎるから。彼はあらゆる意味で革新的だったし、トランペットでだけじゃない。

―ロバート・グラスパー



ロバート・グラスパーの新作の感想だが、賛否両論あると思うが、正に俺好みで、とても素晴らしい。ただ、明らかに今作は、2012年の『Black Radio』や2013年の『Black Radio 2』とは趣を異にするアルバムだと前置きしておくが、プリンス亡き今、退屈なアメリカの音楽業界において、彼だけは異質な存在であり、デヴィッド・ボウイマイルス・デイヴィスとは比較できないが、ずば抜けたセンスの持ち主であるのは確かであり、今後の活躍がとても楽しみなアーティストのひとりなのだ。簡単に言えば、彼の音楽は、デヴィッド・ボウイ同様、過度に洗練されているのだ。退屈な今という時代に、英国のジェイムス・ブレイクアンディ・ストットのように、俺の期待を裏切らない、数少ないアーティストのひとりだとも言えよう。



ところで今月は、過去記憶にないような、私的に観たい映画が目白押しの月であり、それをまとめてブログで更新したい一方、6月と7月のは、久々に俺にとっての熱いジャズ月間となりそうな予感がする。また、最近足を運んだ都心の高級レストランをはじめ、いくつかの写真展などについて、ブログで取り上げるのも悪くないが・・・。今回、ブログ冒頭で、トルーマン・カポーティの小説から一部引用したが、彼の作品を取り上げるのは『叶えられた祈り』以来だろうか。『真夏の航海』の中の一節「人生のおおかたは退屈だ」は、“”を楽しく生きる俺には全く当てはまらないそれかもしれない。

最後になるが、シャンパン片手に、ロバート・グラスパーの新作BGMに、時計の針は今、6月6日(月)の22時半をゆっくりと回った。参考までに、今夜のフレグランスキャンドルは、ジョー・マローン



Good night!

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人間はエゴイストだから、人生が無意味だという考えを受け入れたがらない。
自分がその目的に奉仕していると自惚れていたその神をもはや信仰できないと気付くと、人間は人生に意味を与えるために、身近な幸福をもたらす価値よりも最高の価値を考え出した。長い歳月の知恵から、三つの価値を最も意義あるものとして選び出した。これらの一つ一つをそれ自体のために目標とすることが、人生にある種の意義を与えるように思えた。この三つの価値も生物学的な実用性を持つのは疑いないけれど、表面的には個人の利害に無関係であるような外観を呈しているので、これらの価値を通して人間の束縛から逃れるという幻想を人に与えたのである。



三つの価値の崇高さが、人間の精神的な弱さに力を与え、それらの価値の追求は、結果がどうであれ、努力を正当化するように見える。人間存在の砂漠におけるオアシスに見えるのだ。人生の旅の目的地が何も見えないので、とにかくあのオアシスには辿り着く価値があるし、そこでは休息と疑問への答えが見つかるであろう、と人は自分を納得させるのである。三つの価値とは、「真」「美」「善」である。

サマセット・モーム著『サミング・アップ』より



サマセット・モームと雨



先週末に帰国してから、ゴールデン・ウィーク明けの東京都心にはが降り注いだ。そんな雨が降り続いた月曜の夜、俺は数年前のエントリーで、サマセット・モームの「」を取り上げたことをふと思い出し、過去のブログをチェックしてみたが、2015年9月17日付ブログ“Absolutely crazy ”(テーマ: 映画)の中で、当時劇場鑑賞したジェイク・ギレンホール主演作『ナイトクローラー』について感想を綴っており、ブログの最後で、俺は次のように記していた。



レイニー・デイ・ウーマンとなったスーパーモデルのアレッサンドラ・アンブロジオが来日を果たした9月、記録的大雨が続き、サマセット・モームの短編小説「」を改めて読み返してみたのだが、その物語は理性と感情の相克を描いたそれだが、映画『ナイトクローラー』の、理性を失った主人公の男が感情で動くそれにもどこか似ており、色んな意味で、とても記憶に残る秋のはじまりとなった。音楽の秋、映画の秋、食欲の秋、オシャレの秋、スポーツの秋などなど色々あると思うが、大学生たちの長かった夏休みも、シルバーウィークを経て、ようやく終わりを迎える。そして本日の東京は、朝から秋雨が降り続いている。



ところで、前回のブログでは、ニコール・キッドマンが表紙を飾った雑誌『VOGUE NIPPON』(2006年2月号)から、ロンドン在住のビューティ・ジャーナリスト<Suzan Irvin(スーザン・アーヴィン)>が書いた“「美人至上主義からの脱却”というタイトルのコラムから一部引用したが、今回旅のお供に持参したサマセット・モームのエッセイ本『サミング・アップ』を、機中でシャンパン片手に改めて読み返したのだが、そのいくつかは、オスカー・ワイルドシェイクスピアの言葉を俺にイメージさせ、人間観察を極めた、彼のユーモア溢れるその発想力に、たまらなく魅了され、そのあまりに真実に迫ったやっかいなそれに、再びノックアウトされたのだ(笑)。俺自身、とりわけモームをオススメするわけではないが、好きな作家のひとりであるのも確かだ。



話を戻すが、今からもうかれこれ10年前となる、先述した雑誌『VOGUE』の特集は、“Woman 私は、女。”だった。当時、同誌で取り上げられた女性は50名を数え、全部は書かないが、ニコール・キッドマンをはじめ、川久保玲妹島和世フィービー・フィロ等々、2005年に輝いた女性をピックアップしたもので、彼女達に9つの質問を投げかけていた。当時もそして今回も、50名全員の答えに目を通していないが、過去を振り返る際、『VOGUE』誌に限らず、男性誌の『GQ』や『Esquire』などは、とりわけ興味深く、俺に新しい発見を再び与えてくれるから素敵だ。



そんな10年前のヴォーグ誌に、1943年生まれのフランス人女優<カトリーヌ・ドヌーヴ>に関する“女優という人生を選んだ、美しき冒険者”というコラムの一部が的を射ていたので、以下一部抜粋して紹介したい。



自分のことは、できるだけ語らないの」 その名が最も知られる女優でありながら、日常が知られていない女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。謎めいた雰囲気ゆえか強い存在感を放ち続ける。美の貫禄だけではない。喜びと苦悩で織りなされる人生という冒険を受け入れようとしてきた、彼女の心の強さが皆を魅了するのだ。



彼女に関しては、今年1月10日、69歳で★になった1947年生まれのロックスター<デヴィッド・ボウイ>についてブログを綴った際、(トニー・スコット監督の吸血鬼映画『ハンガー』(1983年)にて)ボウイと共演したカトリーヌ・ドヌーヴのツイートを取り上げたが、彼女はボウイより4つ年上の現在72歳で、今年10月22日に73歳の誕生日を迎える。

そう、近年は、世界的に
SNSの流行により、ツイッターで多くを語りすぎるハリウッド女優やモデルが増え続け、インスタグラムなどで自撮り!?の写真を毎日のようにネット上で公開し、それはファンにはたまらないそれなのだろうが、それゆえ、ミステリアスな雰囲気が漂う女優が消えたのも事実だろう(笑)。ミステリアスといえば、以前のブログで取り上げたハリウッド女優<ローレン・バコール>(写真: 上)が真っ先に思い浮かぶが、彼女に関しては、2014年8月13日(水)付ブログ“Lauren Bacall Forever ”(テーマ: 番外編)の中で取り上げたので、興味がある方はどうぞ。



ソウル・アサイラム



俺の記憶が間違っていなければ、俺のブログ読者の多くは女性だが、もうかれこれ12年以上もブログを続けていると、当時20歳の女の子は今年32歳となり、当時25歳の女の子は今年37歳ゆえ、俺も同じように年を重ねたわけだが、その中で一番若い女の子は、2010年代頃から読者になったであろう、当時中学生だったシンガポール在住の女の子だと思う。



そして彼女は今、ニューヨークの名門大学に在籍し、年齢は20代前半だ。そんな若い女の子のブログを久々に覘いてみると、それは先月に更新された、彼女が10歳?とかそれぐらいに、機中で聴いた(流れていた)「ソウル・アサイラム」の音楽に関するエントリーだった。それは、同バンドの曲"Stand Up And Be Strong"について書かれたもので、「その時はこういうアメリカンな土臭いロックが好きで笑 それだけだったんだけど。それから10年近く経った今でもipodから消せない曲です」と綴られていた。

同曲が収録されているアルバムは、2006年にリリースされた『
The Silver Lining』ゆえ、彼女が言う当時10歳?だったというのは間違いではない。なお、同バンドがミネソタ州ミネアポリス(プリンスが亡くなった場所)で結成されたのは1983年まで遡るが、彼らのアルバムが世界的にヒットし、ここ日本でも知名度が上がったのは1992年にリリースされたアルバム『Grave Dancers Union』だ。



ソウル・アサイラムは、ニルヴァーナレッド・ホット・チリ・ペッパーズに代表されるアメリカのオルタナティヴ・ロックに分類されるバンドのひとつだが、俺が彼らのアルバムを購入したのは1992年にリリースされたその1枚のみで、それ以降、一度も彼らの音楽は聴いていない。俺の音楽の嗜好が大きく変わったことが関係しているとはいえ、先に引用したような、彼女が形容した「アメリカンな土臭いロック」から、90年代前半以降、俺自身、距離を置き、今まで避けてきたのも事実なのだ。デヴィッド・ボウイのような「英国的な洗練されたロック」とは異なる、90年代に世界的なブームとなったグランジ・ロックそのものが、当時から俺の趣味ではなかったのも事実だが嫌いではない。



しかしながら、今回ニューヨーク在住の女子大生のブログを拝見し、(多分24年振りになるかと思うが)自宅のCDコレクションの中から、1992年に購入し、そのまま眠っていたそれを取り出し、彼女が形容したその「アメリカンな土臭いロック」を耳にしたが、甘い記憶を呼び覚ますことはできなかった。そして、彼らが1992年にリリースした(或る意味、“一発屋”的な大ヒット)アルバム『Grave Dancers Union』の、当時のライナーノーツには次のように記されていた。



彼らの時代がやってきたことを知らせるための、ソウル・アサイラム待望の最前線復帰である。しかし、そうしている間にアメリカのシーンは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ニルヴァーナの成功に象徴されるように、大きな変化を見せた。一種の流行、ファッションの部分もあるにせよ、レコード会社が大宣伝で売り出すニュー・バンドや新曲よりも、もっと自分たちの皮膚感覚に合う音が、広く支持されるようになったのである。そのこと自体は悪いことじゃないし、インディペンデントな精神を持ったアーティストたちに偏見なく目を向けられるというのは、嬉しいことだ。ただ、それが流行となり、たちまちのうちに消費されつくされていくのも、またお馴染みの光景だ。

最後になるが、ソウル・アサイラムに関して、英国の音楽専門サイト<NME>の“懐かしい思いにさせてくれる 90年代の華麗なる一発屋 16組のその後を追跡”では、「彼らが現在、コールセンターで働いているという事実を誰もウィキペディアで触れていない。デイヴ・パーナーがそうしているとは言っていない。だが、1992年のどでかい成功の後、デイヴは地球の表面から落っこちてしまったかに見える」とある一方、彼らの音楽が当時、一部の人間の人生に意味を与え、身近な幸福をもたらしたのは確かだろうし、そして今年、彼らのニューアルバム『Change of Fortune』がリリースされたが、俺は聴いていないが、何か「変化」はあったのだろうか?



Have a beautiful day!

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について唄っても、正直で賢いとは限らない。

―ガリアーノの96年リリース曲“Freefall”の歌詞より



ジェシカ・アルバ来日から4年





2012年4月、カリフォルニア州出身のハリウッド女優<ジェシカ・アルバ>ちゃんが来日し、日本のを満喫し、日本食を堪能し、日本文化に触れながら、東京と京都を旅したことを、このブログで取り上げたのを憶えているだろうか。2012年4月19日
()付ブログ“Spring in the city ”(テーマ: 番外編)の中で、俺は「ジェシカ・アルバを、日本の親善大使に任命するというアイデアは、いかがだろうか。そう、日本を観光立国にするため、2008年に国土交通省内に設立された「観光庁」は、一体何をやっているのだろうか」と記していた。



あれから4年。観光立国の実現は、21世紀の日本社会の発展のため必要不可欠な重要課題となったのは明白だが、外国人客を日本へ呼び寄せるかのように、訪日ビザ査証発給の緩和を含め、この期間、為替は“劇的”と形容できるほどに円安方向へとシフトしたのだ



そして昨日、日本政府観光局が発表した訪日外国人数(推計値)によると、2015年度は前年度比45.6%増の2135万9000人で、2000万人の大台を初めて突破し、安倍政権(2012年発足~現在)が掲げていた2020年の訪日外国人数の目標を、5年前倒しであっさりとクリアしたのだ。この結果は、正に「great!」~「amazing!」~「incredible!」な出来事であり、付け加えるならば、早期の目標達成により、2020年のそれは、4000万人に引き上げられたようだ。ひとつだけ言える確かなことは、今、我々は「劇的に変化していく時代」の中に身を委ねながら、生きているのだ。

そう、ジェシカ・アルバは今月28日、35歳の誕生日を迎えるが、


彼女はスーパーモデルの<シンディ・クロフォード>や<イマン>(デヴィッド・ボウイの妻)同様、企業経営者(起業家)であり、ママでもあるが、そんな彼女はアメリカにおいて、とりわけ成功したハリウッド女優のひとりになった(米雑誌『コスモポリタン』で彼女の成功物語の特集が組まれている)わけだが、彼女の笑顔は無敵に素敵だ。付け加えるならば、2012年4月当時、彼女のツイッターのフォロワー数は300万人ほどを数えたが、現在のフォロワー数は916万人を超えた。Happy Birthday, Jessica!



アメリカの野外ロックフェス<コーチェラ



カリフォルニア州出身のロックバンド<レッド・ホット・チリ・ペッパーズ>(以下「レッチリ」)が7枚目のアルバム『カリフォルニケイション - Californication』をリリースしたのは、今から17年前の1999年まで遡るが、同年、カリフォルニアの砂漠地帯“Coachella Valley”で開催された野外ロックフェスが「コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティヴァル」(以下「コーチェラ」)だ。

俺は大学時代、ハワイ同様にカリフォルニアに長期滞在した経験があるほど、アメリカ西海岸は好きな場所のひとつなのだが、西海岸出身のロックバンド<ニルヴァーナ>や<レッチリ>の音楽は俺の趣味ではない(*誤解のないように、両バンドとも、デヴィッド・ボウイに多大に影響を受け、俺は彼らのアルバムを所有しているゆえ、嫌いではない)。とはいえ、レッチリのアルバム『カリフォルニケイション』は、同バンドの「転換期」とも言えるほどの傑作アルバムなのだが、17回目の開催となった今年の「コーチェラのヘッドライナーを見れば、同フェスにとって「転換期」のような気がしてならないのだ。



同フェスは現在、2週にわたって、週末に3日間それぞれ開催されるが、過去16回のヘッドライナーすべてがロックバンド(もしくはソロ)だったのに対して、今年同フェスのヘッドライナーは、<ガンズ・アンド・ローゼズ>【4月16日(土)・23日(土)】を除くと、<LCDサウンドシステム>【4月15日(金)・22日(金)】と、EDMを代表する<カルヴィン・ハリス>【4月17日(日)・24日(日)】が務めるのだ。そう、「転換期」だと先述したその理由は、ロックフェスのヘッドライナーに、21世紀で最も稼ぐスーパースターDJカルヴィン・ハリス>が抜擢されたからだ。日本時間の18日(月)15時過ぎから登場したカルヴィン・ハリスのそれは視聴したが、そのセットはあまり俺好みではなかったとはいえ、先週日曜の夜、コーチェラで開催された最後のスーテジは、ロックではなく、ハウスミュージックで盛り上がり、幕を閉じたのだ。

また、<LCDサウンドシステム>のフロントマン<ジェームズ・マーフィー>は、「少年時代に、デヴィッド・ボウイの“Fame”を聴きながら、冷蔵庫のモーター音に耳を傾け、やがてパンクに出会い、曲を作るようになった」と言ったが、2013年に彼はボウイのアルバム『The Next Day』収録曲である“Love is lost”をリミックス(Hello Steve Reich Mix By James Murphy for the DFA)するなど、クラブミュージック好きを除けば、日本ではほとんど知られていない存在の彼だと思うが、近年の彼は目覚ましい活躍を見せているのは確かなのだ。なお、ジェームズ・マーフィーのソロ・プロジェクト<LCDサウンドシステム>に関しては、2010年5月22日()付ブログ“This Is Happening ”(テーマ: 音楽)の中でも取り上げたので、興味がある方はどうぞ。


とはいえ、今年のコーチェラのヘッドライナーの人選に関して、私的に疑問に思った点がひとつある。それは、ガンズ・アンド・ローゼズの人選は除いて、カルヴィン・ハリスのそれは「時代の変化」「今の若者が求めている(EDM)ニーズの高まり」が多大に関与していると思われる一方、私的に不思議に思えたのが、LCDサウンドシステムのそれであり、分かりやすいように言えば「とてもアメリカ的な人選」だったとも言えよう。

なぜなら、同バンドがヘッドライナーを務める15日及び22日のコーチェラには、英国を代表する<アンダーワールド>がラインナップされていたのだ。したがって、トリを務めるのはアンダーワールドだと考えるのは、世界中で俺だけではなかったはずだ。

その問題はさておき、今年のコーチェラのヘッドライナーの人選から、俺はレッチリの転換期となったアルバム「カリフォルニケイション」がまず脳裏に浮かび、そして日経ビジネス(4月18日号)の表紙「緊急特集 セブン鈴木帝国 終わりの始まり」というタイトルの「終わりの始まり」という文学的なキャッチコピーが不思議とリンクしたのだ。昨夜、久々にレッチリのシングル曲“Californication”を聴き、ツイートしたが、懐かしさを覚えると同時に時の速さを実感した。

とはいえ、コーチェラがEDMフェスに様変わりすることはないと思うが、色んな意味で、善かれ悪かれ、今年のコーチェラは「転換期」だという結論に至ったのだ。「ロック」(デヴィッド・ボウイを除く)という音楽から、近年距離を置いている俺にとっては、不思議でも何でもない流れなのだが、それゆえ、今年のコーチェラは、レッチリのアルバム「カリフォルニケイション」同様、メロウ(心地良い)な気分にさせてくれるフェスに進化したとも言えよう。なお、先週末に開催された同フェスはユーチューブで生中継されたが、今週末のそれは生中継されないようだ。



ロラン・ガルニエ来日





僕は変化を感じることができた。僕がここを出たときとは、事情が違っていた。1年も経たないうちにアシッド・ハウス・ムーヴメントはイギリス北部全体に広がっていた。かつて若者を結びつけた文化はこの国全体に行き届き、新しいものに敏感なイギリスの音楽産業はこの新しい音楽に多くの人びとがアクセスできるように再編成されていた。

ロラン・ガルニエ

若者の街<渋谷>に今月新たにオープンしたクラブ<
Contact >に、明後日23日(土)、フランスを代表するDJロラン・ガルニエ>が登場するので、興味がある方はどうぞ。




最後になるが、昨年のコーチェラのカスケイドのプレイは、音楽ファンを最高にメロウな気分にしてくれた。近年のライヴでは、日本に限らず、彼は覚束ない日本語を発するのだ(笑)。について唄わずとも、彼の音楽は「幸せ」に満ち溢れている。



Have Fun!

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80年代後半以降、インターネットと格安航空券によって推進された、移動とネットワークの大変化、グローバリゼーションの欲求は、クラブカルチャーの推進力となった。
DJバッグ一つを手に、世界中のクラブを行き来するDJたちのライフスタイルは、「世界を舞台に活動したい」という若者に遍在する夢の実現であり、クラブミュージックで踊ることは、そのまま世界のユースカルチャーとダイレクトに繋がっている証となる。



クラブ体験もまた、旅の目的にもなる。地中海の島ひとつが、サマーシーズンに一大ダンスアイランドと化すイビザなどは、その代表例である。また、ディカプリオ主演の映画『ビーチ』に描かれたように、ヒッピー以来のトラヴェラー文化は先進国の若者のイニシエーションとして今に引き継がれているが、それに添い遂げるように世界各地で行われる野外パーティも、そのひとつの現れだろう。このように、クラブカルチャーは、今や世界の若者文化の共通言語だと言える。

湯山玲子著『クラブカルチャー!』より



Defected in the House Miami 2016



このブログを10年以上覗いている音楽好きの方はさておき、英国を代表するハウス・レーベル<Defected>(1998年設立)をご存じだろうか。同レーベルから2006年から毎年リリースされている“In the House”シリーズ「マイアミ」の2016年版(3枚組)が先月リリースされた。

それはいつもの、私的に春の訪れを感じ得た瞬間でもあった。
同シリーズの2007年版を取り上げたのは、今から9年前の2007年3月30日(金)付ブログ“Do You Feel Loved ? ”(テーマ: 音楽)まで遡り、俺は同年マイアミに久々に足を運んだが、その頃からマイアミでの音楽祭の開催場所は、サウスビーチからダウンタウンへと移動し、世界的に人気のウルトラ・ミュージック・フェスティヴァルは現在、ダウンタウンで行われている。2007年といえば、SNS発シンデレラ・ボーイ<カルヴィン・ハリス>が当時23歳で、デビューアルバム『I Created Disco』をリリースした記念すべき年でもあり、この9年間で彼は世界で最も稼ぐスーパースターDJの地位へと登り詰めたが、その夢の実現、成功物語は正に奇跡だ。

話を戻すが、『
Defected in the House』マイアミ・シリーズの2015年版に関しては、2015年3月12日(木)付ブログ“IN THE HOUSE MIAMI ”(テーマ: 音楽)の中で詳細に取り上げたので、興味がある方はどうぞ。
ブログ冒頭で引用した(学習院大学卒の)湯山玲子氏は、同書の中で<1960年生まれの私は、映画『サタデー・ナイト・フィーヴァー』を10代の時に体験し、高校、大学、そして社会人になってからも、「踊りに行く」という行為を遊びとして楽しんできたディスコ世代だ」と自己紹介しており、彼女は、70年代生まれである俺の、一回りほど年上ということになる。



それゆえ、俺自身、ジョン・トラヴォルタ主演作『サタデー・ナイト・フィーヴァー』(1977年)をリアルタイムでは知らない世代なのだが、その続編にあたるトラヴォルタ主演の『ステイン・アライブ』(1983年)を劇場鑑賞しており、同作品のサウンドトラックのレコードを当時購入したことを今でも鮮明に覚えており、当時大ヒットしたビージーズの“Stayin' Alive”は生涯忘れることはないであろう名曲なのだ。



俺が音楽鑑賞に目覚めたのは、1983年にリリースされたデヴィッド・ボウイのアルバム『レッツ・ダンス』に他ならないが、あの頃は何を聴いても新鮮で、音楽体験という意味合いに於いて、正に愉快の絶頂にいたとも言えよう。そして80年代末頃までは「ロック」という音楽を中心に色々と聴き比べたものだが、80年代末頃から突如、俺自身「ロック」(デヴィッド・ボウイを除く)という音楽に嫌気が差し始め、音楽の趣味に変化が生じた時期であり、転換期だったのだ。



ロラン・ガルニエの言葉を借りれば、「身体が雨の冷たさを呼び寄せるかのように、頭の中をループするメロディに新しいヴァイブレーションが突然目覚める。僕の人生に何か燃えるものが入った、ハウス・ミュージックというね」・・・そう、それにどこか似た感覚とでも言えるのか。ロンドンのフランス大使館で1984年に使用人として働いていたロラン・ガルニエ(当時18歳)が、後にスーパースターDJのひとりになろうなどとは、当時誰も想像できたなかったように、正にそれくらいの衝撃だったのだ、この踊るための音楽(ハウス・ミュージック)との出会いは。付け加えるならば、80年代後半の英国で、アシッドハウスとエクスタシーの大流行で起こったダンス・ミュージックの一大ムーヴメントが「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」だ。



音楽鑑賞は趣味のひとつだとはいえ、先述した俺にとっての転換期が、テイラー・スウィフトが生まれた1989年頃であり、その当時から現在までの27年もの間に購入したCDの9割以上をハウスミュージックが占めており、その数は2500枚を超えるゆえ、趣味の範囲内だとはいえ、幼少期から集めているレコードも合わせるとかなりの枚数になると思われ、目を閉じると耳の震えを感じるのも確かなのだ。そんな私的に思い入れのある「ハウスミュージック」ではあるが、90年代の記憶に残る例を挙げると、95年にアンダーワールドがリリースしたシングル曲“Born Slippy”(同曲は翌96年公開の映画『トレインスポッティング』の劇中に使用され、大ヒットした)をはじめ、97年にデヴィッド・ボウイがリリースしたドラムンベースが印象的な実験的なアルバム『アースリング』だろうか。そして98年に英国で設立されたハウス・レーベルが<Defected>の存在だ。



そんな俺のお気に入り<Defected>レーベルは、近年ではカルヴィン・ハリス(英)をはじめ、デヴィッド・ゲッタ(仏)、カスケイド(米)のようなスーパースターDJ達の台頭により、同レーベルから10数年前程の勢いや輝きは消え失せ、特別なそれでもはなくなったのは事実だろう。とはいえ、新しくないのが逆に新しいとも言え、同レーベルの未来に今後期待したい。なお、『In the House』シリーズのパッケージは、デザインも含め、近年簡素化され、最新版ではプラスティックのケース部分がなくなり、紙のみのパッケージに代わり、CDを取り出すにも一苦労なのだ。地球にやさしい、エコな取り組みなのかもしれないが、来年はどうなるのか心配だ、ダウンロードのみの販売だけはやめてほしいと切に願うよ(笑)。




Defected>レーベルの音楽に関して言えば、それはとても英国的であると同時に、もう最先端のそれではなくなったのかもしれないし、昨夏のブログで取り上げたカルヴィン・ハリスの新曲“How Deep Is Your Love”を聴けば、彼の曲のほうが正直100倍クールで踊れるナンバーであるのは確かだ。ジジ・ハディッドちゃん(当時19歳)を起用した同曲のミュージック・ヴィデオもセクシーだ。そんなスーパースターDJカルヴィン・ハリス>の現ガールフレンドが、他でもないアメリカの歌姫<テイラー・スウィフト>その人であるのも、今という時代を象徴していると言えよう。



結論、<Defected>レーベルの『In the House Miami 2016』に関して、私的にはオススメはしないが、嫌いではない。なぜなら、昔ながらのハウス・ミュージックそのものだからだ。昨年、カスケイドのニューアルバム『Automatic』を当時のブログでオススメしたが、それを<Defected>の今作と比較した場合、黄昏感が漂っているのは明らかに前者であり、ブログ冒頭で引用した湯山玲子氏の言葉を借りれば、「クラブを通過した私たちの耳や身体や感覚は、ある快感の回路を得てしまい、それはもう後戻りできない」状態なのと同義であり、快感の度合いこそ違えど、どちらもそれぞれに素敵な音楽に変わりはないということを付け加えておきたい。



マイアミでの出来事





前回のブログでは、マイアミで開催されたデヴィッド・ボウイの写真展に言及したが、世界的な建築家<ザハ・ハディド>氏が先月31日、静養先のマイアミで65歳の若さで急逝した。
Requiescat in Pace


そして先月、恒例となった
EDMの祭典『Ultra Music Festival 2016』がマイアミで開催され、お馴染みのカスケイド等も登場し、若者達の熱狂に包まれたその熱い夜は幕を閉じたのだ。
また、先日行われたマイアミ・オープンの男子シングルス決勝で、世界ランキング6位の錦織圭(26)君は、同1位のノバク・ジョコビッチ(28)に36、36のストレートで敗れ、初優勝の夢は叶わなかった。



Yahoo! Japan 20th



ところで、ヤフー!ジャパンがインターネット上で1996年4月に公開されてから、今年で20年目を迎えたが、当時はまだダイアルアップ接続で、インターネットに接続するにも時間を要したわけだが、そんな時代に、デスクトップパソコンを初めて購入したのは翌97年だったと記憶している。当時では珍しい黒一色で統一されたカラーと、その洗練されたデザイン性に興味を惹かれ購入するまでに至ったが、それは東芝の「5200MB PV1010JA」(当時、約50万円で購入)で、TVFM・電話・FAX機能等が搭載された最先端の機種で、当時のOSは「Windows95」だった。尚、ソニーのVAIO以外のPCを購入したのは、その1回のみだ。




最後になるが、今夜はシャンパン片手に、ハウス・ミュージックをBGMにブログを綴っているが、ロラン・ガルニエの自伝『エレクトロショック』の監修者あとがきには「ガルニエはダンス・ミュージックを誠実な音楽だと言っている」と記されている。俺もそう思うが、すべての人に幸せを届ける音楽だろう、ね。



Have a wonderful night!

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1981年8月に
MTV
は放送を開始した。誰もがMTVに夢中だったのだ。レコード屋の店長たちはMTVセールスに劇的な効果をもたらしていると話し、マーケティングキャンペーンに引用する準備を始めた。広告主も熱狂的になり、レコード会社がビデオを送ってくるようになる。新しいメディアとしてビデオに注目しているアーティストは、売り上げのためにMTVが役に立つことを理解した。競争の要素が入りこみ、ロックビデオは派手で、セクシーで、金のかかるものになっていくデュラン・デュランマイケル・ジャクソンマドンナなど大ヒットを生み出すアーティストが登場し始めたのもこの頃だった。

 

何がMTVをこんな世界的に魅力のあるメディアモノリスにしたのだろうか。これほど巨大化するブランドキャラクターの真髄とは何か。この問いにMTVネットワークス・ヨーロッパのブレント・ハンセンが答えてくれた。「私にとってMTVはクラブ活動です。若くて、活動的で、知的な人々が若者文化を体験するために選んだクラブのようなものなのです。MTVは視聴者をカウチ・ポテト族だと見なしていません。実際、視聴者にバンドのライブやCDの購入、映画をすすめています。視聴者はただの観客ではなく、私たちの音楽環境への参加者として扱っています。これが、MTVに出演してくれるアーティストが信頼してくれる理由です。高いところから若者文化を見下ろしているのではなく、われわれは中心にいるのですよ

―マーク・タンゲート著『世界を制した20のメディア』より

 

のはじまりと、30年前のライブエイドの記憶

 

気象庁は、「7月19日(日)に関東甲信が梅雨明けした」と発表した。平年より2日早く、昨年より2日早い梅雨明けとなり、本格的なが始まった。そして、今から30年前の1985年7月13日(土)、アフリカ難民の救済目的に、20世紀最大規模のチャリティ・コンサート<ライブエイド>が、英国と米国それぞれのメイン会場を中心に開催されたのを憶えているだろうか。アラフォー(35歳)以上の世代でないと、分からないそれかもしれない。

 

英国の会場に限れば、デヴィッド・ボウイをはじめ、フレディ・マーキュリー(クィーン)ポール・マッカートニー(ビートルズ)スティングジョージ・マイケル(ワム)フィル・コリンズエルトン・ジョンブライアン・フェリーエルヴィス・コステロザ・フーU2スタイル・カウンシルシャーデーなどなど、英国を代表する錚々たるアーティストたちが一堂に会したのだ。一方、 
アメリカ会場では、マイケル・ジャクソンは参加しなかったが、ミック・ジャガーデュラン・デュランティナ・ターナーマドンナ他、多数のアーティストたちが参加した。それは、日本経済が好景気に沸き始めた、バブル前夜の、忘れもしない、ある暑い夏の日の、音楽の祭典だったのだ。
 
したがって、80年代当時は、インターネットは普及しておらず、若者にとっての音楽の主流は、50年代、60年代から続く、アナログなロックに他ならなかったのだ。インターネットが普及した21世紀の今、デジタルな
EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)が全世界的に主流になって久しいが、ライブエイドが開催された古き良き時代には、まだまだロックが人気のそれであり、時代遅れの音楽ではなかったのだ。

 

参考までに、ロック界の超大物ミュージシャンの年齢に今回改めて注目してみると、ライブエイド開催当時38歳だったデヴィッド・ボウイは今年68歳に、同じく当時38歳だったフレディ・マーキュリーはもうこの世にはいない。ボウイの盟友で、当時41歳だったミック・ジャガーが今週末26日(日)の誕生日で72歳に、当時43歳だったポール・マッカートニー(今春の来日公演が記憶に新しい)は、先月18日に73歳の誕生日を迎えた。

 

尚、30年前の1985年当時、俺は10代前半だったが、先日、夏休みの課題図書の一覧を眺めてみたが、どれも俺の好奇心を誘うようなそれは見つからなかったとはいえ、子供の頃の記憶として、1983年の広島旅行をはじめ、ヘルマン・ヘッセの小説『車輪の下』で感想文を綴ったことだけは不思議と憶えている。そして終戦70年を迎えた今年、先月は広島と長崎を訪問し、早1カ月が経過したが、俺の過去の記憶は、その時代時代に聴いていた音楽が・・・何度も言うが、甘い記憶を呼び覚ましてくれる。幼少期から聴き続けてきた洋楽は、俺の人生において決して欠かすことのできない、例えば、ビタミンCのような存在だとも言えよう。

 

の恒例となった音楽の祭典、野外フェス

 

ところで、恒例ののイヴェントとして、2014年7月27日()付ブログ“Two Billion Light-Years of Solitude”の中で、野外フェスについて取り上げたことを憶えているだろうか。当時のブログ前半では、サントリー美術館で開催された企画展『徒然草―美術で楽しむ古典文学』をはじめ、谷川俊太郎著『二十億光年の孤独』、橋本治著『絵本 徒然草』の上下巻などなどについて言及したが、ブログ後半では、野外フェスについて、俺は次のように記していた。

 

ベルギーの歴史ある野外音楽フェス『ロック・ウェルフテル』と言えば、1996年1997年のラインナップは奇跡にも近い、現在ではありえないようなそれであり、前者では<デヴィッド・ボウイ>をメインに、新人の<ケミカル・ブラザーズ>、<レディオヘッド><レッド・ホット・チリ・ペッパーズ><マッシヴ・アタック><ビョーク><フー・ファイターズ>などなど、後者では<デヴィッド・ボウイ>を同じくメインに、新人の<ダフト・パンク>、<レディオヘッド><ジャミロクワイ><ベック><スマッシング・パンプキンズ>などなどが顔を揃えたのだ。また、先週末及び今週末にベルギーで開催された世界最大級となるEDMの野外フェスTomorrowland』に関しては、アーティストの名前は列記しないが、興味のある方は、同イヴェントのサイトをどうぞ。RTしたそれを見れば分かるように、もの凄い数のパーティ・ピープルだ。

 

1995年にデビュー・アルバムをリリースしたケミカル・ブラザーズが、来月15日(土)に千葉県のマリンフィールド及び幕張メッセで開催されるサマーソニックに登場するが、今でこそビッグネームとなった彼らを、95年、97年の新宿リキッドルームをはじめ、99年の西麻布YELLOWなどの小さな箱で体験してきた俺にとって、特別な存在であることに変わりはないが、何度も言うが、音楽は甘い記憶を呼び覚ましてくれるから素敵だ

 

ここ東京にも本格的なが到来したが、今週24日(金)から26日(日)までの3日間、新潟県の苗場スキー場では「フジロック2015」が、ベルギーでは世界最大規模のEDMの祭典『Tomorrowland 2015』が開催される。今年のフジロックの参加アーティストの名前を見る限り、彼らのファンには申し訳ないが、FKA twigs椎名林檎ちゃんの名前は目に留まったとはいえ、俺がぜひとも観たいようなアーティストは見つからなかった。一方、ベルギーのそれは、カルヴィン・ハリスやカスケイドの名前こそ見当らなかったが、全部は書かないが、24日(金)はデヴィッド・ゲッタ、アヴィーチー、25日(土)はマーティン・ソルヴェグ、ハードウェル、スウェディッシュハウスマフィアの3人、26日(日)はアフロジャック、ティエスト、ボブ・シンクラーなどなど、錚々たる面々が一堂に会すようで、ライヴ中継もあるようなので、興味のある方はどうぞ。

 

アメリカの新人歌姫<バンクス

 

 
米西海岸
LA出身の新人女性シンガーソングライター<バンクス>の、日本初となる単独公演(恵比寿リキッドルーム)に足を運んだのは、まだとても寒かった冬の2月まで遡るが、その音楽の体験に関しては、2月13日()付ブログ“I’m already falling”の中で、詳細に綴ったので、興味のある方はどうぞ。
彼女は、今年1月末から2月初旬までオーストラリア公演、2月に東京及び大阪公演、3月にアメリカで招待制のライヴ(ミネアポリス)、4月にテキサス州のトヨタスタジアム、5月のニューヨーク州のバッファロー、フロリダ州のタンパ、カリフォルニア州のサンタバーバラ他、6月にはカナダのトロントなどなど、精力的にライヴ活動を続けている。
 
 そして先週末には、彼女はカナダのペンバートン(分かり易く言えば、カナダのヴァンクーヴァーの北)で開催された野外フェスにも参加した。そのツイートの写真が、不思議の国のアリスのようだったので、“
Banks in Wonderland”とツイートし、RTした。
 

 
一方、米東海岸NYの歌姫<ラナ・デル・レイ>は、以前のブログでも書いたように、今年5月から今月16日までの期間、“
The Endless Summer”と題したツアーを行った。付け加えるならば、アメリカ公演の前座がコートニー・ラヴ、カナダ公演の前座がグライムスだった。先日、新曲“Honeymoon”がドロップされたばかりだ。

 

ビーチバレー

 

話は変わるが、俺の得意のスポーツは、ブログのプロフィールのひとつ「好きなスポーツは?」の欄で書いている通り ビーチバレーサーフィンなのだ。俺が生まれて初めて始めたスポーツは、小学校低学年の頃に父親に連れられ、通ったテニスに他ならないが、その後、水泳も始めたとはいえ、小学校高学年からはずっとバレーボールだったのだ。途中、野球やサッカーも試してみたが、それに夢中になることはなかったが、それらは今でも観ることに限れば、好きなスポーツだ。そして大学時代に新たに始めたスポーツがサーフィン(海外)とスキー(苗場スキー場が中心)であり、夏休みは毎年海外に長期滞在した際、ビーチでバレーボールを、海でサーフィンに興じたものだ。場所は、主にハワイと米西海岸。サイパンのマニャガハ島でもビーチバレーに興じた記憶が今でも不思議と残っており、自分で言うのもあれだが、バレーボールは俺が最も得意とする球技のひとつなのだ
 
付け加えるならば、スポーツ後、シャワーを浴び終え、夏のフレグランスを毎年のように新しく替えたものだが、それもまた、記憶に残る、若かりし頃の、の思い出のひとつだろうか。シャネルをはじめ、ディオールアルマーニラルフ・ローレンカルヴァン・クラインなどなど、名前を挙げればキリがないほどだ。

 
そして、ジンのカクテル<トム・コリンズ>もまた懐かしいそれだ。

 

前置きが長くなってしまったが、先述したとおり、俺が最も得意とするスポーツがバレーボールなのだが、ビーチバレーの世界最高峰の国際大会FIVBビーチバレーグランドスラム>が今週、20日(月)から26日(日)までの期間、横浜のみなとみらいの特設会場で開催中だ。今週末24日(金)から3日間、TBSチャンネル2でテレビ放映(毎日8:5518:00)されるので、興味のある方はどうぞ。

 

最後になるが、カルヴィン・ハリスの新曲“How Deep Is Your Love”は、正に俺好みで、すごくイイね。は始まったばかりだが、10代の若者に、シェイクスピアの有名な言葉を紹介したい。時計の針は今、7月21日(火)の24時を回った。

 

恋は幻なのか、捕らえようとしても姿はなく、

追えば消え去り、逃げれば追いかけてくる。

―ウィリアム・シェイクスピア

 

No Music, No Life

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異論はあるだろうが、ケミカル・ブラザーズはダンス・ミュージックの歴史において最も重要なグループの一つだ。
トム・ローランドとエド・サイモンズによる唯一無二の1997年作品『ディグ・ユア・オウン・ホール』は、ダンス・ミュージックの領域にロックとサイケデリアを導入してみせた。しかし、2000年代に入ると、彼らはマンネリという危機に直面するようになる。2002年の『カム・ウィズ・アス』から2007年リリースの『ウィー・アー・ザ・ナイト』まで、この時期のアルバムは驚きのない仕上がりで、ちっとも面白くない。ケリー・オケレケ(“
Believe”)やリチャード・アシュクロフト(“The Test”)といったゲスト・シンガーに、分かりやすいビート。盛り上がりという点で楽しめはするものの、初期のような革新性はそこにはなかった。そのためか、2010年リリースの『ファーザー』はゲスト・シンガーを呼ばずに制作され、より深くダークで神秘的な仕上がりとなっており、実際、かなり楽しめる一枚となった。

 

彼らにとって8枚目となるスタジオ・アルバム『ボーン・イン・ザ・エコーズ』は、『ファーザー』以降初となる作品で、ゲスト・シンガーが戻ってきている。ただし、楽曲の大半で主導権を握っているのはケミカル・ブラザーズで、ゲスト・シンガーの歌声は作品が本来持つ力を補助する役割に留まっている。『ボーン・イン・ザ・エコーズ』は、ケミカル・ブラザーズにおける後期ルネサンスを告げた『ファーザー』をさらにダークで複雑にした、大胆で革新的な一枚だ。

―ベン・カーデュー(英国の音楽専門サイト『NME』のレヴューより)

 

ケミカル・ブラザーズ

 

7月17日()、英国を代表するスーパー・ダンス・アクト<ケミカル・ブラザーズ>が、前作『Further』リリースから5年振りとなる8枚目のアルバムBorn In The Echoes』を全世界同時発売した。

 

輸入通常盤が全11曲(¥2,160)、輸入デラックス盤がボーナストラック付きで全15曲(¥2,916)、そして国内盤がボーナストラック付きで全16曲¥2,646)だ。前回のブログで取り上げたニーナ・シモンのトリビュート・アルバムのように、国内盤より輸入盤の発売が早い場合は、仕方なく輸入盤を購入し、国内盤が発売されたらそれも購入するようにしているが、今回は同時発売だったため、国内盤を購入した。俺自身、今年購入した57枚目のアルバムになるのかな。

 

ところで、彼らのデビューアルバム『Exit Planet Dust(邦題: さらばダスト惑星)』(1995年)がリリースされてから、今年で早20年目を迎えたわけだが、目を閉じて、彼らの音楽を聴いていると、甘い記憶を呼び覚ましてくれるから素敵だ。

 

英国BBC RADIO1のご意見番<ピート・トン>の分類によれば、ケミカル・ブラザーズ、アンダーワールド、プロディジー、オービタル、レフトフィールドの5組が、ビッグ・ダンス・アクトの第一世代であり、エレクトロニック・ミュージックをビッグ・ステージでプレイした最初のアーティストだと定義している。


ファットボーイ・スリムやベースメント・ジャックス、グルーヴ・アルマダ(ニューアルバムが今月リリース)、ダフト・パンクなどが第2世代であり、そしてカルヴィン・ハリス、マイロ、
LCDサウンドシステムが新たな動きだったと、2007年当時のインタヴュー記事が未だ俺の頭から離れないのだ

 

それ以降、世界的なEDMブームについて、ここで改めて説明する必要もないと思われるが、インターネットの台頭により、音楽業界は劇的に変化を遂げていったのだ。このブログをスタートさせた2004年末頃から、私的にオススメしていたのは、他でもない米西海岸を代表するDJカスケイド>だったが、彼は現在、スーパースターDJの仲間入りを果たし、2014年の年収は約17億円にも達した。そして、EDM界の代表格が、2007年にデビューアルバム『I Created Disco』(当時23歳)をリリースし、現在では世界で最も稼ぐスーパースターDJ2014年の年収は、フォーブス誌発表で約68億円)にまで登り詰めたDJカルヴィン・ハリス>その人だ。

 

現在31歳となったカルヴィン・ハリスは、エンポリオ・アルマーニの広告にも起用され、LAビヴァリーヒルズに豪邸(1ドル=123円換算で18億4500万円)を昨年購入し、豪邸内のプールでアメリカ人のガールフレンド<テイラー・スウィフト>と戯れるなど、色んな意味で、情熱をカタチにした稀有な男だ。彼に関しては、2014年12月29日(月)付ブログ“EMPORIO ARMANI for Calvin Harris”の中で、詳細に綴ったので、興味のある方はどうぞ。俺が良いと思った音楽家は、ほぼ100%に近い確率で、後に大成功を収めているが、その過程を眺めるのはとても面白くて、そしてとても興味深いそれだ。

 

ケミカル・ブラザーズに話を戻すが、幼少期の頃から英国の音楽ロック/デヴィッド・ボウイが始まり)に傾倒し、現在まで至っている俺にとって、90年代以降のクラブ/エレクトロニック・ミュージック系の、英国のアーティストの中では、とりわけケミカル・ブラザーズが好きなそれだったのだ。アンダーワールドをはじめ、カスケイド、カルヴィン・ハリス、デヴィッド・ゲッタ、ダフト・パンク、プロディジー、ベースメント・ジャックスなどなど、名前を挙げればキリがないが、生涯忘れることはないであろう、クラブでの夜遊びに限った話ではないが、ここ20年、ほぼ毎日のように好んで聴いてきた音楽のいちジャンルでもある。朝にクラシック、夜にジャズも悪くないけど、ね。

 

そんなケミカル・ブラザーズの新作だが、ブログ冒頭で引用したNME誌のレヴューは強ち間違っていないようにも思われるが、前作『ファーザーは傑作だったと前置きしておくが、本作は原点回帰したアルバムに感じたのは俺だけだろうか。彼らの音楽は、カスケイドカルヴィン・ハリスのような音楽とは、明らかに異なるそれであり、俺はどちらのそれも好きなのだが、正直に言えば、クラブ/エレクトロニック・ミュージック系の音楽をすべて、EDMの一語で、一括りにするのは無理があるように思えてならないのだ。

 

先日、英国のガーディアン紙のインタヴューに答えたケミカル・ブラザーズの記事が、的を射ていて面白かったのだが、ロッキングオンの7月5日付コラム『ケミカル・ブラザーズ、EDMについて「どれも同じ曲にしか聴こえない」と語る』でも紹介されているので、興味のある方はどうぞ。「本当にどれもまったく同じにしか聴こえなかったんだよ。曲の感じもひとつしかないんだ。全部、アゲアゲで祝祭的なだけ。俺たちはいろんな経験を潜っていくような感じが好きなんだけどね」と。

 
ところで、新作に関して、前作では他のアーティストをフィーチャーリングしなかった一方、今回は、Q-ティップ、セイント・ヴィンセント、アリ・ラヴ、ケイト・ル・ボン、ベックの5組のアーティストをフィーチャーリングするなど、刺激的なコラボレーションを行った点が特徴のひとつだ。前作が、私的には洗練の極みとも言えるくらいに、俺好みのサウンドだったため、昨今ピークを迎えたEDMの世界のように、女性ヴォーカルを敢えてフィーチャーリングする必要性もなかったのにと思った。

 



アリ・ラヴに関しては、
6thアルバム『We Are the Night』以来の起用であり、私的には、本作でベックセイント・ヴィンセントを起用した点などから判断すると、趣は異なると前置きしておくが、ダフト・パンクの『Random Access Memories』(2013年)同様、アメリカ市場を強く意識した作品作りにも思えたわけだが、他のアーティストとは異なり、ケミカル・ブラザーズは、最近のEDMファンに媚を売ってまで、新しい音楽のファン層に自らを売り込もうなどと考えず、自分たちのスタイルを貫き通し、革新的な作品を創り上げたように、俺の眼には映ったのだ。なぜなら、それは、まるでデヴィッド・ボウイの音楽の変容にもどこか似ていて、時代のトレンドなど一切気にせず、新たなトレンドを自ら創り出していくことができるアーティストだからだ。

 

金曜の夜、成熟した大都市、ここ東京で、シャンパン片手に、ローリン・ヒルが表紙を飾った『GQ JAPAN』(1998年9月号)を斜め読みしながら、ケミカル・ブラザーズの新作を繰り返し聴いたわけだが、改めて、彼らの音楽が以前にも増して、好きになったような気がする。次回作が、早くも今から楽しみだ。結論、本作をオススメするのかどうか訊かれたら、EDMファンにはオススメしないが、ロックファンにはオススメできる、まだまだ成熟しきっていないケミカル・ブラザーズの、実験的で、革新的な、優れた作品だ、と答えるかもしれない(笑)。彼らの20年の軌跡については、気が向けば、いつの日か、改めて綴ってみたい。

 

余談だが、先日酒の席で、後輩が「マッドマックス最新作は、ロックでした」と言ってきたので、「ロックじゃないよ、あれヘヴィ・メタルだろ。広義ではロックだけど、狭義ではヘヴィメタだよ」と答えた。付け加えるならば、エンディングでレニー・クラヴィッツの“American woman”を流して欲しかったね(笑)。そしてマックス役のトム・ハーディが無言で立ち去るのではなく、シャーリーズ・セロンに、“I gotta go, I gotta go American woman, yeah”と言って欲しかった、ただそれだけ。映画的には無理な演出なのだろうが、俺はそう考えただけなので、あしからず。

 

最後になるが、彼らは2007年7月、クラブミュージック専門雑誌『LOUD』のインタヴューにおいて、謙遜とも言える発言をしていたが、とりわけ私的に強く印象に残った一節を、一部抜粋して紹介したい。

 

“成熟”という言葉は、僕らが最も求めていない表現だな。悪く思わないでね。もちろん、良い音楽をつくる自信はあるけど、僕らは自分達のサウンドを“完成”させたくないんだ。それは活動を始めた頃から、ずっとそう思っていた。僕らの音楽をずっと聴いてきているから先入観があるのかもしれないけど、全てを一度忘れたら、僕らがやっていることは成熟とは程遠い、かなり未熟なものだって気が付くと思う。ゼロから音楽をつくることは、まるで魔法のようだ。この世で最高の仕事さ。

―ケミカル・ブラザーズ

 

Have a lovely weekend!

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