In The Groove

a beautiful tomorrow yea


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今日は見事な空だ。くつわも拍車も手綱もないが、葡萄酒という名の馬に乗って飛び立とう、夢のような神々しい天空へ。ひどい熱に浮かされた二人の天使になって、朝の澄んだ青空に、彼方の幻を追い求めよう。御しがたい風の翼の上で、軽やかなバランスをとり、ともに妄念を抱きつつ―。愛しい君よ、二人並んで空を漂い、休むこともなく、逃げて行こう、僕の夢の楽園へ。

―ボードレール著『悪の華』より

 

グレン・グールドの<ゴルトベルク変奏曲

 

ゴールデン・ウィーク後半を迎えた5月3日(水)、先日の会食で久々に耳にしたスーパーモデル<リリー・ドナルドソン>も30歳かと、ふと思い出した早朝。

ディプティック期間限定の香り『TOKYO』の檜の香りで満たされた、超高層階に位置する自宅マンションの窓を開けると、心地良い風がリビングへと吹き抜け、昨日同様、気持ち良い朝を迎えた。都心上空には無限に青空が広がっていた。

 

グレン・グールドが演奏したモーツァルトの音楽(ピアノ・ソナタ)を聴くのは、毎朝のルーティンになって久しいが、今朝はグールドの演奏で最も有名な、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』をBGMに、日経新聞朝刊に目を通した。英国を代表する超高級車<アストン・マーティン>社の、CEOの的を射た発言「価格を下げて顧客層を広げる戦略には出ない。超富裕層の人口は中国を筆頭に年10%前後で増えている。彼らの消費は短期的な不況などに左右されず非常に底堅い」が目に留まった。

 

話を戻すが、グレン・グールド(1932-1982)を取り上げた文藝別冊の増補新版『ゴルトベルク 遺作録音30年』(2011年発行)に掲載された、『グレン・グールド論』の著者によるグールドと《ゴルトベルク変奏曲》の考察がとても興味深かったので、一部抜粋して紹介したい。

 

グレン・グールドの生涯とその音楽活動は、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》によくなぞらえられる。主題のアリアで始まり、各種の変奏を経て、ダ・カーポのアリアが回帰して終わるように、グールドは1955年録音の《ゴルトベルク》でデビューし、1981年に《ゴルトベルク》の再録音を終え、翌年急遽した。

 

ただし、《ゴルトベルク変奏曲》は「睡眠薬」ではない。これは今なお多くの人が誤解している点であり、グールドでさえ誤解していた。グールドはデビュー盤に自ら寄せたライナー・ノーツに書いている―「カイザーリンク伯爵がバッハに作品を依頼した話である。伯爵はザクセン宮廷に駐在するロシアの外交官で、おかかえの音楽家にヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクがいた。彼はバッハの最も優秀な弟子のひとりだったのだ。伯爵は頻繁に不眠に悩まされていたらしく、睡眠薬代わりにゴルトベルクが弾ける落ち着いた鍵盤曲を書くように頼んだのである。この治療法が成功したとすれば、私たちはこの鋭敏で小気味よい作品に施したゴルトベルク巨匠の正当性に疑念をはさまずにはいられない 

この逸話はフォルケルの『バッハ伝』(1802年)に由来するが、同書によれば、伯爵の求めたのは「眠れぬ夜を楽しく過ごせる穏やかで快活な音楽」だったのであって、直接の「睡眠薬」ではなかった。ライナー・ノーツの記述から判断する限り、グールドは逸話を誤解していたと同時に、《ゴルトベルク変奏曲》は本質的に「睡眠薬」になり得ない「鋭敏で小気味よい作品」であるという認識を演奏者の立場から得ていたことになる。だとすれば、彼の演奏のアグレッシヴな性格(スピード感やドライヴ感)には、睡眠薬であるという「事実」に逆らおうという意図が働いていた可能性すらあり得る。

 

グールドは総括する―「要するにこれは、始まりも終わりもない、真のクライマックスも真の解決もない音楽、ボードレールの恋人たちのように、“御しがたい風の翼に軽やかに乗った”音楽なのである。」そして「ここには直感による統合がある」と。

 

結局彼は、熱に浮かされた恋人たちの飛翔の危ういバランスの中に、“今=ここ”の瞬間に存在する芸術の法悦の境地と永遠性を読み取ったのであろう。ただバッハの書いた《ゴルトベルク変奏曲》そのものにこのイメージを押しつけるのはやや難がある。しかし少なくともグールドのデビュー盤にならば、この比喩はふさわしいと思う。いたずらなつむじ風のように私たちの心を駆け抜けたあの演奏にならば。

 

ラファエル・ナダル復活

 

ところで、エンポリオ・アルマーニ・アンダーウエアの2011年夏キャンペーンに起用されたスポーツ選手が誰だったのか憶えているだろうか?

 

そう、他でもない、今年完全復活を果たしたスペイン人プロテニス選手<ラファエル・ナダル>その人だ。2010年のナダルは、「全仏オープン」「ウィンブルドン選手権」「全米オープン」で優勝し、ロジャー・フェデラーから世界ランク1位の座を奪い取るなど、若き天才テニスプレイヤーの時代の到来を告げ、それを世界中のテニスファンに強烈に印象付けた1年だった。

 

ナダルがアルマーニの広告に起用された当時はまだ24歳で、現在は30歳となり、来月3日に31歳の誕生日を迎える。そして今年は、マイアミ・オープン決勝でフェデラーに敗れはしたものの、モンテカルロ大会に続き、

バルセロナ・オープンでも優勝を果たすなど、ナダルの復活劇は、私的には嬉しい限りであり、彼が出場する試合月は今後も眠れない夜になりそうだ。

なお、エンポリオ・アルマーニのアンダーウエア広告キャンペーンには、過去にデヴィッド・ベッカムクリスティアーノ・ロナウドも起用されるなど、スポーツ界を代表する華のある男が抜擢されているのが特徴なのだ。ナダルには、今後益々の活躍を期待したい。まだまだ老け込む年齢ではないはずだ。

 

銀座丁目の大型複合商業施設

GINZA SIX(銀座シックス)>

 

もうかれこれ3、4年になるだろうか。銀座の再開発に関しては、過去度々ブログで取り上げてきたが、銀座5丁目に位置する「東急プラザ銀座」(2016年3月開業)と「銀座プレイス」(同年9月開業/主なテナントは、日産自動車のショールーム及びソニーのショールーム)に続き、先月20日(木)、同6丁目に大型複合商業施設「銀座シックス」が開業した。

 

なお、森ビルの発表によれば、オープン初日となった先月20日の来館者数は約9万人に上り、年間来館者を2000万人、年商600億円を目標としているようだ。

平日の木曜日にも関わらず、東京ドーム満員(野球開催)時の2回分だとも言える、驚きの9万人の来館は、正に春のフィーヴァーとも形容でき、日本が世界に誇る高級ファッションストリート<GINZA>にふさわしい盛り上がりを連日見せている。

 

付け加えると、銀座の再開発に関しては、例えば、2014年3月17日(月)付ブログ“Ginza meets Luxury

2015年9月14日(月)付ブログ“Bubble Againの中でそれぞれ詳細に触れたので、興味がある方はどうぞ。

 

とりわけ、銀座6丁目の再開発に関しては、2014年4月18日(金)付ブログ“Life At Its Best”(テーマ: ファッション)の中で取り上げ、ブログ冒頭では、ダン・アリエリーの著書から引用するなど、興味がある方はどうぞ。あれから早3年、同再開発は「銀座シックス」として生まれ変わったわけだが、俺自身、先週の平日に2度ほど足を運んだ感想をツイートしたので、それをいくつかここに張り付けておきたい。

なお、同施設のコンセプトは、3年前のブログでも書いたように「Life At Its Best 最高に満たされた暮らし」だ。

 

ブライト・ライツ・ビッグ・シティ

 

最後になるが、俺のお気に入り小説のひとつ『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』より、季節と場所こそ違えど、銀座の歩行者天国をイメージさせる一節を一部抜粋して紹介したい。

 

空は青く、そして眩しい。勿体ないほどのいい天気だった。運よく、今日はサングラスも忘れてはいない。昼飯時のパーク街は人の波で溢れそうだ。脅えた表情でじっと見つめている者がいないか、きみは辺りをぐるりと見回す。だが、きみに注意を払う人間など一人もいない。街角では、肥った男がヤンキースの野球帽をかぶって、手押し車に積んだプレッツェルを売り、毛皮のコートを羽織った女は右腕を真っ直ぐ立て、魔法でタクシーを呼び出そうとしている。バスが轟音と共に通り過ぎていく。何年ぶりかでプールに飛び込む時のように、きみはためらいがちに歩行者の波に入り込んでいった。

―ジェイ・マキナニー著『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』(1984年/米)より

 

Have a beautiful day!

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贅澤と遊ぶといふことは同じであって、

遊ぶ気持ちが働いてゐなければ、

贅澤をしても贅澤にならないからつまらない。

吉田健一著『乞食王子』より

 

贅沢趣味が満たしてくれるものは、その性質上、物質的欲求だけにとどまらない。経済力の限界というものを考えれば、ほんのひと握りの幸運な人々にしか味わえないわけだから、肉体面はもちろん、精神面すなわち自尊心にとっての喜びにもつながることになる。

 

四本どりで編んだ厚手のカシミア・セーターを着たり、高級珍味であるチドリの卵を食べて満足感を覚えるのは、隣人たち、たとえばお抱え運転手や食料品を配達にくる小僧には決してできない真似だからである。歴史を振り返ると精神分析から旅行に至るまでこうした金のかかる習慣だらけで、それらひとつひとつが次第に品位を失い大衆化していくという形で、社会は発展してきた。

 

そんな中で人間は、何かが俗化の危機にさらされれば、さらに希少かつ贅沢な新しい趣味を考えだすという具合に創意工夫を常に怠らなかったわけだが、ひとつだけ大きな例外がある。クリスマスだけは、なぜかいまや万人の贅沢趣味である。世界中で大勢の人が楽しむ(というより、たぶん耐える)行事。金銭面で無理をしていない人は、いないのではなかろうか。

 

そもそも宗教上の祝い事だったはずが、いつの間にか国防費並みの予算を注ぎ込む消費社会の乱痴気騒ぎとなってしまった。お祭り気分を盛り上げる派手な宣伝に踊らされて、プレゼントはプレゼントの応酬を招く。

ピーター・メイル著『贅沢の探求』より

 

ドナルド・トランプとマドンナ革命、そして80年代

 

先月13日(日)にブログを更新してから、早いもので約1カ月になろうとしている。オスカー・ワイルドは「私にとって自分の義務は、猛烈に楽しむことだ」という名言を残したが、俺にとってこの1カ月は、まだ未開封の新譜CD(20枚ほど)や映画DVD(20数本)の視聴、今こそ読み返すべき本の再読、3泊5日の旅行、

そして11月後半から今月も続いているシャンパンの宴などなどに時間を費やし、遊びを優先してしまった。それゆえ、ブログの更新は先送りされ、師走の今に至っている。そう、ギャスパー・ノエの映画『LOVE』 が、2016年で最も記憶に残る作品となったが、俺好みのそれだったとはいえ、万人にオススメはしない。

書き出せばキリがないが、例えば、ヴィム・ヴェンダース監督作『誰のせいでもない』を渋谷のヒューマントラストでの劇場鑑賞(同作品はオススメしない)、11月としては54年ぶりとなった都心の初雪に心躍り!?、再訪の『ダリ展』、

7月17日(日)付ブログ“D.A.N.C.E.”(テーマ: 映画)で取り上げたフランスのエレクトロ・デュオ<ジャスティス>の、新作アルバム『Woman』リリース及び代官山での無料ライヴ、そして雑誌『ゲーテ』の表紙を飾ったのは、今年82歳の誕生日を迎えたファッション・デザイナー<ジョルジオ・アルマーニ>だった。この1カ月は、猛烈に楽しんだ。ジャスティスの新曲“Fire”のMVに起用されたスーザン・サランドン(70歳)は、デヴィッド・ボウイの若かりし頃の恋人のひとりだが、暗闇に必要なのはであり、今、病んだ地球には、闇を照らしてくれるようなが必要なのだろう、ヒーローが・・・。

 

 

1カ月前に話を戻すが、前回のブログでは、ブレット・イーストン・エリスの小説『アメリカン・サイコ』の主人公<パトリック・べイトマン>が崇める不動産王<ドナルド・トランプ>氏にフォーカスした一方、21世紀アメリカを象徴する強い女性像<ヒラリー・クリントン>氏に対して、オスカー・ワイルドの名言「彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている」を贈り、さよならを告げた。そもそも、我々が生きている世界に、彼女がメタファーとして形容した「ガラスの天井」なんてものは存在しないのだ。

そう、約1カ月前のあの頃、俺が書店で目に留まり、手に取った雑誌が、ニューズウィーク日本版(11月22日号)の「ドナルド・トランプの世界」の総力特集号だった。表紙をめくれば、オバマ米大統領の「あなたが成功すれば、国家が成功する」といった皮肉交じりの名言は、アメリカに何の変化ももたらすことができなかった、弁護士出身の弁論だけが上手な男の、精一杯のブラックジョークにも思えた。

 

同誌の総力特集にすべて目を通した感想だが、偏見に満ちていて、読むに値する内容ではなかったが、この1カ月、為替相場は「ドル高・円安」に進み、トランプ相場のおかげで、日経平均株価は12月9日、一時1万9000円台までに回復するに至ったのだ。まるで、今年6月の同株価1万4000円台が嘘だったように、ね。例えば、11月8日の米大統領選の投票日の終値から、三菱UFJフィナンシャル・グループの株価の上昇率は43%にも達した。

ところで、同誌の最終面に、マドンナにフォーカスしたコラム“セックスを商品にした「革命家」マドンナの狙い”が掲載されていたので、一部抜粋して紹介したい。今から24年前の1992年に発行された米ニューズウィーク誌で特集されたそれだが、俺は当時、大学生だった。

 

あらゆる部分で先進的な超大国アメリカだが、女性の社会進出に関しては意外に保守的な面がある。ただ、カルチャー界では一足早く「強い女性像」を体現して一世を風靡した女性がいた。58歳になる今も走り続けるポップスターの女王マドンナだ。92年11月2日号のニューズウィークは、当時34歳のマドンナを特集した。82年にデビューし、セクシーかつ挑発的なパフォーマンスと奇抜なファッションで一躍スターの座に上り詰めたマドンナが、今度は過激な写真集『SEX』を発表。またしてもアメリカ社会に激震を走らせた。当時のアメリカは、セックスが文化として消費される時代を迎えていた。80年代にエイズ感染者が急増して性を危険視する風潮が生まれ、「する」ものではなく「見る」「読む」対象としてセックスが市場に出回るようになった。

 

マドンナは本誌の取材に対して、こう語っていた。「セックスは私が使うメタファーで、写真集の本当のテーマは愛。人の望みや求めているものは、それぞれ違うわけでしょう。好みや性的な欲望も違う。他人が自分と違うからといって、その人を非難したり、善悪の判断を下すべきじゃない」。マドンナの功績は単なるセックスにとどまらず、「女性の殻をいち早く破ってそれを世間に認めさせたことだろう。

 

82年のデビューはさておき、デヴィッド・ボウイに憧れていたマドンナが、83年のデヴィッド・ボウイの大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』に触発され、同アルバムのプロデューサーだったナイル・ロジャースを起用し、マドンナが制作したセカンド・アルバムが84年の『ライク・ア・ヴァージン』であり、日本での知名度を上げた彼女の代名詞的なアルバムだろう、俺の趣味ではないけれど(笑)。俺自身、あの当時の記憶は未だ鮮明に残っているが、付け加えるならば、同アルバムのオープニングに収録された“マテリアル・ガール”は、マドンナ自身を映し出したような内容のそれであり、物質的欲求のピーク80年代という強欲の時代を象徴している。小説『アメリカン・サイコ』で描かれた時代もまた80年代であり、トランプ氏がニューヨーク五番街の超一等地にトランプタワーを開業したのが83年であり、デヴィッド・ボウイの大ヒット曲“Let’s Dance”がリリースされたのも同年だ。

 

今年1月、デヴィッド・ボウイが★になってから、マドンナによるボウイ追悼のツイートをRTし、今年1月17日(日)付ブログ“Hot tramp, I love you so!”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)の中で取り上げたが、ひとつだけ言える確かなことは、彼女も俺もボウイの大ファンであり、生まれ育った国こそ違えど、彼の歌を聴いて、色んな意味で、彼の“変化”に翻弄!?されながら、デヴィッド・ボウイの冒険を楽しみながら、今まで生きてきたのだ。今年58歳となったマドンナの追悼ツイートは、以下のとおりだ。

 

ものすごくインスピレーション豊かで革新的でした。

独創的で挑発的でした。本当の天才でした。

今日は自宅の部屋中がデヴィッドの写真だらけになっています。

デヴィッドは本当にお洒落で美しくて品がありました。

時代のずっと先を行っていました。

ありがとうデヴィッド・ボウイ。

わたしはあなたにたくさんのものを負っています。

世界があなたのことを惜しむことでしょう。

愛をこめて

マドンナ

冷めた視点で、本質を語るならば、性のタブーを破った人は歴史上たくさんいると前置きしておくが、最も有名な、その最初の人は19世紀末に活躍した天才作家<オスカー・ワイルド>その人かもしれない。そして20世紀、サマー・オブ・ラブが真っ盛りだったスウィンギング・ロンドンにおいて、1960年代のセックス革命の扉を開けたのは、他でもない英国のロックスター<デヴィッド・ボウイ>その人なのだろうが、それについて綴ると長くなるので、機会があればまた。

 

スティングのニューアルバム<57TH & 9TH

 

ボウイの最初の妻<アンジー>曰く、「1966年のロンドンは最高に素敵だった。愉快の絶頂にある、世界屈指の大都市だった」のかもしれないが、2016年の今、ドイツを除けば、英国をはじめ、フランスやイタリアもそうだが、現在のヨーロッパは暗黒の時代に突入したかのように暗いイメージが先行している。で照らしてあげたいくらいに、ね。

昨年、テロに見舞われたパリへの旅行客は大幅に減り、日本からパリへの旅行はただ同然のように格安となり、テロの襲撃により多数の犠牲者が出たパリのライブハウスでの事件から1年が経過した先月、同地でライヴを行ったのが他でもない英国のロックスター<スティング>だった。前回のブログでスティングのツイートを取り上げたばかりだが、その後、ニューアルバムのプロモーションのため、先月末に彼が来日を果たしたのは、誰の記憶にも新しいはずだ。

同アルバムを繰り返し20回ほど聴いたが、とりわけオススメもしない。

アルバムタイトルとなった「ニューヨーク9番街57丁目」は、デザイナーズホテル<Hudson>の眼と鼻の先だが、

同ホテルに宿泊した際、デジカメで撮った写真が何枚かあるので、一枚だけ貼り付けておきたい。そして、同アルバム4曲目の“One Fine Day”の歌詞の一節がとりわけ印象的だった。

 

親愛なる、指導者達よ、頼むから早く何か手を打ってくれ

時間がないんだ、この惑星は病んでいる

でもほら、皆感謝するはずさ

ある晴れた日に

 

オテル・リッツ

 

ところで、ブログ冒頭で、ピーター・メイル著『贅沢の探求』より一部抜粋して引用したが、同書はかつて『Esquire』誌や『GQ』誌に連載されていたコラムを集めた短編集であり、シャンパン片手に気軽に読めるそれなのだが、その中の「贅沢なシャツ」というタイトルの短編から、今年パリにリニューアルオープンしたばかりの名門ホテル「オテル・リッツ」の固有名詞が登場するので、一部抜粋して紹介したい。なお、俺のお気に入りホテルは、パリにはいくつかあるが、フォーシーズンズホテル・ジョルジュサンクは無敵に素敵だ。そして、ブログ冒頭で引用したイギリス文学者の故<吉田健一>氏は、日本の歴代首相のひとり<吉田茂>氏の息子だからだろうか、ユーモアに溢れていて、とても面白い。

 

華麗なるギャツビーの洋服箪笥にはシャツがぎっしりと並んでいた。ギャツビーは明らかにシャツ中毒である。それに、ことシャツに関する限り、これでもうどこかへわざわざ買いに出かける必要がない。手元に<シャルヴェ>の電話番号がある。一方の<シャルヴェ>には私の採寸記録と型紙が保管されている。その気になりさえすれば、プロヴァンスでいながらにして、数千ドルの買い物ができる。発作的に受話器をとりあげるだけで、三週間後には郵便配達人が<シャルヴェ>の箱をどっさりと抱え、よたよたと家の前の道を上がってくるという寸法だ。別にパリにまた出向いていくのだって、悪くない。あの生地室は、もう一度探検するに値する。

 

それでは楽しい夜を、とジョゼーフに見送られて外へ出た。ヴァンドーム広場のちょうど向かいに、陽が沈もうとしていた。そのとき、ほかのシャツ専門店にはない、<シャルヴェ>ならではの魅力がもうひとつあることに気づいた。と言ってもワイシャツとは何ら関係ない。この店からだと、あのリッツ・ホテルの<ヘミングウェィ・バー>まで歩いて二分なのだ。

ピーター・メイル

 

 

あっという間に今年も終わりそうだが、もうすぐクリスマスだ。

 

Have a wonderful night!

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自分が「最高の生活」として憧れるような環境になったとする。そこで感じる幸せがある。でもその幸せは、いま自分が経験している「慎ましい生活」で感じる幸せと、ほぼ変わらない。

―アダム・スミス著『道徳情操論』より

 

人生は決して公平ではない。

我々にとっては、それはよいことではないのか。

―オスカー・ワイルド

 

現代のドン・ファンを見ていると、どうも暇つぶしをしているような気がしてならない。どんなおとぎ話も必ず結婚で終わることを考えれば、われわれロマンチストが何よりも説得力のある神話である結婚を信じることは驚くに当たらない。だから、今度、年がら年中女の尻を追い回しているくせに幸せな結婚生活を送っている男のことを耳にしたときも、不愉快な奴だと思わないで、どうかオスカー・ワイルドの次の言葉を思い起こしていただきたい。「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか

―タキ・テオドラコプロス

 

多くのアメリカ人、とくに小さな町で育ったアメリカ人と同じで、イギリス人の貴族は気に入った人物は誰かれかまわず自宅に呼んで歓迎する。また彼らは、一見して人を判断する。この点でも、多くのアメリカ人と似ている。

 

自分でも手に負えないほどスタイルを持っていたオスカー・ワイルドは、こう書いている。

初対面で人を判断できないのは底の浅い人間だけである、と。

 

これまでスタイルがないということでハリウッドを非難する者はいなかった。それどころか、ハリウッドは、一度として文明と呼ばれる域に達することなく、原始時代からデカダンへ移行してしまった唯一の社会なのである。

―タキ・テオドラコプロス著『ハイ・ライフ』より

 

トム・クルーズ来日と木枯らし1号

 

今週、独身貴族に戻ったハリウッドスター<トム・クルーズ>が新作映画『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK(原題:Jack Reacher: Never Go Back )』のプロモーションのため、22度目の来日を果たした。

ペニンシュラ東京での記者会見を行った翌9日(水)午前、ここ東京では木枯らし1号が吹き、同日夜には、ジョルジオ・アルマーニのスーツを身に纏ったトム・クルーズが、六本木ヒルズで行われたジャパンプレミアに出席した。

 

同作品で、トムが演じるジャック・リーチャーは「アウトロー(異端児)」であり、今週末11日(金)から日本国内でも劇場公開されたばかりだが、『アウトロー』が日本で劇場公開されたのは2013年まで遡る。今作はその続編にあたり、日本国内における邦題が前作とは異っているが、前作のタイトルは『アウトロー(原題: Jack Reacher)』だった。当時の来日に関しては、2013年1月7日(月)付ブログ“American dreams came true somehow”(テーマ: 映画)で取り上げ、映画監督<大島渚>の著書『解体と噴出』風に、次のようにトム・クルーズを語っていた。

 

自己変革が到底不可能な女に、自己変革しろと迫るのが、トム・クルーズの趣味なのかもしれない。どうも彼には、そういう不可能へ寄せる情熱のようなものがある。そして美女たちは結局逃げ、彼自身はそのことによって、必然的に自己変革を迫られるという、彼自身にとっては、或る意味で、なかなか都合の良いシステムが出来上がっていて、だから俺は、妻に逃げられるという一種の才能も、この世の中にはあるのだと感嘆した。

 

トム・クルーズの作品はすべて面白いと思うが、彼の大ヒット作『トップガン』をはじめ、『ミッション・インポッシブル』シリーズよりも寧ろ、(前妻のニコール・キッドマンと競演した)夫婦の嫉妬を描いた『アイズ・ワイド・シャット』はすべてが最高だったし、『マグノリア』『バニラ・スカイ』『コラテラル』などの作品も俺好みで、とても洗練されている。

 

ところで、俺がトム・クルーズ出演の映画を初めて劇場鑑賞したのは今から33年前の1983年の夏まで遡るが、それはフランシス・フォード・コッポラ監督作『アウトサイダー』(1983年・米)であり、主題歌にはスティーヴィー・ワンダーの“Stay Gold”が使用された。同作品の物語は、富裕層と貧困層の不良グループの対立を背景にした青春映画の傑作のひとつだ。

付け加えると、先述した映画とは一切関係ないが、デヴィッド・ボウイの愛読書のひとつで、コリン・ウィルソンの小説『アウトサイダー』はとても興味深い作品であり、ブログ冒頭で引用したアダム・スミスの著書同様、人はどう生きるべきかを教えてくれる。

そう、トム・クルーズ主演の大ヒット作『トップガン』の公開は1986年で、友人に連れられ、劇場に何度も足を運んだ青春映画だ。その頃からトム・クルーズの美しさは花開き、1994年公開の吸血鬼映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(私的には最高の部類の作品であり、エンディングが俺好みだ!)でピークを迎えた感じだろうか。ハリウッドにおいて、彼はとりわけ特別な存在であり、ハリウッドを代表するスターだが、私的には『マグノリア』で演じたセックスの教祖役は最高だったよ(笑)。『コラテラル』の悪役も良かった一方、近年彼が演じている役は俺の趣味ではないのは確かだろう。

 

最後の晩餐

 

 

新しい時代の幕開け

 

ところで、ブログ冒頭で引用した俺のお気に入り作家のひとり<タキ・テオドラコプロス>は、オスカー・ワイルドに多大に影響を受けているが、彼は大富豪であると同時に、アウトサイダーだとも形容できるが、それはアメリカの不動産王<ドナルド・トランプ>も同じだ。

周知のとおり、(俺が予想していた通り)ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に選ばれたばかりだが、彼に関しては、以前のブログでも何度も取り上げたように、私的には大学時代から注目していた人物のひとりであり、当時から彼の著書にもすべて目を通したが、彼にあって、ヒラリー・クリントンにないものをふと考えた際、まず思い浮かぶのは「カリスマ」性だったのだ。トランプは“スーパー”ビジネスマンである一方、ヒラリーは“スーパー”エリートの弁護士(後に政治家)であり、弁護士出身という意味合いではバラク・オバマと同じで、秀才だ。が、ひとつだけ言える確かなことは、オバマ政権は超大国アメリカにおいて、何ひとつ“変化”をもたらすことができなかった

そう、今から5年前の2011年2月20日(日)付ブログ“I still don't know what I was waiting for...”(テーマ: 番外編)では、ドナルド・トランプを取り上げ、彼について次のように記していた。

 

ところで今週、俺の非公開ツイッター上で、ある女の子から映画『アメリカン・サイコ』についての感想をいただいたので、そのツイートに対して、いくつかツイートしてみたのだが、アメリカン・サイコの主人公パトリック・ベイトマンが、ヒーローとして崇める人物が、他でもないニューヨークに実在する不動産王ドナルド・トランプその人なのだ

 

彼が5、6年前に来日した際、酒の席で話題となったような気もするが、それは ジュリアーニNY元市長 のことだったのか、記憶が定かではない。いずれにしろ、 ブルームバーグNY現市長 も、私的には大変興味深い人物ではあるのだが、ドナルド・トランプ(今年で65歳)という男に関しては、俺が以前から(大学の頃)注目していた人物なのだ。

 

どこか、やっぱり足りない感じがする。

遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ。(サンフランシスコで)ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする。

―石原慎太郎

 

俺はこの発言に対して、異論を唱えるつもりは全くないが、こういった発言は内心思っていても、立場上、口にしないほうが賢明だろう。アメリカ人のように、物事をはっきりと言うのは俺もそうなのだが、オトナになれば、状況に応じた使い分けが必要だ。CNNのサイトで紹介されていたような、ドナルド・トランプ氏の発言も危険だとは思う一方、彼は多くのアメリカ人に求められているような人物なのかもしれない!?

 

先例なき時代に、日本人に求められているのは「内向きとの決別とグローバル化(世界に目を向けよう)」なのだろうが、すぐに変化できるものでもないだろう。

 

高坂正堯著『文明が衰亡するとき』には、13世紀から14世紀の地中海世界に君臨したベネチアは、16世紀後半以降に「内なる変化」にさらされ、喜望峰ルートの発見という当時の「グローバル化」の影響を見誤り、「守旧的性格」が強まった。

 

日本の過去における2度の“奇跡”はともかく、21世紀の世界に求められているのは“変化”に他ならないのだ。今月開催された、アメリカで大人気のスーパーボウルで流されたTVCFBMWTVコマーシャル)は、とても印象深いものだった。なぜなら、デヴィッド・ボウイの曲“Changes”が使用されていたから、ただそれだけ。

 

最後になるが、ブログ冒頭で引用したタキの言葉「一夫多妻―ひとりの女と結婚し、多くの女を愛することができれば、そのほうがどれほど詩的なことだろうか」を借りれば、イタリアの超高級スーツ<ブリオーニ>を身に纏ったドナルド・トランプ氏は、或る意味、下品かもしれないが、ロマンティストの異性愛者であり、誰よりも詩的な男なのは明白だ。そして私見だと前置きしておくが、俺の眼には、移民で元モデルのトランプ夫人<メラニア>のほうが、アメリカンドリームを実現させ、ヒラリーよりも幸せそうで、とても魅力的な女性に映っている。

一方、秀才<ヒラリー・クリントン>氏がかつて身に纏ったジョルジオ・アルマーニのパワースーツも、今年連日身に纏っていたラルフ・ローレン・コレクションの高級スーツも素敵だったが、そんなアメリカを代表する69歳(デヴィッド・ボウイと同い年)のパワーウーマンヒラリー・クリントン>に、天才<オスカー・ワイルド>の名言を贈りたい。

 

彼女は、弱さという何ともいえない魅力を欠いている。

―オスカー・ワイルド

 

 

Have a nice day!

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「それと覚えておくべきなのは、ミネラルウォーターを買うときは、ガラスの瓶にすることだ。プラスチックボトルのはいかん」私はおどろおどろしく言って、二人のどちらかが理由を聞くのを待つ。 「どうして?」コートニーの声には本物の興味がにじんでいる。 「酸化するからだ」と私が解説する。「へんな後味のない、さらっとした水がいいじゃないか」 長い、わけがわからなくなった。コートニーらしい間合いがあってから、マクダーモットが窓の外を見ながら、「なるほどな」と言う。 「でも、ほんと、水の味って違いがわかんないのよ」コートニーがぶつくさ言う。

ブレット・イーストン・エリス著『アメリカン・サイコ』より

 

晴れとノラ・ジョーンズとミネラルウォーター

 

カルヴィン・ハリスの名曲“Summer”の季節も完全に終わり、本日10月15日(土)、京都にカナダ系超高級ホテル<フォーシーズズホテル>が開業した。日経新聞のWebサイトには「最高級の客室は1部屋1泊120万円超。地元では外国人富裕層の呼び水になるとの期待が高まる。180の全客室の3割を分譲販売して、観光客でにぎわう桜や紅葉のシーズンでも泊まりやすくし、長期滞在する富裕層の需要を取り込む」と紹介されている。なお、俺のお気に入りでもある同超高級ホテルに関しては、7月24日(日)付ブログ“Extraordinary Experiences”(テーマ:ホテル&リゾート)の中で詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

京都も素敵な街だが、俺はここ東京都心で変わらず、イタリア製のフレッテのシーツに包まれ、いつものように気分良く週末の朝を迎えたが、今月に入り、ヘヴィローテーションしていた黒人ジャズピアニスト<ロバート・グラスパー>(1978年生まれ)の新作CDを、気分新たに白人女性ジャズピアニスト<ノラ・ジョーンズ>の4年ぶりとなる新作CDに替え、高級オーディオにセットした。いずれも音楽のジャンルは<JAZZ>だが、今朝はノラ・ジョーンズの素敵な音楽ではじまった。その始まりを、京都の同ホテルで迎えることを春先に考えていたのだ。予約はしなかったとはいえ、年内もしくは来年には足を運ぶ予定だ。

なお、フォーシーズンズ丸の内のレストラン&バーは、今年も日常的によく利用しているが、今年も足を運んだニューヨークだが、マンハッタンには2つ目となるフォーシーズンズホテルが開業している。

 

ジャズに話を戻すが、先日、タワーレコード渋谷店で入手した、ノラ・ジョーンズが表紙を飾ったフリーペーパーには、同新作について「名曲《ドント・ノー・ホワイ》から15年。初めて購入したジャズのCDは、ブルーノートからの彼女のデビュー作『ノラ・ジョーンズ』でした。凛とした横顔のジャケットが印象的ですよね。同じような方もいらっしゃるのでは? 当時中学生の私はJAZZを知っていたわけでもなく、声とアンニュイな雰囲気に惹かれ、「なんて美しい女性が素敵な歌声で弾き語りをするのだろう・・・」と憧れを抱いたものでした。 (中略) 2児の母となった今、15年ぶりにピアノ弾き語りスタイルに原点回帰」と紹介されていた。

 

正確に言えば、今年37歳となった2児の母親でもあるノラ・ジョーンズ(1979年・ニューヨーク生まれ)が、デビュー作をリリースしたのは2002年ゆえ、あれから14年もの歳月が過ぎ去ったことになる。なお、同新作の国内盤の対訳を担当したのは、1976年生まれの作家<川上未映子>だ。

 

そう、1970年代生まれの俺がこのブログを始めた2004年以前からもずっと、朝の目覚めの習慣は、イタリアのミネラルウォーター<サンペレグリノ>(750mlガラス瓶の炭酸水に限る)を冷蔵庫から取り出し、それをバカラのグラスでいただくのが日常となっていたが、今週からここ東京は秋らしい、涼しくて、とても過ごしやすい気候となり、冷やしたそれではなく、常温のそれをいただいている。なお、ミネラルウォーターに関しては、2009年10月24日(土)付ブログ“You don't understand the differences in water.”(テーマ: レストラン&バー、カフェ)で、六本木のレストランメニューに掲載されていたミネラルウォーターを引き合いに出し、ニューヨーク旅行時のレストランの記憶と共に、小説『アメリカン・サイコ』の中に登場するミネラルウォーター談義にフォーカスし、詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

私はこだわる。情熱を持って。

こだわらない人たちのことを考えると、ぞっとする。

私はこだわる。あなたにもこだわってほしいものだ。

―トム・ピーターズ

 

今朝、ノラ・ジョーンズの新作をBGMに、超高層階に位置する自宅リビングの窓から空を見上げると、ここ東京都心の上空には雲一つない秋晴れが広がっていた。朝食はフルーツのみで、コーヒー用のマグカップは、2004年以前から愛用しているマイケル・グレイブスがデザインしたイタリア製のアレッシィのそれだが、過去2度ほど破損し、買い替えている。自宅で愛用しているのは、アレッシィ以外に、陶磁器は<ウェッジウッド>(英)&<リチャードジノリ>(伊)で、愛用のグラスはほとんどが<バカラ>(仏)で、数点は<アルマーニ・カーザ>(伊)のそれだ。また、他ブランドのシャンパングラスもいくつか揃えてあり、その日の気分で使い分けしている。

 

映画の

東京国際映画祭のオンラインチケットサイトがパンク

 

秋の恒例イヴェントとなり久しい、映画の祭典『東京国際映画祭』(10月25日(火)~11月3日(木・祝)の10日間)も今年で早いもので29回目を迎える。今朝、スポーツジムから帰宅し、同映画祭のチケット(正午から販売開始)を購入しようとした矢先、同サイトの、オンラインチケットサイトがアクセス集中のため、パンクしていたのだ(笑)。先日発生した東京の一部地域での停電同様、ここは中国か韓国かと思えるくらいの、程度の低さに俺は呆れ返ったわけだが、

ボランジェのシャンパン片手にこのブログを書いている今、時計の針は土曜の夜の11時半を回ったが、未だ同サイトのチケットサイトはメンテナンス中だ。

 

で、どのチケットを購入しようと思ったのかと言えば、今春4月17日(日)付ブログ“Spring Breakers”(テーマ: 映画)の中で「第69回カンヌ国際映画祭」(5月11日~22日)に注目した際、私的に気になる7作品を紹介したが、それ以外で最も気になる作品として選んだのが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督作『The Neon Demon(原題)』なのだ。今回チケットが取れなくても、今後、日本国内で間違いなく劇場公開されるだろうから、何ら心配はしていない。なお、10月27日(木)の夜の予定として、六本木で同作品の映画鑑賞をスケジューリングしていたが、「男心との空」ではないがもうどうでもよくなってきたというのが本音だろうか。実は、正午半すぎ、一度だけサイトにアクセスでき、席を選ぶ画面までは進むことができ、プラス500円席を選ぼうとした矢先、再び同サイトがパンクしたのだ。

 

なお、当時のブログには、<主演にエル・ファニングを配し、アビー・リー・カーショウ、キアヌ・リーヴス、クリスティーナ・ヘンドリックス等々、興味深いキャスティングなのだが・・・なお、エル・ファニングに関しては、日曜日の早朝、イマジカBSで放映された(俺好みの、ジョン・アーヴィングの小説『未亡人の一年』を原作にした)トッド・ウィリアムズ監督作『ドア・イン・ザ・フロア』(2004年・米)で、キム・ベイシンガーやミミ・ロジャース(トム・クルーズの元妻)等と共に出演しており、2004年公開当時のエル・ファニングの年齢は6歳だった。彼女が主演を務める最新作『The Neon Demon』は、アメリカのモデル業界を舞台にしたホラー作品になっているが、ニコラス・ウィンディング・レフン監督独特の映像美とB級感が今からとても楽しみだ。>と記していた。

 

美食の秋

音楽の秋

読書の秋

 

映画の話はさておき、今秋の東京はとてもホットで特別な日が続いた。ニューヨークを代表するスーパースターシェフ<デヴィッド・ブーレイ>が来日を果たし、紀尾井町に新たに開業した超高級ホテル『ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町』内レストランで特別メニューを振舞ったのだ。

 

そう、90年当時、ニューヨークで「トライベッカ」(Triangle Below Canal Street)というカナルストリートの南に位置する同地区はトレンディスポットではなかったが、ロバート・デ・ニーロが同地区に移り住み、自身の映画製作会社を設立し、ドリュー・ニーポレントと手を組み、レストラン「トライベッカ・グリル」を90年にオープンして以降、瞬く間にニューヨーク随一のオシャレエリアへと変貌を遂げたのだ。

 

トライベッカは、今でこそ誰もが知る高級住宅街のひとつになったが、85年に同地区にドリュー・ニーポレントがいち早く注目し、オープンさせたフレンチビストロが「モンラッシェ」であり、当時無名に近かったシェフを起用したわけだが、そのシェフが他でもない、ニューヨークを代表するスーパースターシェフ<デヴィッド・ブーレイ>氏その人だったのだ。先述したレストランには90年代に何度か足を運んだが、同エリアにデ・ニーロに誘われ、松久信幸氏がオープンさせた日本食レストランが<NOBU>だ。今では、ニューヨーカーで知らない人はいないほど有名な<NOBU>だが、現在デ・ニーロが73歳、松久氏が67歳、そしてデヴィッド・ブーレイが63歳だ。デ・ニーロを除いたこのシェフ3人は、ニューヨークの食のトレンドを牽引している面々と言っても過言ではないはずだ。

 

食から音楽に話題を変えるが、今秋、スーパースターDJ<Kaskade(カスケイド)>が渋谷のクラブ<SANKEYS TOKYO>に降臨し、ブルーノート東京では90年代の東京で一世を風靡した英国発アシッドジャズを代表する人気グループ<インコグニート>がライヴを連日行なった。年内には、ロバート・グラスパーが新作を携えての再来日公演も決まっており、来年にはノラ・ジョーンズの来日公演も決定しており、いずれの公演が今からとても楽しみだ。

 

読書の秋に、ノーベル文学賞を今年受賞したのはアメリカのミュージシャン<ボブ・ディラン>だった。俺のお気に入り作家<アーヴィン・ウェルシュ>が「もうろくしたヒッピーによる懐古趣味賞だ」と毒舌を吐いたが、ジョージ・マイケル風に言わせてもらえば、“That’s right!”だろうか。誤解のないように付け加えておくが、ボブ・ディランが悪いわけではなく、選んだ側が悪いのだ。いずれにせよ、彼の音楽は、俺の趣味ではない。今回の同賞受賞がデヴィッド・ボウイだったらと考えたら・・・。

 

 

最後になるが、先日、ジョージ・マイケルの名曲“Freedom! '90”(1990年秋リリース)が、2016年のニューヨークを舞台に、現代の若手スーパーモデルを起用し、撮影された新しいMVが話題になったが、

90年代に一世風靡した元祖スーパーモデルたちは現在、シンディ・クロフォードが50歳、

ナオミ・キャンベルが46歳となり、素敵に歳を重ねている。今の時代、我々は「一流」では納得せず(慣れてしまい)、その前に“スーパー”を加えたそれらを欲しているのかもしれない。プロ野球でいえば、日本ハムの大谷くん(22歳)のような「スーパー」な存在のスター選手を期待しているのだろう。彼を見ていると、他の選手が皆平凡に見えてくるから不思議だ。

 

自分の道を進む人は、誰でも英雄です。

―ヘルマン・ヘッセ

 

Have a nice weekend!

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モデルがこれほど人を落ち込ませるものなら、

美の力はどれほど?

―キャリー・ブラッドショー

Sex and the City』シーズン1“モデルにハマる男たち”の台詞より

 

 

どこからはじめようか?

 

今年のブログの隠しテーマは、年初に書いたように“LOVE(愛)”に決めたが、前回のブログでは、「007(ジェームズ・ボンド)の世界では、は長続きしないものだ」と断言したが、恋愛答えのない人類の永遠のテーマのひとつでもあるはずだ。気が向けば、同最新作の感想を今回綴る予定だったが、気が変わったが、それに特に意味はないので、あしからず。

 

はやってくるのか?

 

 
12月11日(金)を迎えたの朝、久々にまとまったが、東京都心に降り注いだ。とはいえ、同日正午を回った頃、雨上がりの東京都心上空には、青空が広がり、気温は24度近くまで一気に上昇したのだ。そして、金曜の夜は六本木で会食だったが、会食後に飲み屋でシャンパンを数本空け、気分良く店を後にしたのだ。その日の俺は、ジョルジオ・アルマーニのカシミアコートを羽織ることもなく、ヴァレクストラのブリーフケース片手に、ジョルジオ・アルマーニのスーツエルメスのボルドーカラーのタイを合わせ、左手首にはブレゲの腕時計ヘリテージ、足元はベルルッティの靴というコーデだったが、六本木交差点でタクシーを待つ間、外の気温はとは到底思えないほどの暖かさで、俺は数分間、都会の心地良い夜風に吹かれていた。

 
同交差点で、夜にタクシーをつかまえるのは1980年代末から数えると、何千回目になるのだろうか(笑)。そして俺はタクシーに乗り込み、そそくさと帰宅の途に就いたが、車内ではボリュームを絞った小さな音量のジャズBGMとして流れていたが、後部座席の窓を少し開け、夜風に吹かれながら、「冬は一体どこへ行ったんだよ?」とひとり考えていた。もし外の気温が10度を下回り、車内でナタリー・コールの“Unforgettable”でも流れていて、暖房が効きすぎた車内だったならば、気分だけはまるでニューヨークだったかもしれない。その夜、タクシー後部座席の隣に、昔のようにモデルの美女が同席していたわけではないが、ジェームズ・ボンドの世界ではないが、俺にも今でも忘れられない美女はたくさんいるとはいえ、過去の思い出は不思議とすべて美しく思えるものだ。なお、俺の場合、長続きしたそれもいくつかあったけど、ね。

 

ニューヨークの恋愛事情

 

 先述した“ニューヨーク”でふと思い出したが、先週末の日曜日、帰宅後にニューヨークの恋愛事情について書かれた、東洋経済の12月6日付コラム“実録!ニューヨーカーはこうして恋人を探す 映画のようなロマンチックな出会いはない”についてツイートしたのだ。もし、シェイクスピアオスカー・ワイルド、そしてフィッツジェラルドが、米ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』を観たら、何と言うのか、聞いてみたい気もするが、このつまらない、偏りすぎたマスターベーション的な恋愛コラムはさておき、性に奔放で、パワフルで、新しい!?女性像とも言えるキャリアウーマン<サマンサ>の名言をいくつか紹介したい。彼女の発言は、まるで男みたいで、或る意味、的を射ていて面白い(笑)。そして彼女のファッションは、80年代の原色、ヴェルサーチを俺にイメージさせるのだ

 
ニューヨークのデキる女なら選択肢は2つ。

深い関係を求めるか、男みたいにセックスだけするか。

感情抜きの関係よ。

―サマンサ・ジョーンズ

 

男は与え、女は貰う。

生物学的宿命よ。

―サマンサ・ジョーンズ

 

週末は新しい男を探すためにあるの。

―サマンサ・ジョーンズ

 

男とは友達になったことない。

友情は女、男とはセックス。

―サマンサ・ジョーンズ

 

頭に来るわ。

愛の行き着く先はどこなの。

―サマンサ・ジョーンズ

 

一方、サマンサとは対照的な、夢見る少女がオトナになったような保守的でお嬢様的思考の持ち主<シャーロット>の言葉も、不思議と説得力があって、愛しく思えるものだ(笑)。

 

愛は理屈じゃないわ。

心で感じ取るものよ、“この人”だって。

―シャーロット・ヨーク

 

女は謎めいていなきゃ。

―シャーロット・ヨーク

 

女は助けてもらいたいの。

でも本当よ。15歳から探し続けてもう疲れた。

―シャーロット・ヨーク

 

優しくてハンサムで面白くて、

下品じゃない人を望んでいるだけ。

私、欲張り?

―シャーロット・ヨーク

 

赤ワインと邦画

 

ところで、雑誌『カーサ・ブルータス』12月号で、ビックリ建築ツアーが特集され、フランク・ゲーリーが取り上げられたのがいつだったのか、その記憶までも曖昧になってきた今日この頃だとはいえ、『フランク・ゲーリー展』について、いち早くブログで触れたのは、10月17日()付ブログ“Go forward into the future”だった。あれから早約2カ月、今年も残すところ2週間と数日のみになってしまったが、上野・国立科学博物館の『ワイン展』のそれはまだ記憶に新しいが、先日、珍しく白ワイン愛好家の俺が、シャンパーニュ産のシャンパンでもブルゴーニュ産の白ワインでもなく、ボルドー産の赤ワイン(「シャトー・アンジェリュス」)を選択し、自宅で邦画をPPVで2本視聴したのだ。赤ワインを空けた後は、ペリエ・ジュエのベルエポックをバカラのマッセナでいただいたが、その夜は不思議と、色んな過去の記憶が蘇ってきたのだ。

 

紙の月』と『不機嫌な果実

 

 
 
1本目は、宮沢りえちゃんと大島優子ちゃんが共演した『紙の月』であり、主題歌にヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』収録曲の“
Femme Fatale(邦題: 宿命の女)”が使用されていたが、同作品の感想は、2014年12月7日()付ブログ“True Romance”で綴ったので、興味のある方はどうぞ。なお、同ブログの最後に、俺のお気に入り作家<澁澤龍彦>の名言を引用したので、改めて紹介したい。

 

たとえ貧困とか病気とか失恋とか、現実的な生活のなかで泥まみれになって不幸を味わっていたとしても、女は美しく、しかもに生きてさえいれば、不幸ではあり得ない、というのが私の信念である。断っておくが、美しいというのは容貌のことではない。

―澁澤龍彦

 

2本目は、1997年公開の日本映画『不機嫌な果実』だ。同作品を選んだのに特に意味はないが、今という時代に、この選択は正解だったように思う。同作品で、ヒロインである平凡な主婦・水越麻也子役を演じた女優が<南果歩>なのだが、彼女は現在、ハリウッドスター<渡辺謙>の妻だ。

 

原作は、1996年10月に刊行された林真理子の『不機嫌な果実』であり、同年同月にTBSでドラマとして放映されたようだが、俺自身、テレビをほとんど観ない主義なので、その記憶はないのだが、その意味深なタイトルだけは記憶の片隅に残っていたのだ。そして、『紙の月』同様、平凡な主婦を主人公に据えた映画『不機嫌な果実』は不倫の物語だったが、両作品共に不思議と、俺の記憶に残る作品となったのだ。後者は全く期待していなかったが、劇中に登場するスポットをはじめ、ウィスキーなどが、俺の五感を少しばかり刺激したのだ。

 
まず、劇中に登場するスポットというのが、六本木にかつて存在したエンターテイメント型レストラン&クラブ『TATOU TOKYO (タトゥー東京)』や、乃木坂の『Cafe Daisy』、有楽町の『東京国際フォーラム』、西新宿のホテル『センチュリーハイアット(現: ハイアット・リージェンシー)』であり、タトゥー東京はとりわけ、90年代末に頻繁に足を運んだ場所のひとつだったのだ。当時、同レストランのクリスマス・ディナーのチケット(1枚2万5千円!?×2枚)を購入し、仕事が多忙で足を運ばなかった苦い経験も、今思えば生涯忘れることはないであろう思い出のひとつになってしまった。付け加えるならば、その界隈では「叙々苑」六本木店にも、当時よく足を運んだものだ。

 

次に、オカベキリコ役の鷲尾いさ子が働くバーで、水越麻也子(南果歩)の旦那役(美木良介)が口にしていたウィスキーが、スコットランド・ジュラ島産のシングルモルト<ジュラ>だったことだ。そう、デヴィッド・ボウイの愛読書のひとつが、ジョージ・オーウェル著『1984』なのだが、同作家がそれを書いた場所がジュラ島だったのだ。林真理子が書いた、ありきたりの妄想不倫小説を映画化した作品だったとはいえ、1997年の公開から、今年で18年目を迎えたわけだが、今振り返ると、当時、俺が夜な夜な、六本木で酒を浴びるように飲んでいたあの時代が、とても古くなったような気がして、どことなく寂しくもあり、俺自身もまた歳を重ねたことを改めて実感した夜となったのだ。

 

もうひとつ、あの時代の特徴的なひとつでもあるのが、ケータイ電話がまだ一般的に普及していなかったので、劇中で映し出される男女の連絡手段が、自宅の電話であったり、公衆電話だったのだ(笑)。私見だと前置きしておくが、平凡な毎日にウンザリしていた主婦役を演じた南果歩は、キャスティングミスだったように思う。なぜなら、彼女は不思議ちゃんキャラである一方、性的なアピールに乏しく、魅力に欠けたからだ。意外性という意味合いに於いては、ベストマッチングなのかもしれないが、観たくもないヌードを目にしてしまったというのが本音だろうか。もし、水越麻也子役を、ミランダ・カーエミリー・ラタコウスキーでハリウッドでリメイクしたら、美しいそれが完成するかもしれない。付け加えるならば、劇中、鷲尾いさ子が夜、プールに飛び込むシーンは少しばかり幻想的で美しかった。

 

最後になるが、邦画『不機嫌な果実』の劇中、「ブライアン・フェリーのコンサートチケットを取ってくれる?」という台詞があったが、1997年はバブル崩壊後の「失われた10年」の一部だとはいえ、私的にはブライアン・フェリーの“Don't Stop The Dance”をBGMに選択していたら、洗練とは無縁の同作品に、退廃的なムードを少しばかり加味できたかと思う。今、時計の針は12月13日(日)の23時10分を回った。

 

ほどほどに愛しなさい。

長続きする恋はそういう恋だよ。

―ウィリアム・シェイクスピア

 

Good night!

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素晴らしい化粧の技術を持った人がいて、容姿端麗だったとしましょう。しかし、化粧を落としたらまったくの別人だった。誤解を恐れずに言えば、化粧後の姿だけをもって、その人の本当の姿が見えるのでしょうか。企業経営も同じです。装飾や架空取引ほど極端ではなくとも、あちらこちらに化粧を施して業績を上げている企業があります。結果として株価が高かったとしても、企業価値が高いといえるかは疑問です。自然体で健康的な人は、過度の化粧をしなくても美しく見えます。同じように、健全で長期的なビジョンを持つ企業は、それだけで魅力的に映ります。株主価値は重要ですが、企業は化粧する必要はありません。化粧がはがれた時は、しっぺ返しが来るからです。株主も、企業の化粧を見破らなければなりません。株価さえ高ければいいというエゴは捨てるべきでしょう。

―岡藤正広(伊藤忠商事社長)~「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌より

 

日経新聞とハーバード・ビジネス・レビュー

 

雨の東京。11月18日(水)にブログを更新してから、早一週間が経過した。3連休をはじめ、ここ最近は、「芸術の秋」と「美食の秋」を堪能した一週間だった。久しぶりに上野まで足を運んだが、俺が同エリアに足を運んだのは、今春の3月末頃まで遡るが、その件に関しては、3月24日(火)付ブログ“Spring has come”の中で取り上げたので、興味のある方はどうぞ。それは、上野動物園のの写真と共に、春の訪れについて言及したブログだ。 

 
芸術や美食などなどに関して、書き綴りたいことは山ほどあるが、今からちょうど一週間前となる水曜日の日経新聞朝刊13面「企業」欄の、「米ホテル大手のマリオット・インターナショナルが、同業のスターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドを122億ドル(約1兆5千億円)で買収」のニュースが、私的にはとても興味深く、記憶に残っている一方、

 

この一週間でとりわけ記憶に残っているそれは、同朝刊15面「投資情報」欄で紹介された、(2016年3月期に初めて総合商社の中で純利益トップになる見通しの)伊藤忠商事の岡藤正広社長のインタヴュー記事だろうか。中国最大の国有複合企業CITICへの総額約6000億円の出資が8月に前倒し完了したことはさておき、同インタヴュー記事の最後の質問(今期からの中期経営計画では株主還元も意識していますか)に対して、同社長は次のように答えていた。

 

配当は業績連動だが、今後3年間は最低保障として5円ずつ増やすと市場に約束した。資源の減損など商社には悪材料も多く株価もなかなか上がらないが、業績と株主還元の実績を積み上げて市場の評価を高めていきたい。

―岡藤正広

 

それは俺のブログらしくない話題かもしれないが、秋が深まってきた先週水曜日の朝、俺はこのインタヴュー記事に目を通した瞬間、今年何度目になるのだろうか、「デジャ・ヴ」を覚えたのだ。それと同じような記事をどこで見たのか、その時にはすぐに思い出せなかったが、先週末の夜、ビル・エヴァンスのアルバム『Undercurrent』をBGMに選択し、ボランジェのロゼ・シャンパン片手に、ディップティックの香り漂う、自宅書棚のあるコーナーを眺めてみた。その際、昨年の『ハーバード・ビジネス・レビューHBR)』誌を書棚から取り出し、コルビュジエのソファに座り、数冊をパラパラとめくった結果、ようやく、先述した伊藤忠商事社長のインタヴュー記事を、12月号の中に見つけ出したのだ。誤解のないように付け加えておくが、日経新聞朝刊(11月18日)のそれと、HBR誌(2014年12月号)のそれの聞き手は異なるので、あしからず。

 

HBR誌におけるインタヴューのタイトルは“The True Value of a Company”であり、すべてのステークホルダーを喜ばせるために、「企業価値とは株主価値だけではない」といったそれだ。

 

同インタヴューの中の質問(「多くの経営者は短期的な成果、具体的には四半期決算に縛られているように見えます」)に対して、同社長のとても分かりやすいその正直な回答が、昨年から俺の頭のどこか片隅に残っており、先週の日経朝刊のそれとリンクしたわけだが、以下一部抜粋して紹介したい。

 

おっしゃる通り、四半期決算が経営者にとって大変な負担になっているのは事実です。百歩譲って半期決算であれば、まだわかりますが、四半期ごとの業績を求められても、企業によっては「上期型」「下期型」といった特性もあるでしょうし、一過性の利益も一過性の損失もあるわけです。起業本来の姿を考えると、わずか三カ月という期間のなかで必ずしも利益が上がるとは限らないのです。

 

三カ月ごとに結果を求められるのは、経営上の大きなストレスになります。本決算や半期決算を集計するシステムはきちんと整備されていて、何百という連結対象子会社があっても、それほど手間がかかるわけではありません。しかし、四半期決算は集計するのに膨大な時間がかかります。従業員の負担は大きく、そこまでやる意味があるのかどうか。率直に言えば、私はやりすぎだと思っています。上場をやめて、非上場を選択する企業が出てくるのも仕方がないと思えてしまいます。

 

四半期で成果が求められることへの疑問は、私だけが抱いているわけではないでしょう。多かれ少なかれ、ほとんどの経営者が感じていることではないでしょうか。

―岡藤正広

 

伊藤忠商事(北青山)社食の記憶とジョルジオ・アルマーニ

 

俺のブログで、伊藤忠商事の社長インタヴューを取り上げるのはとても珍しいケースだとも言えるが、以前にも書いたと思うが、俺は大学時代に、日本を代表する社交倶楽部(交詢社、三井倶楽部、日本工業倶楽部ほか)をはじめ、高級フレンチレストラン、そして伊藤忠商事(北青山)の社食でアルバイトをしていた経験があるのだ(笑)。 

 
ところで、日本経済新聞出版社より2007年7月に発行された、ジョルジオ・アルマーニの評伝『ジョルジオ・アルマーニ 帝王の美学』の176頁には、次のように記されている。

 

1987年には難産の末、伊藤忠グループと契約を結び、

日本でもアルマーニブランドがプロモーションされ、東京には三店舗がオープンした。

 

そして、2005年(4月2日~6月5日)に、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開催された『ジョルジオ・アルマーニ展』のカタログには、次のように・・・。

 

1987年

日本市場への参入を目指し、伊藤忠グループと合弁事業を設立。ジョルジオ・アルマーニ・ブランドの販売促進を図り、東京にジョルジオ・アルマーニ・ストア3店をオープン。

 

要するに、俺が大学時代から現在に至るまでの間、永年愛用している、お気に入りのファッションブランドが「ジョルジオ・アルマーニ」であるわけだが、それを日本に広めた企業が、他でもない「伊藤忠商事」だったのだ。同企業での社食でのアルバイト経験はさておき、今となれば、不思議な縁を感じる。

 

80年代当時、同ブランドを販売していた東京のデパートの代表格が西武百貨店であり・・・渋谷店であり、池袋本店であり、そして今はなき有楽町店だったのだ。西武百貨店は、10代の頃からの、私的なお気に入りデパートだったとはいえ、エルメスを含め、同デパートとの付き合いはとても長い。

 

また、独身時代に合コンした企業のひとつが、伊藤忠商事勤務のOLだったというのも、今振り返ると、とても懐かしいそれだろうか。したがって、伊藤忠商事は私的に思い入れがあるというよりも寧ろ、ジョルジオ・アルマーニ繋がりというべきなのか、同社は、俺にとって、時間の経過と共に、不思議と記憶に残る企業となったようだ。また、私的なニューヨークのお気に入りレストランのひとつ「AQUAVIT(アクアヴィット)」の支店が、北青山の伊藤忠商事・東京本社ビルの目と鼻の先に位置しているというのも不思議な縁を感じるものだ。

 

なお、HBR誌には、伊藤忠商事・岡藤社長の経歴について、「大阪府出身。1974年、東京大学経済学部卒業後、伊藤忠商事に入社。アパレル第三部長輸入繊維部長、ブランドマーケティング事業部長を経て、2002年執行役員就任。2010年4月より現職」と紹介されていた。したがって、彼は「ジョルジオ・アルマーニ」のファッションについて、当時からよく知っているはずだ。ジョルジオ・アルマーニ社の創業は1975年まで遡り、今年で創立40周年を迎えたが、先週水曜日の日経朝刊の記事から、ここ一週間の記憶を辿り、気まぐれに今夜ブログを書き始めたが、色んな意味で、「人生は面白い」と改めて思ったのは、俺だけではないはずだ。

 

山口県の日本酒「獺祭(だっさい)

 

 
 
ところで、今週月曜日の「日経
MJ」にとても興味深いニュースが取り上げられていたのだが、何かと言うと、日本酒「獺祭」がニューヨークの高級フランス店で人気だと紹介されていたのだ。この話題に関しては、過去、ロンドンの高級レストランで日本酒がオンリストされていることを書いたが、今から6年前となる2009年11月16日(月)付ブログ“Superb American”では、ニューヨークをはじめとした高級レストランにオンリストされている日本酒にも注目した。
 

 
そして今回、同紙で紹介されたニューヨークの高級フレンチ店というのが、以前のブログで写真付きで取り上げ、私的にオススメした、セントラルパークにもほど近い、キャビアが最高な店『
Petrossian(ペトロシアン)』をはじめ、先述した『アクアヴィット』というのは、嬉しい驚きだった。とはいえ、俺は同店では今後も変わらず、シャンパンをオーダーするつもりだが、フレンチに日本酒、キャビアに日本酒という組み合わせは、20年ほど前には想像できなかったが、昨今では決して珍しくないそれに変わり、食の世界もまた、劇的に変化を遂げたとも言えよう。
 

 
同記事には、ペトロシアンで振舞われる「獺祭」は、日本円で約5千円の720mlのボトルが、200ドル(約2万5千円)と強気の価格設定であるとも紹介されていた。そして最高級の「
DASSAI Beyond」は2千ドルらしい。同店は富裕層中心の高級レストランゆえ、何ら問題はないと思われるが、オバマ大統領がニューヨークのパーティで、安倍首相を招いた晩餐会で振舞われた日本酒が(安倍首相の地元である山口県の日本酒)「DASSAI Beyond」だった、と。同日本酒を手掛ける旭酒造による米国への輸出は前年比9割増のペースで伸びており、「富裕層がワイン感覚で冷酒を飲み始めたことが転機になった」とも紹介されていた。そう、いつの時代も流行とはそういうものなのだろう。昨今、シャンパンの人気が日本でもすっかり定着したのと同じようなそれにどこか似ている。海外における、昨今の和食ブーム然り、ね。
 

 
最後になるが、先日、秋の夜長に、デヴィッド・ボウイの10分にも及ぶ新曲“”を繰り返し聴き、気分が高揚した一方、今夜は、ビル・エヴァンスが奏でるピアノを
BGMに選んでみたが、時計の針は今、11月25日(水)の23時45分を回った。

 

Good night!

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日経新聞とインサイダー取引

 

 
1年で最も過ごしやすいと思われる秋。私的にも最高だと思えるこの季節、毎日の日課であるスポーツジムに向かう前、都心の超高層階(30階以上)に位置する自宅リビングで、ラナ・デル・レイのニューアルバムを
BGMに、朝食後、コーヒー片手にゆっくりと日経新聞に目を通した。ハンドクリームは昨年同様、以前のブログでも取り上げたオーストラリアの<イソップ>のレスレクション・ハンドバームを愛用している。同クリームの香りを嗅ぐと、秋の到来を改めて意識させる。また、10年以上前にほぼ無名だった同ブランドの認知度も、ここ東京において、少しばかり上がったのだろうか。

 

話を戻すが、このブログで、とりわけ取り上げるような話題はいつものように、何ひとつなかったと前置きしておくが、本紙とは別の「日経プラス1」には、「お燗でさえる味 秋の夜長を日本酒と」といった特集も、俺の関心を惹くことはなかった。とはいえ、本紙2面の「真相深層」といったコラムの「20~40歳代の資産形成層に向けて超低コストの投資信託の投入が相次いでいる。一方で圧倒的な資金量を持つ高齢層には、複雑で高コストの投信が売れ続け、投信販売は二極化している」といったそれが目に留まったのだ。それは、時代の流れを象徴した一例だとも言えよう。投資に限った話ではなく、「二極化」といったそれは、今の時代を象徴するキーワードのひとつだろうか。 

 
そして、それに次ぐ俺の眼に留まったニュースは、7面の「グーグル 初の自社株買い」といった「米グーグルの持ち株会社アルファベットは22日、総額約51億ドル(約6100億円)の自社株買いを実施すると発表した。企業として成熟期に入り、株主をより意識した経営に舵を切る」といったそれだ。そして3つ目の、俺の目に留まったのは9面の広告であり、それは月刊誌「クーリエ ジャポン」12月号の特集「天才の法則」であり、例えば、「移り気な人が実は賢い! マルチタスクが非凡な業績な鍵だ」というそれは、私的にとても興味深いそれだった。“移り気”な人とは、俺のことだろうか(笑)。

 

また15面の投資情報欄では、「三菱地所、営業益1割増し」、「横川電、最高益160億円」、「ヒューリック、最高益 1~9月最終220億円 賃貸が好調」、「SMK、純利益35億円」、「花王、純利益910億円に」、「コクヨ純利益54%増」、そして「帝国ホテル、純利益最高に」といったグッドニュースばかりが目に留まった。周知のとおり、先述したように、日本経済の景気は確実に回復しているのは確かなのだ。付け加えるならば、17面のマーケット総合2の「REIT2週間ぶり高値 訪日客期待、商業系けん引」といったそれもそうだし、20面及び21面の「Money&Investment」のそれでは「海外株投信の人気根強く 高い分配金が魅力、資金流入」や「REIT、割安どう判断」も興味深かった。それは、日経新聞を愛読しているような層の誰もが皆、知っているそれだとは思うけれど、2020年の東京五輪開催に向け、日本経済の景気は上昇していくはずだ。

 

付け加えるならば、39面の社会欄で、ブラック企業のひとつとして、国内でもとりわけ有名なH通信の、子会社によるインサイダー取引のニュースが目に留まった。「TOB漏らし知人に利益 伝達期に初の課徴金」といったそれだ。要は、東京在住の60代の男が、東京在住の知人である30代の女性会社役員に、TOB公表前にH通信関連の情報を漏らした、と(笑)。同ニュースは、程度が極めて低いそれだが、60代の時間を持て余している彼には、証券外務員試験一種をぜひとも一度受験すすることをオススメしたい。

 

そう、俺自身、同試験には、はるか昔に軽~く合格したが(多分満点だと思われる)、学生時代に偏差値70台(東大、京大、慶応大、早稲田大に現役合格レヴェル、またAO入試や推薦などのそれを除く)を維持していた方にとっては、公園の散歩同様、とっても簡単なそれだと思われる。俺自身、小中高を通して、あらゆるテストで100点満点に達しなかったケースは数回のみで、数えるほどだと記憶している。極論、偏差値70台の人(記憶力が抜群にいい人、俗に言う「頭の良い人」「超優秀な人」・・・2.275%の人)であれば、5日間毎日必死に勉強(独学)し、過去問を繰り返しやってみれば、合格できるそれだろうか。

 

参考までに、俺の学生時代の偏差値は平均75前後だったと思う。偏差値70以下の、普通の人(偏差値60台・・・世間一般的には「優秀レヴェル」、もしくは偏差値50台もしくはそれ以下の「一般的な人」)であれば、最短2週間もしくは最長1か月ほどの勉強が必要だと思われるが、ひとつだけ言える確かなことは、証券外務員試験一種は運転免許証取得の100倍難しいそれだと付け加えておきたい(笑)。金融業界に就職を希望する学生は、学生時代に同資格は取得しておいた方が、特別な資格だとは思わない一方、就職活動時に有利に働くと思われる。煽るつもりは全くないが、とても簡単なそれだと断言しておく。

 

人生、お金がすべてだとは言わないが、「賃金センサス(賃金構造基本統計調査)」の話題に少しばかり言及してみると、22歳で大学を卒業し、定年の60歳まで企業に勤務した場合、金融業界の賃金平均は3億3千万円に達するのに対し、全業種のそれは2億7千万円、そして高卒後にフリーターになった人の生涯賃金はわずか5200万円UFJ総合研究所試算)ほどなのだ。したがって、大卒で金融業界に就職した人と、高卒でフリーターとして生涯を終えた人では、その賃金において約6倍もの格差が生まれているのだ。また、40代で一部上場企業の役員になった人の生涯賃金は少ない人でも10億円を軽く超え、100億円を超える人も少なからず存在するのだ。サラリーマンでも、昇進すれば、世界的に名を馳せるハリウッドスターやロックスターと遜色ない稼ぎを得ることが可能なのだ。私見だと前置きしておくが、あえてリスクを取るような、人生の選択をする必要など全くないのだ。起業が悪いなどと言うつもりもないが、学がない人にとっては、若くしての起業も、人生における選択肢のひとつなのだろう。とはいえ、もし君が、デヴィッド・ボウイ(音楽)や、ジョルジオ・アルマーニ(ファッション)のような、それぞれの分野において、天才であれば話は別だけれど。全世界において、100年に1人の割合のそれだけれど、そんな天才を相手にし、戦いを挑む必要など、一度きりの人生で必要だろうか。幼少期から、常に自信満々の俺でも、先述した彼らの感性には感服なのだ。勿論、彼らを尊敬し、日々学んでいるのも確かだけれど。ごくごく、稀なケースだとも言えよう。

 

若いときの自分は、金こそ人生でもっとも大切なものだと思っていた。

今、歳をとってみると、まったくその通りだと知った。

―オスカー・ワイルド

 

銀座ファッションウィークと東京国際映画祭

 

 
話は変わるが、今週も秋晴れに恵まれたが、今週21日(水)には、第9回目となる「銀座ファッションウィーク」が、そして第22回目となる「東京国際映画祭」が22日(木)に、それぞれ開幕した。
 
先日、銀座での会食前に、有楽町の阪急メンズ東京に立ち寄った際、有楽町マリオンの映画の看板は、アン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロが共演した映画「マイ・インターン」と、ジェイク・ギレンホールをはじめとした豪華キャストが気になる、実話を基にした映画「エベレスト3D」のそれが目に留まった。前者に関しては、劇場鑑賞してので、後日気が向けば、映画の感想をブログで綴る予定だ。

 
そして久々に、その夜、有楽町の阪急メンズ東京に立ち寄ったのだが、いつもは2階のインターナショナル・デザイナーズのフロアに位置しているイタリアのブランド「マルニ」が、1階のイヴェントスペースにポップアップ・ストアをオープンさせていたのだ。その中で、とりわけ、俺の目に留まったのは、ノーカラーコート(襟なしコート)であり、同ブランドのコレクションラインであるそれだった。素材は、カシミアとアンゴラ混のそれであり、カラーはグレーだったが、そこに集まっていたカジュアルなアイテムの中でも、とりわけそれは上品で、俺好みのそれだった。

 

とはいえ、カラーがグレーで、ノーカラーコートの、一枚仕立てのコレクションラインのそれは、ジョルジオ・アルマーニがかつて発表したそれであり、すでに所有していたコートだったのだ。今回、マルニのそれは27万円ほどと割安だったが、俺が所有しているアルマーニのそれは30万円を超えていたと記憶している。組み合わせとしては、ノーカラーコートゆえ、これからの冬の季節を迎えるにあたり、襟もとに極上のストールなりを加えると、ラグジュアリー感を演出できると思われる。付け加えるならば、マルニのそれは、センターベントだったが、その切れ込みが大胆だったので、オンビジネスではなく、週末のカジュアル使いが向いている。なお、マルニのアイテムは何一つ所有していないが、そのコートを見た限り、ジル・サンダーのような魅力を秘めたブランドだと、俺の眼には映った。お手頃価格ゆえ、ブランドにこだわらない、オシャレピープルの人にとっては、気になるアイテムになり得るかもしれない。

 

マイルズ・マイコラス

 

 
今夜は、ボランジェ
RD片手に、気まぐれにブログを書き始めたが、ジャイアンツの投手マイコラスくん(27歳)が来季以降、2年契約の500万ドル(約6億円)で契約したといったニュースを知り、原監督が勇退したといった残念なニュースとは対照的に、来季も、同球団の試合から目が離せないように思えてきた。マイコラスに関しては、今春のオープン戦を見た限り、全く期待していなかった一方、同球団で今年一番の成績を残したのは事実なのだから。付け加えるならば、このブログでは、彼ではなく、彼の妻で、フロリダガールことローレンちゃんを2度ほど取り上げたが、来季以降も勝利の女神を見れるのは、不思議と嬉しいものだ。ローレンちゃんに関しては、2015年6月4日()付ブログ“déjà-vu”及び2015年6月19日()付ブログ“No One Knows WhoWe Are”で取り上げたので、興味のある方はどうぞ。時計の針は今、10月24日(土)の23時55分を回った。

 

Have a nice weekend!

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僕はさんざん彼女と話したが、それも
Eの恍惚状態のおかげだったのだろう。でも、とにかく楽しかった。僕の中でまたエネルギーが湧いてくるのを感じ、波に乗っている感じがした。舞い上がるような自分の中から、音楽が聞こえてくるような気がした。僕が夢中になっていたのは、音楽だった。ハウス系だ。この音楽は、ハウス系のだ。ハシエンダというクラブに行けば、こんな音楽がうんと楽しめるわ、とドーリーは言ったが、それよりこのPAの方がうんと僕を興奮させる。頭がブッ飛びそうなライトを浴びて、僕と同じように興奮してる周りの人間たちのなかにいて、僕はあっという間に我を忘れた。

 

クラブはすごかった。音楽と人々との熱気に、僕はすっかり参ってしまった。初めての、信じられないような経験だった。僕は踊れなかったのに、ドラッグと音楽が僕のあらゆる自意識を押し流し、それまで抑圧してきた内面の未知の領域に僕を押しやった。僕には、この世界を手に入れるために、どんな危険を冒さなければならないかということもわかっていた。労せずして手に入るものなんて、何もないのだ。だが、僕はもう引き返すことはできない。他に道はない。戻る場所もない。今のように、何の目的もなく、君の目だけには、見えるだろう。この僕が。夜の闇の中でも。

アーヴィン・ウェルシュ

マラボゥストーク(原題: Marabou Stork Nightmares)』(1995年)より

 

8月も終わりを迎えた土曜日の、そしてツイート

 

ここ東京都心では、過去記憶にないような「猛暑日」(最高気温が35℃以上)が続いた8月初旬の異常なほどに暑かったが嘘のように、8月26日(水)の最低気温は17.9℃と、平年を約5度下回り、東日本で8月の最低気温を記録した。そして8月最後となった週末の最高気温は、29日(土)が20.8℃、30日(日)は22.5℃と、すっかりモードで、涼しくて、とても快適だった。

 

そんなモードに突入した土曜日は、午前中はスポーツジムで日課のワークアウト、午後は六本木ヒルズでの買い物に付き合い、ホテルでシャンパンをいただき、夕方帰宅した。帰宅後は、シャンパン片手に、日テレGで、巨人VS中日の試合をテレビ観戦しながら、解説をミュートにし、BGMには、昨年9月に日本で初開催されたEDMの祭典「ULTRA JAPAN 2014」に登場したカスケイドのそれを選択した。

 

そう、前回のブログの中で、<全く異なるタイプだと前置きしておくが、ラナ・デル・レイとカスケイドの共通点を見つけるならば、彼らの感情に訴えかけてくるような楽曲の数々から、まず思い浮かぶのは「ノスタルジー」というキーワードだろうか>と書いたが、昨年のウルトラ・ジャパンで、カスケイドのセットリスト(約1時間6分)の中で、私的にとりわけ印象に残った曲のひとつが、ラナ・デル・レイの“Young And Beautiful (Kaskade Mix)”だったのだ。

そして、コールドプレイをイメージさせるような、同セットでプレイした“Under The Stars”も、私的なお気に入りの1曲なのだ。

 

土曜の夜、俺は19時半頃から、野球が終了した20時40分までの1時間10分程の間、テレビで野球観戦しながら、ツイッター上では連投を続けたが、その時点で、シャンパンをかなり飲んでいたとはいえ、その夜のツイートを翌朝改めてチェックしてみると、誤字脱字が目に留まり、恥ずかしながら、その夜の俺は少しばかり酔っていたことに気付いたのだ(笑)。そんなご機嫌だった夏の終わりの夜に、何をツイートしていたのかと言うと、全部は取り上げないが、建築、音楽、ホテル、ベージュ・アラン・デュカス東京などなど、全ツイート中、6分の1程ではあるが、それは以下のとおりだ。

 
ザハ・ハディドのヴィデオ・メッセージ

ここで改めて言及するつもりはないが、建築好き以外の方にも、一見の価値ありだ。

  
Aphex Twinことリチャード・D・ジェイムスの「1990年代感」

同コラムから、以下一部抜粋。

リチャード自身の動向や作品の詳細があまり伝わってこない分、「次はいつ、どんな作品が出てくるんだろう?」という期待感が煽られること自体、受け手の得られる情報が限られていた1990年代を彷彿させ、当時を知る人には懐かしく、若い世代には新鮮に感じられるのではないだろうか。

 
米サイトLA Weeklyが選んだ

EDMが何なのか全く知らない初心者が聴いておくべきアルバム×10枚

1, Plastikman - Sheet One (1993)

2, Deep Dish - Global Underground 021: Moscow (2003)

3, Klute - The Emperor's New Clothe (2007)

4, Justice - Cross (2007)

5, Skrillex - Scary Monsters and Nice Sprites (2010)

6, Paul van Dyk - Vorsprung Dyk Technik: Paul van Dyk Remixes 92-98 (1998)

7, Ian Pooley - Since Then (2000)

8, Underworld - Beaucoup Fish (1999)

9, Derrick Carter and Mark Farina - Live at Om (2004)

10, The Chemical Brothers - Exit Planet Dust (1995)

 
国内初となる「ランガム」ホテルブランドの第1号店(六本木)

パシフィカ・キャピタル曰く、「土地はビジネスとエンターテイメントの中心地である、東京都港区六本木の一等地で、敷地面積が約4000㎡あります。パシフィカ・キャピタルは2014年から1年以上にわたり、開発計画の構築及び土地所有者との交渉を重ね、最終的に香港上場企業であるグレート・イーグル・ホールディングス社を選定しました」。

 

尚、ニューヨークの五番街に位置する超高級ホテル「SETAI」がリ・ブランドされ、「ランガム・プレイス・ニューヨークLangham Place, New York)」として現在営業している一方、同ホテル・ブランドの認知度は、高級ホテル好きならばともかく、日本国内ではほぼ無名に近い存在だと思われる。したがって、このニュースは、アマンの日本進出のそれ同様、私的には驚きだった。2020年の東京五輪の決定は、色んな分野で、相乗効果をもたらしているようだが、都心の再開発はいつまで続くのやら・・・。

  
「ベージュ アラン・デュカス 東京」の秋メニューと支配人について

シャネル銀座及び同ビル内のレストラン「ベージュ アラン・デュカス 東京」に関しては、過去にも、建築、企画展、レストランなどなど度々取り上げたが、今回、秋メニューのそれよりも、
 
昨年7月に、同レストランの総支配人に就任したローラン・シュバリエ氏が、俺と同じ1970年代生まれというのはともかく、彼が42歳というのは驚きだった。俺自身、25年以上、ニューヨークには毎年足を運んでいるが、高級レストランに限らずとも、高級ホテルにも、よく知るスタッフが少なからずいるとはいえ、年上だったと思っていたスタッフが、後に年下だったと知ることはよくある話なのだろう。

 

シンガポール

 

ところで今年、建国50周年を迎えたシンガポールはお祝いムード一色だが、俺が初めて同国に足を運んだのは1997年だと思っていた矢先、先日過去のパスポート数冊をチェックしてみると1996年だったことに改めて気付いたのだ。記憶力抜群の俺が、この記憶違いがなぜ生じたのか、その理由を見つけるのは困難だが、人の記憶力とは所詮そういうものなのだろう。

 

マレーシアから独立し、東京23区と同じくらいの面積の小さな国<シンガポール>が誕生したが、同国に関しては、過去何度か取り上げているように、2010年2月7日()付ブログ“Singapore Wave”は、シンガポール在住の当時16歳(1993年生まれ)だった女の子からのメッセージについて返答のエントリーだ。尚、彼女は現在、ニューヨークの名門大学に在籍する優等生であり、彼女がニューヨークの大学を選んだ理由は知らないとはいえ、あれから早5年が経ったとはいえ、今年で22歳か、それでもまだ若いね。 
そう、シンガポールといえば、CNNのコラム「シンガポールが他国に誇れる10のこと」が興味深かったので、日曜の朝、ツイートしたが、90年代と2000年代に足を運んだ俺の感覚からも、同コラムのそれは強ち間違っていないようにも思えた。同国は、所得税が20%と低く、タックス・ヘイヴンゆえ、近年、海外からの富裕層の移住が目立つようになり、海外からの起業家たちを引き付けているのだ。付け加えるならば、東南アジアにおいて、永住権を取得するのが、最も困難な国が他でもないシンガポールなのだが、その詳細については長くなるので書かないが、もし移住するならば、俺はアメリカまたはカナダを選ぶだろうね、きっと。その気はないけれど。

 

尚、“Tax Haven(タックス・ヘイヴン)”など色気のない事柄に関しては、2014年7月24日()付ブログ“Oh my gosh”の中で、英「TIMES」紙で当時報道された「タックス・アヴォイダンス(租税回避)」のスキームを利用したそれと、英国のロックバンド<アークティック・モンキーズ>に関連したツイートを例に、珍しく取り上げてみたので、興味のある方はそちらのエントリーをどうぞ。

 

F1シンガポールマルーン5

 

 
いよいよ、3年ぶりとなる<マルーン5>のジャパンツアーが今週行われるが、大阪公演が中止となり、横浜公演は9月2日(水)予定通り開催される。そして、
F1シンガポールの開催に合わせた音楽イヴェントが、9月19日(土)にマリーナ・ベイ・ストリート・サーキットで開催されるが、マルーン5は、英国の懐かしのロックバンド<スパンダー・バレエ>と共に登場するようだ。スパンダー・バレエの曲“True”がヒットしたのは1983年まで遡るが、あれから32年、光陰矢の如し、だ。

 

マラボゥストーク

 

 
話は変わるが、ブログ冒頭、アーヴィン・ウェルシュの小説から一部抜粋したが、彼についてブログで取り上げたのは、過去何度かあるが、彼の小説に関しては・・・2012年5月26日()付ブログ“
Three Tales of Chemical Romance”及び2012年10月17日()付ブログ“Life's a beach”を、彼の小説『フィルス』を基に映画化された同名タイトルの作品に関しては・・・2013年11月18日()付ブログ“You're so fucking special!”をどうぞ。

 
最後になるが、そんな彼のアシッドな小説のいくつかを、先週末のサマー・ナイツに久々に斜め読みしてみたのだが、ブレット・イーストン・エリスの小説(エリートや上流階級の人物中心)同様、文中に「音楽」に関連した固有名詞が時折登場するが、ウェルシュが描く物語(非エリートや下流階級の人物中心)もまた、不思議な魅力を秘めており、中毒性があり、まるで麻薬のように危険ではあるが、国は違えど、現代社会に蔓延する深刻な問題をテーマにするなど、その世界観は、極めて独特であり、他のどれよりも刺激的で、とても面白い小説だと思う。映画『トレインスポッティング』(1996年・英)同様、彼の小説は、人を選ぶ小説であり、どちらかと言えば、フレンチ・シャンパンよりスコッチ・ウィスキーがとてもよく似合うそれかもしれない。

 

Have a beautiful day!

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ヴィックスは、ケイトリンの名前すら声に出して言えないくらい内気で、無口だった。誰が彼女と机を並べるか。誰が彼女と組むか。そんなことで他の生徒たちが大騒ぎをしている中、ヴィックスは遠巻きに、感服の思いで彼女のことを眺めていた。そんなわけだから、ケイトリンに声を掛けられたときはてっきり空耳だと思った。「夏休み、遠くに行くんだけど、一緒に来ない?

 

ヴィックスは擦り切れたベルボトムのジーンズにジュースのシミがついた紫のTシャツを着て、髪を適当にひっつめ、ポニーテールにしていた。そして、左の頬が鉛筆の芯で黒く汚れていた。ケイトリンがしゃべっているとき背後で流れていた曲。あれは間違いなくアバの『ダンシング・クィーン』。海の真ん中にある島がどうのこうのという以外、ヴィックスにはケイトリンの話はほとんど何も聞こえていなかった。いきなり海だなんて、そんな……海なんか、生まれてこのかた一度も見たことがないのに。ヴィックスには返事ができなかった。「でも、今どき海を見たことがないだなんて、本当にそんな事ってあるの?」ケイトリンは聞いた。ヴィックスがほとんど12年、1度も海を見ないで生きてきたということに彼女は心の底から驚き、心の底から興味を抱いた。

 

ヴィックスには肩をすくめてにこっと笑うことしかできなかった。この歌、ケイトリンにも聞こえているのかしら。彼女にはいつも音楽がついてまわっていることを、本人は知っているのかしら。そんな疑問が、ヴィックスの胸をよぎった。それ以後、『ダンシング・クィーン』を耳にするたびに、ヴィックスは小学校6年の6月の、あのよく晴れた日の午後に引き戻される。それは正に、妖精が魔法の杖のひと振りでヴィックスの人生を永久に変えてしまった午後だった

ジュディ・ブルーム著『永遠の夏姉妹(原題: Summer Sisters)』(1998)より

 

それぞれの、それぞれの

 

ここ東京では、残暑が続いているが、今年(2015年)の過去記憶にないような、猛暑日を記録した、異常に暑かった夏も終わりを迎えようとしている。

 

そう、正月に限らず、毎年夏休みのこの時期を迎えると、超富裕層の友人たちからは、正月に海外で象に乗っている写真をリアルタイムで送ってきたり、西インド諸島(カリブ諸島)から、スーパーモデルの女の子がインスタグラムでアップしているような、海をバックにした美しい夕日の写真が勝手に送られてくる。写真だけなら、まだかわいいが、それが本当であることをわざわざ証明するかのように、俺のプライヴェート用の携帯電話に、着信履歴を残す者が数名いるのだ。(笑)。その見慣れない着信番号を見て、それが海外からの発信だとすぐ分かるわけだが、折り返し電話を返したことは過去一度もない。 

  
ところで先日、マレーシア
&シンガポール旅行から帰国した後輩と夜に会食した際、彼の土産話と共に、(本人曰く)「つまらないもの」をいただいたが、シャンパン片手に、「消費税いくらだった?」と訊くと、きちんと答えることができなかった。正確に言えば、今年4月1日からマレーシアで導入された「物品&サーヴィス税」(Goods and Service Tax)のことを指すが、短期間の旅行では、日本人の多くはあまり気にかけていないそれかもしれない。基本税率は6%で、生鮮食品など一部のそれは無税となるなど、複数税率を採用しているため、日本とは異なり、複雑なようだ。

 
参考までに、例えば、ニューヨークでホテルに宿泊した際、税金が宿泊代金の約15%ほど加算されるが、フォーシーズンズホテルなどの超高級ホテルの、
  
 
価格帯が最も安いシティビュー側のスーペリア・ルーム(
695ドル/1泊・素泊まり)に2名で、来週の平日に4泊(2780ドル)した場合、合計の支払いは3204.36ドル(1ドル=123円換算だと、39万4136円)となり、約40万円という計算だ。また、ビジネスクラスの航空券が、時期にもよるが、平均的に50万円ほどかかるが、大人2名だと100万円ほどになり、航空券とホテル代金だけで140万円の予算だ。

 

また、子連れで、1ベッドルーム(スイートルーム)に4泊した場合は、ホテル代金は100万円を超え、航空券を合わせると200万円を超え、眺めの良い部屋を選択すれば、もっと高額になる計算だ。尚、フォーシーズンズホテルに宿泊する人は、エコノミークラスは利用しないと思われ、ファーストクラスを利用した場合、先述した金額に、エアラインにもよるが、2名で100万円以上別途必要になることも付け加えておきたい。ファーストクラスの利用にも飽きたという、お金に余裕がある方には、ハリウッドスターのように、プライヴェートジェット機での自由きままな旅をオススメしたい。そして、ぜひとも俺が知らないような、非現実的な旅の世界を公開してほしいものだ。なぜなら、世の中のブログやツイッター、インスタグラムには、あまりにも平凡が溢れすぎているからだ。

 

独り言だが、90年代に同ホテルに宿泊した際の、カテゴリー別の料金表が今も尚、手元に残っているが、旅に関しても、80年代から「探究」し続けてきた俺の感覚から言わせてもらえば、総じて、ニューヨーク全体のホテル代金は、ここ20年間で随分と値上がったものだ(笑)。先述したニューヨークのホテル4泊分の代金<40万円>の予算だと、大手旅行会社が主催する豪華パッケージ(航空券+ホテル+観光)ツアーのアジア旅行(4泊5日)に相当するはずだ。LCCや安ホテルを利用した低予算の旅行だと、アジア旅行4回分相当だろうか。いずれにせよ、旅の目的も予算も人それぞれだが、計画的な旅なのか、それとも無計画な旅なのか、そしてリゾート地を選ぶのか、それとも大都市を選ぶのか、ハリウッドスターのように好んで秘境を旅するのかなどの選択はさておき、旅こそが、その人のカラーを映し出す、最も分かりやすい一例なのかもしれない

 

探究

 

探究」はここ数年、最も強まっている感情スペースだ。自分の存在を豊かにし、新たな体験が得られ、好奇心を満たし、肉体的・精神的な刺激冒険興奮をもたらし、生活に目新しさエキゾチックな趣向を加味してくれる商品やサーヴィスが、ここでは重要となってくる。

 

旅行は「探究」にとって重要なカテゴリーだが、それほど活動的でないものも数多くある。たとえば、食べることを一種の「探究」と捉える人は多く、彼らは新しい味やレストランを積極的に試す。

 

「探究」とは、世界に飛び出し、新たな体験をし、自分の可能性を押し広げることでもある。なかでも旅行は、その最も人気の高い方法だ。調査でも、回答者の72%が「旅行が好きだ」と答えているし、アメリカ人旅行者の数は、ヨーロッパやアジアを中心に、かつてないほど増えている。

 

ただし、「探究」が重視されるようになったことで、旅行の性質も変化している。ニューラグジュアリー消費者が求めているのは、単なる休息やくつろぎ以上のものを与えてくれる旅行なのだ。調査回答者の70%は、「知識は最大の贅沢だ」とも述べている。彼らは旅行を、知識の収集や新たなスキルの習得、思い出になる体験と一体化させたがっている。

マイケル・J・シルバースタイン著『なぜ高くても買ってしまうのか』より

 
先述した本は、過去ブログで何度か取り上げたが、2010年9月20日(月)付ブログ“Just for you, Julia”では、ジュリア・ロバーツ主演のの映画『食べて、祈って、恋をして』に言及したので、興味のある方はどうぞ。

 

10数年の歳月を経て

 

ところで、数日前にふと、10数年前、付き合っていた外国人モデルAのことを思い出し、数名いるのだが、ブログ冒頭で引用した(当時、彼女から聞いたベストセラー本のひとつジュディ・ブルームの小説『永遠の夏姉妹』を読み返し、少しばかり、胸が熱くなった。当時19歳だったAとはニューヨークで知り合い、交際にまで発展したが、東京に長期滞在したある時期を除けば、会うのはニューヨーク、ロサンジェルス、ロンドン、トロントなどなどさまざまで、もっぱら2人の話題は、それぞれの近況ではなく、当時流行りの音楽や映画、ファッション、旅、グルメの話題が中心だった。別れた理由は、俺自身の浮気が原因でもあるが、ニューヨークで始まったラヴ・ストーリーは1年ほどでピリオドを迎え、俺はその後にブログを気まぐれにスタートさせた。あの彼女が、その後どうしていているのかなど、とりわけ気に掛けることもなかったとはいえ、先日ふと彼女のフルネームを思い出し、ツイッター上で検索した際、彼女の顔写真と共に、不思議な巡り合わせだとも言えるが、偶然にも発見したのだ。そう、色んな意味で、「人生とは驚きの連続」であり、それがまた素敵だ。

 

彼女は10代でスカウトされ(*時代は異なるが、俺もかつて10代の頃、スカウトされ、モデル事務所に数か月だけ在籍していた)、モデルの世界に飛び込んだが、当時の彼女は、女優を目指しているとも言っていたが、俺と別れた翌年、北米の某有名大学に進学し、ジャーナリズムを専攻するなど勉学に励んでいたようだ。大学卒業後の彼女のキャリアは、某有名金融紙のエディターをはじめ、ローカル紙の旅のコラムニストキャスターなどなど、それなりに活躍し、彼女なりに人生を謳歌しているように俺の目には映ったが、彼女が意外にも「リアリスト」で、人生の目標をしっかりと持った、聡明な女性だったことに改めて驚いたというのが本音だ。

 

今回、スーパーモデル顔負けのインスタグラムの、秘境などの美しい写真の数々を目にし、秘境やビーチリゾート地に関しては、俺の旅の探求をはるかに超えており、圧倒されたのと同時に、感動すら覚えたほどだ。付き合っていた当時、東京での移動はタクシーしか使わず、我儘言い放題の彼女だったが、彼女のキラー・スマイルに負け、高級レストランもそうだが、お金を湯水のように使ったわけだが、一度だけ、渋谷で映画鑑賞し、銀座で食事をするため、移動する際、(六本木通りの夕方の渋滞が予想されたため)銀座線のホームがある渋谷駅の3階まで階段を上り、渋谷から銀座まで電車移動したことを憶えているが、そんな彼女の当時の子供のような嫌々の顔を思い出すと、今でもとても可笑しい(笑)。

 

そんな我儘な彼女は今、30代となったが、ツイッターやインスタグラムの写真で確認できる、そのキラー・スマイルとジム通いのスレンダーなボディは、当時と変わらずに健在だった。“No way”が当時口癖だった彼女の、最近のツイッターを過去に遡り斜め読みしてみたが、「行きと帰りで、航空券の値段がどうしてこんなに違うの?」には笑ってしまった。女優にはなれなかったにせよ、航空券の値段に関して、愚痴をこぼしているようじゃ、昔と変わらず、まだまだ子供だなぁ、とも思った(笑)。付け加えるならば、米ドラマ『Sex and the City』のヒロインのひとりで、コラムニストのキャリーのように、彼女が偏屈にならないことだけを祈るばかりだ。彼女の名誉のために、キャリーよりは美人だということも付け加えておきたい。

  
最後になるが、先日の酒の席での、別にどうでもよい話題のひとつだと前置きしておくが、アメリカ人女優<ジュリア・ロバーツ>(1967年生まれ・今年48歳/175cm)は美人だ、には同調するが、彼女に似た女優が誰なのかと訊かれて、すぐさま答えられる人は少ないと思う。

 
私見だが、ジュリア・ロバーツほど美人ではないかもしれないが、吸血鬼映画『アンダーワールド』シリーズで有名な英国人女優<ケイト・ベッキンセイル>(1973年生まれ・42歳/175cm)と、

 
米ドラマ『LOST』シリーズのケイト役で有名となったカナダ人女優<エヴァンジェリン・リリー>(1979年生まれ・36歳/165cm)の2人は、とてもよく似ているように思う。

 

今、自宅リビングで流れているのは、カスケイドの曲“Disarm You”だ。

 

Have a wonderful night!

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超バブル期
の記憶

 

2015年の7月が終わる。宇宙が始まってからの今日までの137億年の物語に比べれば、今年の7か月は何てことないそれだが、少しばかり寂しい気もする。ところで、1970年代生まれの俺にとって、1970年代の記憶はおぼろげに、頭のどこか片隅に残っているが、とりわけ語れるようなことがない一方、83年に大ヒットしたデヴィッド・ボウイの“Let’s Dance”と、同年開園した東京ディズニーランド88年開場の東京ドーム、そして同球場で開催された90年デヴィッド・ボウイのコンサートの記憶は未だ鮮明に記憶している。2日間連続で足を運んだコンサートで、隣に居合わせた女の子に声をかけ、コンサート帰りにお茶した夜のことが昨日のように思い出されるがが、あの早稲田大学生の女の子は今頃、何しているのだろうか。

 

80年代末の超バブル期の東京に関する話題は、先ずは88年1月に起こった六本木のディスコでの大惨事が思い出される。それは、非日常を味わえる、近未来的な宇宙空間をイメージした六本木のディスコ<トゥーリア>の照明落下の事故であり、連日テレビ報道されたことを未だ不思議と憶えている。90年前後の年は、西武グループの堤氏が世界一の大富豪として世界的にも名を馳せ、西武ライオンズが黄金期を築いた時代でもあった。あの当時、某大学に通うドイツからの帰国子女で、ユマ・サーマンに似た顔した西武ラインオンズのファンの女の子に、銀座4丁目交差点角で「ここでキスして」と言われ、即実行に移し、いくつかの中のひとつのラブ・ストーリーが始まったが、あの彼女は今頃、何しているのだろうか。カルヴィン・ハリスの曲“Blame”の歌詞のように、「あの夜のせいなんだ」と本命の彼女に言い訳したかったね(笑)。

 

そして、日本中の何処かしらで、夜な夜なシャンパンが空けられた、日本経済の超バブル期は、88年頃から91年頃までの数年間続き、日本人は夢見心地で浮かれ、熱狂し、盲目になっていたわけだが、そんな絶頂の日々が永遠に続くはずなどなく、泡はハジけ、91年にバブル経済は崩壊した。その少し前に出会ったイギリス帰りの帰国子女の女の子とは、音楽の趣味、映画の趣味などなど、すべてにおいて気が合い、その後、90年代末まで付き合い、世界各国を一緒に旅したが、あの優しかった彼女は今頃、何しているのだろうか。俺が大学生だった90年代前半は、目が回るくらいに、色んな美女に溺れた時代だったのは確かだ。渋谷宮益坂下の明治通りに面したビルで、16人の女の子(学生)と同時にボーリングしたあの夜は、一体何だったのだろうか(笑)。

 

人それぞれに歴史はあると思うが、俺がまだ10代だった超バブル期だった頃の、夏の夜遊びの思い出といえば、麻布十番のディスコ<マハラジャ>にはじまり、<スクエアビル>とその周辺のディスコ群、ファッションピープル御用達となったウォーターフロントに位置する芝浦のクラブ<ゴールド>へと続いていく。そしてバブル崩壊後の91年にオープンし、社会現象にもなった、日商岩井が仕掛けた、芝浦のディスコ<ジュリアナ東京>(91年~94年)の光の束と溢れんばかりの熱気に満ちた脱日常空間のお立ち台で扇子を片手に踊り狂う、ボディコン姿の厚化粧の女性たちの狂気にも似たその異様な光景は、当時大学生だった俺には少しばかり刺激的でもあり、あの当時の記憶はあまりにも強烈すぎて、記憶を消し去ることは不可能だ(笑)。そこでよく見かけたのが、バブル崩壊後の同時期にあたる93年に発足したJリーグの、ヴェルディの選手たちだ。あの当時、出会った銀座の資生堂本社に勤務していたOLの女の子は今頃、何をしているのだろうか。そして、東女(とんじょ: 東京女子大)との数々の合コンの記憶、そんな時代もあったね。

 

そしてジュリアナ東京がクローズした94年アシッドジャズ全盛期の時代、邦楽をほとんど聴かない、スルーしていたはずの俺の耳にも入ってきたのが、渋谷のHMVなどがパワープッシュしていた渋谷系と形容されたJ-POPSであり、「ダンスフロアに華やかな光」の歌詞で始まる、小沢健二の“今夜はブギーバック”が大ヒットしたのも同年だった。その翌年、伊藤忠商事のOLと、恵比寿ガーデンプレイスで開催されたインコグニートのコンサートに足を運んだが、その中のひとりで、音楽好きのあの子は今頃、何しているのだろうか。

 

付け加えるならば、80年代後半の東京で流行ったディオールの危険な香水プワゾン>の香りと、94年12月にオープンした六本木の巨大ディスコ<ヴェルファーレ>での夜遊びも生涯忘れることはないであろうそれだ。その後、12年間営業を続けたヴェルファーレが、2007年1月1日にクローズした時点で、80年代、古くは(俺が知らない)60年代もしくは70年代から続いた、古き良き時代の華やかりし頃の東京のディスコブームは、完全に終焉を迎えたと言っても過言でないはずだ。それは奇しくも、ジョン・トラヴォルタ主演の映画『サタデー・ナイト・フィーヴァー』(1977年)公開から40年という節目の出来事だった。日本人モデル、そして外国人モデルとの付き合いを経て、俺は同年結婚した。

 

21世紀の現在、ディスコという名称は死語(無くなったわけではない)になり、音楽(ダンスミュージック)に身を委ねながら、踊ったり、酒を交わしたりする場所が、クラブと呼ばれるようになって久しいが、90年代から、ごくごく一部の人々の間で人気だったハウスミュージックが、新しいテクノロジー<インターネット>の普及により、全世界的に拡大していき、デジタルな世界への移行がほぼ完了した21世紀において、世界中の若者たちが好んで聴く音楽の主流は「ロック」から「ハウスミュージック」へと変化し、世界各国でEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)の祭典が開催されるまでに至り、チケットが販売後すぐにソールドアウトになるなどの社会現象を巻き起こしたのだ。

 

時代に取り残されたミュージシャン<ノエル・ギャラガー

 

超バブル期と、その時代時代に出会った女の子達(エピソードがありすぎるとはいえ、もう俺に興味ある女の子は少ないでしょ?)と、東京でのダンス、ダンス、ダンスの話はそれくらいにして、英国で昔、ある時期人気を博したオアシス1991-2009)の片割れ<ノエル・ギャラガー>のように、時代に取り残され、変化に対応しきれず、昔と変わらず今も尚、愚痴ばかりこぼしている変わり者ミュージシャンがいるのは、誰の眼にも明らかだ。最近では、EDMで人気アヴィーチーデッドマウスに噛みついたようだ(笑)。

 

創造力に欠け、学も無く、過去の栄光に生きているようなノエル・ギャラガーと、変化に富み、カメレオンのように華麗に変身し、ミュージック・シーンの最先端を走り続け、知的で洗練され、そして研ぎ澄まされた感性を持ち合せたデヴィッド・ボウイのような伝説的なミュージシャンとの違いは、時代の変化を敏感に察知し、いかに順応できたか否かのような気がしてならない。進化論にも似たそれだろうか。或る意味、モテにも相通じるようなそれかもしれない。

 

例えば、デヴィッド・ボウイが、90年代に、誰よりも早く、ロックにドラムンベースを採り入れ、97年に実験的で革新的なアルバム『アースリング』をリリースしたような離れ業は、彼にしかできない、正に“Changes”だとも言えるが、実験的という形容は、一部レディオヘッドの音楽にも当てはまるが、それはあくまでも限定的な話であり、オアシスの音楽には全く当てはまらないそれだろう。

 

ノエル・ギャラガーのファン、信者には申し訳ないが、(彼が尊敬する)U2をはじめ、(彼がこき下ろしている)レディオヘッドコールドプレイなどの一流ミュージシャンと、彼の音楽を比較するのは野暮なくらい、馬鹿げた話だともいえ、彼の音楽を否定するつもりはないが、オアシス時代の何曲かは良かったという印象もあり、“Wonderwall”は誰もが知る彼らの代表曲だろう。或る意味、彼はいい人で不器用な人物なのかもしれない。ネガティヴ思考だから、女性にはモテないかもしれない。

 

ビリー・コーガン

 

ところで先日、スマッシング・パンプキンズビリー・コーガンが、米雑誌『エンターテインメント・ウィークリー』のインタヴューで、的を射た発言をしていたので、俺の非公開ツイッター上でも取り上げたばかりだが、BARKSの7月29日付記事“ビリー・コーガン新しいことをしたのはレディオヘッドが最後」”から、一部抜粋して紹介したい。

 

オルタナティヴ・ロック・ミュージックの大部分は20年間、進化していない。俺らはEDMや、キーボードとドラム・マシーン、リバーブなんかを使うアーティストにやられている。彼らは新しいテクノロジーを採り入れている。ギターは新しいテクノロジーじゃない。限られた手段しかない。ギターで何か新しいことをしたのは多分、レディオヘッドが最後だ。

―ビリー・コーガン

 

市場原理主義が育ててしまった超バブル

 

前回のブログでは、テーマを“シャンパン”に決め、雑誌『Esquire』のコラムから一部引用し、私的な90年代のニューヨークの夜遊びを少しばかり振り返り、キャビアシャンパンの甘い記憶を取り戻した一方、バブルの香り漂う現在のラスヴェガスについても少しばかり言及したが、2008年に日本で刊行された、バブルを最も良く知る人物<ジョージ・ソロス>の著書『ソロスは警告する』より、一部抜粋して紹介したい。

 

超バブルにおける支配的なトレンドは、住宅バブルのそれと同じく、「信用創造の手法が際限なく洗練されていく」というものだ。違うのは、支配的な誤解のほうである。超バブルを支える支配的な誤解は、市場メカニズムに対する行き過ぎた信頼の念、いわば市場信仰だ。レーガン大統領が「市場の魔法」などと呼んでいたもので、私が市場原理主義と呼んでいるものである。市場原理主義が世界的に最有力のドグマ(宗教教理)となったのは、レーガンがアメリカ大統領に、サッチャーがイギリス首相に、それぞれ就任した1980年前後のことだった。もっとも、19世紀のレッセフェール(自由放任経済思想)という、はるか昔の先例も存在する。

 

市場原理主義の根っこは、完全競争の理論に求められる。こちらの開祖はアダム・スミスで、古典派の経済学者たちが発展させていった。1991年にソ連が崩壊すると、共産主義や社会主義といった資本主義に対抗する社会経済モデルが失敗したことにより、おかげで市場原理主義はいっそう勢いづいた。だが、そこに大きな誤謬のタネが潜んでいた。ソ連におけるように、政府の介入が、たとえいつも間違っていようとも、だからといって市場が完璧だということにはならないのである。金融市場は均衡点に向かって収斂していくわけではなく、放っておけば興奮と絶望の両極端を行ったり来たりするほうが普通なのだ。だからこそ、金融市場には規制と介入がなされる。実際、私がロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学生だった当時は、自由放任思想は過去の思想として考えられていたものだ。だが、それは市場原理主義として1980年代に復活し、金融規制当局は市場に対するコントロールを失い、そして超バブルがすくすくと育っていったのである。

―ジョージ・ソロス

 

キャビアキャピタリズム

 

昨夜、六本木での会食の席で、シャンパン片手に、佐野元春の「キャビアとキャピタリズム」が話題となり、邦楽をほとんど聴かない俺は、その意味深なタイトルを初めて耳にし、数秒間、途方に暮れてしまった。帰宅後、ユーチューブで同曲を参考までに聴いてみたが、彼独特の楽曲の特徴はさておき、ユーモアに溢れているというよりも寧ろ、アイロニーに満ちた歌詞が古い時代の反抗的なロックを象徴しているようにも思え、同曲はデモ行進曲には使えても、踊れない曲だ。もちろん、ロックが踊るための音楽でないのは十分承知しているが、私的には今の時代の「ポジティヴな気分」に合っていないと思ったのだ。そんな満月が輝いていた夜に、悪意はないと前置きしておくが、ノエル・ギャラガーの音楽同様、「キャビアとキャピタリズム」もまた、俺の肌に合わなかったのだ。ロックは死んだとまでは言わないが、要は、俺の脳が条件反射的に、ロックという音楽そのものに、拒否反応を示さないまでも、年齢を重ねる毎に、それらを無理やりに排除しているようにも思える。

 


最後になるが、近年、俺の音楽の嗜好は、革新性や、洗練を求めすぎたがゆえに、より排他的になってしまった
ようで、寛容さなど関係なく、距離を置いていたようにも思え、或る意味で、俺は自信満々だったあの学生時代と、今も本質はほとんど変わっていないような気がする。ノエル・ギャラガーのことを今回取り上げたが、変わらなきゃいけないのは、案外、俺自身なのかもしれないし、逆に変わる必要もないのかもしれない(笑)。とはいえ、昔話とは美しく思えるものだ。タリスカーのハーフロック片手に、時計の針は今、7月31日(金)の24時45分を回った。

 

Have a nice weekend!

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