In The Groove

a beautiful tomorrow yea


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ロバート・グラスパーのはじまり

 

7月31日(日)付ブログ“Summer has begun!”(テーマ: ビューティー)で、「今週28日(木)、東京は平年よりも7日遅く、昨年よりも18日遅い梅雨明けが気象庁より発表され、本格的な夏がようやくはじまった。今週は、ロバート・グラスパー(現代の最先端ジャズ)が25日(月)から3日間、マリーナ・ショウ(古き良き時代のジャズ)が28日(木)から3日間、東京ミッドタウン内のビルボードライヴ東京でそれぞれライヴを行い、俺は全6日間すべての公演に足を運びたかったというのが本音なのだが、前者に2夜連続、後者に1夜、計3公演を鑑賞し、俺の夏ははじまった」と綴ってから早1か月、暦では夏は終わり、東京都心では残暑がまだ続いているとはいえ、季節はを迎えた。

 

ファッションの秋”を先取りするかのように、先週末26日(金)の夜は、有楽町の男性向け高級百貨店「阪急メンズ東京」で、開業5周年を祝う<オータム・ナイト>パーティが招待客を集め、19時から22時までの3時間開催された。「ファッションショー」をはじめ、「ザ・ビートルズ来日50周年記念スペシャルトークショー」、映画「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK – The Touring Years」(9月22日~)公開記念のパネル展及びフォトブースなどなど様々なイヴェントが用意され、プレミアム・イヴェントとして、レベッカのNOKKOがライヴが行い、各フロアでは数種類の高級ウィスキーなどが振る舞われたのだ。とはいえ、同日夜は銀座で会食だったため、俺は足を運ぶことができなかった。

 

ビートルズの初来日が1966年、俺が生まれたのが1970年代、レベッカのデビューが1984年シェイクスピアは「すべての人生には歴史がある」「私たちは時の家来だ」「若さとは、長くは続かぬものだ」等など数多くの名言を残したが、今年★となったロックスター<デヴィッド・ボウイ>(1947-2016/享年69歳)に関して、シェイクスピアの言葉を借りれば、正に「失ったものを賞讃すると、思い出がいっそう辛くなる」のだが、「どんなに長くても、夜はいつか明ける」のも確かだろう。 

俺にとって、今年の夏は、ロバート・グラスパーのライヴで本格的に始ったと書いたが、今月16日(金)には、早くも彼のニューアルバム『ArtScience(アートサイエンス)』が世界同時リリースされる。正確に言えば、今回は「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」名義でのリリースゆえ、前作『BLACK RADIO 2』(2013年10月)以来、約3年ぶりとなる。したがって、先に「早くも彼の・・・」と書いた理由は、「ロバート・グラスパー」名義でのカヴァーアルバム『COVERED』(2015年6月)及びマイルス・デイヴィスの楽曲を“Reimagined”(再創造)したアルバム『EVERYTHING’S BEAUTIFUL』(2016年5月)に続く新作だからだ。 

そんな世界待望のロバート・グラスパーの新作アートサイエンス』が待ち遠しい今日この頃でもあるが、彼(ピアノ)は今冬には、ヴィセンテ・アーチャー(ベース)とダミオン・リード(ドラムス)と共にトリオで、ブルーノート東京において、12月18日(日)から22日(木)までの5日間(10ステージ)、来日公演が決定した。彼は、俺に日本の季節の移り変わりを教えてくれるかのように頻繁に来日しているが、今年何度来日を果たしたのだろうか? そう、ビルボードライヴ東京での7月公演の感想をまだ綴っていなかった。劇場鑑賞した映画の感想然り。

 

ロバート・グラスパーも才能を認めた、

黒人ミュージシャン<フランク・オーシャン>の

お気に入りの50曲

 

2000年以降にデビューしたミュージシャンの中で、このブログでいち早く取り上げ、オススメしたアーティスト(当時はごくごく一部の洋楽好きの間でしか知られていない存在だった)は現在、その全員が世界的に成功を収めた(今では誰もが知るビッグネームにまで成長した)が、その筆頭がリアーナ(ダンスミュージック)であり、カニエ・ウェスト(ヒップホップ)であり、ジェームス・ブレイク(ハウスミュージック/EDM)であり、カルヴィン・ハリス(ハウスミュージック/EDM)であり、カスケイド(ハウスミュージック/EDM)であり、そしてロバート・グラスパー(ジャズ)なのだが、彼らの来日公演には過去何度も足を運んだ。

 

2000年以降、彼らはミュージックシーンの最先端を走ってきたアーティストだとはいえ、カニエ・ウェストだけはもう過去の人なのかもしれないが、リアーナはファッション・アイコンでもあり、正に「VOGUE」な存在の歌姫だとも言えよう。

 

一方、ブログ内でオススメはしたが、唯一足を運べていない(来日公演なし)アーティストが、ラナ・デル・レイ(ハリウッド・ポップ/サッドコア)とフランク・オーシャン(R&B)の2人なのだ。また、バンクス(R&B)の初単独来日公演に関しては、2015年2月13日(金)付ブログ“I’m already falling”(テーマ: 音楽)の中で、特別に、詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。 

本題に入るが、ニューアルバム『Blond』をリリースしたばかりのフランク・オーシャンだが、彼はフリーマガジン『Boys Don't Cry』を発行し、同誌の中で、お気に入りの音楽(50曲)が紹介されたゆえ、本日のブログでは、彼が選んだ50曲に注目してみたい。

 

“Crosstown Traffic”, Jimi Hendrix

“How Insensitive”, Frank Sinatra

“Scarborough Fair”, Simon & Garfunkel

“Alina”, Arvo Part

“I Feel Love”, Donna Summer

“To The Last Whale”, Crosby & Nash

“Prints Tie”, Bobby Hutcherson

“Jardim Dos Deuses”, Joyce Moreno

“Fade Into You”, Mazzy Star

“No More Shall We Part”, Nick Cave & The Bad Seeds

 

“I Never Learnt To Share”, James Blake

“One Mo Gin”, D'Angelo

“The Last One To Be Loved”, Gabor Szabo

“Shadows”, Lonnie Liston Smith & The Cosmic Echoes

“Images Live In 1964”, Nina Simone

“The First Time Ever I Saw Your Face”, Roberta Flack

“It’s Gonna Rain”, Steve Reich

“Stardust”, Willie Nelson

“Nós e o mar”, Tamba Trio

“$”, D.R.A.M.

 

“When I Die”, Goldlink

“The Man-Machine”, Kraftwerk

“Asiko”, Tony Allen

“Earth Bound Hearts”, John Mclaughlin feat. John Surman

“Simply Beautiful”, Al Green

“Mr. Bojangles”, Nina Simone

“Flamingo”, Todd Rundgren

“The Medley Of Praise”, Daryl Coley

“Claire De Lune”, Isao Tomita

 

 

“Calls”, Robert Glasper feat. Jill Scott

 

“Your Smile”, Chaka Khan and Rufus

“Bitch Please”, Death Grips

“Anthrax”, Gang Of Four

“I Am The Walrus”, The Beatles

“Jesus Children Of America”, Stevie Wonder

“Garden Of Linmiri”, Caustic Window

“Home (YouTube Rip)”, Kim Burrell

“Vibrate”, OutKast

“12 Aisatsana”, Aphex Twin

“Mis”, Alex G

 

“Right Down The Line”, Gerry Rafferty

“Anytime”, Ray J

“Jesus”, Curtis Mayfield

“Something About Us”, Daft Punk

“Your Daddy Loves You”, Gil Scott Heron

“Portrait Of Tracy”, Jaco Pastorius

“Rusholme Ruffians”, The Smiths

“When U Were Mine”, Prince

“Road To Nowhere”, Talking Heads

“Boys Don’t Cry”, The Cure

 

先述した50曲は、彼が自らのセンスで選んだそれだと思う一方、彼が他のメディアで選んだお気に入りの映画100本は、明らかにアメリカの著名な映画評論家などが選んだ名作リストや本などを参考にして、選んだ感は否めず、現在28歳の彼がそれらを全部鑑賞しているとは思えないそれだった。なぜなら、28歳の割には洗練されたセレクションだったからだ、ただそれだけ。映画好きの俺は、子供の頃からビデオで、90年代はLDで、それ以降はDVDで、トータル5000本以上は鑑賞してきたが、彼が鑑賞した映画の本数は、年齢的(彼のデビューは2012年であり、経済的成功はそれ以降)なそれから考慮すれば、限定されるからだ。

 

音楽に関しては、彼の本業であり、インスピレーションの源なのだろうから、その範囲ではないが、音楽好きならば、誰もが知る有名なミュージシャンの名前ばかりが並んでおり、曲目に関しては、なぜそれを選んだのかは甚だ疑問が残ったとはいえ、私的にはとても興味深いそれだった。

 

俺のお気に入りの米国の黒人女性ジャズシンガー<ニーナ・シモン>をはじめ、英国の<ビートルズ><ジェイムス・ブレイク><エイフェックス・ツイン><ザ・スミス><ザ・キュアー>、(デヴィッド・ボウイも影響を受けた)ドイツの<クラフトワーク>、フランスの<ダフトパンク>、今年他界した日本の<冨田勲>、そして今年急逝した米国の<プリンス>、同じく同国の<ロバート・グラスパー><スティーヴ・ライヒ><カーティス・メイフィールド><ロバータ・フラック><フランク・シナトラ><トーキング・ヘッズ>等などの名前が目に留まった。

 

全部は書かないが、他にも、サイモン&ガーファンクルをはじめ、ドナ・サマー、スティーヴィー・ワンダー、チャカ・カーン、アル・グリーン、ディアンジェロ、アウトキャスト、トッド・ラングレン等々、アメリカ人であれば、誰もが知る有名なミュージシャンばかりだ。

 

結論、28歳のフランク・オーシャンが選んだ50曲は、全部が全部、洗練されているとは言えないそれなのだが、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ロック、フォークと多種多様なのも特徴のひとつであり、ニーナ・シモンをはじめ、ジェイムス・ブレイク、ダフトパンク、ロバート・グラスパー、プリンス等々の名前が挙がっているように、彼の音楽の趣味は、俺ととてもよく似通っているのは明らかだ。とはいえ、同50曲のリストには、天才作曲家<モーツァルト>の名前も、天才ピアニスト<グレン・グールド>の名前も挙がっていない(ロバート・グラスパーは黒人ジャズピアニストである)ことから推測できるのは、彼は黒人の音楽とも形容できるジャズやヒップホップ、R&Bなどを中心に強い影響を受けたことが窺い知れるのと同時に、米国のロックよりも寧ろ、英国のロックに影響を受けながら、ヨーロッパの電子音楽(ハウスミュージック他)にも関心があったのか、と俺は読み取ったのだ。また、デヴィッド・ボウイの名前は、アルバムに貢献してくれた(要は、フランク・オーシャンが影響を受けたという意味合いで)クレジットされているが、先述した50曲の中に、ボウイの曲が含まれていないのは意味不明だ。

 

付け加えるならば、彼が選んだお気に入りの映画100本に関しては、次回のブログで取り上げる予定だが、もうひとつ、俺が知りたいのは彼のお気に入りの小説や作家の名前だろうか。彼がシェイクスピアオスカー・ワイルドのそれを読んだことがあるのか否かは知らないが、意外にも、彼のお気に入り小説が、ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』だったら、或る意味、面白いと考えたのは俺だけではないはずだ。彼がストレートなのか、それともゲイなのかバイセクシャルなのか、それは大した問題ではないけれど・・・。彼のニューアルバム『ブロンド』は、俺が過度に期待したほどの面白いアルバムではなかったが、彼のまた違う一面を知るにはとてもよい機会だった。なお、音楽専門サイト<NME>のサイトでは、同アルバムの全曲レヴューが掲載されている。

 

 

最後になるが、フランク・オーシャンのデビューアルバムChannel Orange』(2012年)収録曲“Bad Religion”を耳にする度、特に理由はないが、今は亡きプリンスをふと思い出すのは俺だけだろうか。

 

Have a nice day!

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かつてウォーホルなんかも出入りしたStudio 54を手がけ、80年代にブティック・ホテルの嚆矢となったMorgans hotel groupをフィリップ・スタルクとともに手がけて一世を風靡したイアン・シュレーガーや、同じくスタルクとともにYOOというレジデンスデヴェロッパーをつくったジョン・ヒッチコックスに、かつてぼくは割と影響を受けていたんです。彼らは、自分たちでリスクを負うかたちで不動産を買い、それにデザインという付加価値をつけて販売したり、マネジメントしたりということをやっていたんです。YOOがグローバルのデヴェロッパーに向けたコンサルティングというやり方でビジネスを拡大していくことになるんですが、そうしたなか、彼らを日本の大手デヴェロッパーに紹介するようなことをやっていたこともあるんです。

 

ところが、結局のところ「需要がない」ということで、日本では実現できなかった。「需要がない」は、つまるところ「日本的なエスタブリッシュメントが欲しがらない」ということなんです。

 

それでも、2000年以降、日本でも不動産開発サイドから面白いことをやっていこうという機運はなかったわけではなく、デザイナーと組んでクリエイティヴな開発をしていこうという会社もたくさんできたんですが、これもリーマンショックで見事なまでに吹っ飛んでしまいます。以後、不動産に手を出すのは、海外のファンドか、旧財閥系、電鉄系、旧国有企業系といった大手ばかりになってしまいます。当然彼のビジネスロジックからいえば、「エスタブリッシュメントが欲しがるもの」をつくることになりますから、デザイン面での洗練はあるとはいえ、そこまでラディカルなことはできません。結果として、風景としてはそこそこは個性的だけれども、さほど変わり映えのしないタワーマンションばかりが建つようなことが起きるわけです。

―雑誌『WIRED』(Vol.24)

~林厚見のコラム「東京にはR&D+Oが必要だ」より

 

雑誌<WIRED

 

先日、俺の興味の対象ではない理系寄りの雑誌『WIRED』日本版(Vol.24)を購入した。同雑誌のサイトには、それは<テクノロジーによって、 生活や社会、カルチャーまでを包括した、 わたしたち自身の「未来がどうなるのか」についてのメディアです>と説明されている。同誌を発行しているのは、他でもないニューヨークを拠点とする巨大出版コングロマリット『コンデ・ナスト』社であり、他には文系寄りの雑誌『The New Yorker』『VOGUE』『GQ』『Vanity Fair』等々も同社の刊行物だ。それゆえ、今回手にした『WIRED』だけは、俺の趣味ではない雑誌だとも言えよう。

 

そんな俺にとっては、退屈で、全く興味を誘わない、テクノロジー系!?雑誌を今回購入した理由は、以前のブログで取り上げたニューヨークの・・・大規模再開発プロジェクト「Hudson Yards」、パブリックスペース「High Line」「Bryant Park」、ワールドトレードセンター跡地のモニュメント「Oculus」、ザハ・ハディドが遺したミッドタウンの高級アパートメント「520 West 28th」、移転した美術館「Whitney Museum」等々、ニューヨークの都市改造についての特集が組まれていたからだ、ただそれだけ。そう、「収穫逓減(しゅうかくていげん)の法則」という経済学用語を久々に目にしたよ。

 

全部は書かないが、例えば、「スタルク」に関しては、2015年4月19日(日)付ブログ“American, American Oxygen”(テーマ:レストラン&バー、カフェ)で、「ハドソンヤード」に関しては、2015年5月17日(日)付ブログ“The New York Way”(テーマ: ニューヨーク)で、「ザハ・ハディド」&「オキュラスを設計したスペイン人建築家・サンティアゴ・カラトラバ」に関しては、2015年5月19日(火)付ブログ“The reality often contradicts the ideal?”(テーマ: アート/デザイン)でそれぞれ詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。

 

先述した大手不動産デヴェロッパーによる大規模プロジェクトは、数年前のツイッターでもいち早く取り上げ、ブログでは毎年のように取り上げているとはいえ、今回『WIRED』が、かつて俺が興味を抱いたプロジェクトを、数年遅れであれ、取り上げてくれることはとても嬉しいものだ。建築専門系の雑誌では、度々取り上げられているそれだけれど。

 

デザインとしての開発

 

雑誌『WIRED』最新号で、俺の興味を牽いたのは、ブログ冒頭で引用した「東京R不動産」代表の林厚見氏のコラムであり、そこには俺が以前のブログで指摘したようなことが書かれていたのだ。

 

なお、東洋経済オンラインの2013年2月14日付インタヴュー記事“草食系マッキンゼーが営む、面白い不動産屋 新世代リーダー 林 厚見 不動産プロデューサー”には、同氏について「1971年東京生まれ。東京大学工学部建築学科(建築意匠専攻)、同大学院を経てマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。3年半ほど主に大企業の経営戦略コンンサルティングを行う。その後コロンビア大学に留学」と経歴が説明されている。

 

そして、「大学卒業後、なぜコンサルのマッキンゼーに就職を?」との質問に、彼は<建築の勉強中に、経済にも興味を持ち始めたからです。きっかけは、「なんでこんなにつまらないマンションだの、味気ないビルばかり増えていくんだろう」という、建築学科の学生らしい疑問でした。きっと現実社会の構造に何か原因があるんだろう。それなら資本主義構造というものを、ちゃんと理解してやろうと思った。そこで日経新聞や、大前研一さんの本を読み始めたら、けっこう面白くて。大前研一さんがいたマッキンゼー(・アンド・カンパニー)という会社を知った。「ここは勉強になりそうだ」と思い、「俺は別の道で街を変える」というスタンスで、マッキンゼーに入社しました。以上が25歳までのざっくりした経歴です>と答えているのだ。

 

正に、俺も感じていた、光速のスピードで変遷するTOKYOという大都市の街の風景が、同氏が形容した「つまらないマンション」「味気ないビル」の集合体みたいに、俺の眼にも映っていたからだ。なぜ、ニューヨークをはじめ、マイアミやロサンゼルス、サンフランシスコにあるような、イアン・シュレーガーがフィリップ・スタルクと組んで、80年代から次々とオープンさせた、面白くて、洗練されたデザインホテルが、東京では誕生しないのか、不思議に思っていたのだ。

 

俺自身、10代の頃からニューヨークに毎年足を運び、ここ30年ほどのニューヨークという街の変容を目の当たりにしてきた一方、東京の街の風景も随分変わったとはいえ、味気ないビルばかりが乱立し、どこも同じような四角い超高層ビルばかりが次々と建設され、現在に至るのだ。街との調和は大切だとはいえ、俺が2015年5月19日(火)付ブログ“The reality often contradicts the ideal?”(テーマ: アート/デザイン)で言いたかったのは、ザハ・ハディド建築に代表される、脱構築主義と形容されるような、その前衛的なデザインの建物を、東京でもいくつか見てみたいな、と以前から思っていたのだ。その夢は叶うことなく、彼女は今年3月31日、65歳の若さで、静養先のマイアミで死去したが、彼女がデザインした建造物はロンドンをはじめ、ニューヨークなどでも確認できる。

 

東京都心で、前衛的なデザインの近未来的な超高層ビルといえば、西新宿にそびえる50階建のモード学園コクーンタワーだろうか。また、高層ビルではないが、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計による南青山に位置するプラダ ブティック青山店は、訪日外国人にも人気のそれであり、観光スポットのひとつとなり久しい。東京もロンドンも、そしてニューヨークも土地が限られているため、横ではなく、縦に伸びるしかなく、今後も超高層ビルの建設は続いていくはずだ。2000年代前半から、もうかれこれ15年ほど中央区の超高層マンションの高層階に住んでいるため、東京都心のどこで大規模再開発が行われているのかは目視できるが、先述したように、東京に限らず、日本の大都市圏のそれは四角いビルばかりが乱立し、本当に味気ないのだ(笑)。2020年代には、東京の街の風景は様変わりしていると思うが、ニューヨークの街が映画『ブレードランナー』のように変貌していくのとは対照的に、林厚見氏が述べた「エスタブリッシュメントが欲しがるもの」しか、東京にはできないのは大変残念な話だ。

 

Life on Mars?

 

先日、東急プラザ銀座内のレストランフロアで鰻をいただいた後、同商業施設内の三菱電機によるイヴェントスクエア<METoA Ginza(メトア銀座)>に立ち寄った際、「Space in Ginza 銀座の中の宇宙」というイヴェントが開催中で、2フロアをゆっくりと見て回り、宇宙に全く!?興味がない俺には退屈なそれだったが、偶然とはいえ、それは俺に「宇宙」を改めて意識させる時間となったのも確かだろう。

 

WIRED』最新号では、107頁から「火星移住をマジメに考えることから見えるぼくらの未来」と題された特集が組まれており、深夜に超高級ヘッドフォンで、デヴィッド・ボウイの名曲“Life on Mars?”をはじめ、70年代のボウイの曲をBGMに、同特集頁に目を通したわけだが、俺が生きている時代に実現されないことだからだろうか、「宇宙でちゃんと生きるために必要な13のこと」等々、その理系的ファンタジーでもある「宇宙暮らし」のポイントは、俺の脳に記憶されることはなかった。

 

116頁からは、今年日本でも公開された映画『オデッセイ』を基にした、宇宙に関するコラムが書かれていたが、「どうして同作品の劇中で流れるのは70年代のディスコミュージックなのか?」から、その疑問に答えるには「他でもないNASAが置かれた状況を立ち返ってみる必要がある」と強引に繋げられ、「アポロ時代のような白い火星に取り憑いた黒い異物が70sの音楽なのだ」とか、「70年代にはアフロ・フューチャリズムといわれる未来を見通す一連のスタイルがあった」とか、結論付けられていた。

 

同コラムには、「デヴィッド・ボウイ」の固有名詞こそ見当たらなかった一方、その流れから俺の予測した「アース・ウィンド&ファイアー」のそれは目に留まったのだ。1970年代生まれの俺が、彼らのライヴに足を運んだのは1990年の東京ドーム公演が初めてだが、彼らの代表曲「宇宙のファンタジー」は、俺がかつて大学時代に足を運んだディスコ(クラブ)で耳にタコができるくらい聴いたダンス・クラシックの1曲に他ならない。なお、同コラムを書いたのは、1965年生まれの池田純一という、早稲田大学大学院理工学部卒で、コロンビア大学に留学した理系の人物だった。

 

最後になるが、同誌86頁の「ジントニックを科学する」第1回“味わい”という特集のそれは、ジントニックも好きな俺には大変興味深いもの(ジントニックの味を構成する甘味・苦味・酸味)に映った一方、取り上げられていたジンが「ボンベイ・サファイア」というのは少しばかり残念だった。とはいえ、今号のニューヨーク特集が、俺の興味を惹いたのは確かであり、隔月発行の理系が好みそうな同誌のサイトや特集を今後はマメにチェックしてみたいと思う。いや、俺の気が変わらなければ、ね(笑)。

 

Have a wonderful night!

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夏の夜の夢』の最初の場面で、シーシュースは「ヒポリタ、私は剣をもってあなたの愛を求め」と甘い声で囁き、「華やかに、にぎやかに、楽しいお祭り騒ぎをもって」結婚しようと約束します。このように、この劇は、多様に変化する官能的な浮かれ騒ぎと、結婚という契約による統一と秩序を上手く絡み合わせるという難しい課題から始まります。

 

結婚による秩序を提示したことが、この劇の大きな魅力なのかもしれません。夏も真っ盛りで、シェイクスピア没後400周年のお祝い気分に浸る中、『夏の夜の夢』は、至るところで上演され、尽きる事がありません。イギリス各地で、地元で上演される『夏の夜の夢』の案内の殆どの掲示板、バス、街灯柱や電話ボックスに貼られています。シェイクスピアは「結婚」というテーマに紙面の多くを割きましたが、20世紀の観客にとってはむしろ、両親の離婚や、ジョンソン氏とキャメロン元首相、イングランドとスコットランド、そしてブリテン島とヨーロッパ大陸の別れも含めた意味での「離婚」というテーマの方に馴染みがあります(「結婚」という言葉はシェイクスピアの全作品中で86回、一つの戯曲につき約2.5回使用されています)。

 

完璧なほど叙情に溢れ、筋書きも十分に入り組んだ『夏の夜の夢』は、エリザベス朝時代の観客には、年老い、跡継ぎもない当時の君主に対する不安と心痛をやわらげる麻酔薬みたいに作用し、今なお現代の観客も慰め続けています。しかし問題は、結婚が案外退屈な場合もあるということです。結局、この劇は結婚と離婚の問題に対して答えを出してはいません。イギリスの前首相が退任前に語った最後の言葉にもあったように、その判断は観客の皆様に委ねます。

ウィル・フェルトン(『夏の夜の夢』の舞台演出家)

 

 

シェイクスピアデヴィッド・ボウイ

 

先週末、池袋の東京芸術劇場において、イギリスを代表する名門大学<オックスフォード大学>の、演劇協会(OUDS)によるシェイクスピア作『夏の夜の夢』の来日公演を観劇した。シェイクスピア(1564年‐1616年)没後400周年にあたる特別な年に、デヴィッド・ボウイ(1947年‐2016年)は★になったが、イギリスでは『夏の夜の夢』は国民的な劇だと見なされているようだ。

 

夏の夜の夢』は、アテネとアテネ近郊の森を舞台に、結婚をテーマにした喜劇なのだが、デヴィッド・ボウイは「結婚」と「離婚」を経験したロックスターであると同時に、私見だが、彼はシェイクスピアを意識し、多様に変化しながらも、その中で、結婚というテーマにも取り組んだ数少ないアーティストのひとりだと捉えている。それは、前妻アンジーと離婚し、イマンと再婚後、1993年にリリースしたアルバム『BLACK TIE WHITE NOISE』を指しており、本作ではふたたび、大ヒットアルバム『レッツ・ダンス』のプロデューサー<ナイル・ロジャース>を起用し、UKチャートで1位を獲得したのだ。93年当時は、シアトル発のグランジ・ファッションが世界的に流行し、英国ではブラーに代表されるようなブリット・ポップが一世を風靡した時代だった。もうかれこれ23年前の話だけれど。

 

アルバム『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』は、“The Wedding”というインストゥルメンタル曲で幕を開け、ラスト(12曲目)は“The Wedding Song”というそのままタイトル通り、新妻イマンのために書き下ろしたラヴソングで幕を閉じるのだ。正確に言えば、“Jump They Say”という、ボウイの義父兄の死を歌った曲も収録されているため、完璧なウェディング・アルバムという分類はできないはずだ。当時のインタヴューで、ボウイは「今は、人生の次のステップへの順応期間だと思ってる。というか、順応に成功したんだと僕は思いたい」と答えている。ボウイ夫妻が、ニューヨークのセントラルパークを眼下に見下ろす、超高級ホテルのペントハウスに住んでいた頃の話だ。

 

そして今回の観劇で、俺の五感を強烈に刺激したのは、劇中、OUDSの学生たちが生歌を何曲も披露してくれたのだが、ブラーの曲も歌ったことはさておき、デヴィッド・ボウイの“Let’s Dance”を歌ったことで、何でもない週末の夜を、俺にとっての「特別な(夏の)夜」に変えたことも付け加えておきたい。

 

とはいえ、もし俺が同劇の演出家であれば、“Let’s Dance”以外でもう1曲、アルバム『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』から“Miracle Goodnight”を選んだと思う。正に、シェイクスピアの喜劇『夏の夜の夢』を形容するにふさわしい内容の曲であり、刺激的で奇跡の夜を演出するそれだろうか。

 

他にもアイデアは次々と浮かんでくるが、今年★になったデヴィッド・ボウイを偲び、インストゥルメンタル曲“The Wedding”(今改めて聴き返すと、凄くイイ! ウェディング・アルバムだと先述したが、カッコいいアルバムなのだ。とりわけ、オススメはしないが、力強く、自信に溢れたアルバムなのは確かだ)で、同喜劇の幕を開けるのも粋な演出だったかもしれない。同アルバム2曲目の“You’ve Been Around ”の歌詞の中には、1971年にリリースした名曲“Changes”のフレーズ<Ch-ch-ch-ch-changed>が組み込まれ、トランペットの音色とともに印象的な曲に仕上がっている。ブログ冒頭で引用したウィル・フェルトン曰く「多様に変化する官能的な浮かれ騒ぎと、結婚という契約による統一と秩序を上手く絡み合わせるという難しい課題から始まる」のであれば、尚更だ。なお、同舞台に登場するのが、他でもない森の魔法を使う妖精たちだ。シェイクスピアの作品には、他にもいくつも妖精は登場している(例えば、『まちがいつづき』『ウィンザーの陽気な女房たち』)ことは、一般的にはあまり知られていないそれかもしれない。

 

結論、交錯することはないであろう、想像力豊かな、天才作家<シェイクスピア>と、天才音楽家<デヴィッド・ボウイ>が、400年もの時空を超えて、コラボレーションした、そんな錯覚を覚えた「夏の夜の夢」のような素敵な体験だった。なぜなら、舞台上の、妖精が、恋する若い男女2組が、すべての登場人物たちが、楽しそうに、飛び跳ね(“They Say Jump”)、踊り(“Let’s Dance”)、そして最後はハッピーエンディング(夢のように儚い一瞬の出来事)の、奇跡を起こした素敵な夜(“Miracle Goodnight”)になったのだから。

 

夏の夜の夢

 

本題に入るが、シェイクスピアの有名な喜劇『夏の夜の夢』(初版/1600年)のあらすじについては書かないが、原題は“A Midsummer Night's Dream”であり、それは「キリスト教の聖ヨハネ祭」の6月24日(夏至祭)を指すが、舞台の設定は、実は「5月祭前夜」の4月30日なのだ。したがって、シェイクスピアの同喜劇の意味するところは、夏祭り特有の羽目の外しにも似た「聖なる狂気」=「ミッドサマー・マッドネス」とでも形容できると思われ、劇中、妖精が登場するアテネ近郊の森の舞台では、月明かりの下で、ドレス(今回の劇では黒いドレス)を着て、若い女性が躍るわけだが、ラナ・デル・レイの名曲“Summertime Sadness”(切ない曲)の歌詞には、赤いドレスを着て、月明かりの下で踊るようなことが書かれている一方、デヴィッド・ボウイの名曲“Let’s Dance”では、赤いシューズを履いて、月明かりの下で踊るのだ。

 

そして今回、劇中で最も聞きたかったシェイクスピアの名言(ヘレナの台詞)は、「恋は目ではなく心で見るから、あの翼をもったキューピッドは盲(めしい)の姿で描かれているのね」に他ならない。リズム(韻律)とライム(押韻)。

 

Love looks not with the eyes but with the mind,

And therefore is wing’d Cupid painted blind.

 

ヘレナ役を演じたOUDSの女学生ヘロイーズ・ローウェンタールちゃんの配役(美女とは言えないポッチャリ系)は見事だったし、

 

ハーミヤ役を演じたクレミ・コレットちゃんは小柄で美人だったし、

 

タイターニア役を演じたエマ・ヒューイットちゃんは長身で細身だったゆえ、SF映画『スピーシーズ 種の起源』(1995年・米)に出演したモデル出身の美人女優<ナターシャ・ヘンストリッジ>を彷彿とさせた。彼女が森で眠っていた時間は、劇中とても長かったけれど・・・。

 

とりわけ、私的に記憶に残った女学生は、2役(蛾の羽/ヒポリタ)を演じたミーシャ・ピニントンちゃんであり、彼女の笑顔は無敵に素敵だった。俺のタイプではないが、記憶に残るOUDSのひとりとなったのは確かだろう。

 

1885年に創設されたオックスフォード大学演劇協会(Oxford University Dramatic Society)の出身者には、ヒュー・グラントをはじめ、ローワン・アトキンソンフェリシティ・ジョーンズ等々がいるが、近い将来、先述した彼女達がハリウッドで活躍することを期待したい。

 

ところで今回、気になったことをいくつか挙げるならば、チケット代金が2500円という低価格帯ゆえ、学生の夏休み期間も重なったからだろうか、観客は、中学生や高校生と思われる女学生が多くを占め、10名ほどのグループと思われる男女の大学生の姿も少なくなく、60代以上と思われる男女の世代も見かけたとはいえ、女性2人組や女性ひとり客が過半数を占めていたように思われる。俺の近くにいた中学生か高校生と思われる女の子たちは、15分休憩の際「英語はわからないけど、面白いよね。私、もっと近くで見たい」と連呼していたが、俺も前の席だったとはいえ、前列だと、日本語字幕が舞台の上のほうなので、字幕を見ながら、役者に目を向けることは不可能だ。したがって、字幕を見る人はなるべく後ろの席を予約したほうが賢明だろう。俺が足を運んだ回は満席だったが、これほどまでにシェイクスピア劇が人気だったのを今回初めて知ることになった。

 

残念なことは、低予算の舞台だからだろうか、衣装も使い古した感は否めず、数メートルの至近距離で観劇していたため、衣装の傷みが見てとれた。また、森に舞台を移した際、月明かりなどの舞台演出があれば、劇そのものがもっともっと素敵なそれに変わったはずだ。

 

シェイクスピア・ハンドブックには、『夏の夜の夢』について次のように説明されている。

 

作品の最後に置かれた、パックの締め口上は、役者を「影」、作品を「夢」となぞらえる。恋の狂気で見たものは夢のようなもの、芝居は夢のようなものと、「夢」を主題とするシェイクスピアは、恋の滑稽さや芝居を称揚していると同時に、それらを成り立たせるのに欠かせない人間の「想像力」をまたこよなく賛美していると言えるであろう。

 

Have a wonderful night!

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二組の夫婦についての脚本を書きたいとずっと思ってたんだ。僕は夫婦の間で生じる様々なエネルギーや浮き沈みに興味があるんだ。例えば、夫婦二人だけでいる時と、夫婦が誰かと会う時とは、違う面を見せるんじゃないかな? それは当然だよね。誰と会うかにはよるけれど。そういうことを映画の中で掘り下げたかったんだ。僕自身がもはや“この部屋で一番若くはない”という年代に達してしまったから、そういう僕が二つの異なる世代のカップルを描くには今がちょうど良い時期だと思っていた。どの世代だって、時代遅れの人間になることへの恐れと闘っている。僕たちは誰もが皆、若者を見て「僕たちはもっとうまくやった」とか、逆に「へえ! 僕たちより随分うまくやるんだな」と感じる、人生のある地点に来るものなんだ。



ただ、この作品のトーンはこれまでとちょっと違っている。僕の子供の頃にあった古典的な大人向けコメディをやってみたかったんだ。ジェームズ・L・ブルックスマイク・ニコルズシドニー・ポラックウディ・アレンといった監督たちが80年代に撮ったような、洗練されたコメディの王道のような作品をね。



ジョシュ(ベン・スティラー)とコーネリア(ナオミ・ワッツ)は、ジェイミー(アダム・ドライバー)、ダービー(アマンダ・セイフライド)と一緒にいることによって、自分たちの若い頃の気持ちを思い出すようになる。彼らの人生はすでに、決まりきった日常と化してしまった。けれどもジェイミーとダービーの今の人生は、アートの世界を生きているようなものだ。いつも動きがある。常に何かをしていて、常に何かを作り出している。限界のないことに挑戦したいという抑えきれない気持ちが彼らを突き動かしているんだ。ジョシュとコーネリアには、表立ってこれといった問題はない。お互いがお互いの心の中に占める割合が同じで、それが幸せだと感じている。でも、彼らには何か刺激が必要なんだ。彼らは何かを探し求めているけど、それが何なのかはっきりとはわからない。それで二人はジェイミーとダービーに引き寄せられるんだ。

ノア・バームバック(映画『ヤング・アダルト・ニューヨーク』監督)



デヴィッド・ボウイ>の楽曲を使用し続ける一方、

一流にはなれない不思議な監督<ノア・バームバック





ニューヨークのブルックリン
で1969年に生まれた脚本家兼映画監督<ノア・バームバック>の名を俺が初めて知ったのは、ウェス・アンダーソン監督作『ライフ・アクアティック』(2004年・米)であり、バームバックは同作品で脚本を担当したのだ。それは、ビル・マーレイをはじめ、ケイト・ブランシェット、ウィレム・デフォー等々、有名なハリウッドスターが多数共演した海洋冒険もののコメディ作品だった。



本日、リオ五輪の開会式が行われたばかりだが、『ライフ・アクアティック』の劇中では終始、デヴィッド・ボウイの名曲をカヴァーした、ブラジルを代表する歌手<セウ・ジョルジ>の曲が使用されたが、私的には音楽だけがとりわけ印象に残っており、それらの楽曲が、同作品に洗練を加味していたのは確かだろう。



カヴァーされたボウイの原曲は、1967年のデビューアルバム『デヴィッド・ボウイ』収録曲“When I Live My Dream、1969年にリリースされた2ndアルバム『スぺイス・オディティ』収録の同名タイトル曲“Space Oddity“”、1971年にリリースされた超傑作アルバム『ハンキー・ドリー』収録の・・・“Changes”、“Oh! You Pretty Things”、“Life on Mars?”、“Queen Bitchの4曲、1972年にリリースされた超傑作アルバム『ジギー・スターダスト』収録の・・・“Five Years”、“Starman”、“Lady Stardust”、“Ziggy Stardust”の4曲、そして1974年にリリースされたアルバム『ダイアモンドの犬』収録曲“Rebel Rebel”等々、11曲を数えるのだ。



要は、1970年生まれのセウ・ジョルジが、デヴィッド・ボウイの若かりし頃(20代)にリリースされたアルバム群から名曲ばかりをピックアップし、それらをカヴァーした楽曲が、映画『ライフ・アクアティック』の劇中で使われ、私的には、映画の内容よりも、楽曲のほうが記憶に残った、と。



同作品で脚本を担当したバームバックは、その後もウェス・アンダーソンとタッグを組み、彼はニューヨークを舞台にした映画『イカとクジラ』で監督デビューを果たし、第78回アカデミー賞(2005年)の脚本賞にノミネートされたが、同部門でオスカーを受賞したのは、俺のお気に入りの群像劇『クラッシュ』であり、監督兼脚本を務めたのは他でもない一流監督<ポール・ハギス>その人だった。付け加えるならば、同賞には、他にはウディ・アレン監督作『マッチポイント』がノミネートされていた。それゆえ、バームバックにとっては、ノミネートされた相手が、ハリウッドの大物揃いだったのが不運だったとも言えよう。

その後、バームバックが再びニューヨークを舞台にし、監督を務めた白黒映画『フランシス・ハ』(2012年・米)では、デヴィッド・ボウイの名曲“
Modern Love”(1983年)が、劇中でも、エンドクレジット曲としても使用された。



そして今回、ニューヨークのブルックリンを舞台にしたバームバック監督作『ヤング・アダルト・ニューヨーク(原題: While We're Young)』(2014年・米)では、デヴィッド・ボウイに多大に影響を受けたニューヨークを中心に活動するアーティスト<ジェームズ・マーフィー>(LCDサウンドシステム)が音楽を担当し、エンドクレジット曲として、デヴィッド・ボウイの名曲“Golden Years”(1976年)が使用されたのだ。同曲収録アルバムは、他でもない傑作アルバム『ステイション・トゥ・ステイション』だ。



私見だが、ノア・バームバックは、一流とはお世辞にも形容できない二流の映画監督兼脚本家だと捉えているが、『フランシス・ハ』では、非モテの変わった性格の女性(ダンサーを夢見る実習生)を主人公に据えたが、彼は非モテ系や退屈で平凡な人々を登場人物に据える物語を描くのが好きなのかもしれない。デヴィッド・ボウイの楽曲を除けば、彼の作品群の中で俺の興味を惹く材料が、残念だが何一つ見つからないのだ。映画のディテールを含めても、ね。劇中の台詞の中に、「長靴をはいた猫」(私的には渋澤龍彦訳がオススメ!)だとか、プルーストの名前が登場したのは記憶に残っているが、ブログ冒頭で彼の言葉を引用したが、ウディ・アレンの名前は口にしないほうが賢明だろう。そう、シャンパンではなく、ポーランド発のプレミアムウォッカ<ベルヴェデール>も劇中登場した。あの場面で、ウォッカボトルの選択は、私的には考えられない、しかも女性のフランシスによるオーダーだ。酔いたい気分だったのか(笑)。



ヤング・アダルト・ニューヨーク




先週末、日本公開を楽しみにしていたノア・バームバック監督作『ヤング・アダルト・ニューヨーク』を、日比谷のTOHOシネマズ・みゆき座で劇場鑑賞し、その日は久々に帝国ホテルでディナーをいただいた。



先述したように、今作もニューヨークを舞台にした作品なのだが、『フランシス・ハ』と異なるのは、今回は独身の男女の日常ではなく、既婚の男女2組を主人公に据えたのが特徴であり、ウディ・アレン監督作品のような洗練であるとか、知性は感じられず、平凡な脚本に嫌気が差したが、同作品もまた相変わらずのインディーズな雰囲気を醸し出した、或る意味、日本人には分かりにくい内容の物語だった。



とはいえ、彼が監督を務めた前作までとの大きな違いは、ベン・スティラーナオミ・ワッツアマンダ・セイフライド、そして『フランシス・ハ』に続いて今作にも出演したアダム・ドライバー等など、日本でも知名度が高いハリウッドスターを起用していた点だ。そう、ベン・スティラー主演作『LIFE!/ライフ』(2013年・米)では、劇中、デヴィッド・ボウイの名曲“Space Oddity”が使用された。

ヤング・アダルト・ニューヨーク』の特筆すべき点は見つからず、感想もとりわけないのだが、劇場用パンフレットに引用されていたジョシュ(ベン・スティラー)が妻コーネリア(ナオミ・ワッツ)に対して口にした台詞「初めてやめられたよ。“大人になりきれない子供”を。もう毎日が充実なんて無理だ。悲しいけど、でも僕には君がいる」が、この映画を一番うまく表現しているように思えた。


ニューヨークに25年以上、毎年足を運んでいる俺にとって、劇中に登場する街並みがどこなのかすべては分からないが、ベン・スティラーがブルックリンからリンカーンセンターまで向かう設定は無理があったように思う。日本人でそういうディテールにまで気付く人はまずいないだろうが、映画の場面場面を観ながら、とても知的とは言えない登場人物たちの会話に退屈を覚えながら、デヴィッド・ボウイの原曲がいつ流れるのかと期待したが、エンドクレジット曲として流れてきた瞬間、リドリー・スコット監督作『オデッセイ』を劇場鑑賞したとき同様、ボウイが今年★になったとはいえ、毎年のように何かしらの映画の中で、彼の歌声を聴けると確信したのは、世界中で俺だけではないはずだ。



デヴィッド・ボウイという偉大な天才アーティストが、ラフ・シモンズやエディ・スリマンなどのファッション・ピープルに限らず、映画人たちの間でもとても愛されているのを改めて知り、彼のクリエイティヴな精神が、若い世代のアーティストたちに確実に受け継がれている、と感激した。



したがって、ノア・バームバック監督には、今後も映画の中で、デヴィッド・ボウイの楽曲を使用することをぜひとも期待したい。とはいえ、非モテとか、変人とか、平凡な人々の日常を描くのではなく、モテとか、天才とか、ビジネスエリートとか、俺が興味を持つような登場人物を主人公に据えて、脚本を書いてほしいものだ。ウディ・アレンのような“閃き”や“意外性”、そして“遊び”を織り交ぜ、ウィットに富んだ洗練された会話劇を観てみたいものだが、いっそ、近年のアレン作品に見られるような“ファンタジー”要素を作品に取り込めるような余裕がでてくれば、ブログ冒頭で引用した彼の言葉のように「洗練されたコメディの王道のような作品」がいつの日か完成するかもしれない。



若さとは、長くは続かぬものだ。

―ウィリアム・シェイクスピア



Have a nice weekend! 

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私の時代のほうがよかった」という年寄りみたいなことを言いたくないけど、でもデジタル化がすべてを変えたことは確か。以前はいくつもの小さなスタッフチームに取り囲まれ、みんなの視線が注がれていた。私は自分の仕事を愛してる。仕事の仕方を知っている。でも私は自分がモデルでありさえすればいいと思ったことはなかった。物語を語ることに興味があるの。カメラとか好きな人たちとか私のスキンケア製品(この場合はどうしたらエレガントに年齢を重ねられるかというのが物語になる)とか、料理のレシピとか、何でもいい。語るべきストーリーや、コミュニケーションの手掛かりでありさえすれば。



ヨガジョギングの考え方は好きだけど、自分に一番合ってるのはラドゥの古いテクニック。ラドゥというのは一緒にビデオを制作したコーチなの。でも今は、心拍数を上げるエクササイズやHITT(高強度インターバルトレーニング)も取り入れてリズムを上げている。週末には丘陵を歩いたり自転車にも乗ったりするわ。出掛ける前にはいつも自家製のスムージーを用意する。ほうれん草、アーモンド、バナナ半分、プロテインパウダー、ローカカオ、フレッシュミントを入れて。全体的にかなりヘルシーな食生活パスタは控えて、プロテインと野菜に集中する。



私が娘にしてほしいことは、いろいろ試すということ。今年の初めに髪をカットしたのも、フォーマット化されたキャリアに押し込められっぱなしは嫌だから。過去に生きたくない。私の興味の中心は、今という時だから。

シンディ・クロフォード

~『VOGUE JAPAN』9月号のインタヴューより



夏のはじまりジャズ



今週28日(木)、東京は平年よりも7日遅く、昨年よりも18日遅い梅雨明けが気象庁より発表され、本格的な夏がようやくはじまった。今週は、ロバート・グラスパー(現代の最先端ジャズ)が25日(月)から3日間、マリーナ・ショウ(古き良き時代のジャズ)が28日(木)から3日間、東京ミッドタウン内のビルボードライヴ東京でそれぞれライヴを行い、俺は全6日間すべての公演に足を運びたかったというのが本音なのだが、前者に2夜連続、後者に1夜、計3公演を鑑賞し、俺の夏ははじまった。なお、同公演の感想に関しては、後日感想を綴る予定だ。正に、ジャズ界の新旧による世代交代ともいえるそれだったが、アメリカを代表する「38歳の天才ジャズピアニスト(兼プロデューサー)」と「73歳の女性ジャズシンガー(今回がラスト公演)」のライヴに魅了され、素敵な真夏の夜となった。



VOGUE JAPAN 9月号





先日、ツイッター上でジャズと同誌に関して、いくつか感想をツイートしたが、ヴォーグ最新号の特集は「
ROLE MODELS 素敵な人にはお手本がいた。ロールモデル136人が登場」であり、私的にとりわけ興味深かったインタヴューが、シャーリーズ・セロン(1975年生まれ・現40歳)とシンディ・クロフォード(1966年生まれ・50歳)のそれだ。言うまでもなく、俺のロールモデル!?は他でもない<デヴィッド・ボウイ>その人だ。



ハリウッドを代表するオスカー女優<シャーリーズ・セロン>のインタヴューは、19歳の無一文に近い頃のエピソードから、オスカーを受賞し、出演作品を選べるまでに成長した40歳の現在(今)に至るまでのそれを、出演作品の話題を中心に構成されており、驚くような内容のそれではなかったが、私的に目に留まった一節を一部抜粋して紹介したい。



映画『スノーホワイト』で、シャーリーズ演じるラヴェンナは、今の夫である王とベッドをともにし、甘い声でこうささやく。「男は女を利用するわ。私たち女に価値がなくなったら、男はまるで犬にくれてやる残飯のように女を捨てる。いつまでも若く美しくいられれば、世界はその女のものよ」と。そしてこのセリフとともに、王は死に至る。おとぎ話と言うよりは、ハリウッドへの痛烈な批判ともとれるこの作品のなかで、ラヴェンナは年上の女性から男性を略奪しながら、自分の「賞味期限」もいずれ切れてしまうのではないかと恐れている。



実際、この作品の撮影中には、モデルの妻を持つ監督が、妻より12歳年下で主役のスノーホワイトを演じたクリステン・スチュワートと不倫関係に陥るというスキャンダルも起きている。これも自分の経験に基づいて演じる、メソッド式演技の究極の姿だろうか。いかにもありがちな話ではある。こうした騒動から4年を経て、私たちは再びこのテーマを取り上げることになった。「私たちが今住んでいるこの社会では、年齢とともに女性は衰えるけれど、男性は上質なワインのように深みを増すと考えられているわ」と、シャーリーズは内容にふさわしく、実に優雅な口調で語る。



そして長い間、当の女性もこうした考えを容認してきた。私たちは社会が変わるのを待っていたけれど、今は私たちが主導権を握っている。男性よりも女性のほうが、年齢に伴う心配が少ないなんて言ったらウソになるわ。肉体的な変化よ。見た目の魅力もそう。いつまでも若々しく、恋をする気力を持ち続けられるわけじゃないの。特に映画の中で演じる役では。現実を見て。顔の整形に熱心なのは女性ばかり。40歳を超えた女性の理想的なルックスについて、非現実的な基準がまかり通ってるのを痛感させられるわ



非現実的な美しさを兼ね備えたディオールウーマン<シャーリーズ・セロン>が、映画『スノーホワイト』及び続編で、ラヴェンナを演じたのは、私的にはとても興味深く、面白い選択だったと思うし、彼女が俺同様、40代となり、来月7日には41歳の誕生日を迎えるわけだが、先述したインタヴュー記事にあるように、彼女が年齢について触れ、肉体の変化を語るそれは、俺にオスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』を思い起こさせたのだ。「輝ける青春」と形容されるほどの、ひときわ目立つ美貌の青年ドリアンに対して、バジルは「もしドリアンがいつまでも今のままでいて、代わりに肖像画のほうが年をとり、萎びてゆくのだったら、どんなにすばらしいだろう」と。したがって、それはスノーホワイトの物語同様、似たようなテーマだとも言えよう。



今月から使い始めたコスメ<ロクシタン・セドラ





2016年も上半期が終わり、下半期に入り、7月も早いもので、本日最終日を迎えたが、今月からスポーツジムで使用するコスメを新たに、気まぐれに、フランスの自然派化粧品「ロクシタン」に替えた。その選択に特に理由はないのだが、同ブランドの「セドラ」シリーズの香りが、10数年前に使っていたドルチェ&ガッバーナのシャワージェル「シシリー」のそれに似ていたからだ。そして1か月使用した結果、高級化粧品に比べ、値段はとてもリーズナブルな一方、フェースジェル(保湿ジェル/税込4104円)はベタつくこともなく、使用感がとても良かったため、追加で今年の残り5か月分となる5個を新たに購入した。



ところで、2012年10月14日()付ブログ“Radiance becomes you. ”(テーマ: ビューティー)では、外資系高級化粧品について触れ、「外資系ブランドは、大きくは『ロレアル』グループ、『エスティローダー』グループ、『LVMH』グループの3つの企業グループと、独立系の化粧品ブランドの『クラランス』、『シスレー』、『ラ・プレーリー』、そしてオートクチュール系のブランドである『シャネル』に分かれると、図解で紹介されている。百貨店に日常的に足を運ぶような感度の高い、こだわりのある女性であれば、周知のはずだ」と綴った。



そして2014年2月17日()付ブログ“What is brand image? ”(テーマ: ビューティ)では、化粧品業界の栄枯盛衰、俺自身の「移り気な化粧品熱!?」、愛用している高級ヘアケア製品について綴った。付け加えるならば、俺自身、<ゼロ年代以降、最もよく使ったスキンケア・ブランドは、クラランスメンにはじまり、ランコムメン、そしてドゥ・ラ・メール、ジョルジオ・アルマーニの「クレマネラ」と「スキンミネラルズ・フォーメン」(2009年~)だろうか>とも記した。



したがって、スポーツジム用のために購入した化粧品だとはいえ、今回の(高級路線とは異なる)「ロクシタン」という選択は、俺の単なる気まぐれに違いないが、さらにまとめ買いするなんてことはとても珍しいケースだとも言えよう。プラダのレザーポーチに、同ブランドのセドラシリーズの「フェースクレンザー(税込3024円)」「フェースジェル(税込4104円)」「ヘアウォッシュ(税込3024円)」「ソープ(化粧石鹸/税込756円)」「ハンドクリーム(税込1512円)」と、長年愛用しているヴェレダの「オーガニック ヘアトニック」(税込2160円)を入れ、スポーツジムに毎日通っている、日課だけれど。



写真に写っているのは愛用している化粧品のごくごく一部にすぎないが、ザ・ボディ・ショップの「ペパーミント リヴァイヴィング レッグジェル(足用ジェルローション/税込1944円)」をマッサージ用に、就寝前には(俺の学生時代から愛用している)ザ・定番のエスティ・ローダーの「アドバンス ナイト リペア」(100ml/海外で毎年購入)を使用している。そして、5年ほど前から服用しているのが、エスエス製薬の「ハイチオールCプラス」(1か月分180錠/税込4536円)で、肌の代謝(ターンオーバー)を助けるアミノ酸L-システインが配合されている。



ロクシタン以外に、今月新たに購入したのが、ヴォーグ最新号で紹介されていたクリニークの「毛穴ケア製品で、今月発売されたばかりの新製品「シティ ブロック ピュリファイング マスク  スクラブ」(税込3780円)だ。まだ1度しか使用していないが、使用感は悪くない。乾いた肌に、目のまわりを避け、顔全体に伸ばすのだが、マスクの色が淡いブルーに変化するまでの約5分間、映画『アバター』の登場人物のように、青い顔になるのでその時間だけが間抜けだ。



そう、毎日のスポーツジム以外では、月に3回(10日に1回)のペースで、エステ(主にフェイス)に通ってもう5年ほどが経過したが、ヘッドスパには2週間に1回のペースで通い、もう15年ほどになるだろうか。継続は力なり!

ブログ冒頭、元祖スーパーモデル<シンディ・クロフォード>のインタヴューを一部引用したが、スーパーモデルで美人の彼女が、人並み以上に健康に気を配り、トレーニングや化粧品にも気を遣い、日々努力しているのだから、年齢の話ではなく、フツウの人が彼女に美しさで勝てないのは至極当然であり、美は1日にしてならず、とも言えよう。


女たちは服を、男を、人生を変えたがる。彼女たちは間違っている。わたしは幸福に賛成である。幸福とは、変えることではない。

―ココ・シャネル




もう貴女は20歳じゃないんだからと繰り返し言われて、愉快だと思う?

―ココ・シャネル




人にきれいだって言われることなんて、ほとんどなかったけど、そんなこと知ったことじゃないわ。どうでもいいの。生まれるのが20年早すぎたと思ってるから。

―ココ・シャネル



Have a wonderful night! 

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この40年を振り返ってみると、フォーシーズンズの頑丈な基盤の形成には、中心となる4つの戦略的な意志決定があったことがはっきりと見えます。これが現在、私達のビジネス・モデルの4つの柱として知られるものです。それは、クオリティ、サーヴィス、カルチャー、ブランドなのです。



面白いことに、4つのうち最後の柱が建ったのはもう1986年のことになります。時折こう訊かれます。「それ以来、何も新しいことを考えていないのですか?」 私はこう答えます。毎年新しい目標は掲げるが、4つの柱に匹敵するほど根本的に重要なものは他にないと。フォーシーズンズの主眼は、中心となるこの4つの柱を常に磨き、補強していくことなのです。



例えば、雷に打たれたように「ひらめいた!」と叫び、1日にしてすべての柱を建てたのとは違います。この柱は25年をかけて発展したものであり、それぞれの柱が直前の柱を支える格好になっています。そして長年の間に、フォーシーズンズが発案し、それが真似されて現在では業界の規範となったアイデアも数多くあります。けれども、うちのお客様が何よりも価値を認めてくださるアイデアだけは真似ることはできません。すなわち、一貫したクオリティを誇る卓越したサービスです。このサービスは企業文化に基づいており、文化は方針として上から指示できるものではないのです。長い歳月が流れる間に、会社で働く人々の行動を基本として、内側から生じるものに違いありません。



フォーシーズンズはかかわっている人々の―数えきれないほどたくさんのよい人々の和なのです。

イザドア・シャープ著『フォーシーズンズ 世界最高級ホテルチェーンをこうしてつくった』(2011年刊行)より



世界最高級ホテル<フォーシーズンズホテル



1931年にカナダのトロントで生まれた<イザドア・シャープ>(ポーランド系カナダ移民の子供)は、父が経営する建設会社でキャリアをスタートさせ、1960年(当時29歳)にフォーシーズンズを立ち上げ、1961年にトロントに超高級ホテル「フォーシーズンズホテル」第1号店を開業させた、<フォーシーズンズホテル>の創業者兼会長で、今年10月に85歳の誕生日を迎える。



シャープ氏が掲げる同ホテルのビジネス・モデルの4つの柱のひとつ「クオリティ(品質)」から、私的にイメージさせる上質のブランドは、他でもないイタリアが誇る超高級ファッションブランド<ジョルジオ・アルマーニ>なのだが、同ブランドの創業者(1975年設立)が、今月11日に82歳の誕生日を迎えたファッションデザイナー<ジョルジオ・アルマーニ>その人だ。Happy Birthday, Mr. Armani!



ところで、このブログを気まぐれに2004年頃からスタートさせ、今年で12年目を迎えたが、このブログに目を通している読者の方々は、俺にとっての特別なお気に入りが、「デヴィッド・ボウイ」(音楽)、「ジョルジオ・アルマーニ」(ファッション)、「シャンパン」(酒)、だというのはご存知のはずだ。そしてもうひとつ、それが「フォーシーズンズ」(ホテル)だ。



子供の頃から現在に至るまで、「デヴィッド・ボウイ」の音楽を聴いて育ち、彼のすべてに魅了され、多大に影響を受けてきたわけだが、大学時代から身に纏っているファッションが「アルマーニ」であり、大学時代から愛飲しているのが「シャンパン」であり、海外旅行時に宿泊するお気に入りのホテルが「フォーシーズンズ」なのだ、他には何もないくらいに、それらを心から愛しているのだ。昔も今も変わらずに。



そんな思い入れのある超高級ホテル<フォーシーズンズ>に、俺が初めて宿泊したのは、今から24年前の1992年(当時、俺は大学生)まで遡るが、それは日本経済のバブルが崩壊した翌年であり、アジア初となる「フォーシーズンズ」がここ東京で開業したアニヴァーサリーな年だったのだ。



藤田観光との20年のリース契約(1991年~2011年)により開業し、当時のホテル名は、「フォーシーズンズホテル椿山荘東京(現: ホテル椿山荘東京)」で、コンセプトは「アーバン・オアシス」だった。かつてミック・ジャガーも宿泊したその客室は、「ヨーロピアン・エレガンス」を基調にした上質で落ち着いたインテリアが特徴であり、内装設計のデザインを担当したのはカナダ人<フランク・ニコルソン>だった。



同ホテルのクラシックなデザインは正に俺好みだったが、それは俺のお気に入りの「フォーシーズンズ・ニューヨーク」(1993年開業)とは趣を異にし、ニューヨークのそれは「フォーシーズンズ丸の内東京」(2002年開業)同様、上質でモダンだ。それゆえ、それは「ジョルジオ・アルマーニの超高級ファッション」(時代を超えたエレガンスと、究極のモダニズムが宿っている)とも同義であり、ハイ・クオリティ(上質)だとも言えよう。



付け加えるならば、開業当時、フォーシーズンズホテル椿山荘のメインダイニングは、1926年にミラノで創業した高級イタリアン<ビーチェ>だった。その後、同店は移転し、移転後は高級イタリアン「イル・テアトロ」が開業した。両レストランには何度も足を運んだが、ニューヨークのビーチェは、90年代後半にスーパーモデルに遭遇し、とりわけ記憶に残っているレストランなのだ。そのひとりが、現在LA在住のシンディ・クロフォードその人であり、当時の彼女はフォーシーズンズ・ニューヨークもよく利用していた。そう、ニューヨーカー<ウディ・アレン>のお気に入りのイタリアンは、アッパー・イーストサイドの「Coco Pazzo ココ・パッツォ」(正確には、トスカーナ料理)だった、ね。



2つの新しいフォーシーズンホテル

フォーシーズンズ京都 >と<フォーシーズンズ大手町(仮称)>



東京をはじめ、世界各国の大都市(ニューヨーク、LA、サンフランシスコ、マイアミ、ロンドン、ミラノ、パリ、トロント、香港、シンガポール、バリ等々)に位置するフォーシーズンズホテルには宿泊したが、いよいよ今秋、京都に「フォーシーズンズ」が開業する。メインダイニングは、和食「 和魂(わこん)」(席数22)であり、南青山の「鮨 ます田」がプロデュースするようだ。同店主(増田励)は、世界一有名なミシュラン星の鮨屋「すきやばし次郎」で9年間修業を経た人物ゆえ、小野二郎チルドレンが京都で勝負する鮨屋だとも言えよう。



そしてもう1軒、2020年の東京五輪直前に、東京駅近くの大手町に「フォーシーズンズ」が開業するのだ。そう、大手町といえば、外資系超高級ホテル「アマン東京」が昨夏グランドオープンしたのは記憶に新しい一方、

三菱地所は、2027年度に高さ日本一となる390mの超高層複合ビルを含む4つの棟と7000㎡の大広場を開業すると発表した。なお、同プロジェクトで誘致されるホテルはまだ公表されていないが、「アルマーニホテル」や「ブルガリホテル」などの可能性も無きにしも非ずだが、立地の特性上、それはないように思われる。



とはいえ、徒歩圏ともいえる範囲内の、東京駅の南西側に「フォーシーズンズ丸の内東京」が、そして北東側に、皇居を眼下に見下ろす「フォーシーズンズ大手町(仮称)」が開業する時代なのだから、ビジネス街に「アルマーニホテル」が開業しても何ら違和感はないわけだが、外資系超高級ホテルが集中する東京駅界隈(千代田区及び中央区)の未来地図は、私的には大変興味深く、(2027年開業予定の)渋谷駅の再開発よりも大変面白いプロジェクトだとも言えよう



ひとつだけ言える確かなことは、渋谷には外資系超高級ホテルが現在ひとつも存在しない一方、東京駅界隈には、「フォーシーズンズ(2002年開業)」「マンダリンオリエンタル(2005年~)」「ペニンシュラ(2007年~)」「シャングリ・ラ(2009年~)」「アマン(2015年~)」等など、5つの外資系超高級ホテルを数えるのだ。付け加えるならば、同エリアには、国内組では、超高級ホテル「パレスホテル東京」と高級ホテル「帝国ホテル」が位置しており、高級旅館「星のや東京」が今週20日に大手町に開業したばかりだ。



NYの超高級レストラン<フォーシーズンズ・レストラン>が移転





過去、このブログでも何度か取り上げたように、ニューヨークの57丁目に位置する超高級ホテル<フォーシーズンズ>(1993年開業)と、52丁目に位置する超高級レストラン<フォーシーズンズ>(1959年開業)は全く関係のないものであり、いずれも俺のお気に入りとなって久しいそれなのだが、後者のレストランが移転、リニューアルオープンするのが決定したのは寂しい限りだ。なぜなら、ニューヨーカーに限らず、日本人の俺にとっても思い入れのある高級レストランのひとつだからだ。付け加えるならば、トム・ブラウンのお気に入りのそれなのだ。なお、詳細に関しては、ニューヨークタイムズ紙の7月8日付コラム“
Four Seasons, Lunch Spot for Manhattan’s Prime Movers, Moves On ”をどうぞ。


そう、今年は、アルマーニを着て、丸の内のフォーシーズンズホテル内レストラン<
MOTIF>をよく利用しているが、平日の午後5時~9時、土日祝日の午後3時~9時の間で実施しているシャンパンの「フリーフロー(飲み放題)」プランはオススメだ。先月はアヤラだったが、今月はアンリ・ジロー、8月はテタンジェ、9月はバロン・ド・ロスチャイルド、10月はビルカール・サルモンだ。参考までに、料金はお一人様7380円(シェフ特製のお料理付)で、「First class of the month」へのアップグレードではお一人様1万455円で、ともに税8%・サーヴィス料15%込みのそれだ。俺の場合、グラスシャンパンを10杯はいただくので、とってもお得感ありのプランだろうか。外国人スタッフを含め、ニューヨークのスタッフ同様、皆フレンドリーで、サーヴィス共にオススメのレストラン&バーなのだが、パノラマヴューの東京らしいその眺めと、洗練されたモダンで上質な空間はとてもファビュラスだ!




ところで、アルマーニウーマン<ジュリア・ロバーツ>の定宿は、他でもない世界各国のフォーシーズンズホテルなのだが、その選択は俺と同じだ。今夜は、ロバート・グラスパーのアルバムをBGMに、ルイナールのシャンパンをいただいたが、時計の針は今、7月24日(日)の23時半をゆっくりと回った。



Good night! 

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高校や大学を卒業して、人生の次のステージへと進む若者を描く映画をずっと撮りたかったんだ。セックス、ドラッグ、パーティーといったあらゆる誘惑の中、自分の進むべき道に迷い、大人への階段を登る途中にいる姿を。誰もが共感できる自分の体験を映画に盛り込んだ。僕たちはみんな、人生のサウンドトラックみたいなものを持っている。だから音楽界を舞台に、その特有の時期を描くことで力強い映画になると思った。すごくワクワクしたよ。



音楽は、感情的にも身体的にも、人をどこか別の場所へ連れて行くことができる。大好きな曲を聴くように、この映画が、どこか別のワクワクする場所へ、真実の場所へと観客を導けたらいいなと思う。コール(ザック・エフロン)たちと同じように、僕らは誰しもが、自分自身の真実を見つけ、自分自身の声に耳を傾け、自分の2本足で立ち、自分が選んだ未来と向き合いたいと願っているものだから。

―マックス・ジョセフ監督



ソフィー(エミリー・ラタコウスキー)は、すごく賢い女性よ。大抵の人が高校生活で味わう楽しいことをあまり経験していないの。スタンフォード大学に進んで、一生懸命勉強したけど、少し疲れてしまって休養が必要だった。そしてロサンゼルスに来て、ジェームズ(ウェス・ベントリー)と出会った。彼女は必死に、自分の進むべき道、自分の人生の目的を見つけようとしている。ソフィーとコールは、人生の同じような段階にいると思う。いろいろなタイプの人に囲まれて、さまざまな選択肢がある中で、自分のいるべき場所を探している。だからこそ、お互い繋がりを感じるの。

―エミリー・ラタコウスキー



俺のお気に入り<エミリー・ラタコウスキー





1991年英国生まれの女優兼モデル<エミリー・ラタコウスキー>ちゃん(25歳)を、ブログで初めて取り上げたのは3年前まで遡るが、彼女が端役で出演したデヴィッド・フィンチャー監督作『ゴーン・ガール』(2014年・米)では、ベン・アフレックの愛人役を演じたが、同作品に関しては、2014年12月16日
()付ブログ“All or Nothing ”(テーマ: 映画)の中で、詳細に綴った。



そして今年1月、来日を果たしたエミリーちゃんに関して、2月4日()付ブログ“Fa-fa-fa-fa-fashion ”(テーマ: デヴィッド・ボウイ)の中で取り上げ、彼女がデヴィッド・ボウイの顔がプリントされた衣装を身に纏ったツイートの写真と、京都を訪れたときのツイートの写真をそれぞれRTした。



ところで、俺のお気に入り女優は、長い間、他でもない<シャーリーズ・セロン>その人なのだが、彼女に関しては、このブログをスタートさせた12年程前から、何度も取り上げ、注目してきたので改めての説明は不要なのだろうが、ディオール・ウーマンの彼女は、来月7日に41歳の誕生日を迎える。90年代半ば、彼女が当時20歳だった頃から注目し、もうかれこれ20年もの時が流れ、当時20代だった俺も彼女と同じように齢を重ねたわけだが、その間に、彼女はオスカーを受賞し、現在(いま)では、ハリウッドを代表する女優のひとりとなり、最も輝いている、強くて、美しい女優だ。なお、映画『ゴーン・ガール』の作者<ギリアン・フリン>の小説「冥闇」を映画化させた作品『ダーク・プレイス』では、シャーリーは主役を務めており、公開後すぐに、俺は劇場まで足を運んだが、同作品の感想に関しては、後日気が向けば、取り上げるかもしれない。



そんなシャーリーとはタイプが異なるが、俺が近年注目し、俺のお気に入り女優のひとりとなったのが、映画『WE ARE YOUR FRIENDS』で、スターDJジェームズ(ウェス・ベントリー)の恋人ソフィー役を演じたエミリー・ラタコウスキーその人だ。シャーリーとの共通点を挙げるならば、お互いモデル出身の女優だということだろうか。

同作品で、スター
DJになることを夢見るコール役を演じたザック・エフロン君は、エミリーについて、次のように語っている。



エミリーはとても愛らしい人だったよ。おおらかさと自信を持った女性としてソフィーを演じたんだ。コールがソフィーに惹かれた点はそこだと思う。ソフィーの自分を持っているところ、その強さ。エミリー自身も彼女に似ているね。ソフィーにすっかり魅了されてしまったコールは、ジェームズの恋人だと知って、どうしたらいいかわからなくなってしまうんだ。

―ザック・エフロン



WE ARE YOUR FRIENDS  ウィー・アー・ユア・フレンズ



劇中、EDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)が鳴り響く青春映画『WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ』(2015年/米・仏・英)を六本木ヒルズで、先月末に劇場鑑賞した。

同作品の特筆すべき点はいくつかあるが、エミリー・ラタコウスキーが出演していること以外に、ブログ冒頭で引用したマックス・ジョセフ(今作が長編映画の監督デビュー)が、1982年生まれの34歳という若手監督だったこと、そしてエミリーの恋人役で、スター
DJジェームズを演じたのが、俺のお気に入り映画『アメリカン・ビューティー』(1999年・米)で、(ケヴィン・スペイシー演じる主人公の隣人の)不気味な変人役を演じていたウェス・ベントリー君(現在37歳・写真中央)だったことだ。それには少しばかり驚きを隠せなかったが、そう、あれから17年もの歳月が経過し、彼はすっかり洗練され、オトナの男に成長していたのだ。彼は『ラヴレース』や『ファインド・アウト』、『インターステラー』にも出演していたが、その記憶はほとんど残っていない。



映画のあらすじは、簡単に言えば、ロサンゼルスのサンフェルナンド・ヴァレー地区に住む、学歴もコネもない、社会の底辺に属する若者4人が、それぞれの夢を追いかけ、どん底から這い上がり、夢を実現させるシンプルな物語だ。そのひとりが、スターDJになることを夢見るコール役を演じたザック・エフロンであり、彼はあるパーティーに足を運んだ際、クラブの裏口で、スターDJジェームズに遭遇し、それを機に、彼の人生は好転していくのだが、ジェームズの魅力的な美しい恋人ソフィーにすっかり心奪われていく過程はよくあるそれだろうか。



映画の感想は、劇場鑑賞する前に、同作品のサントラを数回聴いた際、あまりピンとこなかったというのが本音なのだが、映像と共に流れるEDMの楽曲を劇場で耳にすると、すべての曲がそれぞれのシーンを盛り上げ、うまくアッサンブラージュ(組み立てられ)され、一体感を増し、俺自身、エンディングでは気分がとても高揚し、ワクワクした。そのエンディングでは、コールが大観衆の前で、自然音や日常の身近な音などをミックスさせたオリジナルの楽曲を披露し、見事に観客を魅了するのだが、それは音楽を通じて、人々に「幸せ」を届けた瞬間でもあり、その後、もうひとつの「幸せ」を不幸な境遇に見舞われたある家庭にも届けるのだが、私的には、その超ハッピーエンディングの流れはやりすぎだろ?とも思ったが、EDMは、人々を「幸せ」な気分にさせるそういう音楽であり、成功し、お金を得ることも大切である一方、監督が伝えたかったであろう「幸せの先に見えた」ものとはそういうことだったのだと思う。一見退屈そうな映画にも思えるが、私的にはオススメの作品だ!



2人のスーパースターDJ


デヴィッド・ゲッタ>と<カルヴィン・ハリス



劇場用パンフレットには、EDM界の2大巨頭として、デヴィッド・ゲッタカルヴィン・ハリスの名前が挙げられていたが、劇中、彼らの音楽は一切使用されていない。彼らに関しては、過去何度も取り上げたが、カルヴィン・ハリスに関しては、2014年12月29日()付ブログ“EMPORIO ARMANI for Calvin Harris ”(テーマ: 音楽)の中で、「カルヴィン・ハリスの奇跡」として詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。



なお、同作品のタイトルにもなっている“WE ARE YOUR FRIENDS”は、フレンチ・エレクトロ・デュオ<Justice(ジャスティス)>が2006年にリリースした曲であり、俺もあまり印象に残っていなかったそれなのだが、ハウスミュージック好きを除けば、当時ほぼ無名に近かった存在の2人だが、彼らが世界的に有名となったのは、翌2007年にリリースしたキラー・チューン“D.A.N.C.E.”(同曲は劇中使用されていない)に他ならない。2003年から活動している彼らだが、オリジナルアルバムはわずか2枚しかリリースしていないが、2007年リリースのデビュー作『†(クロス)』は、衝撃的ではないにせよ、とても興味深くて、面白いサウンドだった。フランス勢では、ダフト・パンクデヴィッド・ゲッタがとりわけ有名だけど、ね。



デヴィッド・ボウイ写真展



ところで先日、代官山のギャラリーで、マーカス・クリンコ撮影によるデヴィッド・ボウイの写真展に足を運んだが、ボウイが2002年にリリースしたアルバム『ヒーザン』のジャケット写真の衣装は「バーバリー」だが、同ギャラリーに展示された写真は大きくて(小さな写真もあり)、アルバムジャケットでは判別できない、そのディテールがよく分かり、映画同様、ファッション好きな俺にとって、とても興味深いそれだったが、その1枚1枚に引き込まれるように、凝視するほど魅了された。狼と一緒に写ったそれは、合成写真だとはいえ、とても美しい写真だった。参考までに、俺の記憶が間違っていなければ、展示されていた写真は、大きさにもよるが、1枚約50万円から約140万円で、一番小さなハガキサイズのものが2万円台だった。



そして何よりも印象に残ったのは、デヴィッド・ボウイのあのやさしい眼差しなのだが、彼が今年1月10日で★になったのが未だ信じられないくらい、その写真の中の彼は生き生きと輝いており、彼の音楽と出会った「1983年の記憶=“Let's Dance ”」が脳裏をよぎったのは俺だけではないはずだ。



最後になるが、デヴィッド・ボウイの親友で、72歳の<ミック・ジャガー>が、29歳の恋人との間に、8人目となる子供を儲けたようだ。そして彼は今月26日、73歳の誕生日を迎える。Congrats!




Have a nice weekend!


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日が沈む。一日の労苦に疲れた憐れな魂の裡に、大きな平和が作られる。そして今それらの思想は、黄昏時の、さだかならぬ仄かな色に染めなされる。かかる折しも、かの山の巓(いただき)から、薄暮の透明な霧を通して、私の家の露台まで高まってくる潮のような、吹き募る嵐のような、ほど遠い距離がもの悲しい諧調に作りかえる、雑多な叫びの入りまじった、大きな呻(うな)りが聞えてくる。



ああ黄昏、汝の如何に甘く優しきかな! 勝ち誇らんとする夜の威圧の下に、一日の縡(こと)きれる苦悩の如く、なお水平線に棚曳いている薔薇色の光、日没の最期(いまわ)の栄光の上に、濁った赤い汚点(しみ)をつくる諸々の燭火の火穂(ほのお)、東洋(ひんがし)の奥処より眼に見えぬ手の抽きいだす重い絨毯、それらは、生命の荘厳なる時刻に於て、人の心中に互に相剋する、すべての複雑した情緒を模倣している。

シャルル・ボードレール著『黄昏』(1855年発表の散文詩)より



歌姫<ラナ・デル・レイ>と小説<アメリカン・サイコ





1985年生まれの「エリザベス・ウールリッジ・グラント」こと「ラナ・デル・レイ」が、メジャーデビューとなる傑作アルバム『
Born to Die』を2012年(当時27歳)にリリースしてから、今年で4年目を数え、そして彼女は先月21日、31歳の誕生日を迎えた。
Congrats!



当時の衝撃は今でも鮮明に憶えているが、それは、(彼女の音楽とは趣を異にする)俺のお気に入りミュージシャンのひとりで、米西海岸発ハウスミュージックの雄<Kaskade(カスケイド)>の音楽を聴いて、心地よい高揚感を憶えたときのように、彼女の音楽は「ノスタルジア」と「黄昏感」を俺に強烈にアピールしたのだ。


 
ところで、(日本経済のバブルが崩壊した)1991年にアメリカで出版され、物議を呼んだブレット・イーストン・エリス(1964年生まれ・当時27歳)の問題小説『アメリカン・サイコ』(過去、何度もこのブログで取り上げている)の邦訳本がここ日本で出版されたのは、今から24年前の1992年まで遡るが、当時大学生だった俺は、小説のなかに時折登場する「ジョルジオ・アルマーニ」をはじめとした、数多くの有名ブランドの固有名詞の氾濫に快感を覚えながら、小説の舞台でもある「80年代のニューヨーク」を何度イメージしたことだろうか。



同小説の訳者あとがきから、以下一部抜粋して紹介したい。



80年代へのシンボルだという作者の言い分に付け加えて、ひとつ訳者の意見を述べるならば、『アメリカン・サイコ』は、アメリカが過去から引きずってきた精神の病をも表している。いわゆる「アメリカの夢」に基づく悲劇である。父親の財産のおかげで、はじめから社会の成功者であるのに、彼は精神だけは上昇目マニアである。競争するというビジネスエリートという自画像を持っていないと気が済まない。



彼が英雄として崇めるのは、不動産王ドナルド・トランプだ。アメリカの夢に駆られて人殺しを犯す話としては、ドライサーの『アメリカの悲劇』と通じていなくはない。そして、消費物資の豊かさで夢を煽る都会を、細かく描いている点でも、ドライサーの下流に位置している。だが、いまにしてみると、いかにドライサーの悲劇は「まじめ」なものだったことか。製造業を舞台として、下積みから上へ昇りたいがために、さんざん悩んで、邪魔になる一人の女を殺してしまったのがドライサーの若者である。80年代の若き殺人者は、金融業界で安楽に暮らしながら、その優位性を味わう遊戯として、次から次へ殺していく倒錯に落ちた。というわけで、『アメリカン・サイコ』はアメリカの現在と過去を語る、まさに「アメリカン」な作品であり、けっして看板倒れにはなっていない。

―小川高義



多くのアメリカ人による“バブル・アゲイン”の切望か。そして“Make America Great Again!”を連呼する不動産王<ドナルド・トランプ>は現在、すっかり「時の人」だが、『アメリカン・サイコ』の主人公<パトリック・ベイトマン>が尊敬している人物が、他でもないトランプその人なのだ。私見だと前置きしておくが、彼はタバコも酒もドラッグも一切やらない仕事人間であり、ビジネスエリートのトランプは、アメリカのどのセレブリティよりもクリーンな人物なのかもしれない。そして、彼の派手なパフォーマンスはともかく、彼の思想はとってもアメリカ的だろう。俺自身、好きか嫌いかで選ぶならば、彼は好きなタイプの人物だ、それに特に意味はないので、あしからず。俺の基本的な考え方は、日本も含め、政治家は金持ちがやったほうがよいと思っている。ブルームバーグ前NY市長(資産約2兆円)がよい手本であり、彼の市長時代にいただいていた年収はわずか1ドルだった。例えば、政務活動費を騙し取った兵庫県議会元議員の野々村氏など、日本人の恥だ。



話が逸れてきたが、ラナ・デル・レイは、かつてインタヴューで「アメリカン・ドリームと『アメリカン・サイコ』が、だんだん同じものを意味し始めてるってこと」と答えている。また、ロックバンド<ニルヴァーナ>でアメリカン・ドリームを実現し、名声を得た後、自殺した同バンドのフロントマン<カート・コバーン>について、(ラナ・デル・レイが11歳当時)「これまで見たなかで最も美しい人だと思った。まだ小さかったんだけど、それでもカートの表現する悲しみにすごく共感した」と。



先述した同アルバムのライナーノーツ(2012年)に、的を射た部分があったので、以下一部抜粋して紹介したい。

 
わたしたちは、カート・コバーンというアーティストが、まさにアメリカという巨大な欲望の怪物に敗れたミュージシャンだったことを知っている。名声を強い、強くあることを強い、勝利することを強いるアメリカという国で、「ここは自分には生きにくい」と歌ったことを知っている。それと同じように、ラナ・デル・レイは、だから「踊らず」に、さらに消え入りそうなほど「かぼそい」声で歌うのである。それは、ラナ・デル・レイにとって、アメリカ、つまり、世界そのものがそのような虚ろな欲望に犯されたものであり、よって、世界はすでに滅んでいるものだからであり、したがって、世界はすでにどうしようもなく哀しいからである。「わたしたちは死ぬために生まれた=ボーン・トゥ・ダイ」とはそういうことだと思うのである。



映画<Mommy/マミー>のエンドクレジット曲




今月に入ってから、帰宅後、自宅
BGMは、ロバート・グラスパーマリーナ・ショウのアルバムをヘヴィローテーションしている。ジャズをBGMに、年中、夜の時間帯にはシャンパンをバカラのグラスで愛飲しているとはいえ、先月からふたたび「ジン・トニック」を飲みたい気分に駆られたのだ。



何瓶空けたかまでは覚えていないが、俺のお気に入りの英国産高級ジン「Tanqueray No.TEN(タンカレー ナンバーテン)」を、「フィーバーツリー トニックウォーター」で割ったそれにライムを加え、アルマーニの大きめのグラス(350ml)で愛飲している。同ジン以外では、映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の劇中にも登場する高級ジン「HENDRICK’S(ヘンドリックス)」を、同じく「フィーバーツリー トニックウォーター」で割ったそれも愛飲しているが、タリスカー同様にオススメのそれだ。



シャンパン以外で、ジン・トニックの気分でない夜は、俺のお気に入りのシングルモルト・スコッチウイスキー「TALISKER(タリスカー)」の18年モノを、バカラ・マッセナのロックグラスに注ぎ、英国のミネラル・ウォーター「HILDON(ヒルドン)」(スティル・無発砲)で割っている。今月は、国産ウィスキー「白州」の25年モノを初めて購入したが、ロック(ストレート)以外の飲み方では、サントリーのミネラル・ウォーター「南アルプスの天然水」で割り、鰻をはじめ、チーズや生ハムをつまみとして合わせている。



先月も今月もまた、ジン・トニックな夜を続けていたのだが、先日、かつて劇場鑑賞した、カナダの鬼才<グザヴィエ・ドラン>監督の作品『Mommy/マミー』(2014年・カナダ)のブルーレイを購入し、ソニーの4K大画面TVで再見したのだが、この若手監督の凄さは認めるが、同作品の物語のテーマはとても重く、俺の趣味でないのは確かなのだが、今回ブルーレイを購入した理由は、エンドクレジット曲として流れるラナ・デル・レイの“Born to Die”を、切なすぎる内容の同作品の映像と共に聴きたかったから、ただそれだけ。付け加えるならば、劇中で、他には、オアシスの“Wonderwall”が使用されている。



学生時代から高級オーディオマニアの俺は現在、自宅では、TVをはじめとした機器を、すべてコンヴァーターに接続し、経由させているため、PCオーディオの音楽鑑賞も含め、CD以上の高音質であるハイレゾ音源で聴けるように設定している。また、超高級ヘッドフォンは10数種類所有しており、ドイツ<SENNHEISER(ゼンハイザー)>社の「HD800」をはじめ、ソニーの「MDR-Z7」などを日常的に使用しているが、先月新たに購入したオーストリア<AKG(アカゲー)>の「Q701」(クインシー・ジョーンズとのコラボモデル)を今月はよく使用している。



映画<華麗なるギャツビー>の劇中使用曲




 
レオナルド・ディカプリオ主演作『華麗なるギャツビー』(2013年・米)の劇中では、ラナ・デル・レイの曲“Young and Beautiful”が使用されたが、同作品のテーマは、先述したドライサーやブレット・イーストン・エリスの小説同様、「アメリカの夢に基づく悲劇」を描いているが、同作品にこれほどまでにトゥー・マッチしたのは彼女の曲だけだろう。なお、映画『アメリカン・サイコ』(2000年・米)のエンドクレジット曲は、デヴィッド・ボウイの“Something in the air”(1999年)だ。


最後になるが、ラナ・デル・レイをブログで取り上げたのは、2015年4月3日()付ブログ“Her eyes all swimming pool blue ”(テーマ: お薦めイヴェント)まで遡るが、彼女の音楽の魅力を一言で表現する際、オスカー・ワイルドの名言「彼女は弱さという何ともいえない魅力を欠いている」を借りれば、彼女は弱さという何ともいえない魅力で溢れている。彼女は、マドンナやビヨンセ、ヒラリー・クリントンとは対極にあるような、俺好みの世界観を体現している稀有な存在の歌姫だとも言えよう。光と闇を揺らす、心の中の風景を映し出す音楽か。早急な初来日公演を期待したい。



Have a nice weekend!

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僕たちが地球上にいられるのなんて束の間なんだから、世界中のいろんな国へ行って、人や自然を見たいと思ったし、カメラさえあればそれができると思った。



それから実は、僕が16歳のときに死んだ兄の存在もすごく大きいんだ。人生で一番辛い出来事だったから。エイズで、兄も友達もみんな死んだ。ほんの3年の間に僕を育てて可愛がってくれた人たちがたくさん死んでしまった。あの体験(9.11/アメリカ同時多発テロ事件)が僕を駆り立ててくれた。



机に向かってる場合じゃない、たくさんのものを見て、たくさんの人に会って、人生を楽しまなくちゃ!と真剣に思った。人生なんていつ終わるかわからないんだよ。僕の写真に登場した友達のなかにも、ドラッグ中毒で死んでしまった人も何人もいるんだから。

ライアン・マッギンレー~『美術手帖』2012年12月号のインタヴューより



写真家<ライアン・マッギンレー>の記憶





1977年に、ニューヨークの隣、ニュージャージー州ラムジーで、8人兄弟の末っ子として生まれたアメリカ人の写真家<ライアン・マッギンレー>をご存じだろうか。



ブログ冒頭で、美術専門誌『美術手帖』(2012年12月号)に掲載されたライアン・マッギンレーのインタヴュー記事から一部抜粋したが、彼は兄マイケルをエイズで亡くした悲しい過去を持つニューヨーカーだが、同雑誌の2010年5月号のインタヴューでは、「僕はだから兄の分まで、自由で、爆発的で、エキサイティングな人生を生きて、たくさんの人に出会い、馬鹿げたアイデアを実行して、そのすべてを写真に撮って、世界中の人に見てもらいたい」と答えていた。



1996年、彼は19歳のとき、(トム・フォードマーク・ジェイコブスも通った)ニューヨークのパーソンズ美術大学に入学し、マンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジに転居した。そして大学2年の頃から、写真を撮り始め、ソーホーで初個展The Kids Are Alright」を自費で開催し、同名タイトルの写真集(100部限定)を自費で出版。同個展では40部が売れ、その残りを雑誌社やギャラリー、映画監督兼写真家のラリー・クラークなどに送り、その後、雑誌『インデックス』から仕事の依頼を受けるようになり、彼のサクセスストーリーが始まるのだ。



彼の人生の転機となったのは2003年であり、彼は26歳で、ホイットニー美術館での最年少の個展「The Kids Are Alright」を開催するまでに至り、彼の名がようやく一般的にも知られるようになるわけだが、彼が大学2年生だった1997年にも、彼がホイットニー美術館で個展を開いた2003年にも、俺はニューヨークには足を運んでいるとはいえ、彼の存在を知り、興味を持つようになったのは翌2004年だったと記憶している。それは、音楽好きな彼が、英国のロックバンド<ザ・スミス>のフロントマン、モリッシーのライヴ会場での写真を撮影するようになった頃(2004年~2006年)だろうか。付け加えるならば、モリッシーが尊敬するミュージシャンは、他でもないデヴィッド・ボウイその人だ。



彼が30歳になった2007年には、ニューヨーク・マガジン誌で、彼は“ウォーホル・チルドレン”として特集が組まれたが、ウォーホルとも親交が深かったデヴィッド・ボウイに憧れたモリッシー、そんなモリッシーを撮影したライアン・マッギンレーは、間接的にいえば、エディ・スリマンラフ・シモンズ同様、“デヴィッド・ボウイ・チルドレン”と形容しても大袈裟ではないはずだ。



ライアン・マッギンレーのその後の活躍は、改めて説明するまでもなく、今ではアメリカを代表する写真家のひとりであり、写真に関心がある人に限らずとも、ここ日本においても、彼の知名度は低くはないはずだ。



ライアン・マッギンレーの写真展< BODY LOUD





本題に入るが、ライアン・マッギンレーの写真展が、ここ東京(渋谷ヒカリエ)で初めて開催されたのは2012年まで遡るが、今回は新宿に程近い初台の「東京オペラシティアートギャラリー」で現在開催中(4月16日~7月10日)だ。俺が足を運んだのは春先で、ライアン・マッギンレーも来日を果たしたが、季節も変わり、早いもので今月で3か月目を迎えた。



ツイッター上では、4月初旬頃に同写真展についてツイートしたが、シャネル銀座ビル(3月18日~4月10日)のネクサスホールで開催された写真展「コンデナスト社のファッション写真でみる100年」をはじめ、他にも写真展には足を運んだが、一度もブログで取り上げていなかったため、今回のブログで急遽取り上げることに決めた。とはいえ、5月及び6月に劇場鑑賞した映画は10本を数え、その感想はブログでまだ数本しか綴っておらず、それらについても、気が向けば、取り上げるかもしれない。


俺自身、ニューヨークのギャラリーをはじめ、2012年の東京での初個展を含め、ライアン・マッギンレーの写真を見るのは今回が初めてではなかったが、改めて彼の撮った約50枚の生命力溢れる生き生きとした写真の数々にノックアウトされ、彼の写真の持つ不思議な力強さに惹き込まれたのだ。
彼が撮影したモノクロームのヌード写真よりも、裸の男女が自然に溶け込んだ鮮やかなカラー写真や動物のそれがとりわけ魅力的に俺の眼には映った。言葉で表現するのが野暮なくらいに、ただひたすらに美しかった。



ヌード写真といっても、スーパーモデルや女優のヌードではなく、一般人のヌードゆえ、そこには美しさの違いこそあるとはいえ、ライアン・マッギンレー曰く「2、3枚撮って満足する写真家には僕はなれない。編集が好きなせいもあるかもしれないけど、撮った写真に目を通して、決定的な1枚を探すのが好きなんだ。人が生き生きとしていて、カメラの存在を完全に忘れた瞬間を。わざとらしさや嘘っぽさがないリアルな一瞬を」とインタヴューで答えているが、それは彼の写真を見れば、一目瞭然だろう。残り1週間だが、興味がある方は、ぜひどうぞ。


写真の感想はさておき、『美術手帖』(2012年12月号)の特集で、私的に一番記憶に残ったのは、ライアン・マッギンレーと映画監督<ガス・ヴァン・サント>の対談であり、それはとても面白くて、興味深い内容だったが、マッギンレーが24歳だった2002年に撮影した“Lizzy”というタイトルのヌード写真についての同監督によるコメントがとても印象深かったので、一部抜粋して紹介したい。



君は若くてすばらしい写真家だった。ハーモニー・コリンがそうだったように、初めてシーンに登場したとき、彼は19歳だった。若かったからこそ、あれだけ大きな動きが生まれた。ある部分で、若さはメディアを魅了する。メディアはいつも新しいものを探しているから。若いときはどうしても新しさを帯びる。若さとはそういうことだから。君もそうだった。君がつくっていたものは、既存の権威がもてはやしたくなるようなものだった。ハーモニーが「レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン」に出たときみたいに。

―ガス・ヴァン・サント



デヴィッド・ボウイの写真展<David Bowie Unseen



ところで、孤高のロックスター<デヴィッド・ボウイ>が今年1月10日に★になってから早半年が経過したが、彼の誕生日である来年1月8日から、彼が愛したここ日本において、デヴィッド・ボウイ展が開催される。



また今年、ロサンジェルスで開催されたボウイの写真展(ミック・ロック撮影)に関しては2月27日()付ブログ“Is there life on Mars? ”で、マイアミで開催されたボウイの写真展(マーカス・クリンコ撮影)に関しては3月29日()付ブログ“Spring has sprung ”で、それぞれ取り上げたので、興味がある方はどうぞ。

先述した3月29日のブログでは、マーカス・クリンコの写真展に関して詳細に取り上げたが、同写真展が来週7月8日(金)から20日(水)までの約2週間、渋谷・代官山のギャラリー<
GALLERY SPEAK FOR>(代官山駅から徒歩数分)において開催される。マーカス・クリンコ本人も来場する。なお、入場料は無料で、デヴィッド・ボウイの写真約20点が展示され、購入も可能だ。



Moonage Daydream



最後になるが、先月末、イギリスでは恒例となった世界的にも有名な野外フェス<グラストンベリー・フェス>(6月22日~27日)が開催され、日本では実現しないであろう錚々たる有名ミュージシャン達が一堂に会したわけだが、


ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ名義で出演したアークティック・モンキーズのフロントマン<アレックス・ターナー>が、デヴィッド・ボウイを偲び、ボウイの若かりし頃の名曲“Moonage Daydream(月時代の白昼夢)”(1972年/ボウイ25歳)を熱唱したのが、私的には一番印象に残った。Thanks, アレックス!



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スウェーデン人女優<アリシア・ヴィキャンデル



今年2月末に開催された第88回アカデミー賞の、助演女優賞部門において、映画『リリーのすべて』で見事オスカーを獲得した、1988年生まれ(現在27歳)のスウェーデン人女優<アリシア・ヴィキャンデル>をご存じだろうか。



俺が彼女を初めてスクリーンで観たのは、トルストイの名作『アンナ・カレーニナ』を映画化させ、キーラ・ナイトレイジュード・ロウが共演した同名タイトルの映画(2012年)だ。今年の日本で流行語!?になりそうな「不倫」を題材とした、上流階級を舞台にした映画なのだが、当時はまだ無名だった英国のスーパーモデル<カーラ・デルヴィーニュ>も端役で出演するなど、今改めて振り返ると、色んな意味で、見どころ満載の作品だったように思う。しかしながら、当時、同作品に出演していたアリシア・ヴィキャンデルがここまで大化けしようとは思いも寄らなかったし、正直、同作品で目にした彼女を美人だとも判別できず、近い将来ブレイクするとも予想していなかったというのが本音だ。



とはいえ、同年公開されたデンマーク映画『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』で、彼女の美しさにようやく気付いた一方、ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジを題材にした2013年の映画『フィフス・エステート/世界から狙われた男』では、彼女は端役を演じ、そのときは『アンナ・カレーニナ』出演時同様、彼女を美人だとか、演技派女優だとか、何も感じ得なかったのだ。単に、好き嫌いの問題なのだろうか。



そんな矢先、ユアン・マクレガー主演のオーストラリア映画『ガンズ&ゴールド』(2014年)に、彼女は出演を果たし、私的には同作品が彼女の魅力を見事なまでに開花させたように、俺の眼には映ったのだ。付け加えるならば、ユアン・マクレガーの魅力もまた全開だったが、映画そのものはとても退屈だった。



彼女の出演作品すべてに言及しないが、ガイ・リッチー監督作『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015年)で、彼女は重要な役で出演を果たしたが、スパイ映画なのに、そのとても退屈な出来に幻滅したわけだが、彼女の魅力も同作品では半減していたように思う。



前置きが長くなってしまったが、アレックス・ガーランドが脚本・初監督を務めた、“AI(人工知能)”をテーマにした2015年のイギリス映画『エクス・マキナ』が、ようやく日本でも今月公開され、(今年8月にパルコの建て替えに伴い閉館する)渋谷パルコ内の映画館<CINE QUINTO(シネクイント)>で劇場鑑賞した。



同作品に、美しいロボット役で出演しているのが、他でもないオスカー女優<アリシア・ヴィキャンデル>その人であり、先述した2012年のイギリス映画『アンナ・カレーニナ』にも彼女は出演していたが、『エクス・マキナ』で彼女と共演を果たすのが、『アンナ・カレーニナ』の劇中で夫婦役を演じた1983年生まれ(33歳)のアイルランドの俳優<ドーナル・グリーソン>君その人なのだ。同作品のキャスティング・ディレクターの目の付けどころはシャープだとも言えよう。



日系イギリス人女優<Sonoya Mizuno



アリシア・ヴィキャンデルの話はそれくらいにして、『エクス・マキナ』で注目すべきもうひとりの女優が、劇中、言葉を発しないロボット役を演じた1988年生まれ(現在27歳)の女優<ソノヤ・ミズノ>ちゃんだ。彼女は来週7月1日、28歳の誕生日を迎えるバレエダンサー兼女優だ。参考までに、彼女の身長は、アリシア(身長166cm)より4cm高い170cmで、ハリウッド女優の中ではごくごく平均的なそれだろうか。スクリーンで目にした彼女は、ダンサーゆえ、無駄を削ぎ落としたような、引き締まったボディの持ち主だった。



日本ではほぼ無名な彼女を、俺が初めて知ったのは、俺のお気に入りの英国を代表するダンス・アクト<ケミカル・ブラザーズ>が昨年リリースした傑作アルバム『ボーン・イン・ザ・エコーズ』に収録された曲“Wide Open feat. Beck”のMVに、彼女が出演したのを目にしたときだ。ライナーノーツには、同アルバムの特徴として、「EDMの音圧に対して、強烈なトリップ感」と書かれていたが、彼らの音楽のトリップ感は、前作の大傑作アルバム『時空の彼方へ』(2010年)でも立証済みであり、今に始まったことではない。


ソノヤ・ミズノちゃんの話に戻すが、或る意味、『エクス・マキナ』の見所のひとつ(名シーン)が、彼女のダンスシーン(不思議な妖しいダンス)だろうか。ジョン・トラヴォルタとぜひとも踊って欲しいね(笑)。なお、同シーンで流れたのは、オリヴァー・チータムのダンス・クラシック“Get Down Saturday Night”だ。彼女には今後益々の活躍を期待したい。



ところで、俺が音楽担当であれば、あの場面では、ベースメント・ジャックスの“Never Say Never”、もしくはダフト・パンクが2013年にリリースした傑作アルバム『ランダム・アクセス・メモリーズ』収録曲のいずれかを選ぶだろうね。なお、ベースメント・ジャックスの同曲に関しては、2014年7月24日()付ブログ“Oh my gosh ”(テーマ: 音楽)で詳細に綴ったので、興味がある方はどうぞ。



エクス・マキナ



同作品の特筆すべきことは、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ザ・ビーチ』の脚本を担当し、原作者でもある1970年生まれの英国人<アレックス・ガーランド>が、初めて監督を務めたということに尽きる、ただそれだけ。他に真新しいものは特になく、美しい映像作品であるのは確かだが、哲学を散りばめた作品(メタファーはある)でもなく、俺のお気に入りの画家<ジャクソン・ポロック>の絵画を登場させるなどして、作品に特異性を持たせてはいるが、メッセージというよりも寧ろ、深い意味はなかったように私的には解釈した、ディテールでの遊びだとも言えよう。とはいえ、洗練を加味していたのは確かだし、劇中使用されたシューベルトバッハなどのクラシック音楽に限らず、面白い音楽の選択が、俺の興味を惹いたとも言えよう。映画の感想は、特になく、オススメもしない。パンフレットのコラムには、同作品に「複雑さ」と、深い!?意味を持たせようと、御託が並んでいたが、俺は眠くなった(笑)。



そう、「AI(人口知能)」には、私的には全く興味がないと前置きしておくが、スティーヴン・スピルバーグ監督作、ジュード・ロウ出演の映画『A.I.』(2001年)は心に残る作品のひとつであり、全部は書かないが、例えば、2004年の『アイ、ロボット』、2013年の『her/世界でひとつの彼女』、2014年の『トランセンデンス』、2015年の『チャッピー』等々も、記憶に新しいところだ。



とりわけ、私的に忘れられない「人工知能」をテーマにした映画は、他でもない、2011年のスペイン映画『EVA<エヴァ>』であり、同作品で美しいロボットを演じたスペイン人女優<クラウディア・ベガ>(当時12歳)と、壮大で美しいあの雪の映像だけは未だ脳裏に焼き付いている。付け加えるならば、『エクス・マキナ』でロボット役を演じたアリシア・ヴィキャンデルの劇中での名前は『AVA(エイヴァ)』だ。そして、同作品で彼女が最後に選んだドレスは、映画『アンナ・カレーニナ』同様、白いドレスだった。



映画の感想は特にないので、再び、音楽の話に戻すが、エンドクレジット曲は、英国のロックバンド<Savages サヴェージズ)>の“Husbands”だった。もし俺が音楽担当であれば、英国の<Unkle(アンクル)>の“Burn My Shadow”を選んだかもしれない。同曲は、2012年の映画『推理作家ポー 最期の5日間』のエンドクレジット曲だが、退屈な同作品に対し、洗練を加味したという意味では、とても秀逸な選曲だったように思う。ケミカル・ブラザーズの曲でも良かったと思うが、映画が音楽に負けそうな気もする。



最後になるが、映画『エクス・マキナ』のエンディングは、私的には好きなそれだったが、アリシア・ヴィキャンデルが演じた美しいロボット<AVA>(改めて、同作品の彼女は美しかった)に、シェイクスピアの名言を贈りたい。



ブルータス、お前もか。



Have a nice weekend!

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